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11.『懸命』

読む自己。

 体育館に僕らは集まっていた。

 雨が降ってきたので急遽体育館で体育をやることが決まったからだ。

 特にこれといった種目を決めているわけではないらしく、既にバドミントンや向こうのコートではバレーをしている子の姿があった。

 体育館の壁に背を預け眺めていると、ラケットを持った井口がやって来ていることに気づく。


「水谷君やろ」

「あー、ごめん、僕さバドミントン苦手で。あ! 浅野君ちょっといいっ?」


 近くにいた彼を呼ぶ。


「どうした?」

「えっとさ、井口さんの相手してあげてくれないかな?」

「バドミントンか? いまからやろうと思ってたしいいぞ」

「ほら井口さん、してくれるって」

「……うん」


 彼女が持ってきてくれた一本を借りて壁打ち練習でもすることにした。

 いや実際はバドミントンとかバスケとか、そういうひとりでもできる運動というのは好きだ。

 バスケはゴールに集中すればいいし、バドミントンなら壁打ちでもしておけばいい。

 楽しくなると速度が上がる。壁にスマッシュを何度も打ち込んで返していくだけで、どうしてこんなにテンションが上がるんだろうか。


「っと! ……ま、たかが知れてるけどね」

「なにぶつぶつ言ってるの~?」

「あれ、高橋さんは誰かとやってないの?」


 気づけば近くにいた彼女に聞いていた。


「うん……」

 

 彼女はあからさまにテンション低くそう答えてくれる。

 それに彼女の見ている方角にはあのふたりがいるわけで。

 そうか……浅野君とやりたかったのか。あー、大変だなあこれは!


「ラケットは?」

「もうなかった」

「これ貸してあげるからさ、参加してきな……いや、浅野くーん! 山本さんも入れてあげて~!」

「おーう! 結月来いよー!」


 ラケットを握らせて「行ってきなよ」と笑いかけた。


「……格好良いと思ってるの?」

「思ってるよ? 浅野君は格好良いよね」

「……そういうのうざい」

「どういたしまして。あー、誰かさんのせいで暇だなー、なのに行かないとか有りえないよなー」

「ばかっ。……行ってくる!」


 小さく「行ってらっしゃい」と言って壁に背を預けて座り込んだ。

 ……相手が自分を好いているというわけではないし、どちらの応援をしても問題はないはず。

 しかもあれだ、浅野君も山本さんも「好き」と言ったわけじゃないので、これは勝手な憶測で動いているに過ぎないこと、つまりまああのふたりにはそういうつもりがないんだと、判断しておけば大丈夫。

 だったらただ単に友達のところに行ってこい、参加してこいと言うのは、おかしなことではないはずだ。


「ナコちゃん抱きたいぃ……」


 しかし、こればかりは消えてくれなかった。




 昼休みも似たような感じで過ごし放課後もそのつもりで動こうとした。

 ○○だから行けない、帰れない、そう言えば彼女が納得すると、してくれると思ってた。

 だが――


「嘘つき、絶対そんなのないでしょ?」


 教室から出ていこうとした僕の腕を掴んで止めてくる井口……。


「なんかおかしくない? 一気に避けてるっていうか」

「え、そうかな? べつにそんなつもりはないけど」


 昼休みだってちゃんと一緒に食事をした。

 なのに、なにに不満があるんだろうか。


「ほら、浅野君が待ってるよ? 約束してたでしょ?」


 ナコちゃんのことを気に入ってまた見たいとか昼休みに言ってたんだ。

 それで彼女も「来てもいいよ」と答えていたわけだし、それなら仕方ないことだろう。


「陽菜乃~ちょっと水谷くん借りていいかな~? 外で匠馬くんと待っていてくれる?」

「うん……分かった」


 そういえば彼女も行くって言ってたかと思いだす。

 彼女に付いていくと今日の場所は教室から離れた場所の廊下だった。


「なにやってるの?」

「えっ?」


 いきなりのことで驚く。

 こちらを見るその顔は険しいもので。


「なんでさ、陽菜乃の気持ちを無視して無理やり匠馬くんといさせようとするの?」

「べつにそんなのじゃないでしょ。山本さんだって昼休みに聞いてたよね? 家に行く、来ていいよっていう会話してたじゃん。だから僕はひとりで帰るしかないでしょ? ひとりだけ自転車利用者だし」


