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それはある夜の出来事で。


 日が沈み暫く経った、ある夜の事。

 学園都市マラークの、とある一角に。50代ぐらいのビール腹を膨らませた、無精髭の男性がひとり、ふらりと歩いていた。


 学園都市、とは言えど、住んでいるのは子どもだけではなく。都市運営や事業所、娯楽施設に飲食店等などに従事する大人も、この街に居住している。


 一定数の大人がいる以上、そこにもまた、子どもにはない需要というものが発生するわけで。他の街と比較すれば数は少ないとはいえ、“大人の娯楽”も存在する。その最もポピュラーたる施設が、居酒屋である。

 千鳥足になりながらも歩みを進めるこの男も、つい先ほどまで近場の居酒屋で浴びるように酒を飲んでいたひとりで、顔はすっかりと赤く染まり、全身からアルコールの匂いを漂わせていた。


「あぁ……、ちくしょう、仕事が何だってんだべらんめぇ」


 彼の体を駆け巡る酒気は、当然思考能力を鈍らせ、普段は言えないであろう心の奥底にある思いを唐突に吐露させる。脈絡なく人がしゃべっている光景は、ここ、通称“大人通り”では珍しくも無い事だった。

 上司からの圧迫、数値やノルマに追われ続ける疲労。自分よりも若い人間が成績を出し、出世していく嫉妬……。それらの要因は、彼を酒に走らせるのに十分すぎる役割を担っていた。

 とはいえ。虚勢は張れるが基本的に臆病者である彼に、会社に逆らえる度胸があるわけでもなく。今日も悪態をつきながら、酒で犯された脳に唯一残された帰巣本能を頼りに、今晩も帰路に就くのであった。


 いつもであれば多少なりとも人がいるこの通りには、朧気な足取りの男性しかいない。

 正確には、少し前までは普段と変わらなかった。まれで男性が歩みに合わせる様に、ひとり、またひとりと、通りから姿を消していくのである。

 普段なら気付くであろう“異常”。しかし彼は、それを認識する思考力をこの時持ち合わせてはいなかったのだ。


 ゆらりゆらりと、左右に揺れる視界の端に、何かが映る。


「……んあぁ?」


 弛緩しきった顔に、口をぽかんと開けながら、その何かに視線を投げる男。

 路地裏に向かう、暗く細い通路の前に、深々とローブを纏った者がひとり、こちらに向けて手招きをしていた。ボディラインが隠された服からは性別は分からなかったが、顔を覗かせている腕と手は、とても華奢で、遠目からでもきめ細やかな肌をしているのが分かった。


 著しく判断力が欠如した今の彼に、警戒心なんてものがある訳もなく。

 ふらふらと、蝋燭の炎に誘われる蛾のように。ローブの者と一緒に、路地裏へと消えていった。


 そして。



「あ、あ、あ……っ! ぐあぁあああああぁぁっ!!」


 人の気が無くなった通りに、ひとりの男性の断末魔が響いた。



 不幸はまだ続く。

 不運にも、この通りを巡回しに来た20代ほどの若い男性がひとり。その断末魔を聞いてしまう。


「……っ!? どうされましたかっ!?」


 幼い頃から正義感の強い彼は、成人して、この街を警護する自衛団体に所属し、生計を立てていた。

 腰から警棒を引き抜き、一目散に悲鳴の聞こえた路地裏に走り、飛び込む。


「大丈夫ですか! 何かあり――――」


 威勢よく挙げられた声は。

 彼の瞳に映る“異常”に、一瞬にしてかき消された。



 ――――――――何人、だろうか?

 そこには、恐らく。“人だったモノ”、その残骸が、山のように積み上げられていた。

 各々が、あらゆる苦悶を詰め込んだような、悲惨な顔をしていた。体中の水分を抜かれた、まるでミイラのような残骸になり果ててしまっていた。


「おやぁ……?」


 その、山の前に。ローブの者がひとり、ゆったりと立っている。

 その者が前に突き出した手には、今しがた奪ったのであろう、山の残骸と同じ運命を辿った、消えた命があった。


「ひ、ひぃ……」


 圧倒的なまでに惨たらしい光景に、一歩、足を引く。

 しかし、後ろに下がった体は、何かにぶつかった。


「え……?」


 柔らかい、何か。青年が後ろを振り向くと。

 今しがた彼の前にいただろう、ローブの者が、そこにはいた。


「なるほどぉ。あなた……、なかなかの“魔力耐性”があるようですね……! “我”の結界をすり抜けてくるなんて、流石です……。くひひっ!」


 にちゃり、と。醜く笑ったその口の中は。まるで狼のように鋭く生えた歯がずらりと並んでいた。


「ひっ!」


 逃げようとする青年。だがしかし。彼の体は微動だにもせず。ただただ硬直するのみであった。


「これはこれはぁ、随分と美味しそうです……」


 紅く実った唇が、青年の耳元に近づけられる。


「あなたのぉ、せ・い・き。食べさせてください……?」

 

 あぁ。なんて。艶めかしい誘いなのだろうか。

 


 恐怖を超えるほど、ぞくりと。彼の背筋を何かが這うのを感じた。

 ローブの者の手が、彼の口へと迫る。あ、ひ……、と、声にならない悲鳴を上げながら、彼の顔が手に導かれるように上を向く。


「いただき……、まぁっす……っ!」



 その瞬間。



「あが、あがががががががががぁぁああぁっ!!!」


 青年の口から、青色の光の集合が、手に吸い込まれるように移動する。彼の体はびくりびくりと波を打つように痙攣するが、空中で縛られているかのように動くことはない。

 そして。

 彼の口から光が出ていくのに比例して、どんどんと。彼の体が老人のように変色し、しわが増え――――。

 最期は、他の残骸と同じように。


 またひとつ、精気を奪われた残骸が、路地裏に転がるだけであった。

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