第3話
その気はなかったのに――。
そう心の中で何度も言いながら、康大は酒場にいた盗賊達と共に彼らのアジトに向かう。
あれから――。
康大は尊敬とそれ以上の恐怖を集め、新参海賊打倒のために彼らの船を隠しているアジトへ向かうことになった。
その中にはダイランドもおり、「相手が人間なら何でもするっスよ」と快く協力を申し出てくれた。
その変わり、役に立ちそうもないザルマは置いてきた。
だが――。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・うっ」
康大が振り返ると、後方遥か彼方からついてきていたザルマが、慌てて身を隠す。
置いてきたはきたが、自主的に復活し、自主的についてきていたのだ。
ただ、圭阿の叱責のためかいかつい海賊の存在があるせいか、もしくはその両方が怖いのか、距離を取っての尾行であった。
実害はないものの、鬱陶しいことこの上ない。
「本当に息の根を止めるでござるか?」
圭阿が笑顔で冗談とも思えないことを言った。
康大もさすがに首を振り、「放っておこう」と答える。
目は良いのか、そんな2人の様子を忌々しげにザルマは見ていた。
そのやりとりで一命を取り留めたことも知らずに。
康大達が特に反応もしなかったため、他の海賊達も気付いてはいたが無視した。
やがて港町から数キロほど離れた場所にある、海賊のアジトに到着する。
そこは海に面した洞窟で、そのまま船が出入りできる仕組みになっていた。
天然の洞窟をほぼそのまま利用したようで、内装に飾り気は全くない。あくまで船を停泊させられればいいと考えているのか、桟橋以外、これといった設備もなかった。
そこに、汚れて所々破損がある海賊船が、一艘だけあった。
「随分ぼろいな……」
康大はそれを見て思わず呟いた。
「まあ奴らから逃げてきた後、最低限しか直さなかったっスからね。それで目を付けられたら今度こそ完璧にぶっ壊されると思って」
1人の海賊の答えに、他の海賊もうんうんと頷く。
とても戦略的撤退をしてきた人間達の言葉には思えなかった。
「まあでも※竜骨は無傷だし、帆だけはしっかり直したんで、多少の修復だけで出発はいつでも大丈夫っスよ」
「なるほど。じゃあこの船に何か遠くまで届く武器とかあるのか?」
「うーん、うちらには魔術師もいないし、弓と石つぶてぐらいっスかね」
「相手が大砲……じゃなくて魔術師がいる状態でその装備じゃ、さすがに焼け石に水だろうな。圭阿は例の爆裂苦無で船を沈めたこととかあるか?」
海賊の戦力は期待できそうにないので、忍者の戦力の確認をする。
「拙者でござるか? もちろんあるでござるよ。ただ拙者の場合ほぼ全て小舟が相手で、ここまで大きい船と戦ったことはないでござる」
「そうか……」
康大が見た限り、船の全長は20メートルほどで、そこまで大きいとは思えない。
それでも圭阿にとって大きく見えるのは、おそらく圭阿のセカイの日本では、外洋船がないためだろう。国内だけの移動なら、そこまで船を大きくする必要は無い。むしろ長距離移動を目的としないなら、軍船は大きい船よりそこそこの船を数多く集めた方が強い。
とはいえ、城を吹っ飛ばせるほどの火力があれば、的が倍以上の大きさでも問題は無いだろう。
おそらくこの戦いは圭阿が鍵になる。
康大はそう思った。
しかしこのあとの話の展開で、全く予想していなかった人間が鍵となった……。
「まあ相手の船に乗り込んでの乱戦になったら、俺が皆殺しにするんっスけどね。問題はそれまでっス。魔術師がいるなら、向こうは弓が届かない範囲から攻撃してくると思うんっスよ」
「魔術師の攻撃はどれぐらい射程が長いんだ?」
「そうっスね。師匠みたいな規格外は除外して、普通の魔術師が大ざっぱな狙いで放ったら、平均的な弓の倍以上はあるんじゃないっスか? 確実に当たる範囲でも弓が当てられるかどうかは、ギリギリってところっスね。名手と呼ばれるような奴が弓を使うと話は別なんスけど、こいつらの中にそういうのはいないっス」
「じゃあ圭阿はそれぐらいの距離が開いていても、船上で苦無を当てられる自信はあるか?」
