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第十話




 だが、運良く言い掛けたことは拾われなかった。


「隠すなよ。今の時代、ハタチ過ぎても経験なしは珍しくないからさ。恥ずかしいことじゃない。胸を張って生きろよ、佐野」

〈モラハラじゃないか、それ〉

「……オレだって、有間さんのこと信用してる訳じゃないですからね」

「さっき、嫌いじゃないって言ったじゃねぇか」

「嫌いじゃないですけど、信用してません」


 控えめに反撃をする海貴也。未だに信用ならない恭雪には、早く婚約者と籍を入れて四方八方を固められ、身動きできないようになってほしいと思っている。


「何でだよ」

「散々オレのことからかったじゃないですか」

「からかってねぇよ。面白半分で話しただけだろ」

〈それをからかったって言うんじゃないのか〉

「特に、ジュリウスさんの友達やめろは行き過ぎです」


 海貴也は、あの夜に恭雪が言ったことを言及した。唐突に第三者である恭雪に、ジュリウスと友人関係を解消しろと意味不明で一方的な勧告を受け、不快極まりなかった。


「あの時の有間さん、あれは完全にふざけてなかったですよね。凄い真剣でしたけど、何でなんですか?」

「そうだったか?ガチのつもりはなかったけど。……まぁ、ジュリウスのことを考えて言ったんだろうな」

「過剰なスキンシップと同じように、ジュリウスさんを思ってですか?」


「そうだ」と肯定しながら、恭雪は二枚目のクッキーも勝手に食べた。

 二人が話している間、海貴也の視界をジュリウスが何度も横切る。海貴也のアイスカフェラテを用意する合間に、注文を聞いたり会計をしたり食器を下げたりと、少し忙しくしている。


「本当ですか?正直あの時の有間さんは、ジュリウスさんの為というか、別の目的があるように感じたんですけど」

「別の目的?そんなもんねーよ」

「軽い気持ちでとか、警告だとか、話している有間さんは、こっちを不愉快にさせるような口調と顔付きでした。ジュリウスさんのことを気遣ってだったら、その時にちゃんと体質のことも教えてくれても良かったじゃないですか」


