それは不幸の回想で。②
学園長室というのは、読んで字の如くその学園の長が使う部屋であるがために、ともすれば重圧感を感じるような、厳格さが強く主張される装いをしていることが多い。
ここ聖アンゲロス学園のそれも、その最たるもので、入り口のドアに至っても厳かな作りになっていた。
こげ茶色の光沢を放つ漆が塗られた質感、鈍い金色を放つ取っ手。さらには、彫り込まれた何かの花を模した模様……。
ただ開けるだけでも、多少の勇気が必要に思えるようなデザインだ。
このドア一組で、いったい幾らの値が張るのだろう……と、貧乏性丸出しの感想を抱きながら、中に伝わる最小限の音量になるように気を付けつつ、フェイはノックをする。
「フェイ・オブシディアと申します。入ってもよろしいでしょうか?」
すると中から、どうぞ、返事が返ってくる。学園の校長だというもんだから、フェイは髭もじゃの老いた男性を想像していたのだが、中から帰ってきたそれは凛と響く女性の声だった。
「失礼します」
ぎぎぎ、と、重い音を鳴らし開く。中からふわりと(何かのアロマだろうか)、柔らかく仄かな甘い香りが漏れた。
フェイの後に続くように、ロキエもまた、挨拶をし、入室する。
すぐ目の前には、来客用か、座り心地のよさそうで、かつ部屋の雰囲気を崩さない色合いの革でできたソファが対になるように二つ。そしてその間に、ガラスと木でできたセンターテーブルが鎮座している。両壁には歴代の校長だろう人物画がずらりとならび、その下には、がっしりとした枠組みの本棚が中に多種多様な本をぎっしりと並べていた。そして、ドアの向いにある窓際には、シンプルながらも美しく重厚なデザインのデスクと、これまた座り心地のよさそうなオフィスチェア。
そのオフィスチェアに深く腰掛ける女性が、ルージュの塗られた唇を開く。それは艶やかな光沢を放っていた。
「よく来た。フェイ君」
年齢はパッと見たところ30代後半だろうか。学園長であることを考えるとかなり若く見える。
――が、問題はそこではなく。
「ちちちちょっと!! なんて格好ですか!」
驚愕、赤面し、すぐさま顔を逸らすフェイ。
それもそのはず。しっとりとした質感の、おそらくシルクが素材であろう、彼女が着ているフォーマルドレスの様なものは、胸元がぱっくりと割れ、その大迫力を誇るボリューミーな胸部をおしげもなく強調しているのである。首元を周る布の紐のようなものから、両胸をそれぞれ隠す程度の2枚の布が腹部まで続いていた。その為、胸部中央は無く、二つのふくらみが織りなすアーチがしっかりと見える。加えて、肩から脇にかけても肌が露出しているため、鎖骨と相まってかなり艶めかしい。
「おや、何か問題でもあるのかい?」
「大ありですよ! その、なんていうか、刺激が強すぎますっ!」
きょとんと自分の服をつまむ校長。揺れるに加えて見える面積も増える。
「あはは……。この学園は女の子が多いからねぇ。男子の目線も軽視されがちなのさ」
呆れたように笑うロキエ。
「こんなおばさんの肌を見てもしょうがないだろうに。ほかの男子は前かがみになっていたぞ? 気持ち悪くなってしまったのだろう、失礼千万だが、仕方のないことだ」
「それは違う現象が原因だとおもわれますっ!! っていうか、自分の美しさを自覚してくださいっ!」
がっつりと見てしまったのだろう、その男子も可哀そうなことだ。思春期だもの。
「お世辞として受け取っておこう。とにかく、私の服装については慣れる他あるまい」
曲げる気はないらしい。なんて強情な人だ。
「それにほら、肌を見られると……。高揚するだろう?」
「頭おかしいですねっ!!」
もう、この人は駄目だ。いろいろと手遅れかもしれない。
「――さて、前置きはさて置き。自己紹介が遅れたな。私はここ、聖アンゲロス学園の学園長、アシュタルテ・ネフライトだ」
アシュタルテの自己紹介に、フェイも溜息を交えつつ名乗る。彼女はそれを、うむ、と受け取り。
「知っているかもしれないが、この学園は【聖粛清者】の養成機関だ。わが校は、我らが国のいたるところから、トップクラスの法力使いが集まり研鑽していく場所と言っても過言ではない」
――そう。人類が長い歴史の中編みだした超常なる力、『法力』を使い、国からの報酬で様々な分野で働く職業。それこそが、聖粛清者。
安定した高額収入を得られ、人々から賞賛される人気の高い職業な反面、法力を扱うには多くの知識や技術が必要で、そもそも法力自体が、先天的な才能により力の有無や量などが大きく左右される為、資格を得るには狭き門を通る必要がある。この学園に女学園生が多いのも、その先天的な力の有無に関係しているのだ。
「過去に多くの優秀な聖静粛者を輩出してきたキャリアも相まって、わが校は金銭的な意味合いでも国から大きく支援されている。そうなれば、対外的なものも気にせざるを得なくなってくる。つまりは、見栄えを気にしなければならないわけだ」
「なるほど。そこで、僕の出番なわけですね」
「そうだ。噂によれば、早い・綺麗・安いと、かなり評判がいいそうではないか。期待しているぞ」
「ありがとうございます。とはいえ、到底僕一人で、この広い学園は……」
「安心してくれ。こちらもすべて任せる気はない」
そういって、アシュタルテは手元にある巻かれた紙をとり、フェイ達にも中身が見えるように広げる。
それは学園全体の見取り図で、建物や緑が程よくデフォルメされていて非常にわかりやすい物であった。正門からまっすぐに続く歩道と、敷地のほぼ中央に巨大な校舎。西側には男女の学生寮があり、北側にはグラウンドや体育館、プール、食堂があるのがわかる。
アシュタルテは机に刺さるペンをとり、それを指示棒代わりにして説明を始めた。
フェイがこれから仕事をするべき場所、範囲を、彼女の口とペンが指し示す。日々手入れが必要なのは男子寮と女子寮の間にある中庭の花壇ぐらいで、後は重労働が予想されるが、一度手を入れてしまえばしばらくは放置でよさそうなものばかり。これらを並行してやっていくことになるだろう、と、フェイは考える。
「と、まぁこんなところか。より詳細な情報については、彼女に聞いて欲しい」
アシュタルテは、変われ、というようにロキエに視線を投げた。
「はーい! まかされたっ!」
「彼女は学園の美化を推進する学園生組織、『春風の会』、その会長だ。彼女達が世話になるかもしれん。仲良くしてやってくれ」
「かしこまりました」
「ロキエも。先ほど彼から自己紹介があったが、彼が、これから庭師として働いてくれるフェイ君だ。くれぐれも迷惑をかけないようにな」
「はぁーいっ!」
フェイがふとロキエを見ると、彼女もそれに気づき彼を見る。そして彼に対し、にひひ、といたずらっ子のような笑顔を向けるのだった。