13.『不幸』
読む自己。
昨日醜態を晒してしまっていたため、起きたのだとしても部屋から出たくなかった。
それでも平日だし学校が普通にあるため、このまま出ないというわけにはいかないのが、残酷である。
僕が廊下に出ると丁度和佳の部屋から彼女が出てきたところで、「おはよう」と挨拶。
「悠君、そういえば下着つけてないままで学校行っても大丈夫かな?」
「なわけないでしょうが! 昨日ので我慢してよ、君がノーブラとかノーパンなことを分かった状態で普通に接するなんて無理だよ」
それにその服を着たりズボンを履くとき、絶対にこれから意識するだろう。
「落ち着かないってこと? それとも他の子の前でされるのが、嫌、なのかな?」
「ちょっと待って、君ってそんなこと言う子だったっけ?」
こっちをからかうようなそんなこと、昨日までの彼女ならしてこなかった。
なんに対しても平坦というかフラットで、照れたりしないし赤面もしない彼女だったんだ。
「だって悠君は寂しがり屋でしょ? ちゃんと私がいてあげないと泣いちゃうんだよね?」
「まあ、そうだね」
「だから我慢してあげる、ありがたく思ってよ? あーと、この服でちゃんと思い出してね?」
「は、早く着替えてきなよ!」
「はーい」
彼女は和佳の部屋へと入っていった。
和佳はもう一階にいるだろうから、とりあえず僕は洗面所へと移動。
顔を洗って歯を磨き鏡を見る。
「これは夢なのかもしれない……いたっ!? まあ、だよね」
元々はああいう子なのかもしれないけど、あのまま来られたら耐えられそうにないな。
行ってきます、と家を出て歩いているとパタパタと陽菜乃が追ってきた。
そのまま僕の横に並ぶと手をギュッと握ってきて「いいでしょ?」と聞いてくる。
しかも全体的に明るくて笑顔なもんだから、恋人ができたのか!? と錯覚した。
「陽菜乃、どうしちゃったの? 昨日までと全然違うけど……」
「ん~? うん、あれかな、私が完全に悠君を信用できたからだと思う」
「それだけで露骨に変わるの?」
「悠君だってさ、私と初めて話すときは敬語だったでしょ? それと同じで私も固めてたんだよ。あれが一応私なりのガードだった! どっちが好き?」
「そりゃ明るい方が好きだけど、ただ、自重してくれると助かるかな」
「どういうこと?」
「いや、グイグイこられるとドキドキするから」
「ふふ、いいじゃん、ドキドキできる人生の方がいいでしょ?」
いや、いいことばかりではない気がする。
心臓がうるさくなるし、恐らくこうして明るくなればなるほど、会えなくなったときに寂しくなるから。
「ナコちゃん見に行こうか」
「うん、空けがちになって申し訳ないなって思う。あと、やっぱり下着新しくしたい!」
「大声で言わないでよ……それじゃあ行こうか」
元々そういうつもりだったのと、彼女と登校するときは自転車に乗れないため早くに出ていたのだ。
大体二倍――四十分くらいかけて歩いて彼女の家に着いた。
二階へ上がり三つ目の扉を開ければ彼女の家、部屋となる。
中に入らせてもらうと今日もナコちゃんは彼女のベットに寝ていたようだった。
「ナコー」
「にゃー」
「ふふふっ、ごめんね家にいなくて」
「にゃ」
「な、ナコ?」
彼女はベットから下りてひとつ大きく伸びをする。
それから突っ立っている僕の足元までやって来て、体を擦り付けてきた。
あ、勿論、ナコちゃんだけど。
「悠君の方が好きなのかな」
「それは違うよ、同じ下着つけてたからじゃない?」
「あっ! 着替えるから待っててっ」
「ばっ――」
僕は馬鹿だったようだ。
喋り方が変わっても照れがないのは通常通りで、彼女は目の前で制服を脱ぎ全裸で新しい下着を確保して、一応こちらを向いてくれていないことが安心――とにかく彼女はそれをつけて制服を着直してくれた。
「ごめんね悠君、こういう照れがない子はつまらないんでしょ?」
「だったらしてくれなかったら良かったのに」
「私はとりあえず外で待ってもらおうとしてたんだよ? でも、悠君がいつもみたいに先に入っちゃったから着替えられなくて」
「あ……すみませんでした!」
「い、いいよっ、土下座なんかしなくて! ナコーおいでー?」
「にゃー」
「こ、これでも悠君の所にいるのかぁ……」
