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第十話

 ろうそくの芯が溶け、火が完全に消える。

 それと同時に圭阿は扉を開け部屋から飛び出した。

 康大達はその前に指定された場所に隠れに行き、前の部屋の海賊達も扉を守っていた肥満の海賊も含め、どこかへ行った。

 お互い部屋に残ったのは鬼役だけで、扉も閉めていた。


 外には同じように弾かれるように外に出たソルダが。

 2人とも、動かずにじっと見つめ合う。

 お互い相手の動きを見計っていた。


(御大の言った通りでござるな……)


 圭阿は内心康大の予測に舌を巻く。

 康大は作戦会議の時に圭阿にこう指示を出していた。


「おそらくソルダは、こちらの動きに反応して行動するはず。たとえば圭阿が誰かを捜すためにどこかの部屋に入ったら、その部屋に閉じ込めて、自分は仲間が集まるまでそこで待っているといった作戦をとるだろう。逆に、俺達がそうすることも考えて、部屋に出たらまずこっちの動きを見て立ち止まっているはずだ。だからすぐに俺達を鬼にしようと動かないで、まずソルダの動きを見てから行動して欲しい」


 圭阿が作戦を立てたとしたら、その脚力を活かし、仲間を全て近くの部屋に隠して鬼にしただろう。実際、その方が効率的ではある。

 だが、それはあまりに直線的すぎて、相手の策略に対処できない。何か罠を仕掛けられたら、その時点でおしまいだ。

 康大の立てた作戦は、効率を犠牲にして様々な状況に対処できるようにしたものだった。


「おいおい良いのかよ嬢ちゃん、こんな所でじっとしててさァ」

「・・・・・・」

 ソルダの挑発に完全に無視を決め込む圭阿。

 忍者である彼女は必要でない行動は極力取らないように訓練されている。ソルダの無駄口に付き合う義務も義理も無い。

 ソルダも挑発が無駄とすぐに理解し、口を閉ざした。


 まるで先に動いた方が負け……という空気が、2人の間に流れる。

 そんなとき、突然2人の間に霧が立ちこめ、その中からホシノが姿を見せた。


 それでも2人は眉1つ動かさない。

 ホシノはそんな2人に構わず用件を言った。彼もまた進行役に徹している。


【残念ですが、たった今ソルダ様陣営にペナルティが発生しまた】


『!?』


 ソルダだけでなく、圭阿もホシノの発言に内心で驚く。どうして今目の前にソルダがいるのに、そんな事態になったのか。

 しかし、ソルダにとっては予想の範疇だったらしく、「あのバカが!」と言いながら、初めて動く。


 その時圭阿も、暴力によるペナルティは鬼だけでなその仲間にも適用されることに気付いた。ハイアサースが手を出されるとも思えないので、おそらく康大が意図的に挑発したか、ザルマが無意識に挑発したかのどちらかだろう。


(いずれにしろ拙者は自分のやれるべきことをするだけ!)


 圭阿はそう心に決めると、ソルダが走っていった方向を確認してから、そちらとは反対方向へと走り出す。

 康大からは事前に、ソルダが向かった方向とは逆方向の仲間を鬼にするように言われていた。純粋に圭阿の体力を活かすため、駆け引き勝負させないのがその理由だが、それを聞く暇はなかった。圭阿には命令さえあれば充分である。


 ソルダはそのまま下へと続く階段を降り、圭阿は逆に甲板上に出た。

 幸いにも、こちら方向で待っているのは康大だ。康大との合流は早ければ早いほど良い。ザルマあたりはいても邪魔になるだけで、鬼にした瞬間気絶させるよう指示も受けていた。


「なっ……」


 甲板に上がった瞬間、圭阿は絶句した。


 指定された場所に康大はいた。

 

