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第五十話(終)




 カフェは午後の営業が始まり、ぽつりぽつりと客が来た。しかし今日は、何時もより午後の客足が少ない。常連の白髪の男性すら来ず、今日はどうしたんだろうと二人は話した。

 日が傾き始めた頃に一人だけいた客が帰って行き、それからぱったりと誰も来なくなった。空が茜色から紺色になると、人の気配もしなくなる。


「……誰も来ませんね」


 暇を持て余す二人は、三杯目のコーヒーを片手にまったりとしていた。


「こんな日は珍しいデス。町内の皆サン、何処かに行ってるんでしょうカ」

「……あ。そう言えば駅で、隣町のお祭りの貼り紙見たな。神社のお祭りがあるって」


 パソコンで自作された祭りの貼り紙には確か今日の日付が書かれていたと、海貴也は言った。その話をすると、ジュリウスも山科さんから祭りの話を耳にしていたことを思い出した。


「それじゃあ皆サン、お祭りに行ってるんデスね」

「終わるの夜だし、今日はもうお客さん来ないかもしれないですね」

「……それナラ……早めに閉めちゃいましょうカ」

「え。いいんですか?」

「たまにハ」


 これ以上の集客が望めないならと、ジュリウスは判断した。閉店するにはまだ一時間早いが、『パエゼ・ナティーオ』は時間を前倒しして営業終了となった。

 そのまま夕食の準備に取り掛かり、一階のキッチンで二人並んで料理を始めた。今晩のメニューは、圧力鍋で作る豚肉のトマト煮込みと、サフランライスだ。デザートは、残ってしまったケーキを二つずつ食べた。

 食後のコーヒーを飲みながら雑談をしていると、夜だというのに外から大きな音が聞こえてきた。反応した海貴也は、扉の窓から暗い空を覗いた。


「あっ。花火だ。ほら、ジュリウスさん。見て下さい」


 海貴也が呼ぶと、ジュリウスは隣に寄って行った。針葉樹の林の上に、丸い花火が半分くらい見える。


「外出てみましょうよ」


 海貴也は日本人の血が騒いで、ジュリウスは誘われるがままに、店の外に出た。しかし、林が邪魔をしてやっぱりよく見えない。無駄だとわかっていながら、海貴也は踵を上げて一生懸命背伸びをする。


「うーん。見えない」

「砂浜の方が見えるかもしれマセン」


 打ち上がる花火の方向から推測したジュリウスの提案で、プライベートビーチに下りてみた。すると林が途切れているおかげで視界が開け、丁度いいタイミングで打ち上げが始まった。


「キレイだなぁ……」

「キレイデスね……」


 連続で打ち上がる鮮やかな花火を、二人は並んで見上げる。季節外れの花火も夏の花火に遜色なく、その美しさは胸を打つものがある。人を魅了し、人の心を動かす不思議な力がある。


「アノ時とは違いマス」

「あの時って……夏の花火大会ですか?」

「アノ時も、キレイだとは思いマシタ。ケレド、何か虚しくテ、寂しくテ……。海貴也サンがいればよかったのにって思ったんデス」

〈ジュリウスさん……〉

「オレも、同じことを思いました」


 同じ場所にはいたけれど、それぞれの隣にいたのはいてほしい人の代わりだった。優柔不断で、本心に気付けなくて、心は別の所に置いて来てしまっていたから、花火の色も音も幻想でしかなかった。


「デモ今日は海貴也サンと一緒に見られたカラ、アノ時の何倍もキレイに見えマス」


 だけど今日は、いてほしい人が隣にいる。それだけで何もかもが違う。花火の色は色彩豊かで鮮やかに、音は身体中に響き渡るほど臨場感がある。あの時とは感性が全く違う。

 ジュリウスは嬉しそうだった。そんなジュリウスを見て、海貴也も嬉しくなった。

 二人は、どちらともなく手を繋いだ。


「ジュリウスさん。これからは一緒に色んな所に行って、色んなものを見ましょう。来年こそは早咲きの桜を見に行って、夏は花火大会と天の川を見に行きましょう。秋は紅葉を見たり、美味しいものを食べに行って」

「冬は、スキーデスか?」

「冬は……寒いの苦手なので、インドアで。……あ。そうだ。一緒に年越しして、初詣行きましょうよ」

「私、温泉に入ったことがないノデ、温泉にも行きたいデス」

「それじゃあ、旅館に泊まって年越しもいいですね。今年行けるかなぁ」


 提案した海貴也は、案件がどうの印刷所がどうのと一人でブツブツ考え始める。真剣に考える海貴也を見つめるジュリウスは、クスリと笑った。


〈海貴也サンと一緒ナラ、きっと何処にでも行けル。もう何も怖くナイ。怖がらなくてイイ。今は、こんなにも優しくて温かイ、寄り掛かれる場所があるカラ……。私はこれから───〉

「これからの人生、楽しみましょうね」


 心の中で思ったことが、海貴也の言葉と重なった。偶然の一致にジュリウスは一瞬驚くが、考えていることが一緒だったことが嬉しくなった。


「……ハイ。楽しみデス」


 二人は笑い合った。そして、これから何がしたいかを思い付く限り話そうと言った。


 ジュリウスの新たな門出を祝福するように、打ち上がる花火。これからの日々が彩り豊かであるようにと、願ってくれているようだ。プランターに咲き始めたベゴニアも、幸福な日々の始まりにささやかながら彩りを添えてくれている。


 夜空に上がる花火を見ながら、二人は思う。

 今日より明日が、明日より一年後が、そして、その先の未来が笑顔の日々でありますように。

 そして何時までも、大切な人の隣にいられますように。

 その願いに応えて、虹色の大輪の花が咲いた。




 曇り空は、何時しか晴天になった。

 でも、もう太陽は怖くない。

 陽光の下には、希望という美しい花々が咲いているのだから。


 さぁ。ここから再び、二人で歩き出そう。









 《おわり》




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