第2話
「恥ずかしながら、拙者も最初はそれなりの態度で接していたでござる。あれでもいちおう貴族の出でござるから。然れども肝心なところで役に立たないどころか、取り乱して足を引っ張るわ、あの見た目で子犬のようにまとわりつくわ、侍女からも影で馬鹿にされているわ、そのくせ相手が自分より力が弱いと分かると尊大と、三日でうんざりしたでござる。幸いにも誰からも軽んじられているようだったので、拙者もそれに倣い申した」
「なるほど……じゃあ俺もそれに倣うわ」
――と康大のザルマに対する処遇が決まったところで、4人は改めてテーブルに座り、これからのことについて話し始める。
「とっとと船を徴収して王都に向かえば良い!」
誰も話を聞いていないのに、いきなりザルマは断言する。
ハイアサースも同じようなタイプだが、彼女の場合特権意識がなく、美貌と思いやりとなによりおっぱいがある。それが故に皆にそこまで嫌悪感は抱かせなかった。
一方、むさ苦しい男には、
「黙れ」
発言権などない。
圭阿に即却下され、ザルマは「ぐぬぬ……」と口をつぐむ。とりあえず圭阿に対しては、どこまでも従順であった。
「康大殿はどうすれば良いと思うでござるか?」
「そうだな……なあダイランド、お前はあの海賊達と知り合いなんだよな」
「まあそうっスね」
「じゃあ海に新しく来た海賊について話を聞きたいんだけど、できるか?」
「適当なの見繕ってくるっス」
そう答えると、まるで獲物を獲ってくる狩人のように、首根っこを掴んで適当な海賊を2人両手で持ってきた。
『へへ、どうも……』
連れてこられた海賊は、2人ともアウトローらしい卑屈さで挨拶をする。
「この方達は1人を除いて師匠の客人だ」
「し、師匠ってあの大魔王の!?」
海賊の1人が絶句する。
(結構身近な所にいたなあ、魔王。それも大の方が)
康大は絶句するより、何か納得した気持ちになった。
「それでこの方達はお前らに例の海賊について聞きたいんだ。聞かれたことは何でも話せよ。お前らが隠している財宝の場所もだ」
「そ、それはさすがにひどいですぜ皆殺しの!?」
「ああ!?」
「ひっーー!」
ダイランドが睨むと、海賊は黙り込む。
どうやら対等の関係と言うより、親分子分のような関係らしい。もっともかなり早い段階で、それは充分理解出来ていたが。
康大はため息を吐きながら話を続ける。
「俺が聞きたいのは、海賊に関する話だけだ。いったい新しく来た奴はどういう連中なんだ?」
ダイランドで慣れたのか、盗賊達を皆殺しにした経験が活きたのか、康大も明らかに蛮族と思われる風体の人間達には、あまり抵抗なく話すことが出来た。むしろ、半端に一般人のような格好をしている胡散臭そうな男の方が苦手だ。
あのバーテンダーのような。
「アイツらっスか……。本当に俺達も困ってるんスよ。まあ俺達も海賊なんスけど、いちおう金さえ貰えば船も誘導もしてやるし、他の海賊からも守ってやってたんす。でもアイツらは奪うことしか考えてないケダモノっスよ。情けない話、俺達も軍隊に頼るしかない始末で……」
「領主様には以前から裏金渡してるんスけどねえ~」
(ずぶずぶの癒着だな)
康大は内心呆れたが、口に出しては何も言わなかった。それでこの街が上手く回っているのなら、部外者が口を出すべき事でもない。
康大にとって重要なのは、どうすれば船が出せるかだけだ。正義の味方でもないので、街の治世に関してはどうでもよかった。
それらを踏まえてなによりも重要なのは、
(というか曲がりなりにもこいつら海賊なんだよな……)
という事実である。
圭阿もそれに気付いたようで、2人目配せをする。
それを見ても意図までは全く気付けないザルマが、また不快そうに顔を歪めた。
「……アンタ達が海賊ってことは船も、それを操れる船員もいるって事だよな」
「まあそうっスけど」
「ってまさか……」
「ああ、そのまさかさ」
康大が断言する。
それは断れる余地がない分、ザルマより悪質だった。
「それを丸ごと貸して欲しい」
「いやいやいや、無茶っスよ!」
「俺達がどんな思いで自分達の海から逃げてきたと思ってるんスか。いい加減俺達も怒りますよ!」
「ああ!?」
『ひぃ!』
ダイランドが一睨みすると、海賊達は簡単に退く。
本気というのもたかがしれていた。
「まあでもあれっスよ。こいつらの話を聞いた限り、新参者の目を誤魔化して海を通るのは厳しいと思うっス。そもそも何で船が必要なんスか? 小船だったら俺でも用意できるっスけど」
「実は……」
康大はダイランドにこれまでの経緯を話す。
ダイランドは黙って話を聞きながら、懐から地図を取り出した。
おそらく場所の確認をするためだろう。
ただ康大には、今自分がいる場所さえも理解出来ていない。
代わりに圭阿が、ダイランドの横から詳しい説明をする。
ザルマは圭阿がダイランドにくっつく度に、血の涙を流すような顔をしたが、ダイランドにちょっとでも睨まれるとすぐに視線を逸らした。
(へたれすぎる……)
康大は見ていて悲しくなった。
「……なるほど、確かにそこまで行くんだったら小舟じゃきついっすね」
「今更だけど、崖で崩れているところだけ迂回して、そこから道に出ることは出来ないのか?」
「無理っす。沿岸をずっと進めば海賊の目は避けれるし、モンスターもそれほど厄介なのはいないと思うんスけど、王都に続く道の海岸線はずっと崖で、王都まで上陸できるところがないんっスよ」
