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第九話




 憂鬱だった梅雨が、平年より早く明けた。

 途端に蝉たちが夏が来たと嬉々として鳴き始め、空からは熱光線が降り注ぎ、半袖を着る人が一気に増えた。

 三連休の一日目の『パエゼ・ナティーオ』にも、お寺に来た人たちが涼みに立ち寄っている。午後まで少人数がコンスタントに出たり入ったりしていて、それなりの集客がある。

 雨の時期を凌いだジュリウスの体調も良く、今は一人で回している。久し振りに手伝いに来られた海貴也は、少し休憩をもらっていた。イタリアから送られて来たというジュリウスからの差し入れのクッキーを時々摘まみながら、キッチンカウンター前の席でタブレット端末とにらめっこをしている。


「よ。何してんだ?」


 そこに恭雪がひょっこり顔を出し、海貴也の正面に座った。


「有間さん。またお店サボりですか?」

「違うわ。休憩時間。てか、サボったことねぇよ」

「ちょっと集中したいんで、違う席に行ってくれると有難いんですけど」

「あれ。俺ジャマ?」

「まぁ……ちょっとだけ」


 恭雪を一瞥しただけの海貴也は、控えめに素っ気なくあしらう。冷遇された恭雪は大人しく言うことを聞く様子はなく、タブレット画面しか見ていない海貴也を不愉快そうな目で見る。


「……何かさぁ。最近のお前、俺に対して冷たくないか?」

「そうですかね?」


 本当はちょっと邪険にしたいのを、惚けて返事した。そして、本当に集中したいので離れてほしい。


「前はさ、大人しそうで小動物感出しまくりだったのに、ちょっと強気な感じ出てきたよな。うさぎから猫になった」

「小動物に変わりはないじゃないですか」


 確かに印象は以前と変わったが、恭雪の例えはズレていない。


「イラッシャイマセ、恭雪サン。メニューはお決まりデスか?」


 恭雪が来たのに気付いたジュリウスが、他の客の食事を配膳し終えてオーダーを取りに来た。


「おう。アイスコーヒーと、ホットサンドのハムチーズで」

「ワカリマシタ」

「あのさ。新メニュー、ホットサンドじゃなくて、何であのオープンサンドにしなかったんだよ」


 カフェの新しいメニューに、恭雪は少々納得いっていないようだ。前に食べたオープンサンドが、結構気に入ったらしい。新メニューを考えていると話を聞いた時にも、オープンサンドを押していた。


「どっちにしようカ、迷ったんデスけどね」

「ま。決めるのはお前だから、いいんだけどな。でも、マジで美味かったから、気が向いたら裏メニューにして出してくれよ」

「考えておきマス。───海貴也サン。おかわりはいかがデスか?」


 話の最中に、海貴也のグラスが空いているのに気付いたジュリウスは、アイスカフェオレの追加注文はどうかと聞いた。

 まだ留まる海貴也はおかわりを注文し、受けたジュリウスは溶けた氷が入ったグラスを持ってキッチンに消えて行った。


「……お前さぁ、俺のこと嫌いなの?」


 頬杖を突きながら会話の続きが始められたので、海貴也は一息がてら相手をすることにした。


「嫌いじゃないですよ」

「そうだよな。俺、何もしてないし」

〈何もしてなくはないと思うんだけど……〉


 他人を騙して面白がっていたじゃないかと、全てが明かされた時の一驚を目の前の性悪に味わわせてやりたくなる。


「でも最初は、どんな人なのか全くわかりませんでした。優しくしてくれたと思ったら、刺のある言葉を使うし。腹の底が見えないと言うか、掴み所がわかりませんでした。ジュリウスさんとの関係も曖昧にされるし」


 そこが一番苛ついたポイントだ。


「今は?」

「悪い人じゃないのは、何となくわかりました」


 本物の悪人ではないことは、ざっくりと理解した。大雑把にざっくりと。


「そうじゃなくて。席、移動してくれませんか」


 海貴也は再度交渉するが、聞こえていない筈がないのに恭雪は無視して話を続ける。


「俺とジュリウスが何でもないってわかって、めちゃくちゃ安心してるだろ」

「そりゃあ、まぁ……」


 一番の厄介者で、あれだけ悶々とさせられたのだ。二人が何でもない、ただのビジネスパートナーだと知った時の安堵感といったら、コーヒーチャレンジに失敗して久し振りにミルクティーを飲んだ時の数十倍だ。


「だろうな。もし本当に俺が付き合ってたら、お前勝ち目ないもんな」


 癪ではあるがその通りだと、海貴也は心の中で大きく頷いた。敵に背は向けたくないが、迷わず敗走しただろう。

 恭雪は、テーブルにあるクッキーを勝手に一枚食べた。


「けどお前、ちゃんとアイツをリードできんのかよ」

「何ですか、藪から棒に」

「だってお前()じゃん。明らかに()()()()()()()だろ」


ネコ」と言われた上に「見下ろされる」と発言された海貴也は、一瞬ギクリとする。透視され、自分のベッドでの役回りを見抜かれたのかと思った。

 しかし、さっきの例え話を利用しただけで、恭雪は専門用語を言ったつもりはない。もしもそんなディープな事情まで知り尽くされていたら、脅威の存在だ。


「アイツもお前と似たような部類だろ?だから俺は、上手くいくのか甚だ疑問な訳よ。お前は頼れる男になれるのか?」

「父親みたいなこと言いますね」

「年の差五歳の父親が何処にいるんだよ。見届け人の立場から言ってんだよ」

「ご心配なく。オレは既に決心してますから」

「本当かよ。恋愛経験なしのチェリーボーイが」

「ちょっ!」


 海貴也のリアクションを楽しむ恭雪は、意地悪く微笑む。

 今時「チェリーボーイ」は古い気がするが、その意味を知っていた海貴也は動揺する。キッチンにいるジュリウスをチラ見し調理に意識が向いているのを確認すると、声量を抑えて抗議する。


「勝手なこと言わないで下さいよ!オレだって、それなりに恋愛くらいしてきましたから!引っ越して来る前だって……」


 途中、海貴也は急ブレーキを掛けた。


〈危ない。これは言えないことだった〉


 ジュリウスには話してしまった過去の恋愛を、もし恭雪なんかに口が滑ってしまったら、死ぬまでしつこく不倫ネタでいじってくるに違いない。それこそ地獄だ。特にジュリウスをいじめられなくなった最近は、次のターゲットにした海貴也を逃がすまいと投げ縄を回している。それをかわすのに毎回必死だ。




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