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それは不幸の回想で。⑤


 ――――――――それからしばらくして。


「ふぃー!! 今日はこんなところですかねーっ!」


 額の汗を手で拭い、フェイは一息つく。


 彼の周りには、剪定された枝葉や枯れ葉でできた山が至る所に出来、それと比例するように木々の枝は綺麗に切りそろえられ、地面にはしっとりとした土が顔を覗かせている。効率的に日の光を浴びるように間引きされた枝葉並びも、言わずもがなであった。


 持ち前の洗練された技術の他に、微量ながらも使える法術も合わせて、複数の作業を同時にこなす為、通常では到底できないスピードで作業をしていく。とはいえ作業範囲や移動距離が広い為、一朝一夕ではやはり終わりそうにない。


 今日の仕事はここまでとして、枝葉や枯れ葉をゴミ袋に詰める。フェイが2人も入れそうな大きな麻袋が10袋、パンパンになってしまった。それから、一度倉庫まで道具を置きに行き、また戻ってきて空いた台車にゴミ袋を移して捨てに行く。ゴミ捨て場と作業した場所を2往復し、正真正銘の仕事終了の時には、日はもう大きく傾いていた。


「さて、帰りましょうか」


 寝泊りは、学園側から教員用の宿舎の一室を貸してもらえるとのことなので、地図を見ながら向かっていく。帰ったら荷ほどきかぁ……と少し憂鬱にもなるが、そればかりは仕方ない。ちなみに、荷物は今朝のうちに宿舎に運んでもらっている。学園長には至れり尽くせりだなぁ、と思うフェイであった。


 食事については、朝昼は学園の学食、夜は学食職員が作るお弁当、という具合らしい。昼に食べた定食は絶品だった為、お弁当の方にも期待大である。



 と、そんなことを考えながら歩いていると、通路の端できょろきょろしている女の子がいることに気づく。何かをしきりに探しているようだ。

 学園生……だろうか。かなり若い、というか幼い印象を受ける。


「こんばんは。どうかされましたか?」

「へっ!? あ、あの……」


 どうやら人見知りなのかもしれない。と、思ったが、それはそうか。学園関係者らしかなぬ、顔も知らない少年が話しかけてきているわけだから、不審者かもしれないと警戒されてもおかしくはない。


「あっ、ごめんなさい! 僕は、今日からこの学園で庭師の仕事をしている、フェイといいます」

「そ、そうなんだ……」

「それで、何か困ったことでもあったんですか?」

「実は……」



 少女の話によると、どうやら誕生日に姉からもらった大切な髪飾りを落としてしまったらしい。この辺りに落としたのは確実らしいのだが、探しても見当たらないらしい。


「わかりました! 僕も一緒に探しましょう」

「あ、ありがとう!」


 目尻に涙を浮かべ、上目遣いでお礼を言う女の子。小動物のような少女にフェイは、こんな時に不謹慎だけど、かわいいなぁ、と思う。

 とはいえ、黄色の宝石のついた髪飾りだ。太陽もだいぶ傾いているとはいえまだ夕方、そこまで暗いわけじゃない。その条件下でなかなか見つからない、となると、探し物の在り処はだいぶ絞られてくるわけで――。



 がさり。

 近くの植木から物音がする。すると、その場所からひょっこりと、ウサギが顔を出した。

 鼻をひくひくさせながら辺りを警戒しているウサギ。その口元には、おそらく少女のものだろう、きらりと太陽光を反射する髪飾りが咥えられていた。


「あ――っ!」


 少女の口から声が漏れる。それに反応したウサギは、ひょいっと草影の中に逃げてしまった。


「まって! ウサギさんっ!」


 急いで追いかけようとする少女。だが、それをフェイが止める。


「大丈夫、僕に任せてください。必ず、髪飾りを持ってきますから、ここで待っていてくださいね」


 ウサギを追って、草陰に飛び込むフェイ。がさがさとウサギの逃げる音と草の動きを頼りに追いかける。追えば追うほど、チクチクと足に痛みが走った。


 というのも、このエリアの雑草は葉が薄い種類が多い。その為、こうして草葉をかき分けながら走れば薄い葉によって足が傷ついてしまう。幼い少女の肌を傷つけさせたくないのはもちろんのこと、早めに処置しなければ植物の汁で傷口が痒みを帯び、結果、掻いて傷口が広がってしまう。となれば、総合的に見ても少女よりも体が大きく走るスピードも速い、かつ植物の知識や植物による怪我の対処法の知識に富んだ彼が追いかけた方が良いのは自明の理であった。



 少し追いかければ、生い茂る草が少なく、地面の露出するエリアにつく。ウサギの姿もしっかりと視認することができ、だいぶ追いやすくなった。しかし、その少し先。何かを囲うように作られた金網の柵、その足元にちょうどいいサイズで空いている穴に、ウサギが入り込んでしまった。


 とはいえ、ここで減速してしまえば、ウサギとの距離が開き、結果、見失ってしまう可能性が高い。

 ならば、と。フェイは指先を素早く動かし、印を切る。


「足場になれ! ウィンドプレート!」


 フェイの前方に風が収束し、空気の塊ができる。それめがけてジャンプし、圧縮された空気を足場にさらにジャンプ。2メートルを優に超える金網を、軽々と超えていく。

 着地、と同時に慣性に加え脚力も使い、前方へさらに加速する。ウサギとの距離も一気に縮まり――


「捕まえましたっ!」


 なるべく衝撃が加わらないようふんわりと抱き留め、そこから一回転。進行方向へ向かう慣性を、地面を垂直に蹴ることで上へ逃がす。極力ウサギへのダメージがないように停止する事ができた。


 咥えられていた髪飾りを取り、逃がしてやる。

 少し手間取ってしまったが、これで少女の大切なものを取り返すことができた。


 ほっ、と息をついたその時。


 ビシッ――――!!!!

 地面を蹴った衝撃か。恐らく元から入っていただろう亀裂が更に広がっていく。

 ビシビシビシッ! っと、どんどんと波紋のように亀裂が進み……。


「うわ……っ!!」



 後は。



 フェイの体重と重力に耐えられなくなった地面が、崩壊し落下していくだけであった。


 少年が落下していく様を、彼に見えないところから観察する人物がひとり。その足元には、意図的に破壊された、『この先、立ち入り禁止区域』の看板があったことに、もちろん、フェイは気づくことはなかった。


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