 地味に彼女を送って帰ると意外と大変なのだ。

 家を知らない彼女がこう言いたくなるのは仕方ないのかもしれないね。


「だったら最初から自転車で帰らないといけないからって言えばいいじゃん!」

「いや、それでほら、納得してくれるような女の子じゃないからさ」

「陽菜乃を取られても知らないからね、そればっかりはサポートもできないから」

「はは、なんでそんなこと言うの? それってつまりさ、君の願いが叶わなくなるってことなんだよ?」

「だからそういうのうざい! ……はぁ、まあいっか、帰るね」

「うん、じゃあまた明日」


 とはいえ僕も下駄箱に行って靴に履き替える。

 それで出て駐輪場に行こうとしたときだった。


「浅野君、やっぱり今日は」

「そうか、それなら仕方ないな」


 下駄箱から出てすぐの所で留まっていた彼女が馬鹿なことを言ってこっちへと来てしまう。


「水谷君帰ろ」

「……悪いけど行けないから」

「結月から聞いた、嘘をついてたって」


 山本さんからすれば井口は邪魔で、浅野君からすれば山本さんが邪魔で。

 そしてこの子は空気を読めず、こうしてなにも考えず来てしまうということ。


「嘘をつくような人間といたくないでしょ?」

「ううん、だって私も嘘をついたからお互い様でしょ?」

「約束を破るのは駄目だと思うけど」


 まだそこで見ているんだ。寂しそうな顔をしているんだよ浅野君が。


「水谷君が来てくれれば無事約束を果たせる」

「……分かった、だから先に行ってて」

「だめ、逃げるから」

「あーもう……信用できないならいるなよ……」


 駐輪場に行って自転車を取ってくる。

 今回ばかりは心地良さなんて一切そこにはなくて。

 合流したらしたで、山本さんから睨まれる始末。

 ふたりが前を歩き僕らが後ろを追っていく形となった。


「……私がなにかした?」

「え? してないよべつに」


 ここでしたって言われたらどうするつもりだったんだろう。

 優しくて気遣いもできるのに、考えなしなところがあるのは駄目だ。

 彼も彼で、もっと積極的に誘えばいいのに、……格好良いが簡単に諦めるんじゃないよ全く。


「もしかして邪魔だった?」

「もしそうならこうして一緒に帰ってないよ」


 脅された結果だとしてもね。


「嫌いに、なったとか」

「そもそもさ、僕らって友達なの?」

「え」

「いや、なんでもない。先に行って、僕も追っていくから、心配なら何度見てもいいよ」


 彼女は静かに前へと歩いて行った。

 ごめんよ山本さん、これが僕にとって理想な展開なんだ。

 自分が気持ち良く過ごすためにはなんでも利用させてもらう。

 彼女が傷つこうとも構わない。

 だって友達じゃない。ただ話せるだけの、同級生でクラスメイトってだけだ。

 学校から彼女の家は近いからすぐに着いた。

 僕は階段を上がっていく皆を見送って、一応それでも帰ることなく外にいた。

 大体二十分くらい経った頃だろうか、またまた井口がやって来て言う。


「ナコ、触らないの?」

「うん、壁紙で十分だよ」


 会えば会うほど、会えなくなったときがキツくなるから仕方ない。


「あのふたりが気まずいだろうから戻ってあげてよ」

「なんで、来てくれないの」

「触れれば触れるほど、触れられないときが寂しくなるからだよ」

「じゃなくて、どうして避けようとするの」

「こうして一緒にいるでしょ?」

「嫌だ」

「……僕も君もおかしいね、人に興味がないとか言ってたのに」


 暖かいに触れるとすぐにそれが当たり前だという認識になってしまう。

 それは怖いことだ、だからこそ気をつけようと考えていたのにこの体たらく。

 勿論、彼女もただの強がりから言っていた可能性もあるけど、すぐにこれでは格好がつかない。


「水谷っ、一緒に帰ろうぜ!」

「うん、帰ろうか。それじゃあね井口さん」


 ありがたい。でもこれは……聞いてたな絶対に。

 自転車を押して道を歩いていく。

 ところで、どうして山本さんと別行動をしているんだろうか、なんて聞くわけがない。

 彼にとって興味があるのは井口だ。そしてその井口がこちらに来たら? ま、平静ではいられないよね。


