10.『恋愛』
読む自己。
月曜日。
テストが先週に終了したということもあって、全体的な雰囲気は明るいものだった。
六月を超えて七月に入れば期末テストがあるけど、一ヶ月間くらいは普通の生活を楽しめるので皆の気持ちも一応分かっているつもりだ。
「浅野君、一緒にご飯食べようよ」
「おう、食うか一緒に」
こうして少しずつ他の人といる時間を増やしていこうと考えていた。
彼の前の席を勝手に借りて机をくっつける。その上にお弁当を開封し箸でご飯を食べる――
「私も一緒に食べる」
というときに和佳が作ってくれた彼女用のお弁当を持った井口が唐突に来てしまった。
いや、これで浅野君と井口が一緒にいられるのならべつにいいのかもしれない。
「似たような弁当箱だな」
「うん、和佳さんが作ってくれたお弁当だから」
「ふーん、仲良いんだな」
「和佳さん優しいから好き」
確かに和佳は優しいけど、だからこそなにも返せなくて困るんだよね。
物を贈ろうにも「お金とっといて!」と躱されてしまうし、他の行動で返せるかと言えばそうじゃないしで、いまでもずっと考えているだけで終わってしまっているわけだ。
小さい口にせっせとおかずを運んでもしゃもしゃと食べる彼女から視線を逸らす。
「そういえば浅野君のお弁当は自分で作ってるの?」
「いや、母さんが作ってくれてるんだ。いつもレンチンばかりでごめんって謝られるけどさ、それでもわざわざ弁当を作ってくれるのって大変だろうし、感謝してるんだよ。ただ問題があって、なにをしてあげれば喜んでくれるのかそれが分からなくて……少し気恥ずかしいのもあるしな」
「そうだよね……僕も一緒だよ、和佳姉にもなにも返せてあげられないんだ」
頭撫でてくれれば十分とか言われても、それだけじゃしてくれたことに釣り合わなくて。
でもやっぱり浅野君はいい人だ。井口だっていい子だし、お似合いだと思う。
「井口さん、浅野君にもナコちゃん見せてあげたら?」
「べつにいいけど」
「なこちゃんって?」
「あ、井口さんが飼ってる猫なんだよ。シマシマで可愛いからさ、皆に知ってもらいたいなって」
こうやってフォローしていけば彼は素直になるし、猫好きになれば共通の話題ができるわけだ。
好きな女の子に百%素直になれる人ばかりではない。
彼みたいな人気な人、格好良い人、女の子からモテる人なら動くのが尚更難しいかもしれないので、少しずつ、お節介にならない範囲で協力していきたかった。
「俺も猫好きなんだよ! 今度見せてくれ陽菜乃っ」
「今日でいいよ、帰りに寄ってくれれば見せてあげる」
「ありがとな!」
「うん」
よし、ここで「犬が好きなんだけど」とか空気読めない言葉を吐く人じゃなくて良かったー。
「水谷く~ん、ちょっといいかな~」
「あ、廊下行こうか」
「うん、行こう行こう!」
ふたりは上手くいってるし僕がいる必要はないだろう。
微妙な雰囲気を残すことなく撤退できる理由を探していたので、本当に助かった。
廊下に出て壁に背を預け待ってみたものの、……彼女が一向に話そうとしない。
何故だと考えていたら袖がクイクイと引かれて見たら――
「なんの話?」
空気読めない子が付いてきてしまっていた。
教室内を見てみると少しだけ寂しそうな表情を浮かべている浅野君がそこにいて。
「井口さん、悪いけど戻っていてくれる? 山本さんも話しづらいだろうから」
「分かった、戻ってるから早く来てね」
「うん、すぐ終わるよ」
距離感を誤らない。でもそれはあくまで彼女も協力してくれないと無理だ。自分ひとりが頑張ったところでなにも意味がない。
……兎にも角にも井口は去ったので彼女に意識を向けると、彼女は「最近仲良いね」と呟いた。
