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12.『浅慮』

読む自己。

 夜。

 和佳のご飯が食べたいということで井口を家に連れてきていた。

 それで今日も「美味しい」と言って食べて、終えたのまでは良かったんだけど、


「あの、井口さん……」

「陽菜乃」

「井口――」

「陽菜乃」

「……陽菜乃さん、帰らないともう二十一時超えてるんだけど……」


 そう、まるで彼女が帰ろうとしてくれないのだ。

 遅くなればなるほど僕の寝る時間がなくなってしまうし、送ったときに危険なことに巻き込まれる可能性もゼロではない。


「呼び捨てでいい」

「分かったからさ、とりあえず今日は帰ろうよ」

「泊まる」

「和佳姉が怒るよ?」

「怒らないよ? だってさっき泊まっていけばって言ってくれたもん」


 余計なことしやがってぇ……。


「はぁ、じゃあもうお風呂入ってきなよ」

「うん、行ってくるね」


 匠馬君に素直になるって言った。それに彼女だってべつに同じ部屋で寝ようとしているわけじゃない。

 だったら無駄に考えないで「はい、そうですね」と言っておくのが一番ではないだろうか。


「ふぅ~さっぱりした~!」

「和佳姉、泊まっていけば余計なこと言わないでよ」

「でもさ、陽菜乃ちゃんが離れたくないって言ってたんだよ?」

「それでもさ……まあ今日も部屋で寝かせてあげてね」

「うん、それは安心して!」


 問題なのはまだ僕がお風呂に入っていないことだ。

 というか、彼女は着替えどうするんだろうか。


「和佳姉っ、あ、いない……」


 でもあの子、替えの服がないと裸で出てきそうだ。

 仕方なく僕は二階へ上がって服とズボンを持ち洗面所へ向かった。

 一応ノックをしてから中に入る。


「ふぅ……いなくて助かった。ひ、陽菜乃ー」

「なに?」


 なんか呼び捨てするのが恥ずかしい。


「服とズボン置いておくか……ら……」

「ありがと」


 なんでこういう可能性を考慮しなかったのだろうか。

 着替えがなければ裸で出てくると分かっていたなら、こういう場合でも普通に出てくると、ねえ。

 ……目の前で惜しげもなく裸体を晒して、あくまで無表情でこちらを見やる陽菜乃。


「って、出てくるの早いよ!」


 近くにあったタオルを彼女に投げつけて自分は廊下へと出た。

 喋り方は子どもっぽいけど自分と同じくらいの身長で、手足も細くて長くて、胸は……ないけど、とにかく見た目に関しては高スペックだと言っても過言ではない存在だ。

 ま、照れたりしてくれないところが今回は助かったという形になる。


「悠君、もう着た」

「うん」


 戻ると確かに服を着てくれていてホッと、できなかった。

 何故なら彼女の下着は制服と一緒に置かれていたからだ。

 つまり、ノーブラノーパンということになる、と。


「陽菜乃、せめて下着忘れないでね」

「せっかくお風呂入ったのに同じのはやだ」

「和佳姉にも頼れないしなあ……まあいいや、制服と一緒に持って部屋行ってて。お風呂入るからさ」

「ここにいる、逃げられたら嫌だから」

「……じゃあせめて僕が脱いで浴室に入ってからにしてくれる?」

「うん、分かった」


 言うこと聞いてくれるんだけどなあと内心で呟きつつ、出て行ったのを確認してから全部脱いだ。

 浴室に入る瞬間に「いいよー」と言ってすぐ扉を閉じる。


「悠君、もう今日みたいなの嫌だからね」

「ごめん、あれはまあ匠馬君のためを思ってしてたんだよ」


 髪を洗いつつ受け答え。

 にしても、格好良いは余裕があるというか、本当に見習いたいくらい真っ直ぐで羨ましくなった。

 普通ライバルになるかもしれない相手にあんなこと言えるか? 少なくとも僕では無理だ。

 不戦勝できるならそれに越したことはない。無駄なトラブルに巻き込まれるくらいならそれがいい。