「ふん、そんなことも知らないのか痴れ者め」
ザルマが残念な虚栄心を満たすためにそんなことを言った。
「いたァ!?」
圭阿が無言でその脚を踏みつける。
そして目だけで「これ以上口を開けば殺す」という合図を送った。
「途中で停泊できるところもないし、まあここから沖合まで行って、そこから海流に乗って王都に行くのがどう考えても最短っスね」
「結局海賊のいる海域を突破しないと駄目なわけか……」
「ふん、海賊など蹴散らしてくれればいい!」
ザルマが止められているのも聞かずに、懲りずに余計な発言をする。へたれなだけでなく、頭も相当悪いのかもしれない。
康大はだんだんそう思い始めた。
「死ね」
「おおうふっ!!?」
「黙れ」を通り越し、いきなり処刑宣告をしてさらに強い力で圭阿は足を踏む。
ザルマは椅子から転げ落ち、その場で痛みのあまり絶叫しながら転げ回った。
「うるさい」
そんなザルマにダイランドが追い打ちをかけ、結局ザルマは再び物言わぬ邪魔なだけの物体へと化した。
「……とはいえ、ザルマの言うことも強ち間違いとも言えませぬ」
本人が意識を失ったところで、圭阿がザルマの意見を肯定する。もし意識があったら大喜びし、そして際限なく増長しただろう。
それが分かっての気絶後の肯定であった。
「廃墟のときでもそうでしたが、邪魔なら蹴散らすだけでござる」
「あの、廃墟のときって……」
海賊の1人が恐る恐る聞いてきた。
「ほら、あの豚野郎いただろ。あいつが100人くらいの盗賊団を率いてたんだけど、この康大さんが一瞬で皆殺しにしたんだよ」
「マジっすか!?」
「いや、それは言いすぎかと……。俺がしたのはただの毒殺みたいなもんだし……」
少なくとも10分の1はダイランドが殺しているし、とどめを刺したのはほとんど圭阿だ。それに意図して殺したわけではなく、結果的にそうなってしまっただけだ。
しかし海賊達にそんな詳しい理由を察することなど出来ない。
彼らは尊敬の視線で康大を見た。
「いやいや、毒殺でもヤバいっすよ! そのヤバそうな仮面を見た時から、本当にヤバいお人だと思ってました。マジリスペクトっす!」
「さすがあの大魔王の知り合いだけあるっスね……。コウタさんならあの海賊を倒せるかもしれないっス……」
「えっと……」
康大の頰に汗が流れる。
この地方のヤンキーを彷彿とさせるような賞賛は、全く喜べない。
だんだん話が嫌な方向に向かっているという確信があった。
そんな康大の内心など知ってか知らずか完全に無視して、圭阿が勝手に話を進める。
「とりあえずその海賊の規模はどれぐらいでござるか?」
「そうっスね……。だいたい80人くらいっスか。それより大型船を二艘も持っていて、魔術師の射手もいるんすよ」
「・・・・・・」
このセカイでは未だ大砲は存在しないようだった。
まあ魔法でその代用が可能なのだからそれも当然か。康大は話を聞きながら、そう頭の中で結論づけた。
「80人……まあ盗賊より少ないし、それほどの規模でもござらんな」
「いやいや」
康大が明らかに間違った方向に向かっている議論を、慌てて修正しようとする。
「そりゃ少ないけど、海と陸じゃ勝手が全然違うだろ。本職の人間が手も脚も出なかったんだから」
「そんなことないっスよ!」
海賊の1人が力一杯否定した。
「俺達が逃げたのは、戦うより逃げる方が被害が少ないと思ったからっス! 本気でやりゃあ、あんなクズ共には負けねえっス。なあ皆!?」
他の海賊達に話を振ると、あちらこちらから「そうだ!」という声が返ってきた。
どうやらこの酒場の客の半分は陸に揚げられた海賊らしい。
諫めようとしていたのに、康大は逆に彼らを煽ってしまった。
そんな康大を頼りにならない仲間達が逆に煽る。
「やはり康大殿は策士でござるな」
「俺も今まで会った人間の中で、コウタさんは師匠の次におっかねえっス」
「いやお前はただ俺がゾンビで怖いだけだろ」
康大はため息を吐いた。
(今更引けないよな……)
結局康大は止めるどころか、海賊討伐を完全に後押しをしてしまった。こうなってしまった以上、もう止めろなどとは言えない。
ハイアサースのように空気が読めない発言が出来るほど、康大の神経は太くはない。
「……分かった、それじゃあ海賊を見つけて船を奪い、奴らは片っ端から丸裸で海に叩き落とそう!」
『・・・・・・』
康大の空気に流された一言で、歓喜に満ちていた海賊達が絶句する。
康大には訳が分からない。テーブルに連れてこられた海賊も、康大と目を合わせようとすらしなかった。
「あのーいいっスか」
仕方なく、といった様子でダイランドが手をあげる。
「どうしたんだ?」
「いや、この海域って沖合の方は凶暴な鮫やモンスターがうようよしてるんっスよ。で、海に落ちたらただ食われるんじゃなくて、嬲り殺される地獄を見ることになるんっス。だからここじゃあよっぽどのことが無い限り、海に落とすことはしないんっス。最悪でも自殺用の武器は持たせるっスよ。それを丸裸とか、もはや人間の考えることじゃないっていうか……」
「えっと……」
康大は言葉に詰まった。
そんな気は当然欠片もなかったが、言ってしまったものはもうどうしようもない。
「あの……」
それまで遠巻きに見ていたバーテンダーが不意に話しかけてきた。
「お、お代は結構です……」
その手には飲み物を注文した時に払った硬貨が数枚握られていた……。