 しかし、全く同じ見た目の康大が、2人もいたのだ。


 考えるまでもなく片方は偽物で、幽霊だ。

 触ればペナルティを受ける。

 しかも、康大も偽物も、全く同じ特徴的なポーズをとっていて、見ただけではどちらか分からない。


 ――はずだった。


「御大はこちらでござるな」

 圭阿は迷うことなく、舵輪に触っていた康大に触れる。

 それと同時に、もう片方の康大は消えた。

 圭阿は正解を選べたことに、内心ほっと小さな胸をなで下ろす。


「案の定だったな。まさか口まで塞がれるとは思いもよらなかったけど」

「御大が事前にこのことを話していなければ、拙者完全に騙されていたでござるよ」

 圭阿は苦笑しながら言った。


 康大は幽霊が自分達の偽物を作ることを、あらかた予想していた。そうでなければ、進んで顔も知らない幽霊に触れようとは思わない。そのために必ず本物だと分かる合図を考え、それが特定の物に、特定の身体の部位で触る、というものだった。

 ちなみに甲板で待っていた康大の指定した物は舵輪で、部位は右手だ。


「とにかくいの一番で御大に接触でき、何よりでござる。以後は御大に御指図お願い申し上げまする」

「とりあえず、ソルダの後を追って、事前の指示通りに動いてくれ。俺はその後をすぐに追う」

「御意」

 圭阿は走り出し、滑り込むように階段を降りる。

 その足取りには海の上という危うさが一切無く、平地を走っているのと全く変わらない。


 3階には最初から誰もおらず、行く途中で誰かを鬼にする必要はない。

 ただし、その階に海賊がいた場合は、圭阿はフェイントでどこかの部屋に入ることになっていた。

 幸か不幸か海賊は誰もおらず、そのまま素通りして2階へ続く階段に向かう。


「ぶふふふふここは通さねえぞぉ」

 その階段を降りたすぐの廊下に、件の肥満の盗賊が立ち塞がった。

「・・・・・・」

 本人はそれで完璧に塞いでいるつもりだが、圭阿から見れば隙だらけだ。

 圭阿は無言で海賊の股下からすべり込み、なんなく海賊をやり過ごす。

 その際、念のため触ってみたが、まさか鬼になっていない部下に通せんぼをさせることもないだろう。

 たとえ万が一鬼に出来たとしても、ルール上それを知ることが出来るのはゲーム終了時だ。


 そして何度かフェイントを入れ海賊の目を攪乱してから、ハイアサースが隠れている部屋に入った。

 ソルダに会う前に誰か鬼に出来る人間がいたらしろと、これも康大から事前に指示を受けている。


 部屋に入るのと同時に、圭阿はクローゼットを開ける。

 中ではすごい体勢のハイアサースがいた。さすがに幽霊の入るスペースはないのか、他に誰もいない。

 圭阿は何の警戒もなくハイアサースに触る。

 その瞬間、突然ホシノが現れた。


【残念ですがそれは幽霊です。康大様陣営にペナルティを1つ課します】

「な――!」


 圭阿は絶句した。


 触られたハイアサースの幽霊は、いやらしそうな笑みを浮かべると、そのまま姿をかき消す。


 幽霊がいた場所は事前に康大が決めていた場所で、入る部屋も絶対に間違えなかったという自信はある。それなのにこんなことになるとは、全く予想できなかった。

 予期せぬミスに完全に動揺する圭阿。


(し、指示を……)


