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第5話

 海賊船は出航したアジトではなく、帰りはそのまま港町へと向かった。


 水平線から昇る朝日を受けながら港へと変える海賊船は、まさに勝利の象徴だ。


 アジトに残った海賊達が港町で散々宣伝でもしたのか、多くの住民達が海賊船を待っていた。彼らにしても、新参者に支配されるぐらいな、旧海賊達の支配下に戻った方が未だマシだと思っているのだろう。

 もしこれで何の成果もなく帰ってきたら、と思うと康大はゾッとした。


 大してどころか全く役に立たなかったザルマが、船首に立って腕を振り上げる。見た目は立派な騎士だけあって、その姿はだけは様になっている。

 海賊達はずうずうしいザルマの態度に明らかに不快そうだったが、康大にとってはどうでもよかった。今は一秒でも早く陸に上がって寝たい。


 結果的にザルマの茶番で港町の住民のボルテージは最高潮になる。市民にしても、英雄は顔なじみの野蛮な海賊達より、名前も知らないがたくましい好青年の方が良いらしい。


「いい加減にしろ」

 そのまま功労者然として一番に降りようとしたザルマを、圭阿が海に叩き落とす。さすがにこれ以上の()()は黙っていられなかった。


 このあたりは特に凶暴なモンスターもいないが、泳ぎは苦手なのかザルマは惨めにもがいた。

「ここはやはり御大が一番最初に降りるべきでござる」

「まあそうっスね」

 2人だけでなく、満場一致で康大が最大の栄誉を得ることになった。


 現在は鉄仮面をしているとはいえ、ゾンビとバレる危険性を考えるとはっきり言っていい迷惑だ。

 しかしここで押し問答をするのも興ざめなので、仕方なく康大は先陣を切って船から下りた。


 降りた瞬間、港町の住人が康大の前に集まる。


「やったな!」


「すごいすごーい!」


「俺はアンタを一目見た瞬間から何かやってくれると思ってたよ!」


「今度うちに来たらただでおごるぜ!」


 口々に賞賛の声がかけられる。

 中には「がははは、さすがだな」と、馴れ馴れしく背中をバシバシと叩く人間までいた。

 最初康大は無視していたが、それがあまりにしつこいので思わず振り返り注意しようとする。


「さすが私の婚約者だ!」


 ハイアサースだった。


「お前こっちに来てたのかよ!?」

「ああ、フォックスバード殿の指示でな。例のケルベロスを借りてここまで来た」

「あの人は……」


 おそらくダイランドより早くここに来るよう指示していたのだろう。距離的に指示するならハイアサースの方が先だ。そこまでの読みが出来るのなら、もっと協力して欲しかったと康大はつくづく思った。


(ダイランドは俺とあの人を並べてる感じだけど、格が違いすぎるんだよ)


 その過剰すぎる期待にため息しか出ない。


「おお、はいあさーす殿もこちらに来られたのでござるか」

「姐さんチース」

「うむ、2人とも元気そうで何よりだ」


 そして廃墟に行った4人が久々に再会する。

 とはいえ、実際はまだあれから1週間も経っていない。それにも拘わらず、康大には随分昔のような気がした。


「とりあえずここは人が多い。積もる話もあるから少し落ち着けるところに行こう」

「そうっスね。だったらついてきて欲しいっス。いいところ知ってるっス」

 ダイランドは後のことは海賊に任せ、歩き出す。

 康大達は顔を少し見合わせ、その後についていった。


「これは……」


 ダイランドが3人を連れて行ったのは、酒場や飲食店ではなく、誰がどう見ても分かるほどの豪邸だった。白亜の壁で作られた邸宅に、落ち葉1つ落ちていない整備された庭、加えて噴水まであり、門から邸宅まで距離がそれなりにある。

