第6話
「起きろ!」
「うわっ!?」
久しぶりにハイアサースにたたき起こされる康大。
寝ぼけ頭で周囲を見ると、当たりは真っ暗であった。
豪邸だけあって室内の灯りはちゃんと灯っていたが、それでもかなり遅い時間であることは分かった。
まさか以前のように、1日+半日寝てたという事もないだろう。
そう思いながらも念のため、どれぐらい時間が過ぎたかハイアサースに聞いてみた。
「あれからどれぐらい経った?」
「ああ、半日ぐらいか。結局あれから海賊達が頑張ってな、今から出航できることになったぞ」
「そうか……」
まだ少し寝足りなかったが、早く出発できるならそれにこしたことはない。
自分の疲労より、人の命だ。それぐらいの分別は康大にもある。
康大はゆっくり起き上がる。
なにかゾンビになってからやたら眠くなることが多い気がした。現実世界にいた頃は5時間寝れば充分だったのに。
康大はハイアサースに連れられ、別の応接室のような部屋に移動した。
そこには既にダイランドはいなかったが、代わりに呼びもしない人間がいた。
「むっ!」
「あ、来てたのか」
康大は明らかに敵愾心を向けるザルマに、家に帰ったらいた友達に対する気軽さで言った。
尤も、お互い友達とは思っていないが。
「どうも気持ち悪い嗅覚でここを嗅ぎつけたようでござる。死ねばいいのに」
「け、圭阿卿……」
「コータが寝ている間、鎧の件でこの男と色々話していたが……」
ハイアサースが彼女にしては珍しく複雑そうな顔をする。
「色々とアレだな」
「お前にまで言われるとかもうどうしようもないな」
「な、なにおう!」
「いや、お前自身ある程度そう言う目で見ていられることを理解して欲しい」
「なんだと……」
ハイアサースの顔から生気が失せ、ガックリと肩を落とす。
ザルマと同類と扱われるのが、よほどのショックだったようだ。
(むしろこの短期間でそこまで思わせるとか逆にすごいな)
駄目さも突き抜ければそれはそれで尊敬に値した。
「ところで貴様! 聞いたところによるとこの牛女が婚約者というではないか!」
「う、うし!?」
ハイアサースが絶句する。
「お前の好みはこういう年増の牛女なのだろう!? なぜそれで可憐で凹凸が少ない圭阿卿に近づこうとするのだ!」
「誰が年増で牛だ!」
「遠回しに私のこともこき下ろしおってこの痴れ者が!」
「うげっ!」
女性陣2人の怒りを、ザルマはその後頭部に同時に受けた。
「……まったく、本当にどうしようもない奴だ」
「康大殿、そしてはいあさーす殿、この塵芥のせいでご迷惑をおかけし、申し訳ありませぬ。ですがこれには一向に子づくりしないお2人にも原因があり、この上は一刻も早く交わって世継ぎを……」
『だからその話はもういいから』
康大とハイアサースは声をそろえて言った。
圭阿は相変わらず不満そうだったが、口に出しては何も言わなかった。
「それより出発の話だ。具体的にはいつ出るんだ?」
「ほぼ準備は完了しているそうでござる。康大殿の準備が整えばいつでも」
「準備ねえ……」
今回の旅は馬車と違って船旅であるため、かなり多くの荷物が詰め込める。
だが康大はこれまでの旅を通し、必要な物とそうでないものの区別がつくようになっていた。もう鍋を持っていこうなどとは思わない。
それに日用品は船に元からあるだろうし、必要な物と言えば、せいぜい薄味すぎるこのセカイの料理を少しでもマシに出来る調味料ぐらいか。
「ダイランドからまたスパイスもらっとけばよかったな」
「かれーでござるか!?」
圭阿の目が輝く。
康大にはあまり食べ物に拘らない人間に見えたが、カレーだけは別らしい。
(しかしそこまでハードルを上げられると困るんだが……)
康大は若干引いた。
「ひょっとしたらこの館に残っているかもしれないでござるよ!?」
「あ、ああ……」
康大は声に出しても引き気味に応え、念のため近くにいた使用人のあるかどうか聞いてみた。
だが調味料に関してはダイランド以外料理人すらその材料も調合も知らず、結局何も手に入らなかった。
「こんな事ならだいらんど殿が帰る前に、聞いておくべきででした。まさに一生の不覚」
「ま、まあまた縁があればどこかで会えるさ。とにかく皆が待ってるなら、なるべく早く行こう。必要な物も向こうが用意してくれてるだろう」
「うむ!」
何故かザルマが力強く頷く。
この実力に見合わない調子の良さは、康大にはむしろ羨ましかった。
圭阿は出来ることならザルマをここに置いておきたかったが、医学書を取りに行くよう命令されたのはザルマだ。ザルマ抜きで王都に戻ると、何か問題が起こる可能性もあった。
ハイアサースは初対面の時からあまり好きになれなかったが、その一方で何か親近感のようなものも感じていた。
「それではいくぞ!」
康大はまだ何の準備もしていないというのに、勝手に音頭を取る。
さらに言葉だけでなく、率先して自分からダイランドの館を出ていった。
圭阿は完全に出て行ったのを確認し、使用人に鍵を閉めるよう指示する。
「それでは拙者達は慎重に計画を練ってから行きましょう」
そして笑顔でそう言うのだった。
ザルマから遅れること1時間ほど。
ゆっくり準備し、さらに夕食を食べてから3人は出発した。
夕食は豪邸にそぐわぬ海の幸をふんだんに使った豪勢なもので、康大も久しぶりにまともな食事にありつけた気がした。素材自体が良いと、調理技術もそれほど重要では無くなる。
とりわけハイアサースの食欲はすさまじく、ここまで遅れたのもほぼ彼女1人が原因だった。
「うー、まんぞくだー」
「それはよかったでござるな」
先を歩く圭阿が白けた顔で答えた。食べ物が絡むと、ハイアサースへの態度が途端に冷たくなる。
微妙な関係の女性2人に挟まれ、康大は苦笑した。
港に到着すると、すでに海賊達が待っており、唯一ザルマだけが不機嫌そうな顔をしていた。
「遅すぎますよ!」
「知るか」
ザルマの批難を圭阿は一蹴する。そもそもこの場にいる誰も、ザルマの指示に従う理由がない。
康大もザルマは無視し、海賊に状況を聞く。
「ちょっと遅れたけど、すぐに出航できるのか?」
「それはバッチリでさあ! お頭の命令でいつでも!」
「いやだから俺はそういうのじゃないから……」
このままでは強制的に高校を中退させられ、海賊に就職させられるので念を押しておく。
ダイランドはフォックスバードがいる以上無理そうだし、早い内にまともなお頭を決めて欲しかった。
(まあ解散して真っ当な仕事に就くのが一番なんだけど)
それが最善と分かっていても、さすがにそこまでは面倒を見られない。
康大は気持ちを切り替え、早速船に乗り込む。
ハイアサースと圭阿もそれに続き、頼みもしないのにザルマも乗った。他は全て船員で、今回は戦闘員を必要としないため、10人に満たない。
決死の覚悟で出港した前回と比べると、誰も彼もかなり気が楽だった。
(――そう思っていると絶対に碌でもないことが起きる!)
ただ1人、メタ視点を持ち続ける康大を除いては――。