 圭阿はとにかく康大に合流しなければと、部屋を出ていこうとした。

 だが幸いにも、


「どうした圭阿!?」


 肥満の海賊は役目を果たせず諦めたのか、それとも別の妨害にシフトしたのか康大も部屋に入ってきた。

 呆然としている圭阿を見て、康大は瞬時に状況を察する。


「立ち止まるな! もう一度良くクローゼットの中を捜せ!」

 康大はそう言いながら、未だ呆然としている圭阿を無視し、自分自身がクロ-ゼットの中を捜す。

 すると、クローゼットの底には隠し板のような物があり、そこに押し込まれていたハイアサースを発見した。


「圭阿!」

「あ、はい!」

 珍しく取り乱していた圭阿は、返事すらいつもの口調で出来ず、ただ反射的に康大の指示に従いハイアサースに触れる。

 それと同時に、ハイアサースも声が出せるようになった。


「すまない! いきなり幽霊が現れて、そこに押し込められてしまった!」

「こっちは幽霊に手は出せないけど、向こうからならセーフか。不幸中の幸いと言うべきか……まあ結果は変わらんけど」

 康大はため息を吐いた。


「あ、あの……」

 顔を青白くした圭阿が、康大に指示を仰ぐ。

 彼女にとって予期せぬミスの精神的なダメージは計り知れなかった。マリアの馬車が襲われた際は、そうなる可能性を想定して、対処はしていた。あの結果はその中でも最悪のケースではあったが、ショックは受けず、すぐに救出活動ができた。

 しかし、完全に成功すると思っていたことが失敗に終わったのは、彼女の人生でこれが初めてだったのだ。

 圭阿は幼い頃から優秀で将来を嘱望され、失敗らしい失敗をしたことがない。また、見た目の年齢と実年齢はそこまで乖離していない。そんなエリート特有の脆さを、ここで露呈することとなった。


「圭阿は予定通りソルダの様子を探ってこい。そして出来れば残りのザルマも鬼にしてこい」

 そんな圭阿とは対照的に冷静に、康大は指示を出す。歳は圭阿とそこまで離れはていないが、康大の人生は恥と失敗だらけの非エリートコースだ。  

 圭阿の目にはそんな康大が冷静沈着な策士のように見えた。


「え、あ、はい!」

 圭阿はそれにすがるように従い、弾かれたように走り出す。


(何と無様な!)


 動揺が自分にも分かるほど思いきり出てしまった。

 彼女にとって、完璧でない自分などゴミ同然だ。


(いや、そもそもそう考えること自体間違いなのだ)


 走りながら圭阿はかつて教わり、真面目に聞いていなかった忍びの心得を思い出す。それはどんな時でも冷静かつ冷酷で、ただ任務を遂行するための道具となる生き方だった。

 道具は成功もしないし失敗もしない。それは使った人間に依る。ただ道具である以上、与えられた命令は絶対にこなさなければならない。そうでなければ道具の価値はないのだから。

 圭阿は今になってそれを理解した。

 

「ぐふぅ! 今度こそ!」

 懲りずに階段前で、しゃがんで股をガードしながら妨害した肥満の海賊の()()を簡単に飛び越え、圭阿は階段を降りる。


 向かうのは地下の倉庫。

 そこには最後の1人であるザルマがいた。

 アビゲイルの用意した人間がどこにいるにせよ、最低限仲間は絶対に鬼にしなければならない。


 だが――。


【ザルマ様陣営、ペナルティを追加し、あと1つで失格とします】


 ホシノのもたらした朗報と同時に、現実は絶望を届ける。


「遅かったな嬢ちゃん」


「……すまない」


 そこには得意満面のソルダと長髪の海賊、そしてガックリ肩を落とし膝をついているザルマがいた。

 その光景だけで圭阿にも何が起こったのか理解出来た。


 この役立たずは役に立たないだけでなく、さらに足を引っ張ったのだ。

 いつもの圭阿なら、「死ね」や「切腹しろ」と口では言うものの、実際には蹴るか殴るかして終わりだっただろう。

 だがこの時の圭阿は、動揺のあまり完全に自制を忘れ、明確な殺意を伴って苦無を握った。


「そこまでだ圭阿!」

 それを再び死ぬ気で追いかけた康大が止めた。


「はあ、はあ、そいつはソルダが鬼にした以上、敵陣営扱いの可能性が高い! もしそこで攻撃したら、こっちがペナルティを受ける!」

「くっーー!」

 圭阿は寸前で握った苦無から手を離した。

 康大の言ったことがまさに狙いだったのか、ソルダは「チッ」と舌打ちをした。

 しかしすぐに勝ち誇った表情をする。


「これでお前らの負けはほぼ確定したな。後は俺が最後の仲間を捕まえれば、あの女幽霊がどんな人間を用意しようが終わりだ」

「くっ――」

 康大は唇を噛む。


(……クソっ!)

