第11話
首の皮一枚繋がった康大達は、ルール説明を受けた後、早速ハイアサース達と合流しに行く。
「しかし何故あの時ウインデに触れと言ったのでござるか?」
その間、圭阿があの時のことを聞いてきた。
康大は頭の中で少し言葉をまとめてから話し始める。
「まず圭阿の疑問が切欠だった」
「拙者の?」
「ああ、なんで鬼でもないウインデが、あの肥満野郎とわざわざ変わったのかなって。それから2番目のペナルティが気になった。いったいあいつらはいったいどんな反則行為をしたのかな、と」
「拙者は結果だけ重視し、その内容はあまり気にならなかったでござる」
圭阿は済まなそうに言った。
そんな圭阿に康大は苦笑する。
「ま、それは俺の役目だからな。で、だ。おそらく俺はソルダが幽霊に触ったんじゃないかと思った。それで奴も参加者そっくりの幽霊が現れることを知った。そいで、その後、ソルダが3人のうち誰か本物か見分けがついてるって話を聞いて、全てが繋がったんだよ。ウインデをわざと鬼にしなかったんじゃないかって」
「わざと、でござるか……」
圭阿の顔はその理由を全く理解していないという風だった。
(まあそうなるよな)
彼女の記憶力は康大以上だ。洞察力も素晴らしい。
だが、その両方を有機的に結びつける方法を知らない。
だからこそ康大やソルダほどルールを理解できず、この盲点にも気付けなかったのだろう。
「ルール説明の時言ってたよな。鬼が幽霊に触ったらペナルティだって。それは逆に言えば、まだ鬼じゃない人間が触っても、何の罰則もなってことでもあるんだよ。そしてソルダは実際に幽霊に触って、冷たいことを知っている。だからアイツは偽物に触った後、あえて本物には触らず、そのまま使う事を考えたのさ。ザルマが簡単に鬼になったのもそれが理由だろう。まあ俺としては、近くにいたザルマが、その様子を報告してくれてたら良かったんだけど」
「あの役立たずは隅で縮こまっていましたからな……。つまり鬼でないウインデが体温で本物かどうか探り、ソルダにそれを教えたのでござるか」
ようやく圭阿にも合点がいった。
「そういうこと。俺がウインデについていった時、ウインデが必要以上に苛立っていたのも、それが理由だろう」
康大もぎりぎりでその考えに思いが至り、もし浮かばなかったらと思うと今でもゾッとする。
おそらくソルダは本物の海賊に触ったすぐ後、ウインデに触る予定だったのだろう。そこまで速く動かれたら、ペナルティが発生する前に勝負もついたはずだ。
(それにしても、保険としか考えてなかったザルマに助けられるとはなあ。あいつも役立たずとはいえ、最後まで役立たずじゃなかったか)
康大がそんなことを思っているうちに、ハイアサース達の元に到着した。
「おつかれ」
康大は疲労困憊でその場に座り込んでいるハイアサースに、労いの声をかけた。
ハイアサースはそれに力なく頷き、すぐに恨みがましい目で康大に言った。
「いくら私でも「どんな手段を使ってもいいから、人を殴れるぐらいに一瞬で体力を回復させろ」というのは厳しすぎるぞ。まあやったけどな! 私は優秀だから! でももう魔力も体力もすっからかんだ……」
「はは、悪い悪い。あとザルマもよく頑張ったな。あんときはああ言って悪かった」
「いや……」
今ではすっかり回復したザルマが、珍しく謙虚な態度をとっていた。
「悔しいがお前の意見は全面的に正しい。それまでの私は役立たずどころか、お荷物もいいところだったからな。自分の無能さには薄々気付いていたが、ここまであからさまにされると、な……」
「・・・・・・」
康大にはかける言葉がみつからなかった。
ザルマの言っていることはその通りで、それを肯定してはあまりに非情すぎる。そこまで康大は血も涙もない人間ではない。
しかし圭阿は違った。
「その通りだ、お前は無能のゴミだ」
「・・・・・・」
ザルマは反論どころか、目を合わせることさえしなかった。どうせこれから折檻か罵倒の山が注がれるのだろう。そう捨て鉢にも似た気持ちだったはずだ。
だが――。