「・・・・・・」
圭阿は少し考えてから、首を横に振った。
「拙者の苦無の射程は、弓より狭いか頑張っても同じ程度でござる。さらに不安定な船上では、その射程も短くなるでござる。もしどうしても近づけないようなら、以前やったように、わざと掴まって隙をついて海賊共を皆殺しに――」
「いや、それは止めておこう」
圭阿のアイディアを康大が却下する。
さすがに輪姦される可能性が高いことを再びさせるわけにもいかない。
そこまで追い詰められているわけでもないので、それはもうどうしようもない時の最終手段とすべきだろう。
康大はそう考え、頭の片隅で発狂するザルマの姿が浮かんだ。
「でもあれっスよ。奴らに魔術師がいるということは、燃やせたとしてもすぐに火を消されるとも思うんっス。だからって、近づくとこっちの攻撃が当たる前にやられるし、1回で確実に船を沈められるほどのダメージを与えられるといいんスけど……」
「ううん……」
康大は眉に皺を寄せる。
知らない間に、またしても自分が作戦参謀のような立場になっていた。
こういうことはむしろ圭阿やダイランドの方が得意だと思っていたが、どちらもまとめ役を買って出てはくれなかった。
「どうするっスかコウタさん。俺はコウタさんなら、アイツらを完膚なきまでに叩きつぶすこともできると信じてるっス。あの凶暴の生き物がうようよして、誰も生きては戻れない地獄の海の藻屑に出来るはずっスよ」
「地獄の海……あ」
ダイランドのその言葉で、康大の脳裏にあるアイディが閃いた。
ただしそれは、康大1人にとんでもなく重い責任がのしかかり、また困難すぎる任務でもあった。
出来るなら黙っていたかった。
しかし、ない頭でうんうん唸っている連中の姿を見ていると、どうしても黙っている事が出来なかった。
とはいえ、はっきりやるとは言わず、とりあえずそのために必要な条件だけ、海賊達と圭阿に聞いてみる。
それで駄目ならそのまま無かったことにすればいい。
そう思いながら聞いた質問に両者からは、
「それならできる」
というあまり嬉しくない答えが返ってきた。
こうなると康大も、自分のアイディアを黙っているわけにもいかない。
なんとなく聞いてみた、では誰も納得しないだろう。
康大は今浮かんだアイディアを、その場にいた全員に話し始めた……。
『そんなことが出来るんスか!?』
それが話を聞いた海賊達の第一声だった。
彼らにとって康大の言った作戦は、成功失敗以前にただの自殺行為にしか思えなかった。
しかし、康大をよく知るダイランドと圭阿は違う。
「なるほど、それなら確かに相手の裏もかけられるでござるな」
「さすがコウタさんっす! パネぇっす!」
2人は賞賛の声をあげる。
康大は照れながら、
(言っては見たもののやっぱり無理なんじゃ……)
早くも後悔し始めた。
しかし歯車は容赦なく回り始める。
コウタは期待に満ちた視線に負け、その作戦に必要な作業を、海賊や仲間達に割り振っていった。
まず圭阿には作戦の肝である火薬の調合を――。
海賊達は当然船の修理。
そして当の康大とダイランドはあることを試すために、小舟に乗って海岸から少し離れたところへと向かった。
「ここぐらいでいいっスかね」
「ああ……」
上半身を脱ぎ仮面を外して、青い……どころか土気色の顔をしている康大に、ダイランドは表情一つ変えずに言った。
「あっ」
「え? わっ!?」
ダイランドの声に振り返ってみれば、船縁に半漁人らしきモンスターが手をかけていた。
ダイランドは慌てず騒がず、モンスターの頭を手斧でたたき割った。
船から強制的に降ろされたモンスターは海に消え、その死体に凶暴な鮫やその他肉食の生物が群がった。
「……さあやるっスか!」
「この状況でとか鬼か!」
「男は度胸! 行くっスよ!」
康大はダイランドの丸太のような腕で、強引に船から落とされる。
豪快な水しぶきを上げる康大。
けれども鮫もモンスターも康大には全く興味をしめさなかった。
むしろ、明らかに危険な存在であるダイランドに狙いを定めるかのように、船の回りを旋回している。
「コウタさんの言った通りっスね!」