 圭阿は康大のために言い返すことも出来ない自分に、激しい苛立ちを覚えた。これでは役立たずのザルマと、大差ないではないか、と。


「それで勝ったつもりとは阿呆極まれりだな!」

 そんな2人のかわりに、凜々しい女騎士の声がソルダを真っ向から否定する。

 あの肥満の海賊はとことん役に立たないようで、ハイアサースでさえも簡単に階段に降りることが出来た。


「おそらく貴様はその役立たずを含めて3人鬼にしたのだろうが、それなら私達がお前の仲間を鬼にすれば良いだけ。その程度も分からないとは語るに落ちたな!」

 はっはっはと、豪快に笑うハイアサース。

 それがどれだけ難しいか――顔も知らない海賊の真贋を見抜くのがどんなに困難か全く理解していないことは、誰の目にも明らかだった。


 けれど――。


(そうでござるな)


 彼女の自信に満ちた顔を見ていると、何故か圭阿にはそれがとて簡単なことのように思えた。


 その一方で康大は何か別のことを考えていた。

 それが圭阿には何か分からなかったが、何を言われても従う気でいた。


「ザルマ、アンタそれで良いのか。そんなゴミみたいに思われて、ゴミ同然の活躍しか出来なくていいのか?」

 康大は突然ザルマを突き放すように言った。

 圭阿にはまだ康大の意図が読めない。


「ううう……」

 ザルマは何も言わなかった。


 ――いや、言えなかった。


 あまりに自分が情けないのか、いつものような虚勢すら張れない。ただ言われるままだった。

 そんな惨めな騎士を、海賊達が嘲笑う。


「俺はだいたい目を見ればそいつがどんな人間か分かる。こいつはどうしようもない臆病もんだ。身体だけはご立派だが、心が小鳥以下だ。やつらだって襲われれば必死でもがくのに、こいつは頭を抱えて蹲りやがった!」

 とりわけソルダが最も強くなじる。

 言われ続けるザルマの目に涙がたまり、唇から血が出るほど強く噛んで泣くのを堪えていた。


 それでも康大は続ける。


 そこに一切の容赦は無い。


 圭阿も次第にそんな康大が恐ろしくなってきた。

「ザルマ、多分お前は今あいらの味方扱いになっている。だったらさ、命をかけてその薄汚い海賊を倒そうとは思わないのか? 死ぬ気でさぁ。そうしたら圭阿だって見直すと思うぞ」