「私がいたいから悠君といるだけだよ、そこに他の人の意思なんて関係ないもん」

「うん」

「なにより、避けられるのが一番嫌だから。離れるなら……ちゃんと言ってくれた方がいい」

「残念だけど離れないよ僕は、だから陽菜乃に迷惑をかけるかもね」


 泡をお湯で流し、体も洗ってから湯船に浸かる。

 女の子ふたりが先に入っているからってドキドキなんかしない。


「匠馬君と話し合ってさ、素直になろうって決めたんだよ。だからこれからのは僕が君といたくているってことだから、他の人の意思なんて関係ないからね」


 後悔しても遅いぞ井口陽菜乃。

 あとはもう自由にやらせてもらうだけだ。


「うん、分かった」

「開けないでください」

「悠君の顔が見たい」

「あ、陽菜乃の誕生日に髪飾り贈ろうと思ってるんだけど、今度一緒にまた商業施設に行こうよ。ほら、あのときは微妙な終わりだったし、今度こそちゃんと最後まで」


 泣かせてしまったし、あれを上書きするためにもこれは必要なことだと思う。

 それに彼女に喜んでほしいので、もういっそのこと選んでもらうのが一番だろう。


「最後ってキスまで?」

「いやいや、まあなにその……で、デートってやつを」

「だけどあんまり長居できるタイプじゃないよ私」

「それならそれでいいんだよ、物だけ買ってこれれば目的は達成できるわけだからね」


 あくまで僕は彼女へのプレゼントを買いに行きたい。それに彼女がいてもなにも問題はない。

 デートでも単なるお出かけでも、正直、どちらでもいいのだ。


「今度は最初から最後まで手を繋ぐとか?」

「うん、陽菜乃が嫌じゃなければね」

「頭撫でたりとか?」

「それはあれだね、もっと仲良くなってから」

「手を繋ぐのとあんまり変わらないと思うけど。うん、とりあえず部屋に行ってるね」

「分かった、すぐに出るから」


 よく分からないことになった。

 お風呂で全裸で話すようなことではないだろう。

 しかも後半はまるで恥ずかしさなんてなく、淡々と自分も受け答えをしていたのだからおかしな話だ。

 湯船及び浴室から出てタオルで体を拭いていく。

 そういえばあの服やスボンの下がまっさらなんだよなーなんて考えたりはしない。

 彼女へ渡すついでに持ってきていた自分の替えの服を着て、歯を磨いてから洗面所を後にする。


「おかえり」

「うん、ただいま。床に転んでるけど眠いの?」

「いや、暇だったの」

「あ、この部屋なにもないもんね」


 僕も横に寝転んだ。

 自分の捉え方を変えてみたら分かったんだけど、彼女はいつだって側にいてくれたわけで。


「どうする? もう二十二時になりそうだけど」

「お話ししたい」

「お話しといってもなあ。陽菜乃はさ、中学生時代どんな感じだった? モテモテだった?」

「うん、同じように生きてたよ、お友達はいなかった……あ、私がそういう風に考えてただけかも。告白はよくされたけど一回も受け入れなかった、人を好きになる方法が分からなかったから」

「自衛というわけではなく、元々そういう生き方ということか」


 で、僕と彼女は友達なんだろうか、これは本当に純粋な疑問だ。


「ね、陽菜乃と僕は友達なの?」

「友達、だと思うけど」

「一緒に帰ったりお泊りとかもしてるしね、じゃあそういうことにしておこうか」

「悠君はモテモテだった?」

「ははっ、まさか! モテモテだったら友達沢山いたよ」


 自分勝手に動こうとしている人間を察知する能力があるんだろう。

 自分はしても相手にはしてほしくない、そうやって願っていたわけだから間違ってはいないが。


「誰にでも優しくしてそう」

「そりゃあなるべく優しくできるようにって動いていたけどね、でも、僕が動いたところで響く人なんて誰もいないってことだよ。離れてしかいかなかった、いつだってそう。だから陽菜乃こそ離れるなら離れるって言ってからどこかへ行ってね。そうしないと寂しくて多分泣くし学校へ行けなくなるから」


