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第三十九話




 本気になる季節が過ぎ去り、太陽が仕事を怠けるように海の向こうへ帰って行こうとする夕方。

 太陽に急かされることを知らない客たちは、おしゃべりや読書に夢中になっている。海貴也もその中に混ざっていた。

 今日は車で隣町まで足を延ばし、三角屋根が特徴のチェーン展開するカフェに来ていた。隣町は、海貴也が住んでいる町よりは大きい。漁港があり、朝市があるとわざわざ隣県から来る人もいる。

 木目調のテーブルにはアイスミルクティー。そして正面には、美郷が座っている。

 二人は店の入り口で偶然会い、美郷の誘いで相席することになった。そして何故か、恭雪から渡されたメモ用紙の話になり、「お星様に願い事なんて懐かしいなぁ」と少女の時分を懐古する美郷に、意味が気になるけど訳せないという悩みを相談していた。会ったのは二度目で、ちゃんと話すのは初めてなのに。


「恭雪も、酷いこと押し付けるわね。何で本に戻さないのかしら」

「ほんとですよね」

「変なところでお節介なんだから」


 しょうがない人ねと表情で付け加えると、ソフトクリームが乗ったデニッシュを一口頬張った。このカフェのこのメニューが昔から好きで、一人で一皿をペロリと平らげてしまう。隣の席の女子高生二人は、同じものをシェアして食べているのに。


「で。佐野くんは、それを訳そうか迷ってるのね。恭雪の所為で」


 美郷には、悩んでいる理由を話した。願い事を勝手に訳すのは申し訳ないと思うこと。恭雪に新たな秘密を示唆されて、尻込みしていることを。


「申し訳ないって思ってるなら、返せばいいのに」

「ですよね……。でも、自分の名前が書いてあるって思うと、どうしても気になってしまって……」

「うーん。それはわかるかも。きっと私も気になっちゃうわ」

「それに、隠し事なんて言われたら余計に気になります」

「あ。それなんだけど」


 言い掛けなのに、美郷はデニッシュをまた一口食べた。海貴也は、彼女の口の中が空っぽになるのをミルクティーを啜って待つ。

 美郷は完全に飲み込むと、再び口を開いた。


「隠し事じゃないんじゃないかしら」

「どうしてそう思うんですか?」

「だってそのメモ用紙、短冊なんでしょ?だったら、お星様への願い事が書いてあるんじゃない?短冊に秘密を書くなんて、おかしいわよ」


 確かに。「海貴也サンに○○がバレませんように」とか書いてあるのかと海貴也は思っていたが、そう言われてみればおかしい。よくよく考えてみたら、恭雪はそれが短冊だと知らずただのメモ用紙だと思って渡してきている。隠し事が書いてあると言ったのも、単なる予想だ。

 海貴也はまた、恭雪の言葉に踊らされた。


〈ということは、ジュリウスさんがオレに何かを望んでるような内容……とかかな?〉


 普通の願い事だとわかり少しは気分が軽くなった海貴也だが、心境は一旦停止の標識を前に少々複雑だった。


「どうするの?訳してみる?それともこっそり返す?」

「……やっぱり、返した方がいいですよね。勝手に探るのは胸が痛みます」

「うん。そうね。そうした方がいいわ」

「そもそも……」


 鬱積するものを言いかけて、口を止めた。美郷は聞き流そうにも、その一言の先が気になってしまった。


「……何、そもそもって?願い事が何なのか以前の問題でもあるの?」


 会ったのは二度目でちゃんと話すのは初めてなのに、こんな悩みを彼女に打ち明けてもいいのかと海貴也は言い渋る。

 隣の女子高生たちは、デニッシュの上のソフトクリームが溶け始めているのも気に留めず、話に夢中になっている。どうやら、共通の友達が酷い別れ方をしたという話で盛り上がっているようだった。「めっちゃかわいそー」「だよねー。チョー同情するんだけど」と、高いトーンで会話する。ソフトクリームが溶けているのに気付くと、「ヤバ!溶けてるんだけど!」「本当だ!うちら放置し過ぎー!」とどうでもいいことで笑った。友達に同情するのと変わらないトーンで。

 美郷はナイフとフォークを置き、聞いてあげるから遠慮なく何でも言ってと微笑み掛けた。その微笑みに、不思議と安堵感を覚えた。


「……今の自分に、ジュリウスさんの願い事を知る権利はないと思うんです」


 そう前置きして、海貴也は抱懐を話し出した。

 身内のアルビニズムの訃報を受け悲しみに打ち拉がれたジュリウスを前に、何もできなかった。それが悔しくもあり、ジュリウスとのことを浅はかに考えていたことを思い知った瞬間だった。

 少しは変わったと思っていた。けれどその根っこである本質は、全く変わっていなかった。

 思い知らされた瞬間、初めてジュリウスの真実を聞いた時のことを思い出した。あの時から何も進歩していない自分に、ジュリウスに向き合う覚悟ができていたんじゃないのかと自分に落胆し、嘆いた。


「だから、ジュリウスさんが自分に何かを求めているとしても、応えられる自信がないんです」


 自分を過信し過ぎてたのだろうか。そう疑わずにはいられなかった。

 その悩みを生んだ一因は、惰性的な交際にあるのかもしれない。選り好みをせず、きちんと誰とでも付き合っていたら良かったのだろうか。

 海貴也は、変わるタイミングを見誤ったのだろうか。

 ジュリウスと出会う前に少しでも変われていたら、この後悔はなかったのだろうか。


 ───そいつのこと、同情から好きになったんじゃないよな。


 亨から言われた言葉が甦った途端、海貴也の意識は凍り付いた。

 自分の中にあるジュリウスへの想いの全てが、その形を歪にさせていくようで怖くなった。




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