「な――」

 あまりの言い回しに、ハイアサースは絶句した。

 当のザルマは捨てられた子犬のように圭阿を見る。

 圭阿もハイアサースと似たような感想を抱いていたが、取る態度は決まっていた。

 今の彼の主は康大で、その意向は絶対だ。


「ああ、その海賊を殺せば付き合ってやっても良いぞ。なに、死んでも墓参りは必ずしてやる」

「あ……え……あ……」

 ザルマの顔が希望ではなく、絶望に歪む。これで彼にもう康大の提案を拒む理由がなくなってしまった。

 もしここで引けば、もう一生圭阿に見向きもされず、この場にいる全員から虫けら以下で見られる。ザルマもそれが分からないほど愚かではない。


「う……う……うわああああああああ!!!!!!!!」

 結局ザルマは涙を堪えきれず、泣きながら腕を振り回しソルダに向かう。その動きはまるで子供で、腰に差していた短剣さえ忘れていた。

 長髪の海賊がそれを止めようとしたが、他ならぬソルダがそれを制す。

 そしてザルマが振り下ろしたこぶしを、肩に受けた。


「……痛てえ、臆病者にしちゃあなかなかいい拳じゃねえか。だがそれだけだ」

 ソルダはザルマに足払いをして仰向けに転がすと、その無防備な腹を踏みつけた。


「ぐぼはっ!」

 ザルマが口から吐瀉物と一緒に血も吐く。


「……どうやらあの鉄仮面が言ったように、お前は俺達の仲間扱いみたいだな。ならこうしても問題ないよ、な!」

 そう言って今度は脇腹を思い切り蹴りつけた。

 耐えきれず転がるザルマ。

 それを見て長髪の海賊が下卑た笑いを浮かべる。


「貴様ら!」

 ハイアサースにザルマに対する親愛の情はないが、それでも人道的にこの行為を止めようとした。

 そのハイアサースを逆に圭阿が止める。康大がそれを黙認している以上、邪魔させるわけにはいかなかった。


 ぼろ雑巾のように扱われるザルマ。

 しかしどこまでされても、康大は無言のままだった。

 ソルダが脚を上げ、頭を潰そうとしても動かない。


「なるほど、そういうことか」

 ソルダは何か納得したような表情をして、脚をゆっくりと床に下ろした。


「やるねえアンタ、俺がこうするよう仕向けたわけか」

「仕向けた?」

 ハイアサースが狐につままれたような顔をする。

 言われた康大は相変わらず無言のままだった。今の康大がどんな表情をしているか、鉄仮面越しでは誰にも分からない。


「そうさ! 俺がこいつを殺せば鬼にした人間が1人減っちまうかもしれねえ。そうなれば失点はチャラってわけさ!」


(なるほど、そういうことか!)


 圭阿はソルダが言った康大のアイディアに素直に感心した。彼女にとって、ザルマ1人の命で皆が助かるなら、それは安い買い物だった。


 しかしハイアサースは違う。


「巫山戯る! 康大がそんな非人道的なことをするものか! 貴様の勝手な思い込みに過ぎん!」

「・・・・・・」

 彼女にとって、康大はあくまで友人であり婚約者であり、正しい人間だった。

 圭阿のように有能であるなら冷酷でも構わないという考えは、一切無かった。


(はいあさーす殿の考えは弱きにすぎる。だが、それは眩しくもあるな……)

 圭阿には絶対に出来ない考えだ。彼女のように命令を遂行するための道具には。


「・・・・・・」

 2人のやり取りを見ても、康大は何も言わなかった。

 ただザルマの方に近づき、生きているかどうかの確認をする。

 そしてザルマの耳元で何か囁き、すぐに離れた。


「は、その役立たずの遺言でも聞いたのか?」

「・・・・・・」

 康大はあくまで無言だった。

 ソルダがどんなに挑発しても何も言わない。鉄仮面しているため表情も分からない。


 それから両者は薄暗い地下室で無言で向き合う。

 また最初の時のような睨み合いがしばらく続くように思われた。


「圭阿」

 しかし、今回は康大がすぐに動く。もっとも実際ににらみ合っているのは圭阿とソルダで、戦力的に康大は関係が無いが。


「いずれにしろアイツが触らなければ勝ちはないんだ。だからできる限りアイツの動きを妨害してくれ」

 ソルダに聞かれるのも構わずコウタは圭阿に言った。

 さらに同じ声で続ける。


「ハイアサース、ザルマを回復してやってくれないか。さすがにあのままじゃ可哀想だ」

「ああ、そうだ、その通りだ!」

 康大の提案をハイアサースが嬉々として受け入れた。

 しかしハイアサースとザルマの前に長髪の海賊が立ち塞がる。


「悪いけどそれはできねえなあ。いちおうそいつはアンタらの仲間だ。役立たずとはいえ無事なら何をされるか分からねえからな」

「卑怯者め!」

 ハイアサースは怒鳴った。


「・・・・・・」

 その隙に今度は当人しか聞こえない声で康大が圭阿にささやく。

 ハイアサースの回復指示は、明らかにこのための陽動であった。


(・・・・・・)