 彼女の手の甲をつついて笑った。

 なんだかんだ言って寂しがり屋は僕だ。

 いつも関わっても終わりがきて離れていってしまうことが応えたし、辟易としていた。


「私がいたいからいるだけ、だからいまのところは問題ないから大丈夫」

「うん、ありがと。陽菜乃といるのがさ、いつの間にか僕にとって当たり前になってたんだよ。だから少し怖くなって適正な距離に戻そうとしたんだ。それが逆効果だったのかもしれないけど、とにかく君がこうして近くにいてくれると安心できる。ありがとね」

「悠君、手を繋ご」

「いいけど、はい」

「うん、私も悠君の側にいると落ち着く」


 もう春ではないというのに暖かい。

 身長は同じくらいのくせに手が小さいとか、ギュッと握ってくれているのがどこか子どもっぽいとか。

 やっぱり彼女といると眠たくなる。


「陽菜乃、和佳の部屋に帰ってくれる? 眠たくて」

「いいよ。毛布とかあるでしょ?」

「うん、それはあるけど……え、ここで寝るつもり?」

「どこかに行かれたら嫌だから。それにそう言った割には手をギュッと握ったままで離そうとしてないよ」

「あ……はは、僕は君の手が好きなのかも、あと髪の毛とかね」


 これはお恥ずかしい。

 でも仕方ないんだ、心地良すぎるのが、スベスベしてて触り心地がいいのが悪いんだ。 


「私は、んー、うーん、えーっと、悠君の好きなところ分からないな」

「ひとつくらいはだしてよ……。毛布そっちにあるから取ってくれる?」

「うん」


 取って彼女がかけてくれた。

 必然的に距離が近くなる僕らふたり。


「ねえ陽菜乃、……信用できないんじゃなかったの?」

「私も分からないんだ。ひとつ言えるのは私にとっても悠君といるのが当たり前だということかな」

「なにができたわけじゃないけどね」


 泣かせたのに。

 もしかしたら本当にMなのかもしれない。


「あ、好きなところあったよ?」

「それは?」

「私に喋りかけてくれるときによく見せてくれる優しい笑顔」

「僕も君の素敵な笑みが好きだよ」

「こういうの?」


 彼女は穏やかな笑みを浮かべつつ僕の方を見た。

 僕は慌てて電気をリモコンで消す。


「どうしたの?」

「……ちょっとね、もう今日はこのまま寝よう。おやすみ」

「うん、おやすみなさい」


 勿論、こんな状況で寝られるわけがない。

 この手をいますぐにでも離したくなる。

 駄目なんだ、このまま流されていては。

 いくら素直になると決めたとはいえ、なすがままとなればいいわけではない。

 駄目なものは駄目、いいものはいいと、線引をしなければならないのだ。


「陽菜乃、って……もう寝てるし」


 こんな無防備なところを見せていいのだろうか。

 和佳と違ってガードというのも弱そうだし、優しくされたらホイホイと付いていってしまいそうだ。

 目が慣れて彼女の顔を確認してみると、先程と似たような穏やかな寝顔だった。

 手はギュッと握られたまま離される気配がない。

 その力強さが僕の頰を何故か熱くさせる。

 求めようと思えば自由にできてしまうこの距離感で、この無警戒さ。

 勘弁して欲しい、信用できないからって言ってくれてた方がマシだ。

 だから僕はポケットに入れてたスマホで和佳を呼んだ。


「悠くーん?」

「和佳姉、陽菜乃連れてってくれる?」

「わっ、寝ちゃってるね」

「うん、やっぱり男女が一緒に寝るってまずいし、風邪引かれても嫌だから」


 六月になれば彼女の誕生日がある。

 そしてもう六月になるというのに風邪なんか引かれたくない。

 手を離すのは寂しいけど、離れたり逃げるつもりはないんだから納得してもらいたかった。


「陽菜乃ちゃーん」

「ん……和佳、さん?」

「悠君がやっぱりだめだって」

「べつに私はいいのに。でも、和佳さんが寂しいなら戻る」

「うん、寂しいから戻ってきて?」

「ん、じゃあ行こ。……離さないの?」


 めちゃくちゃ寂しくて忘れてて、慌てて「ごめん!」と謝って手を離す。

 ふたりが去った後、僕はベットに寝転んで、


「なにやってるんだ……」


 と、後悔したのは言うまでもない。

照れないヒロインって楽だ。

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