これは天使の取り分です。
善晴の出勤時間は朝10時。
夕方18時の店じまいまでに、毎日きっかり1冊と半分のライトノベルを読み、残りの時間は新聞やスマホのニュースアプリに目を通しながら過ごす。
午後になって、ごくたまに常連客がやってくる。
その応対をしながら、気まぐれに酒瓶に薄く積もった誇りを拭き取ったり、ラベルが美しく外側を向くように整えたりするわけだ。
出勤から数時間。
善晴は、壁にかかったオルゴール時計をみる。
「……昼か」
時刻は12時30分。
ここまでひとりも客はない。
天使、とはいえ地上生活3000年目だ。
腹だって減るし、眠くなる。そして、たまには恋人がほしいとか、そういう当たり前のことを感じたりも……、
「……何考えてんだ、俺は」
善晴はふるふると頭を振る。
恋人がほしい?
恋人が、ほしい?
いやいやいや。
……いやいやいやいや!
「ふふ、俺としたことが。読んでたラノベに引っ張られるとは……『このさいあくの世界でさいこうの恋を』、文字通り最高だったな。うん」
『このさいあくの世界でさいこうの恋を』……人気作家、白崎える先生の最新作ラノベである。
純愛系のラブストーリー。
両片思い、すれ違い、青春。
恥ずかしいくらいに王道で、恥ずかしいくらいに泣ける作品だった。
白崎える先生はすごい。
デビュー作から追っているが、これはいよいよアニメ化希望だ。
午前中にそんなものを読み切ったから、「恋人がほしい」なんて寝ぼけたことを思ってしまったわけだ。
バカな、と善晴は思う
俺は天使だぞ。
清く正しい、神サマの軍勢。
いくら人間界に潜伏するエージェントとはいえ、「恋人がほしい」だなんて。
しかも、頭に浮かんだ顔が――3000年の腐れ縁、不倶戴天のクソ悪魔、黒井シエルだなんて馬鹿げている。
断じて、馬鹿げているぞ。
「ふっ。気分を切り替えてコンビニでも行くか……うん?」
背負ってきた本革のリュックから財布を取り出そうとすると。
「……弁当だ」
巾着に包まれた弁当箱が入っていた。
上部がいびつに盛り上がっている。
「おにぎり、か?」
こんなものをリュックに仕込む人物、いや、小悪魔には一人しか覚えがないが。
おそるおそる巾着を開けると、アルミホイルに包まれたおにぎりと弁当箱と一緒に小さなメモ帳の切れ端が入っている。
『ふははは、シエルちゃん参上っ!
これでもかってほどに唐揚げを詰め込んだ弁当箱と、おにぎりの中身も唐揚げだぞ~。食べ物を無駄にできない天使クンに、悪魔的な高カロリー攻撃だ、恐れ入ったか☆
追伸。
食べる前にはちゃんと手を洗うんだぞ!』
可愛らしい、丸文字だった。
あの小悪魔の、手作り弁当か。
「…………349回目だな」
善晴はにやけそうになる顔を無理やりに渋くして、呟く。
こうしてメシテロ(物理)を食らうのは今回で349回目である。
我ながら律義に数えているな、と善晴は思う。……部屋に忍び込んだ回数を記憶しているシエルを笑えない。
天使は善い存在故、もちろん食べ物を無駄にすることはできない。
だから、この敵から送られた塩ならぬお手製唐揚げ弁当を甘んじて食べるのは仕方がないこと。
そう、業務のうちなのだ。
「ありがたくいただくとするか」
この弁当箱、どうしようかと一瞬思うが、どうせ店じまいの前には、あの悪魔は勝ち誇ったような笑みを浮かべながら「誘惑しにきてやったぞ、天使クン☆」とか言いながら、酒を買いに現れるであろう。そのときに返却すればいいだろう。
「いただきます! ……うま」
唐揚げは、悪魔的な旨さだった。
弁当に入っていたにもかかわらず、衣がまだサクッとジューシーなのは、なにか悪魔の力が作用しているのだろうか。
たしかに超高カロリーを感じる唐揚げ(しかはいっていない)弁当と唐揚げおにぎりを頬張りながら、善晴は思う。
「……あいつ、腕あげたな」
夕方に、シエルが店に来たら、ちょっとだけ褒めてやろう。
きっとあの小悪魔は、
「ほめたって誘惑はやめないからねっ、天使野郎!」
なんて。
顔を真っ赤にして怒るに違いない。