 康大の指示は圭阿にとってなかなかの難題であったが、それでも目で了解したと伝える。


 しばらく長髪の海賊とハイアサースの押し問答が続いた。

 やがてソルダがしびれを切らしたのか、「そいつはどこか適当なところに押し込んどけ!」と部下に命じる。

 長髪の海賊は「へい」と頷き、ザルマをどこかへと連れて行こうとしたが、


「なっ……!?」


 康大が平然とその後について行った。

 そのあまりに堂々とした尾行に、長髪の海賊は呆気にとられる。


「テメエ勝手についてきてんじゃねえよ!」

「俺がどこに行こうが俺の勝手だぜ」

「ッチ!」

 長髪の海賊も手を出せないことは理解している。今にも切れそうな顔をしていたが、あくまで口だけだった。

 結局圭阿から見えなくなる位置まで、2人はどこかに行った。


「ケイア、どうする?」

 ハイアサースが聞いてくる。

 圭阿からすれば、むしろ自分が聞きたい。

 ただ康大からの指示は既に受けている。今はそれを忠実にこなすだけだった。


 再び、無言でにらみ合う圭阿とソルダ。

 そんなとき、階段の上からドスドスとした音が聞こえてきた。

 視線を向けなくとも、それがあの肥満の海賊であることは明らかだった。


「どうした!?」

 ソルダが怒鳴る。

「え、えっと、誰も来ねえからどうしたらいいのかなって……」

「本当につかえねえなテメェは! もうテメエは役に立たねえ、ウインデの野郎と変わってあの役立たずの見張りでもしてこい!」

「へ、へい!」

 再びどたどたと走り出す。

 ウインデというのはあの長髪の盗賊のことだろう。


「チッ……」

 ソルダは思わず舌打ちをした。

 それは明らかに何かミスをしたという顔だった。

 圭阿にその理由は分からない。ソルダも相手が圭阿だからと、少し気が緩んだのかもしれない。


 だが圭阿はそれを見過ごす気はなかった。


 しばらくしてウインデと呼ばれた海賊と、康大が戻ってくる。

 どれだけ挑発したのか、ウインデの顔は茹で蛸のように真っ赤であった。それでも手を出さなかったのは、よほどソルダの支配が徹底しているためだろう。


「ウインデ! さっき話したアレやるぞ!」

「へ、へい!」

 ソルダが一声かけると、ウインデはそのまま階段を上っていく。

 康大は先ほどの指示通り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()圭阿に聞いてきた。

 圭阿はそれを細大漏らさず、一字一句間違えずに報告する。

 ソルダもまさかそんなことをされるとは思わず、唖然としていた。


(おそらく御大は自分の存在を海賊に印象づけ、そして自分がいなくなることで口が軽くなることを見越し、あのような指示を出されたのでござるな)


 説明しながら圭阿はそう康大の狙いをそう睨んだ。もちろんそれは圭阿の考えで、実際のところは分からない。

 康大は全てを聞き終えると、顎に手を当てて考え出す。

 そして、ハイアサースに耳打ちして指示を出した。


「分かった!」

 ハイアサースは力強く頷き、あの肥満の海賊が去って行った方、ザルマがいる方に走って行った。


「御大……」

 てっきり自分に指示が出るものと思っていた圭阿は焦る。

 現状康大の指示がなければ、何をしていいのか分からない。思いつくことと言えば、ソルダの監視ぐらいだ。

 ただそれではあまりに手持ちぶさたで、心許なかった。


「圭阿」

「は、はい!」

 圭阿は待ってましたとばかりに声を上げる。

 だが康大が言ったことは指示などではなかった。


「少し落ち着け。焦ってるのが俺でさえ丸わかりだぞ」

「な――」

 図星をつかれ、圭阿は絶句した。

 結局、圭阿は元の冷静さを取り戻せてなどいなかった。まだ幼いとも言える彼女には、そこまで完璧な心の入れ替えなど出来なかった。


「で、ですが――」

「それは仕方ないことなんだよ。誰だって焦るし失敗もする。俺だって今死ぬほど焦ってるんだぜ」

 そう言って康大は圭阿の手を取った。


(これは……)