「……そして私も人に言えた義理では無かった。さればこそ――!」
圭阿は俯いているザルマの胸ぐらを掴み、強引に顔を向かせる。
「――さればそこ努力しなければならん! これ以上御大の足を引っ張るわけにはいかないのだ! ふて腐れている暇があったら、命がけで何も考えずに敵の首に囓りつけ!」
「け、圭阿卿……」
圭阿の言葉に、ザルマは呆然とする。
圭阿は少し照れたように、乱暴にザルマの胸ぐらから手を離した。
「……だからお前ももっと頑張れ」
「……はい」
ザルマはゆっくりと、彼女の言葉を噛みしめるように頷いた。
「ところでコータ、私達はずっとここにいたが結局あれからどうなったんだ? 勝てたのか?」
「ああそれな――」
それから康大は今までの経緯を2人に説明した。
「なるほど、それは惜しかったな」
一通り話を聞き終えた後、ハイアサースはそう感想を言った。
一方のザルマは「俺がもう少し速く動けていれば」と後悔する。そう思えるあたり、彼も成長したのだろう。
康大はそう思いながら、倉庫の隅で蹲っている肥満の海賊を見る。
彼の顔は恐怖で震えていた。この後彼を待ち受ける運命は想像に難くない。
いつまで経ってもソルダも来ないし、おそらくもう戦力と見なされていないのだろう。お互い役立たず同士で、戦力的に丁度良いといったところか。
(でもまあこっちは結構使えそうになった兆候があるんだよな)
結果が出せずに捨てたソルダと、一縷の望みに賭け辛抱強く使い続けた康大。
ソルダは自分に親近感のようなものを持っているようだが、一緒にされたら迷惑だと康大はつくづく思った。
(ま、こいつの境遇には同情するが……)
助ける気まではさらさらない。
この男も元を正せば人殺しの一員だ。今まで自分を殺そうとしていた人間が落ちぶれたからと言って、手をさしのべるほど康大は暢気な博愛主義者でもなかった。
「それじゃあ上に行こう。多分ここに生きた人間はいないと思う」
「どうしてでござるか?」
「勘……読者としての勘、かな」
メタ的な発言をして康大は苦笑する。
「よし、とりあえず圭阿はまた部屋を回って、様子を調べてきてくれ。俺達は一端控え室に戻ろう」
「御意」
「私達も捜さなくていいのか?」
「俺達が闇雲に捜してもうまく行くとは思えない。それより一端落ち着いて頭を整理してみたいんだ。実はこの鬼ごっこが始まってから、何か頭に引っかかってることがあって。まあそれに結構疲れてるし」
「そうか、なら行こう」
「ああ」
ハイアサースとザルマが立ち上がる。
圭阿は既に任務の遂行に動いていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
控え室まで向かう途中、海賊達にすれ違う。
彼らは敵意は向けているものの、実際に何か言ったり行動を起こしたりはしない。おそらくそうソルダに厳命されているのだろう。
康大も彼らを挑発したりはしなかった。それは暴力による決着を嫌うアビゲイルも挑発する行為であり、あまりいい手には思えない。
殺し合いをしている同士とは思えない赤の他人のような態度で、両者はお互いを完全に無視したまま通り過ぎた。
「これは……」
控え室に戻ると、テーブルには紅茶やケーキといった、アフタヌーンティーセットが乗せられていた。
その隣にはホシノまでいて、
【健闘した皆様に対する、アビゲイル様のせめてもの感謝の印です。ルールとは一切関係がないのでどうぞお召し上がり下さい】
と勧めてきた。
「そういうことなら遠慮なく」
今までの疲労などどこ吹く風で、ハイアサースが椅子に座りケーキをむさぼり始める。
ザルマもハイアサースに倣って優雅に紅茶を啜り始めた。
(まあここに来て罠もないだろう)
康大は一瞬躊躇したが、結局2人のように椅子に座った。
「あの、コーヒーってあります?」
せっかくなのでコーヒー党の康大はそう注文した。
しかし、残念ながらホシノの返事は、
【そのような飲み物は聞いたことがありません】
だった。