「井口さんが優しいんだよ、それがなかったら僕のところになんか来ないよ」
「そうかな? ま、優しいほうがいいよね」
「そうだね。それでなんの用?」
「匠馬くんとも仲良いいよね水谷くん」
「た、たくま?」
「あ~浅野くんのことだよ!」
「あ、そうなんだ」
なんか響きも格好良いじゃないか……。
「言っておくけどホモとかじゃないからね?」
「あははっ、そんなの疑ってないよ~だって匠馬くんにはたくさん男の子のお友達がいるわけだし、そうしたらその……同性愛の人ばかりってことになっちゃうじゃん」
「ははっ、だね」
これは面倒くさいことになってきたぞと、僕は内心で苦笑をする。
こうしてこのタイミングで浅野君のことをだしてきたということは、つまりまあそういうことだ。
浅野君は井口が好きで、山本さんは彼が好き。……どっちを応援してもどっちかが傷ついてしまう。
「好きな人に近づいてほしくないってことだよね?」
「まさかっ、……そんなことは」
「素直にならないと駄目だよ」
「……違うよ、匠馬くんのことを好きなわけじゃ……」
僕はただ「好きな人」と言っただけで、浅野君なんて言ってないんだけどな。
「これは友達して言ってるんだよ? ふたりきりのときは偽らなくていいって言ったよね?」
「だから違うよ、勘違いしないで」
「そっか、ごめんね余計なことを」
「……うん、だけどなにかあったら相談させて」
「分かった、僕で良ければ、うん」
ふたりで教室に戻る。
向こうのふたりは悪くない雰囲気で安心することができた。
置きっぱなしだったお弁当箱を片付けて席に戻ることに。
格好良いや可愛いって生きづらい人生なんだろうなと少し分かった。
勝手な偏見だけど見た目がいいからこそ遠慮してしまうのではないかという考えが己の中にあって、彼女と浅野君の存在が特にそういう偏見に拍車をかける。
その点、井口はまるで気にしていなくて、自分のしたいように生きられている気が……。
いまだって仲良さそうに三人で話しているわけだし、少しずつでも真似してくれればいいかな。
「水谷君、どうしてもう席に戻るの」
まあ……、こうして空気の読めないところがあるのは玉の瑕だけど。
「席の子が戻ってきたら申し訳ないからね」
「水谷君も家に来てよ?」
「あ、ごめん、今日はちょっと用事があってさ、放課後一緒に帰るの無理なんだよ。残念だなあ、ナコちゃん見れないの悲しいな」
「……浅野君と帰る」
「うん、井口さんひとりで帰らせるのは心配だし、浅野君がいるなら僕も安心できるよ」
良かった、意外と聞き分けのいい子ではあるのだ。
少しだけ寂しそうな表情を浮かべる彼女に申し訳ないけど、これが本来正しい世界だから。
「あ、容器渡してね、僕が洗って和佳姉に明日も作ってもらうからさ」
「うん……」
「そう暗い顔しないでよ、和佳姉ならちゃんと作ってくれるからさ」
負担になっているのは確かで、だからこそ見ておかなければならない。
そういう点でも浅野君の存在はありがたかった。ふたりを見るのは僕には不可能だからね。
彼女は向こうから空容器を持ってきて渡してくれた。
「ありがとうっ、美味しいって食べてくれて和佳姉もきっと喜んでるよ」
「席に戻るね」
「うん。あ、家に帰るときは気をつけてね」
まだ授業も全部終わっていないのにこんなこと。
ただ、寂しそうな表情を浮かべられたら、どうしようもない。
距離を作るわけじゃない、適正な距離に戻せたらそれでいいんだから。
放課後、ふたりに挨拶をしてから駐輪場に向かう。
自転車のロックを外して跨がれば帰る準備は完了だ。
勿論、放課後になにかがあるわけじゃない。だから早く帰っても仕方がない。
逆に和佳へと負担をかけてしまうだけかもしれないけど、僕の“本来”に戻れるわけで。