 康大は一瞬、これからこの家に押し入るのでは、と訝しんだ。


 先導していたダイランドは、門の前にいた衛兵らしき男に二言三言会話する。

 それだけですぐに門が開き、3人は中に招き入れられた。


 康大は何か狐につままれたような気分で、門をくぐった。

 中庭には、街中では見なかったような植物がそこかしこに植えられていた。それもただ野放図に植えられているのではなく、計算され、さらに庭師が今もその世話をしている。


 康大は門番が素通りさせたことから、日常的に脅迫でもしているのだろうかと訝しんだ。


 ダイランドが邸宅の前に到着すると、何も言わずに扉を開かれる。

 その先には使用人達が2列に別れて並び、深々と頭を下げていた。

 そんな中をダイランドは、まるで自分の家にいるかのような堂々とした態度で進む。結局応接室らしき部屋に到着するまで、誰に咎められることもなかった。


「それじゃ適当に座ってくださいっス」

「・・・・・・」


 康大は気後れしながらもソファーに座る。現実のセカイでもあまり体験できない、豪華で素晴らしい低反発のソファーだった。

 他の2人は特に畏まる様子もなく、当然のように堂々と座る。


「それじゃあなんの話をしますかね……」

「いや、まずここはどこかって話だろ」

 そう話を切り出したダイランドに、康大は即突っ込む。


 するとダイランドはとんでもない答えを返した。


「ああ、ここ俺のうちっス。師匠の弟子になってからは忙しくて、滅多に帰れないから別荘みたいになってるっスけど」


「お前のうちかよ!?」


 康大は思わず叫んだ。


 これにはハイアサースも驚き、「まさか王子様だったなんて……」と、ありえない妄想まで口にした。

 呆然としている2人に替わって、そこまでの驚きはない圭阿が話を進める。


「随分稼いでいたでござるなあ」

「あー、俺は他のバカと違って、家に金をかけてましたから。盗賊稼業なんていつまでも続けてられるもんじゃないっスからね。まあ予想以上に早く終わらせられましたけど」

「然らばこの街では元々海賊を?」

「してたこともあるっすけど、まあ基本傭兵みたいな感じっスね。金のためにいろんな所に行ってました」

「・・・・・・」

 人に歴史ありだな……と康大はつくづく思った。


「それより姐さんの方はあれからどうなったんっスか?」

「ん、ああ、その話か。まあしなければならんだろうな」

 康大同様呆気にとられていたハイアサースが、話を振られてようやく自分を取り戻す。


「実を言うと、あれからどうなったのかは私もよく分からないのだ。途中まで2人で調べていたが、大まかな分類作業が終わると、私はここに来るように言われたからな。ゾンビ化に関してはフォックスバード殿がおそらく今も図書館に残って調べ続けているだろう。やはりかなり難しい問題らしい。まあ、何か分かったら、向こうから知らせてくれるとは思うのだが」