(残念。あのアビーのことだから、そんぐらい用意してると思ったけど。ま、ここは紅茶……だよな? で我慢するか)
康大は香りを楽しんでから、ティーカップに口を当て啜る。
ミルクも砂糖も入っていないストレートティーだったが、よほど上手く入れたのか仄かな甘さがあった。
今まで飲んだことがない味だが、素直に美味しかった。
尤も、現実世界でも紅茶は無数にあり、世界のどこかに当てはまるものが存在するかもしれないが。
「それにしてもアレだな! いったい生きた人間とはどこにいるんだろうな!」
ほぼ一瞬で1つのホールケーキを食べ終え、ハイアサースは言った。
用意されたデザートはかなりの量だが、この分だと圭阿が戻る前に全て無くなるかもしれない。
さすがに何も食べないともったいないので、康大も近くにあったショートケーキらしきものに口を付ける。
「――ってこっちはまんまショートケーキだな」
見た目どころか中身も同じだった。
その後1カット食べ終えたところで、圭阿が戻ってくる。
「ただ今戻ったでござる。おお、なにやら美味そうなものを食べているでござるな」
「ああ、アビーが用意してくれたんだが、どうも俺の世界にあるケーキと味がほとんど同じなんだよ。圭阿も食べてみるといいんじゃないか」
「ならばご相伴に――」
まだショートケーキは1カットほど残っていた。ハイアサースはさすがにホールを2つも食べたので、満足そうに腹をさすっている。前回までのように手を出される心配はない。
しかし伏兵は思わぬところにいた。
「うむ、本当に美味いなこれ」
「あ……」
ザルマがフォークではなく、手でケーキを横から奪い、それをそのまま口に入れた。
「あー……」
康大は圭阿の運の無さと、ザルマを待ち受ける未来に同情した。
「おや、圭阿卿帰ってこられたのですか! 一言声を――」
「やっぱり貴様は死ねえ!」
圭阿の回し蹴りが綺麗にザルマの側頭部に決まる。
さらに勢いよく飛ばされ逆側の側頭部も壁にぶつかり、都合2倍のダメージを受けた。
「それでは早速報告するでござる」
その直後、圭阿は何事もなかったかのように話し始める。
不自然すぎるほどの切り替えの早さが、逆に根の深さを物語っていた。
「結論からいうと、非常に厄介な状況でした」
「厄介……まあ予想はしていたけど、どんな感じで?」
「客室の一つ一つにその住人がいたのでござる。海賊共は触れずに注意深く観察しているようでござるが、決定打には至っていない様子で」
「なるほど、確かに厄介だな……。具体的にどんな幽霊だった?」
「・・・・・・」
珍しく圭阿が言いよどむ。
ただそれも一瞬で、すぐに説明を始めた。それを聞いて、康大も何故圭阿が言い難そうにしていたかを理解する。
「それが老若男女様々で……。髪の色から肌の色目の色、共通点があったりなかったり、拙者には誰が人間か全く見当がつかなかったでござる」
「なるほどね。それじゃあ実際に見に行ってみるか」
康大は椅子から立ち上がった。
鬼ごっこが始まってから走り通しであったが、今回の休憩で大分体力も回復した。
康大に続きハイアサースも大儀そうに立ち上がる。彼女も疲労はかなり解消されていたが、
「うっぷ……」
胃が重かった。
ザルマは倒れたままだが、別に誰も気にはしなかった。一瞬高騰した株が、また元の1円株へと戻る。
とりあえず康大は最も近い隣の客室に入り、2人もそれに続く。圭阿も何も言わなかったし、特に警戒する必要はないだろう。
室内では白人で貴族風の中年男が優雅に本を読んでいた。
【誰だか知らないが、用がないなら出て行ってもらいたいんだが】
「あの……」
【言葉が通じないのかな?】
「はあ……」
取り付く島もない態度に3人は素直に部屋を出る。他にも幽霊がいるようなので、別にこの男に拘る必要もない。
次のその向かいの部屋に入ると、今度は黒人の母子がいた。
【あの、何か御用でしょうか……】
怯えた様子で母親が聞く。よく見れば子供はさらに怯えていた。
こちらもあまり話が出来そうもないので「失礼」と言って、3人は部屋を出た。
