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第十四話




 賑わう街とは欠け離れた平凡な町にも、ポツリポツリと明かりが灯る。劣化で黄色味がかった防犯灯が、侵食し始めた夜に心ばかりの明るさを灯し、塀の中の夾竹桃きょうちくとうはその光を受け、ピンク色の花びらを暗い中にぼんやりと浮かび上がらせている。

 営業を終えたジュリウスは、店内の清掃など閉店作業を済ませて夕食の準備に取り掛かろうとしていた。以前のように二階から必要な調理器具と食材を持って来て、夏らしく冷たい料理を作ろうと考えていた。

 包丁を持って食材を切り始めた時、店の扉を叩く音がした。海貴也にしてはまだ早過ぎる。

 誰だろうとフロアに出ると、恭雪が扉のガラス窓から顔を覗かせていた。


〈恭雪サン?〉


 ジュリウスは鍵を開けて、恭雪を中に入れた。手元を見ると、保冷バッグを持っている。


「どうしたんデスか?」

「悪いな、閉店後に。ちょっと時間あるか?」


 少しなら大丈夫なので、夕食の準備は中断して恭雪の用事に付き合うことにした。

 恭雪は持っていた保冷バッグを近くのテーブルに置き、中から透明容器を出した。


「コレは?」

「ゼリーの新作を試作してみたんだ。うちの奴らにも食べてもらったけど、お前にも感想聞きたくてさ」


 早速食べてみてくれと、持って来たプラスチックのスプーンと一緒にゼリーを渡した。

 新作にと考えたのは、マスカットのゼリー。中は層になっていて、緑がかった透明なゼリーと白っぽいムースが三層に重なり、上にはシュガーコーティングされたマスカットが一粒乗っている。照明が当たって控えめに輝く姿は、淑やかなお嬢様を思わせる。

 見た目にも爽やかなゼリーを、ジュリウスは一口食べた。


「どうだ?」

「……ゼリーは、普通のマスカットゼリーではないデスね」

「白ワインを入れたんだ。香りが良くて、大人向けになってるだろ」

「ハイ。コノ、砂糖でコーティングされたマスカットの粒モ、甘くて美味しいデス。下のムースとレアチーズも悪くない気がシマスが……もう少し全体のバランスを考えた方が、もっと美味しくなると思いマス」


 ジュリウスの感想に、恭雪は一つ唸った。さっきも店でもう一人のパティシエに試食してもらったら、「いまひとつ」と意見をもらっていた。自身でもそれは気付いていたので、まだ改良が必要だと確信した。


「そうか。参考になった。ありがとな」


「デモ、コレも美味しいデス」と、試食のゼリーをジュリウスは完食した。


「ところで。エプロンなんか着けてどうした?」

「これから海貴也サンが夕食を食べに来るノデ、準備をしていたところなんデス」

「アイツ、これから来るの?じゃあ、試作品アイツにも食ってもらおうかな」


 保冷バッグの中には、もう一つゼリーが入っている。海貴也が来ると想定していた訳ではないけれど、少し多めに持って来たのだ。


「来るのは八時くらいになってしまいマスが、一度お店に戻りマスか?」


 海貴也が来るのは、あと三十分後だった。自分は夕食の準備があるし、恭雪も店に戻ってゼリーの改良や明日の準備などやることがあるだろうと思った。

 でも恭雪は、三十分なら待つと言った。店の方は、従業員に任せてあるから大丈夫だと言う。


「夕食の準備、何か手伝うか?」

「イイエ。大丈夫デスよ」

「ただ待ってるのも暇だし。皮剥きでも何でもやるぞ」

「……それじゃあ、お願いシマス」


 試食を持って来ただけの恭雪と一緒に、何故か料理を始めることになった。二人はキッチンに並んで立ち、恭雪は自分が食べない食事作りの手伝いをした。

 八時過ぎになり、その頃に夕食もできあがった。テーブルセッティングをして、二人分の食事を並べる。作ったのは、トマトの冷製スパゲッティとピーマンの肉詰めだ。

 もうそろそろ海貴也も来る筈だった。けれど、約束の時間から十分経っても現れない。でも少しくらい遅れることもあると気にしなかった。しかし、二十分経っても三十分経っても、扉を開ける者は誰もいない。

 時間は八時半を過ぎた。苛立ち始めたのはジュリウスではなく、恭雪の方だった。


「アイツおっせぇなぁ。八時頃って言ってたんだろ?」

「エェ……」

「会社の先輩に拉致られたんだっけ?にしたって、遅れるって連絡の一つくらいできるだろ」


 あれから海貴也は、メッセージの一つもよこしていなかった。体調を心配して電話をするくらいマメな人なのにと、ジュリウスは少し珍しく思った。


「引き止められているのかもしれマセンね」

「時間に合わせて作ったのに。俺が作ったピーマンの肉詰め、冷めたじゃねぇか」


 頬杖を突く恭雪は口を尖らせる。別に海貴也の為に作った意識はないだろうが、まるで夫が夕飯を食べて帰って来ようとしているのを知らずに待っている妻のようだ。その反対に、ジュリウスは心配以外していない。


「まぁ、パスタは冷たいものを作りマシタし。おかずは温めればいいだけデスよ」

「……まぁ。新顔だから、先輩からの誘いは断れねぇしな。……一度お前から連絡してみれば?」

「そうデスね」


 恭雪に言われ、ジュリウスは海貴也にメッセージを送ってみることにした。


 「海貴也サン。まだ来られマセンか?」


 すると、一分と経たないうちに返信が来た。


 「すみません。今日は行けなくなりました」

 「先輩の方と一緒デスか?」

 「酔っ払った先輩に、引き止められちゃいました。だから、ごめんなさい」

 「ワカリマシタ。コチラのことハ、気にしないで下サイ」


 それならやむを得ない。日本の文化を勉強している時に、会社の人との付き合いを大切にするのは日本のサラリーマンの礼儀なのだと学んだ。

 諦めたジュリウスは、テーブルにスマホを置いた。何だか寂しいのは、何故なのだろう。「必ず行く」と言っていたのを、信じていたからだろうか。


「……海貴也サン。今日は来られないみたいデス」

「そうか。じゃあ、しょうがねぇな。……そしたら、この飯どうする?」


 折角作った二人分の夕食が、このままでは無駄になってしまう。恭雪も手伝ったのに、手を付けずに一食分を廃棄してしまうのももったいない。明日の朝食に回すこともできるが……。


「……恭雪サン、食べマセンか?」

「いいのか?」

「二人分も食べられないノデ」


 作るのを手伝ってくれたお礼としては少し複雑な事情になってしまったが、食べてくれる人がいるならその方が有難い。

 海貴也に食べてほしかった。美味しいと言いながら食べる姿が見たかった。久し振りに話もしたかった。

 二人は向かい合って座り、食べ始めた。

 正面に座っているのが恭雪だというのが、ジュリウスには不思議と違和感だった。




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