「ああ……」
釈然としない表情で、康大は頷いた。
とりあえずこれで、海の凶暴な生き物からも無視されるか、という第一関門は突破した。もし駄目だったら、今頃人間を完璧に退職し、バ○オハザードのラスボスに転職していたところだ。
(我ながら無茶なことを言ったもんだよな……)
他ならぬ過去の自分にゾッとする。
ここまで来たのは、「海の生物にも陸の生物同様無視されるか」という、作戦の根幹部分を確認するためだった。
無視される可能性が高いとはいえ、さすがにぶっつけ本番で試すわけにもいかない。
ちなみに襲われてしまった際の保険としてダイランドも同行していたが、この様子だとその役割を果たしてくれたかどうか怪しい。
そして実験は次の段階に移る。
「それじゃあ次っス。とりあえず俺も船で後を追うんで、あの岩の所まで行ってくださいっス」
「りょーかい」
ダイランドが指示した岩まではおよそ500メートルほど。
これから康大は、ゾンビの身体でもまともに泳げるかを試さなければならない。
幸いにも康大は亀と同じで陸ではドジでのろまだが、水中ではそれなりだった。
康大はそれなりの平泳ぎで目的の岩まで向かう。
出だしは順調だった。ゾンビになって欲しくもない変な浮力を手に入れてしまったとか、そういうことはない。
だが、あと数十メートルといったところで落とし穴が待ち構えていた。
「このままげぼぼっ!?」
不意に脚に何かが絡まる。
康大が下を見ると、絡まったのは水馬のようなモンスターのタテガミだった。
モンスターに康大を襲う様子はなく、それは完全な事故だった。
「コウタさん!?」
「げぼぼぼぼ!!!!」
尤も、故意だろうが無意識だろうが、結果はたいして変わらない。
康大はそのまま水底に引きずり込まれる。
相手が完全に海中にいては、ダイランドの手斧でもどうしようもない。
「うう、俺が海に飛び込んだらまず間違いなく死ぬっス……。ここはコウタさんの生命力にかけるっす!」
ダイランドにはただ祈る事しか出来ず、そもそも祈ること以外特にする気もなかった。
(あかん、これマジでアカン奴や……)
康大は自分が立てた計画を心底後悔する。
まさか作戦実行前に絶体絶命の窮地に陥るとは。
モンスターは素晴らしいスピードで泳ぎ、激しい水流で絡まった脚を解く余裕もない。モンスターも、未だ絡まったことにさえ気付いていない。
攻めて海面に浮上してくれれば良かったのだが、モンスターはどんどん海底に進んでいた。
このままでは、たとえ途中で脱出できたとしても、海上に上がる前に息が切れてしまうだろう。
ゾンビになって溺死など、笑い話にもならない。
(最後にハイアサースのおっぱい揉みたかったな……)
肺の空気が口と鼻から出る気泡と共に徐々に失われていく。
康大はついに死を覚悟した。
どうせこの世界に来る前に既に死んでいる身。せめて最後は見苦しくないよう、覚悟を決めて目を瞑った。
《やっほー、久しぶり》
「お前か――げふぉっ!!!」
そして登場する、派遣の女神ならぬ女神の派遣。
康大は思わず口に出して突っみ、そのせいで海水が一気に口に入り咳き込む。
まさか魂を迎えにきた天使が、これとは。
このままでは死んでも死にきれない。
《なんか、パイレーツでカリビアンなことしてるじゃん》
「お前は本当に気楽でいいな……。でもそれも今回で終わりだ。多分俺もうすぐ死ぬし」
《ふふふ……》
何故かミーレが得意気に笑う。
《言ったでしょ、アンタとは長い付き合いになるって。その酸素が足りていない頭でよく考えてみることね。過去溺死したゾンビが何人いたかを――! そしてサ○ゲリアにおける鮫とゾンビの人との死闘を!》
「?」
最後の話は全く意味が分からなかったが、康大は目を開き現状を確認する。
その瞬間、ある事実に気付いた。
(……あれ、最初は苦しかったのに今はそんなに苦しくない)
知らぬ間に息苦しさが消えていたのだ。
またモンスターも泳ぐのを止め、海底を優雅に漂っている。
康大は再び、今度は自分の身体を中心に様子を探った。
そして何故息苦しくないのか、すぐに理由を理解した。
(キモっ!)