その隣の部屋に入ると今度は旅人風の風体をした黄色人種の青年がいた。
彼は好奇心旺盛な目で、【やあ僕に用かい? まあそこに座ってくれよ】と言いベッドに座るよう促した。
ようやく話が出来そうな相手を見つけ、康大はそこに座る。
しかし青年は【いつまで立っているんだい、座りたまえよ】と、康大の存在を無視して2人に対し言った。
そこで康大は彼が幽霊であること確信し、また自分の特異体質を思いだす。
「圭阿、俺の言葉をそのまま伝えてくれ。残念ながら幽霊の彼には俺の言葉は届かない」
「御意」
圭阿は頷いた。
そして圭阿が康大の言った言葉をそのまま、一字一句間違えずに話す。
「この船で生きている人間はどこにいますか?」
【生きている人間? そんなもの目の前にいるじゃないか!】
そう言って青年は自らを指さした。
(自分が死んだことを理解していないのか……)
康大は青年の言葉を嘘ではなく、そう思い込んでいると判断した。
「では、貴方はどうやってこの船に乗りましたか?」
【船にねえ……、そうだな、僕は旅の途中でこういう話を聞いたんだ。死が近い人間の前に幽霊船が現れ、絶望の船長と呼ばれる美しい女性が迎えに来て、最後のチャンスを与えてくれる、と】
(アビーのことか……。そういえばメイドがそんな2つ名を言っていたな)
メイドの話を聞いた時は、まさかそれが女性だったとは夢にも思わなかった。それに本人の姿も、船長と言うよりお嬢様と言った方が合っている。
(しかし死が近い人間か……)
自分とハイアースのように死期すら通り過ぎている人間だけなら分かるが、他はそこまで命の危険にさらされていたようには思えない。
(いや……)
康大は考えを改める。
自分達は海戦をしていたのだ、あの海賊が押してはいたもののどう転ぶか分からない状況だった。つまりお互いに死の危険が迫り、その末の同時乗船だった、そう考えられた。
康大が思考している間にも、青年の話は続く。
【それで僕はその船長に是非会いたくなって旅に出たんだ。しかし会うことは叶わず、ある航海で嵐に巻き込まれ、僕はその後……後……】
青年の顔が次第に青白く死人のようになっていく。おそらくこの青年はアビーのゲームに負け、命を奪われ奴隷としてここに捉えられているのだろう。明日は我が身だ、とは間違っても思いたくない。
【まあそんな感じだよ!】
突然顔色も戻り、青年はあっけらかんとした様子で言った。
(死の直前の記憶は思いださせないよう、細工でもされているのかな)
康大は彼の反応をそう察した。
(それにしても――)
ここにいる幽霊にしてもそうだが、奴隷という割には働かされている様子がない。皆狭い船室で自由に行動している。そのことに不信感を抱くことも一切ない。出ようという気が全く感じられないのだ。
(つまりこれが奴隷という意味なのかもな)
考える自由、出ていく自由を奪われ、ときおりアビゲイルの無聊の相手を務めさせられる。
そんな生活の強制もまた、奴隷と言えるのかもしれない。
「御大、他に何を聞くでござるか?」
「いや、もういい。多分他の部屋に行っても同じような感じだろう。これ以上は徒労だね。まだ勝負が決まっていない以上、海賊達もただ聞き回ってはいるだけだろうし」
「うーむ」
ハイアサースがまた眉間に皺を寄せて考える。
別に考えたところで何か良い案が浮かぶわけでもないので、康大はとりあえず放っておいた。
【それにしても君達は女同士2人で旅なんて羨ましいな】
「いや、私達は3人だが……」
康大が見えていない事実に未だ気付かないハイアサースは、思考を中断して反論した。どうせ大した考えでもないので、途中で止めたところで大した影響は――。
「……あれ、よく考えるとちょっと変じゃないか?」
不意に漠然と抱いていた疑問が、はっきりと形を持つ。
それと同時に、今までところどころで抱いていた小さな違和感が、一気に繋がった。
「圭阿、ハイアサース、甲板に行こう。アビーに聞きたいことがある。おそらくこれが最後の鬼ごっこになると思う」
康大は2人に対して力強く言った――。