これが本当の“井口陽菜乃”らしい。
つまり、変わってしまったご主人さまに驚いてしまっただけだろう。
「陽菜乃、態度を昨日みたいに変えてみて?」
「え? こほん……ナコ、来て」
とてとてと歩いて行った彼女を見て「ほらね」と言って笑った。
「ん、でも、悠君が好きって言ってくれたし、明るい方でいたいからごめんね?」
「にゃ」
「うん、悠君に好きだと言ってもらえるような子でいたいんだ」
「にゃー!」
「うんうん、ありがと!」
それは微笑ましいやり取り。
でも、微笑む彼女を見て心が暖かくなると同時に、またもや頰が熱くなるのを感じていた。
なんでこんなストレートに言える子になってしまったんだろう。
もしかしてヒロインは僕だったのでは? なんて馬鹿なことまで考えてしまい。
「悠君? そんなに私をジッと見てどうしたの?」
「自意識過剰だよ……」
「そうかなあ?」
彼女はいままでのどのときよりも違う感じで、自分の長い髪の毛を弄っていた。
……触りたいと思ってしまった僕は末期というやつだろう。
「うん、それでさ、その明るい感じ、教室でだしてほしくない」
「えぇ? 独占したいってこと?」
「嫌なんだ、他の男子に近づかれたら」
「ふふふ、大丈夫だよ、多分これくらいで近づいてこようとするのは浅野君くらいかな」
その人が一番問題なんだ。
真っ直ぐに戦おうって言ってたのに、僕はもうルールを破ってしまった。
ということは彼が自由にしている間、止める権利は存在しない。そもそも、ないとも言えるけども。
彼は僕と違って格好良くて真っ直ぐな男の子なんだ。
そんな子が一生懸命になったらどうなるか。そして、この可愛い状態の彼女を見たらどうなるか。
人間、男、女、誰でも関係なく単純で、可愛く見えたらもう止まらない。
この子を絶対自分のものにしてやろうとするのが、人間というものではないだろうか。
ま、とにかく、勝ち目がなくなるということだ。……自分で考えて悲しくなるなこれは……。
「ごめん、矛盾しているようだけど、こうしていられる方が気が楽なんだよね。私は悠君の恋人さんってわけじゃないし、そこまでは聞けないかな。それに好きってわけじゃないから、やっと信用できたくらいだから」
あ、なるほど、つまり男として見てないからああいうことも平気できると。
言ってくれてマジで良かった。悲しさはあるけど、勘違いしなくて済んだのだから問題ない。
いまにして思えばこのときの僕は馬鹿だったんだ。
少しだけ違和感を感じながらも六月に突入して三日になった。
まだプレゼントを買えていないので休み時間に彼女を呼び出して、
「今日の放課後さ、商業施設行こうよ。ほら、プレゼント買いたいし」
真っ直ぐに言って彼女が反応するのを待つ。
しかし、
「今日は行けないんだ、ごめんね」
彼女の反応はそんなもので。
「いや、今日行けないともう……」
「ごめんっ、行けないのは行けないから、教室戻るね!」
……まあ本来は本人がいないところでプレゼントというのは選ぶものだ。
だからどれにしようかと悩みつつ放課後まで過ごして、放課後になったら挨拶をして学校を後にした。
外は生憎と雨だったけど、カッパを着つつ商業施設までひた走る。着いたらカッパを自転車にかけてロックをしてから施設内に入った。
ヘアアクセサリーが売っている場所は知っているので直行して選び始めて。
いきなりこれだ、というものを見つけた。
ロングリボンヘアゴム――結ぶだけで、……まあ可愛らしくなるアイテム。
ポニーテールは似合ってたし、きっとこれをすればもっとあの可愛さに拍車をかけるだろうと思った。
ただ、ほとんどこれしか見ていないのにこれだと決めるのは視野が狭くなっている証拠なので、いろいろ見て回ろうとしたのが悪かった。気づけば結構時間が経過していて。散々悩んだのに結果、最初のに決めて会計を済ました。
そして出口から帰ろうとしたとき――
「えっ、ひ、陽菜乃と匠馬君?」
「「あ……」」
彼女達とばったりと遭遇する。
彼女はともかく匠馬君の方が必死に僕と目を合わせないようにしていた。
なんでだ? だって彼女と出かけることくらいなにも悪いことじゃないのに。
彼女が断ったのだって彼が先に誘っていたからだろう。