自分の身体ながら、康大は思わずそう思った。
かつてハイアサースに斬られた部分、おそらく肺近くあたりに、謎の器官が誕生し、それが脈打っていたのだ。
多分それがエラ呼吸の真似事をしているのだろう。
そうでなければこの状態は説明が出来ない。
康大は落ち着いたとことで、とりあえず力尽くでモンスターのたてがみを引きちぎり、水面に見えるダイランドの船の船底を目印にして浮上する。
「コウタさん! ……うわ」
ダイランドが喜びの顔を見せた直後、おもいきり引いた。
康大もその気持ちは痛いほど分かるが、せめて隠して欲しかった。
「と……とりあえず無事? でよかったっス!」
「そこに疑問符を浮かべるな! まあ俺自身どんどん人間離れしていることは重々承知してるけどさあ!」
もうこれ以上用はないとばかりに、康大は船に乗る。ここまで来て泳げないと言うことは考えられない。
船に登る際、肉球が滑り止めの役割を果たし初めて役に立った。
(猫の次は魚類か。次はどこに進むんだろうなあ)
それを思うと乾いた笑いしか出てこない。
「とりあえずそろそろ他の連中も準備終えたと思うんで、戻るっスか?」
「ああ」
康大の返事を受け、ダイランドは手早くオールを動かし、岸に向かう。ダイランドとしてもこれ以上こんな場所にいたくはなかった。
そこまで沖合でもないので、船はすぐに着岸した。
その時、2人は今まで完全に無視していた人間と出会った。
そして――、
「き、貴様化け物ではないか!」
その一言で、康大はザルマの前ではずっと仮面を付けていたことを思い出した。
ザルマは明らかに敵意の籠もった視線で、康大を睨む。
康大はそれに反感を覚える前に、「ああ、それが普通の人の反応だよな」と妙に納得した。彼の回りには、異世界とはいえ価値観がおかしい人間が多すぎた。
「どうするっス? コウタさんが良ければ面倒だからここで捌きますか?」
「別にいいよ。なんかそっちの方が色々面倒だし」
「は、話を聞け!」
とうとうザルマは剣を抜く。
ただその構えはハイアサースにうり二つで、脅威は全く感じられなかった。
とはいえ、殺傷能力がある凶器を実際に抜かれると、ダイランドも表情を変える。
彼も伊達に修羅場をくぐり抜けてきたわけではない。
それでも珍しくザルマは引かなかった。
「ど、どうせ今まで圭阿卿を騙していたのだろう! たとえここで散ったとしても圭阿卿にその事実を――」
「貴様以外全員知っているわ痴れ者め!」
必死の覚悟で言ったザルマを、その圭阿本人が張り倒す。
「圭阿、頼んでたことはもうできたのか?」
「ほぼ。帰りが遅かったので迎えに来たでござる」
とどめの一撃とばかりザルマを踏みつけながら圭阿は答えた。
かなりの力で踏みつけられているというのに、苦悶の表情をどころか歓喜の表情を浮かべるザルマに、康大は初めて恐怖を覚えた。
「康大殿?」
「いや、なんでもあったけど何でも無い。それより海賊の方は?」
「御味方の海賊の方は必死で働いておりまする。敵方は根城がこちらの陸地にはないようで、そもそも何をしているのかも皆目見当がつきませぬ。海賊達の話によると、根城はどこかの島ではないか、とのことでござるが」
「そっか、そうなるとほぼ出たとこ勝負だな」
そんなんばっかだなと思いながら、康大はため息を吐いた。
「康大殿、お言葉ではありますが、拙者達には時間がありませぬ。賭とわかっていても今は張らねばならぬのです」
「俺って実は安定志向なんだけどね……。はあ、分かった。作戦は今日決行する、圭阿の言う通り海に出たら後は、文字通りの出たところ勝負だ」
「御意!」
圭阿が力強く頷く。
そして圭阿に踏まれているザルマも、力強い鼻息でこたえた……。
※選手と船尾を繋ぐ船底の最も重要な部分。ここが駄目な船はすぐ沈む。ここテストに出ます。