無心でペダルをこいで家へと走る。
家に着いたらリビングのソファにダイブし寝転ぶ。
「あ~ナコちゃん抱きたいぃ……」
あの温かくて可愛い猫を抱いて寝たい。
ついでに言えばご主人さまも側にいてくれたら完璧だ。
だけどそれができない。浅野君が好きだって分かってしまったし、身を引くべきだろう。
「ただいま~」
「おかえり和佳姉~」
「だからそこ私の場所だぞ~」
「うん、どうぞどうぞ」
お弁当の容器を洗って「今日もありがとう」と言っておいた。
それからご飯を食べるとき用の椅子に座って姉を眺める。
可愛くて優しくてスキルが高くて胸が大きくて、どうしてモテないのか分からない姉。
学校でも同じように無防備だろうから下心ありで近づいてくる人間は多そうだけどなあ。
勿論、そういう危ない人に近づいてほしくはなかった。姉には楽しそうにしていてほしいから。
「悠君、告白……されちゃった」
「えっ、そっか、それでどうしたの?」
「お断り……した」
「えぇ、もうちょっと考えてあげれば良かったのに」
「全然分からない人だったから。それに……胸しか見てなかった」
「断って正解だ! 和佳姉は正しいことをした!」
下心があっても少しくらいは隠そうよ……。
「それにね? ……同じ学年の男の子が好きなんだ」
「え!? まじでっ? 協力するからさっ、教えてよ!」
「えと……浅野真人君って人で……」
「浅野って……お兄ちゃんってこと?」
「うん、そうだって言ってたよ」
まじか……どんな偶然だろうか。
でも、これまでそういうの聞いたことなかったし、浅野君のお兄さんなら和佳を任せられる気がする。
それにしてもなんかごちゃごちゃしてるなあ……。
浅野君は井口が好きで、山本さんは彼が好きで、和佳は彼の兄が好き、と。
「今度会わせてね!」
「う、うんっ」
井口が好きなのは誰なんだろう。……誰も好きではない可能性が大、かな。
和佳が弟の方を好きじゃなくて良かった。誰を応援すればいいか分からなくなるから。
やりやすいのは浅野君か。ナコちゃんの話をだしておけばきっと積極的になってくれるはず。
「ねえ悠君、悠君は誰か好きな子いないの?」
「うん、いないよ、昔から特別な意味で好きになれた子なんて誰もいないなあ」
「もったいないね、悠君格好良いのに」
「まさかっ、和佳姉に言われると傷つくよ」
格好良ければいまごろ友達が沢山いて、モテモテで楽しい、いや、少し違う人生だったと思う。
「なんで? 顔だけじゃなくて優しくできるところも格好良いと思うけどっ」
「いやいや、女の子を泣かすような人間が格好良いわけないよ」
そうそうこれだ! これのことを忘れところだった。
ふたりから言われたじゃないか、どんな理由であれ泣かせるのは最低だと。
そんな自分が興味を抱こうとしたのが間違いだったのだ。
「和佳姉はさ、そのまさとさんって人に一生懸命になってよ」
「う、うん……」
「部屋戻るね、ゆっくりしてよリビングで」
自室へと移動。
ベットに寝転んでスマホをチェックする。
「っと、メッセージきてるな」
あれからブロックも解除して頻繁ではないもののやり取りをしていた。
どうやらナコちゃんを写真を送ってきてくれたみたいで、僕は「ありがとう」と送っておく。
「可愛いなぁ……」
なんでご主人さまが抱いている状態の写真を送ってきたのかは分からないけど……。
「……壁紙にしておこう……」
悪用するわけじゃないし、べつにいいだろう。
やっぱりライバルいるよね。
完全に好きだと自覚させちゃうと書けないんだよね。
最初から付き合うとかして書ける人って凄いわ。
勿論、主人公意外が付き合うのは書けるけど。