それを責める権利は僕にはないし、するつもりもない。
でもなんだ? この違和感は。陽菜乃が笑いそうになっているのは。
「ふぅ、そろそろ可哀想だからネタバラシしよっか」
「ネタバラシ?」
聞きたくない内容だろうなと予想できてしまった。
「実はさ……私たち中学三年生のときから付き合ってるんだ」
「え……そ、そうなんだ」
「でも高校に入ってつまらなくなって、それでグループ決めの日に休んだ君を騙そうって決めたの。匠馬は反対してたけど、私が大丈夫だからって。いや……まさかここまで気づかずに騙されてくれるとは思わなくてさっ、案外、私の演技も捨てたもんじゃないなって! あ……ここじゃ迷惑だし外で話そうか」
僕達は外へと移動する。
彼女は濡れた壁に気にせず背を預けて続きを言った。
「正直、可愛いとか平気で言ってくるのを見て、あーこの子も同じかって笑いそうになったよ。あの涙だって本物じゃない、自分で帰ったのにちょっと頼めば来てくれたところとかやっぱり単純だなってね。あの日に言ってきたでしょ? 教室でだしてほしくないって、あのときにやめようって考えてたんだけどさ! なんか面白くて、ごめんなさいっ」
最高の笑みを浮かべて言われたら怒る気も失せる。
僕は鞄から紙袋を取りだして彼女へと差しだした。
「プレゼント」
「ごめん、匠馬以外の男の子からは受け取らないようにしてるんだ」
「そっか。いや、言ってくれてありがとう」
おかしいと思ってたんだ。
こんな可愛い子が側にいてくれる日常が。あの日、急激に変化したことが。
だって急に喋り方を変えたり、髪型変えたり、化粧変えたりするのって、浮気する妻みたいなものだろ。
この流れで考えると匠馬君も山本さんも同じようにグルということになる。
一生懸命になれよってそういうことかよ。
そうすれば彼女がもっと満足、楽しんでくれるから、だからこその発言だったのか。
山本さんよ、「陽菜乃を取られても知らないからね」って、最初から取られてるじゃねえかよ。
自転車置き場に行ってロックを外して、カッパも着ないで雨の中を走りだした。
いっそ気持ち良かった、本当に最高だ。
リボンは彼女の髪色と反対の白にしてしまったけど、和佳にでもあげようと思う。
大丈夫、明るい色に明るい色のリボンでも、彼女には似合うさ。
家に着いてびしょ濡れのまま洗面所へと向かう。
すぐにお湯を溜めてスマホを弄っていると和佳がやって来た。
それはいい。
「悠、君っ」
しかし、何故か彼女も泣いていたのだ。
まさかいまの一瞬で勘付いたわけではないだろうし、頭を撫でて落ち着かせる。
「どうしたの?」
「……真人君に振られた」
「あー……」
結局、一度も見る前に終わってしまったみたいだ。
聞いてみると向こうにも既に彼女がいたらしい。それは仕方ない、格好良ければ無理もない。
それはあの匠馬君と井口さんみたいに。責めることはできないことだ。
「ど、どうしてそんなに濡れてるの?」
「カッパ盗まれちゃってさ」
違う、鞄にもしまえないし着るつもりもなかったからあそこに捨ててきただけ。
「和佳姉、やっぱり和佳姉がいてくれるだけで僕はいいかなって思ったよ」
「え?」
「いや、僕が本当に支えたいのは和佳姉だってだけだよ」
「えっ!?」
「勘違いしないでよ? 失恋中のお姉ちゃんを口説くような趣味はないよ。ただ、呆気なく消えてしまうんだなって、分かったんだよ」
いや、そもそもいなかったんだ、だからあれだけ距離を感じてたんだなって。
べつに可愛いとか言ったことは後悔していない。井口さんを責める気にはなれない。
ただあるのは、やっぱりな、ということだけで。
「あ、お風呂入るね、和佳姉はご飯を頼むよ」
「うん……」
洗って湯船に浸かる。
泣くようなことじゃない。
あそこで出会って良かった。
あそこで出会わなければ彼女が誕生日の日に結果を知らされるところだったから。
でも、和佳だけは気がかりだな。
あの可愛らしい笑顔を浮かべてくれなくなったら困ってしまう。
もうあれしか、彼女しか僕の支えは存在しないというのに。
だから頼む。
自分がいくら不幸になっても構わないから、彼女にだけは幸せを与えてあげてほしかった。
弱いようで強い人っているよね。