 確かに、その時に恭雪の口から説明があっても良かった。必要な情報であると恭雪にも自覚はあった筈。何故、あの時言わなかったのだろう。ジュリウスに配慮したのだろうか。


「後でちゃんと教えただろーが」

「そうですけど。何と言うか……オレを試すようでそれとは違って、意図的なものを感じたと言うか、どこか本気だったと言うか」


 あの時、恭雪が見せた鋭い眼差し。あれには、彼の情意がそのまま映し出されていたように感じた。だから海貴也は、そこから雑感を抱いた。


「本気だった?」

「オレにも、上手く説明できないんですけど。その本気さを見た所為で、二人の関係を察したところはあります」

「オレとジュリウスがデキてるって?」


 すると、恭雪は笑った。流れるBGMに邪魔にならない程度だったが、キッチンにいるジュリウスだけは少し視線を動かした。


「バカかお前は。あんなん演技に決まってんだろ」

「本当ですか?」

「あれがマジだったら、お前今頃ショックで引きこもりになって、また引っ越してるだろ」

「そのくらいで引きこもらないし、引っ越しもしませんよ」


 失恋が原因で引っ越して来たことを話したはいいが、余計な印象付けをさせてしまったかもしれない。次は何をネタにされるのだろう。


「何より、ライフワークのスキンシップをやめてるんだぞ?お前の気持ちに配慮してだってことが、わからないのかよ」

〈あれをライフワークにしないでほしい……〉

「俺は気を遣って犠牲になってやったんだ。その辺、ちゃんと評価してほしいわ」

「犠牲って……。まるで有間さんが、本当にジュリウスさんを好きだったみたいに言わないで下さいよ」


 海貴也がそう言うと、水を飲んでいた恭雪がむせて咳き込んだ。それには周りの客たちも反応して、横目を向けた。


「だ、大丈夫ですか?」


 気管支の異常が落ち着くと深く呼吸をして、口の端から漏れた水滴を手の甲で拭うと、恭雪は軽く正面の犯人を睨み付けた。


「お前が、突拍子もないこと言うからだろ」

「すみません」

「ったく。からかってきた俺が手を出す訳ねぇだろ。そもそも、そんな目でアイツを見てねぇよ」

「失礼しました」

〈て言うか、からかったって言った。やっぱり楽しんでたんだ〉


 そんな、傍目からは仲良さげに見える二人の所に、トレーを持って再びジュリウスが来た。


「どうかシマシタか?」

「何でもない」


 ジュリウスからアイスコーヒーとホットサンドを受け取り、ようやく恭雪は海貴也のテーブルから離れて窓側の席に移動した。

 ジュリウスは、トレーの上に残ったアイスカフェオレをテーブルに置く。


「何をしているんデスか?」

「広告デザイン賞の受賞作を見てるんです」


 先程からずっとタブレットと対面状態の海貴也は、新聞社が主催する広告デザイン賞の過去作の一覧のページを見ていた。一般参加部門と広告主参加部門それぞれで選ばれた、同じものなど何一つない数々の作品が紹介されている。

 知り合いが受賞したのかとジュリウスが尋ねると、そうではないらしい。どうしてこれらの作品が選ばれたのか、海貴也は自分なりに考えていた。それを考えれば、自分が新たに何を持たなければならないのか、今の時点で自分のどういう点が今後も生かすことができるのかがわかりそうだった。

 勉強熱心ですねとジュリウスが言うと、わかりやすく海貴也は照れた。


「オレはまだ、この人たちみたいなものは作れないです」

「デモこの前のプレゼンは、うまくいったんデスよね」

「あれは先輩のおかげなので。オレの元のアイデアは、三割生きてたかどうかですよ」


 海貴也は眉をハの字にして、自虐的に笑った。実際に結構な直しをさせられ、作業中折れそうな心を何度もガムテープを巻いて補強した。プレゼンをクリアするまで、丸々一個分くらい使ったかもしれない。


「応募はしないんデスか?」

「うーん。もう少し自信が付いたらですかね。今はまだ修行って感じです」

「人の代わりに表現するっテ、難しいんデスね」

「相手と脳ミソが繋がってればいいのに、って思いますよ」


 あの青いネコ型ロボットに頼めば、そんなアイテムをお腹のポケットから出してくれそうだと思いながら、新しいアイスカフェオレを啜った。


「私が知識があれバ、何かアドバイスできるんデスけど……」

「そんな。気遣ってくれなくてもいいですよ」

「私、海貴也サンに助けてもらってるノデ、何か少しでもお返しをしたいんデス」

「お返しなんて、オレは……」

「こうしておもてなしする以外に私は何もできないノデ、申し訳ないような気がするんデス」

「そんなことないですよ。オレはジュリウスさんの為に……」


 贈られる真心を遠慮しようとした海貴也は、ジュリウスを見上げた。見慣れた褐色の両眼と視線が交わると、すぐにタブレットに戻してしまった。


「好きでやってることですから」


 その時、海貴也のスマホにLINEが届いた。ロック画面に通知された亨の名前が見えると、慌ててスマホを隠した。


「…?どうしたんデスか?」

「な、何でもないです」


 続けて音が鳴る。海貴也はメッセージをその場では開かず、店の外に出てメッセージを開いた。

 「仕事と家庭のストレスが溜まる一方だ」「前みたいに海貴也とドライブしてリフレッシュしたい」と来ていた。

 画面を見つめ、海貴也は煩雑な思いになる。

 久し振りの手伝いだとやる気をみなぎらせて来たのに、今日はジュリウスとあまり目を合わせられていない。何時も通りにしている筈が、視線が交わるとさっきのようにすぐに逸らしてしまっている。


「目を逸らしたの、不自然に思われてないかな」

〈何か変だ……。何だ、この心境……〉


 まるで靴下をちぐはぐに履いてしまったように、些細な変化が何だか気持ち悪かった。

 七夕の夜に互いの身体の距離が近かったからじゃない。もう、そんな思春期の男子中学生のような精神状態じゃない。

 では、一体何が原因なのか。

 たった一回の疼きから芽吹きかけているのを、海貴也の深層はわかっている。しかも、今ならまだ簡単に取り除くことができることも。

 ただしその根っこが、地中に張り巡らされていなければの話だ。

 もし芽吹きを自覚できたとしても、その芽は意外としぶといのかもしれない。




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