 康大の言葉は口だけの慰めでは無かった。

 その手は小刻みに震えていたのだ。当然武者震いなどではなく、自分にかかる責任の重さに怯えていたのである。


「これは俺だけじゃない、あの船長も内心じゃかなりビビってる。テメエの命かかってるのにビビらない方がおかしいんだよ」

 最後に「まあフォックスバードさんあたりは違いそうだけど」と茶目っ気を付け加えて、康大は言った。


「御大……」

 そこまで言われても、やはり圭阿には心を切り替えることなど出来ない。

 ただ、弱い自分も当然として受け入れなければ、そう思えるようになった。

 その瞬間、肩にかかっていた重い何かが消えた気がした。


 それは思考にかかっていた靄のようなものも取り除く。

 あまりに康大に依存しすぎていた彼女は、今まで自分で考えることすら避けていた。失敗する前はたとえ道具と認識していても、最低限頭を使って命令以外のことも考えていたというのに。


「しかし、なぜ長髪と豚は交代したのででござるか。まあ豚の方が使えないのは一目瞭然でござるが、鬼でない長髪にできることなど豚とそう変わりないでござろう」

「・・・・・・」

 圭阿の呟きには答えなかったが、話は聞いている様子だった。

 もっとも圭阿自身、どうでもいい呟きだと思っていたので返事は期待していない。ただ何かしゃべることで気持ちを切り替えたかっただけだ。


「……もう良い頃か」

 ソルダが不意に走り出す。

 念のため、康大が上がり階段付近で道を塞ぐように待機していたが、ソルダはそれを簡単に押しのけた。

 事前通告通り、その程度だと暴力ではなく接触として判断され、ペナルティはなかった。


「圭阿!」

「御意」

 押し倒された康大からの指示が飛ぶ。

 圭阿は康大を飛び越え、ソルダの後を追った。


「お頭こっちでさあ!」

 ウインデのソルダを呼ぶ声が聞こえた。

 幸いにもソルダが部屋に入る直前で圭阿は追いつき、ソルダが部屋に入る前に、彼の肩を掴んで押し倒す。先に部屋に入られたら、扉を閉められ何もかもおしまいだ。


 ただしそれは些かやり過ぎだった。


【康大様陣営に暴力によるペナルティを科します。これで2つのペナルティが科せられました】


「くっ……!」

 圭阿は唇を噛んだ。

 だが前のような絶望はない。

 これはそうなるかもしれないと判断しての行為だ。康大に対しての申し訳なさはあるが、もししなかったら最悪の未来が待っていたことは想像に難くない。


「ちっ! なんだテメエ!」

 入ってきたのが首領ではなく敵の忍者であったことに、ウインデは動揺する。


 だが、室内の光景を見た圭阿も動揺を隠せなかった。


 1人はウインデだ。

 それは分かる。

 問題はもう1人……ではなく3人で、同じ顔をした別の海賊が室内に3人もいたのだ。


 ソルダより前に鬼にしようとした圭阿は、その場で立ち止まり呆然とした。

 せめてペナルティにあと1回余裕があれば、失敗覚悟の接触が出来たかもしれないのに。

 今はその余裕がなく、じゃんけんで勝負するような真似はできない。


「ほう痛え……やってくれるじゃねえか嬢ちゃん」

 やがてソルダも部屋に入り、扉の前に立ちこれ以上の侵入を防ぐ。

 彼にとっては単純に戦闘力のある圭阿より、何をするか分からない康大のほうが恐ろしいのだろう。


「どうした!?」

 やがて康大もやってくるが、扉の外で閉め出されたままだった。


「ういんでと、同じ顔をした別の海賊が3人、そしてそるだがいるでござる!」

 圭阿は扉の外に康大に向かって、現状を大声で報告した。


「3人!?」

 扉の外の康大が驚く。

 それは圭阿も同じで、2人でも面倒なのに、3人の中で正確に本物を見つけるなど、とても出来るようには思えなかった。


「ははは、これはもう勝負あったな!」

 ソルダが勝ち誇ったように笑った。


「ふん、貴様らとて失敗は許されぬ身。どうやって本物を見抜くことが出来る!」

「ああ、どれが本物だろうなあ?」

 ソルダは眼を細めながら3人の海賊を見る。

 その表情は迷っているようだったが、圭阿には初めから正解を理解しているように見えた。目が完全に笑っているのまでは隠せない。


(これは御大に伝えるべきか……)


