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それはさながら裁判で。①


「ん……、うぅ……ん……」


 ひどく頭が痛む。自分が上を向いているのか下を向いているのか分からない気持ち悪い感覚の中、じんわりと覚醒へと向かう意識に、少しの気合を入れる。

 真上に光源があるのか。不愉快さを感じるほどの眩しさが瞼越しに伝わる。しっかりと光に慣らすように、ゆっくりと、反射で閉じようとする瞼を意識的にこじ開けた。


 知らない天井だ……。


いやそんな事はなかった。今朝方見たばかりの景色のように思う。

 校長室の来客用の長いソファ。フェイは、そこに横になっているようだ。

 独特のアロマの香りも、そういえばこんな感じだった、と妙な懐かしさを覚えた。


「起きたか。まさか初日から何かやらかすと思ってはいなかったぞ」



 数時間前と全く同じ。高級そうなオフィスチェアに深く腰掛けたアシュタルテが声をかけてくる。


「僕も、まさかこんなことになるとは思ってもいませんでした……」

「だろうな。とはいえ、現状、幾分まずいことになっている」


 アシュタルテがしゃべり終わるのとほぼ同時。こんこん、とドアがノックされる。


「入れ」


 その一声のすぐ後に、ドアノブがガチャリと回り、重い音を立てて開く。

 そこから、しっかりとした足音を鳴らし、4人の少女が入室する。


 ――リリー・カルテット。

 しっかりと制服を着こなした彼女らは、確かに、学園最強の4人なのだろう。そう無意識に納得してしまうようなオーラがあった。否が応でも認めざるを得ない。得も言われぬカリスマ達が、そこにいた。



「げ。へんしつしゃ」


 4人の中では一番年下だろうか。確か、名前はリリィ・クンツァイトだったはず。

 『へんしつしゃ』に関しては、あの状況下でそう思ってしまうのは致し方ないとはいえ、勘違いは勘違いだ。そこは譲るわけにはいかない。


「違いますっ! 勘違いなんです」

「うるさいっ! 『にじゅ』れ!!」

「にじゅ……っ!?」


 難しい言葉……、正確には古い言葉、だが。よく知っているな、とフェイは思う。

 にじゅ、つまるところ『二豎にじゅ』の事だろう。古い言い伝えからくる言葉で、簡単に言えば『病気』という意味だ。要は、病気になれ! と言いたいのである。治る余地を残してくれている分、多少の優しさを感じる。……気がする。


「こぉーら! リィちゃん、あんまり汚い言葉を使っちゃ、めっ! ですわ」


 こちらは、マリア・フォル=ラッチモンド。制服を着ていてもわかる、圧倒的包容力。何とまでは言わないけれども。この人なら話が分かるかもしれない。


「聞いてください、あれは不幸な事故で……」

「大丈夫、わかっています」


 にっこりとほほ笑むマリア。よかった、どうやら理解のある人そうだ。


「迸るリビドー、青少年にあるあるな衝動を堪えられなかったのですわね!」



 あ、駄目だこの人。勘違いをそのまま受け入れちゃって擁護するタイプの人だ。もう何を言っても、大丈夫よ、そうよねつらいよね的な返ししかしないやつだ。

 早々にマリアを説得するのはとりあえず諦め、次の女の子に賭けるフェイ。


「……おなかすいたぁ」



 サーシャ・フローライトはマイペース。

 というかそもそもフェイに興味すらなさそうである。



「――それで? 結局この子はどうするのしら?」


 まるで釣鐘の風鈴のような、高く透き通りながらも深みのある声が、ひとつ。


 ただ、それだけで。圧倒的なまでの品格の差を思い知らされる。


 ダイヤ・フォル=ラッチモンド。彼女こそ。なるほど実力者ひしめく超マンモス学園の生徒を統べる存在なのだ、と、直感的に感じる。その圧倒的問う言う言葉ですら足りないカリスマ性に、フェイの額からひと雫の汗が流れた。



「そうだな、とりあえず双方の話を聞きたい。証人尋問だ! クンツァイト君!」

「ふんっ、とりあえずも何もないわよ! このへんしつしゃは、神聖なあたし達リリー・カルテットの素肌を見た! それだけで“にじゅる”に値する重罪、死刑よ、死刑!」

「なるほど。ではクリソベリル君!」

「う~ん、そぉですわねぇ……。恐らく、天井が脆かったことが原因のひとつではありますわ」


 思いもよらぬ救いの一言に、ぴくりと反応する。

 意外と冷静に状況を判断できる人なのかもしれない、と、一筋の希望が見いだされた。


「えっ? へんしつしゃを擁護する気?」


 怪訝な顔ですかさず返すリリィ。どうやら彼女はフェイを有罪にしたくてたまらないらしい。

 勘違いとはいえ、裸を見られたのだから無理もないことではあるが。


「擁護、とは少し違いますけれど……。今回崩落してしまった個所は、わたくし達に修復依頼がかかっていた場所でもありますし。原因の一端はわたくし達にもある、とは思いますわ」

「むむむぅ……」


 思い当たる節があるのか、マリアの言葉に口をつぐむリリィ。

 あれ?意外といけそうなんじゃ……?と、フェイの心中の期待値がどんどんと大きくなる。


「とはいえ。“何故、立ち入り禁止区域にわざわざ立ち入ったのか”と言う大きな問題は残りますが」


 ですよねー、そう上手くいくわけないですよねー。がくりと肩を落とす。



「……って、待ってください! 立ち入り禁止区域って何のことですか!?」


 思わず聞き逃しそうになった単語を慌てて拾う。


「あー。それについてはすまん、話しそびれていたな。危険な場所などの理由により、立ち入りが禁じられている箇所がいくつかあるんだが、今回お前が落ちた場所もその一つだった、というわけだ」