「むむむ、となると御屋形様は今ふぉっくすばーど殿の家に1人ということでござるか」

「ああ、その件に関しては大丈夫だと思うぞ。私を乗せたケルベロスがそのままフォックスバード殿の家に番犬として戻ったからな」

「そりゃまた豪快な番犬だな」

 一瞬康大はフォックスバードの家は地獄なのではないか、と失礼なことを思った。


「ならばまあ問題はないでござるか……」

「それより逆に私の方からも質問がある。何故お前達はこんな所にいてあんなことをしていたのだ? あと馬車に鎧が置いてあったがあれはなんだ?」

「それは……」

 康大はそれまであったことをまとめて話し始めた――。


「……なるほど、そんなことが。それはご苦労だったな。荷台はこちらに残していったから、折を見てその某かに言っておこう。それで、これからは船で王都に?」

「ああ、そのつもりだ。まだ敵の海賊船も一艘残ってはいるが、向こうもすぐに動けないだろうから、今がチャンスだと思ってる」

「まあ利口な海賊なら、ここは力を蓄えるところっスからね」

「出来れば殲滅させたいところでござるが、残念ながら拙者達には時間がありませぬ」

「まあ聞いた話によると領主様の軍も動いているらしいし、その点は大丈夫だろう。ダイランドも一緒に行くのか?」


 ハイアサースの言葉にダイランドは首を横に振った。

「いえ、俺は師匠にすぐ戻ってくるよう言われてるんで。何か膿の方解除したみたいですけど、別の呪いを遠くからかけられた気がして……」

「・・・・・・」

 そう疑心暗鬼に思わせることが既に呪いなのでは、と康大はダイランドの様子を見ていて思った。


「まあこっちの船もあの戦いで結構被害が出てるし、船員の連中も少し疲れてるから今日一日はじっとしていた方が良いかもしれないっスね。俺は先に帰ってるっスけど、それまで自分の家だと思ってここは好きに使ってて下さい」

「助かる。実は眠くて死にそうなんだ」

 そう言いながら康大は大きな欠伸をした。


「ふむ、中々辛そうだな。それでは私達は別の部屋で話をしているか」

「左様でござるな。おやすみでござる御大」

「サンキューな……」


 その言葉を最後に、康大は深い居眠りに落ちていく。

 例によってその間際ミレーの姿が見えたが、聞こえたのは最初の「ぬ」だけですぐに意識は失われた……。


「ん……」

 不意に目が覚める。

 遠くで女の話す声が聞こえた。

 圭阿とハイアサースではない。

 ミーレでもない。


 康大は薄目で確認すると、それは部屋の掃除に来ていたメイド達だった。


 客が寝ている部屋で掃除をするのもどうかと思ったが、彼女たちも色々大変なのだろう。康大は目を瞑って黙っていることにした。


《あらあらお優しいことで、人の子よ》

 早速ミーレが絡んでくる。

「別にこれぐらいどうでもいいだろう」

《ふふふ、まあ今はあの2人が何言ってるか耳を傾けましょ。アタシ人の噂話って超興味あるのよね》

「・・・・・・」

 ミーレに言われたからでも無いが、康大は耳をそばだてた。


「お客様が起きたらいけないから静かにやらないとね!」

「この方ってあの怪物みたいな旦那様が恐れている人でしょ。仮面付けたまま寝てて胡散臭いし、起こしたら大変ね!」


「そう思うならもっと静かに話して欲しい」

《同感ね》

 康大とミーレは心の中で一緒に呆れる。


「でもあの海賊を倒したんなら良い人じゃないの?」

「さあね。結局どっちが勝っても海賊は残るわけだし」


「まあ一般市民にとっちゃ、海賊なんて厄介者以外の何物でも無いよな」

《デッフ○ぐらいのイケメンなら私も少しは考えるけど》

「○の位置!」


「まあでもいくらすごい人でも、アイツは倒せないんじゃないの」

「うーん……」


「アレ、何か雲行きが怪しくなってない? びんびん悪いフラグ立ちそうな感じじゃない?」

《アタシも今の一言でそれをひしひしと感じたわ。これは立つわね、でかいマストがババンと1本》

「やめて! 今は熟睡させて!」


「なんてったっけ、絶望の船長?」

「その船に乗り込んだ人間は全員殺されるって言う幽霊船よね……」


《あーあ、言っちゃった……》

「伏線を立てておいて実は特に何もありませんでしたという、今時の駄目なシナリオ展開希望」

《そういうメタなこと祈ってると余計事態が悪化するわよ》

「デスよねえ……」


「さて、これで終わりっと」

「あー、仕事した。ねえ後で酒蔵行って1本くすねてこない? 旦那様が飲んだことにすればへーきへーき」

「いいねそれ!」


 雇っている人間も蛮族なら、雇われている人間も蛮族のそれに思考回路が近かった。

 メイド達が部屋を出ていったことを確認すると、康大は目を開けゆっくり起き上がる。

 その顔には寝る前以上の疲労の色が浮かんでいた……。

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