 圭阿は一瞬迷ったが、


「そるだはどうやら正解を知っている様子!」


 結局言った。

 自分では全く分からないのだから、ソルダに聞かれても康大に情報を与えた方が良いと判断したのだ。

 ソルダは「ちっ」と舌打ちし、明らかに正解と思える海賊に触れようと動き出す。

 圭阿は反射的にソルダの動きから触る相手を察し、自分の方が早く触れようとした。

 だが外から聞こえた康大の指示は全く違った。


「ウインデに触れ!」


「!?」

 康大の指示は全く理解できなかった。

 けれど身体はすぐに命令を遂行する準備が出来ていたようで、圭阿は3人の海賊を無視し迷わずウインデに触る。


「クソがァ!」

 海賊に触ったソルダが思わず怒鳴り、壁を蹴りつける。

 ソルダが退いたことで康大は扉を開け、中に入ることができた。


「これはいったい……」

「理由は後で話す! それより触ったウインデを無力化させろ」

「ぎょ――」

「遅え!」

 触られたウインデは、近くにいたソルダを殴りつける。

 その力が予想以上に強かったのか、ソルダは部屋の端まで吹っ飛んだ。


「す、すまねえお頭!」

「はっ、よくやった! これが勝利の痛みならへでもねえ! ほらこれで俺達の勝ちだ!」

「くそっ!」

 康大は拳を床に叩き付ける。


 またやってしまった。

 圭阿はもう立ち直れないほどの絶望に苛まれた。

 だが、それももう特に意味もないだろう。これから自分達は殺されるのだから。


 そう思っていた――。


 やがてホシノが現れる。

 ソルダ達は勝利宣言されるのかと、喜色満面だった。

 けれど、ホシノの言った台詞は彼らの予想とは大きく違っていた。


【康大様陣営にペナルティを追加します。それと同時に、ソルダ様陣営にもペナルティを追加し、両者敗北……いえ、引き分けでしょうか……これはまたなんとも……】


「なんだと!?」

 ソルダが驚愕の表情で怒鳴った。


「テメエどういうことだ!?」

 逆上したソルダは、復讐されることも忘れ、ホシノの襟首を掴んだ。


【冷静にソルダ様。ここで康大様陣営の鬼が暴力行為を来ないペナルティが発生しました。それと同時に地下の倉庫でソルダ様陣営の鬼が暴力行為を行い、ペナルティも発生しました】

「これは……」


 圭阿が康大の顔を見る。


 康大は頷いた。


「ハイアサースとザルマがやってくれたんだ。俺はハイアサースに何としてもザルマを回復し、ザルマには死ぬ気でハイアサースを殴れって言ったんだ。ザルマのそばにるのは絶対にハイアサースだったし、あのデブ相手だったらハイアサースでもなんとかなると思ってな」

「あの時はそんなことを言ってたでござるか……」


 圭阿は大きく安堵の息を吐いた。

 失敗は取り消せないが、致命的な失敗では無かった。

 だとしたら前と同じように取り乱してもいられない。償いは全てが終わってから、命をかけてすればいい。

 そうでなければ自分は道具にすら成れないガラクタだ。


【皆様、アビゲイル様に確認しますのでしばらく……ええ……はあ……なるほど、分かりました】


 ホシノは頭を下げてから改めて言った。


【これからは不毛な暴力ペナルティによって勝敗が決まらないよう、相手陣営の鬼を交換し、元の陣営同士による最後の生きた人間を鬼にするゲームとします。なおこれからは誰が触ってもOKとし、ペナルティは継続、1回でも幽霊に触れれば敗北とします。また、興ざめな路妨害行為も一切禁止とします――以上がアビゲイル様からの提案です】


 そして海賊陣営と康大陣営の最終決戦が始まった――。

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