「水谷、お前さ一生懸命になれよな、気を使ってないで真面目に真っ直ぐさ」


 一瞬だけ少し後ろを歩く僕を見てから彼はそう言った。

 気を使ってる? そんなんじゃない、勝手に分かった気になるんじゃないよ浅野君。


「浅野君こそもっと一生懸命になるべきだ」


 それができる強さと、見た目と、優しさを持っているじゃないか。


「それはまあいいとして、真人さんに会いたいんだけどいい?」

「兄貴か? どうして急に」


 誰々が誰々を好きなんて言うべきはではないと判断し、「僕が会いたいだけなんだ」と答える。


「部活動とかあったりして帰ってくるの遅いんだよな、休日もあるから会うなら学校じゃないと無理だな」

「あ、そっか! それなら明日会いに行ってみようかな」


 和佳に教えてもらえれば分かるだろうし、多分それが無理でも格好良いだろうからすぐに分かるだろう。


「待てよ水谷、話を逸らすな」

「え? 普通に答えてくれたじゃん浅野君も」

「そうだけどさ……。えっと、水谷はまだ好きじゃないってことだよな?」

「井口さんのこと? そうだね」


 可愛いけど、笑った顔が素敵だけど、多分彼女は優しくされれば誰にでも近づくはずだ。性急な人でなければきっと僕でなくても問題はない。そういうもの、それが普通で。


「でも、これからは分からないんだろ?」

「そうかもね」

「……なのになんで俺に頑張れって言うんだ? 最近はよく一緒にいたよな? それで陽菜乃も甘えたりしていて水谷だって断ってなかっただろ。それでどうして急に突き放すようなことするんだよ」

「そうだね、じゃあ浅野君には言っておくけどさ。格好良くないし優しくないし平凡以下で、だからあの子には不釣り合いだと思ったからだよ。謙虚に生きてるだけ、それだけだよ。誤解しないでほしいけど、僕が気になってるとか好きとかそういうのはないからね」


 先程も言ったけど昼食だって一緒に食べたんだし、突き放してはいないと思うんだけどな。


「格好良くないから諦めるのかよ」

「うん、そうだけど」

「勝手に不釣り合いだとか考えて距離を作るのかよ」

「距離は作ってないよ。それにライバルが減るならそれでいいでしょ?」


 仮に自分の方が見た目優位であったとしても、井口の近くに異性がいれば誰だって気になる。

 いつもなら歯牙にもかけないレベルの相手であったとしてもだ。


「不戦勝なんて嫌だろそんなの」

「戦わないで済むんだからいいと思うんだけどね」


 いやはや『格好良い』の考えることは分からないや。


「水谷頼むよ、あくまで陽菜乃の好きなようにさせるのが一番だろ?」

「まあそうだけど。じゃあさ、仮に井口さんが僕を選んで納得できるの? 勿論、本当にそうなるかなんて分からないし可能性も低いけど、恨まないでいられる?」

「そこまで弱い人間じゃないつもりだ水谷」

「あー、格好良い人の考えてることって分かんね~!」


 なんでそれだけ真っ直ぐに生きられているのにわざわざ障害を設置するのかな。

 僕にその強さがあったのなら、とっくに井口に積極的になってメロメロにさせ、……させられてるかも。


「俺こそ水谷の気持ちが分かんねえよ! とにかくさ、互いに真っ直ぐやっていこうぜ、な?」

「……まあ井口さんに暗い顔されると気になるしね。あとね、ナコちゃん触りたいんだよぉ!」

「ぶっ、ははははは! 素直にならなきゃいけないのは水谷じゃねえかよ!」

「はは、そうかも。ふーむ、ありがちシチュエーションだし、匠馬君って呼ぼうかな」

「じゃあ俺は悠って呼ぶかなー」

「改めてよろしく、わざわざ馬鹿なことをした匠馬君」

「おう、じゃあ……素直になれない悠、と」

「帰ろうか」

「そうだな」


 でも駄目なんだよなあ、積極的になったら僕が敗北するだけだ。

 だってあの子可愛い笑顔見せてくるし、最近はなんか嫉妬とかもしてきたりするし。

 ……少しでも負けないように頑張ろうと、僕は決めたのだった。

今回は主人公がチョロインかな。

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