「そ、それは先に言ってくださいよぉ……」

「すまん。失念していた」


 学園長も理由の一端を担っていたらしい。あまりの事実にさらに脱力してしまう。



「でもでも! 知らなかったとはいえ、あそこには看板も立ててたわよ!」


 手を伸ばしたら即噛みつかれそうなほど、明確な敵意を向けて引かないリリィ。迫力的には子犬の威嚇レベルだが。


「看板……? そんなのはなかったですが……」

「そんなわけ!」


「――――本当よ」


 また、凛と響く声。ダイヤだ。

 彼女が話すと、どんなに話をしていても口をつぐみ、彼女の声に不思議と耳を傾けてしまう。


「私、事件の後現場に行ってみたのだけれど。恐らく意図的に、まるで隠すかのように剥がされていたわ」

「そんな……」


 フェイが容疑者からどんどんと遠ざかっていくのがショックなのか。しゅんとなるリリィ。


 フェイは、ちょっと傷ついた。


 しかして、事態は収束に進みそうである。その雰囲気を感じて、ひとまずほっとする。フェイの無罪は少しづつだが証明できそうだ。


「でも、なんで、フェンス、超えたのかは……、わかんない……」


 と、思った束の間。

 今までぼーっとしていたサーシャの発言で、事態はまた一変してしまう。


「確かにそうですわね。立ち入り禁止区域を知らなかったのだとしても、“裏ルートで女子寮に接近できる閉鎖区域”に立ち入った理由は、聞いておくべきだと思いますわ」

「そもそも、その立ち入り禁止の看板だって、コイツが倒した可能性もあるしっ!」


 一瞬で疑いの位置に逆戻り。右を見ても、左を見ても疑いの眼差しを向けられている状況に、正直肝が冷え冷えである。



 この状況を打開する方法は、一つ。


「あの……、事の経緯について、順を追って説明させていただきますので、聞いていただけますか……?」


 初手でできなかったのはとてつもなく痛いが、何のことはない。最初から潔白である事はほかの誰でもない、フェイ自身が一番わかっていることなのだ。正直に、偽りなく。御幣を生まぬように説明してしまえばいいだけなのである。


 女性陣の沈黙を肯定の意と受け取り、庭師の仕事が終わった辺りから、落下するまでを恐る恐る話す。

 教員用の宿舎に向かっている途中に少女を見かけたこと。

 その少女が失せ物を探していたこと。

 失せ物を兎がもっていて、それを追いかけてフェンスを乗り越えたこと。

 そして、それから落下までの経緯。


 一通り話し、物的証拠があったほうがいいだろうと、フェイはポケットをまさぐり、本人に渡せなかった髪飾りを取りだす。



「これが、その髪飾りです」


 照明の光を反射し、髪飾りが黄金色の煌めきを映す。

 その宝石や装飾の美しさに関心するもの、まだ疑いを隠せぬもの、ふぅむと思考を巡らせるものと各々が違った反応を示す中で、一人だけ。

 誰よりも大きく、そして強く反応するものがいた。


「――何故、あなたがそれを持っているのかしら」


 ダイヤ・フォル=ラッチモンド。彼女である。


 その一言は、地の底から湧き上がってくるかのような憤りを含んだ言葉であった。

 ふつりと紡がれたその言葉一つは、相反する重圧感を伴って部屋全体に伝播する。びりびりと痺れるような感覚が、フェイの肌全体を襲う。


「もう一度、聞くわ。――――何故、あなたがそれを持っているのかしら、フェイ・オブシディア」


 敵意、なんて生易しいものではない。その瞳、吐息、言葉、体。彼女から構成されるすべてが、フェイに向けているもの。それは、何の不純物もない。ただただ純粋な、殺意――――。


「で、ですから……」

「あなたの言い分は理解しているわ。覗きに関しても、私個人は特に思うところはないわ。だけど、あなたの語った経緯に私が信憑性を感じているか、というのはまた別問題でしょう?」


 あぁ、なるほど。と冷や汗が流れる一方で、冷たさを感じるほど冷静に分析する脳が納得する。

 考えてみれば単純だ。疑いがぬぐい切れていない人物が、彼女にとって大切なもの、またはそれに関係するものを持っている。何故持っている? その経緯は? それについては語った。が。


『それが真実であるという保証は』?


 ――――そんなもの、どこにもない。



 彼女からしてみれば。

 身の潔白を証明するだけのアイテムとして、“それ”が利用されている可能性の方が、信憑性が高い……!


「…………」


 何も言えない。いや、どう言えばいい? 様々な思考が巡回し、ぶつかり、消滅し、その破片が新たな思考の邪魔をする。考えがまとまらない。それに焦る。更に思考が乱れていく。

 完全に悪循環じゃないですか。と、思考の一片がフェイに語り掛ける。


「ことと次第によっては。私は、容赦をしない」


 法術を使う際独特のオーラがダイヤの周りに纏う。ただ纏っているだけのオーラが、デスクの上の証明や植木、椅子、ローテーブルに干渉し、かたかたと揺れ始める。


「ダイヤ・フォル=ラッチモンド! 怒気をしまいなさい!」

「いいえ、学園長。これは。これだけは。私と彼の問題です」


 これはまずい、と思ったのか、制止に入ろうとする学園長を一喝し、オーラを収めようともしない。

 浴場で貰った何倍もの法力をぶつけられる。そんなもの、フェイに耐えられるわけもない。


 これは――――、本当にまずい……っ!

 フェイの心臓の刻むスピードは、ピークに達しようとしていた。

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