それは一つの終幕で。①
バルバトスとの死闘から、3日が過ぎた。
日が少し顔を出し始めた、早朝。
ベットの上で穏やかな寝息を立てるフェイを、優しく揺する少女がいた。
「フェーイー! フェイくーん! 早く起きてよー、寝坊しちゃうよー!?」
ゆさゆさ。必死の形相で、少女は八重歯を覗かせながらフェイに声をかける。
その手つきに、少し乱暴だなぁと思いつつも、少年は瞼を開けた。
「……おはようございます、ロキエさん」
ロキエは、呆れた表情で溜息をつき、フェイの着替えを渡す。
「今日は朝イチでリリー・カルテットの集会があるんだから、急いでよ、ご主人様!」
「うむむ、なかなき春の気持ちの良い朝は眠気に抗いがたく……。起こしていただいてありがとうございます。助かりました」
フェイは、ロキエに向けてにっこりとほほ笑む。
その顔に、彼女は頬を朱色に染めながら、ふいっと顔を逸らした。
「べ、別に! アイツがご主人の体の中で寝ている以上、ボクを従える権利はご主人が持っているわけなんだし! 命も救ってもらったしで、このくらい、あ、あったりまえっていうか……」
ごにょごにょと話すロキエの言葉を聞き流しながら、フェイは身支度を進める。
バルバトスは、前回の戦闘で体力と魔力を大きく消耗し、今はフェイの身体の中で休眠状態となっていた。その際、彼はロキエに対する命令行使権をフェイに譲渡していたのである。その真意までは語らなかったが、大方、誰かを使役することを億劫に思ったのではないかと、フェイは推測していた。
支度を終え、学園に向かう中。ロキエは不思議そうにフェイに話しかける。
「んでも、なんでだろう。アイツが体の中にいる以上、ご主人は碌な法術使えなくなるわけじゃん。その間に、ボクにご主人を殺せーって命令すれば、簡単に自由になれるのに」
ロキエが投げかけた問いに、フェイはくすくすと笑いながら答える。
「バルバトスは、絶対そんなことしないんじゃないかなぁ。彼は根っからの負けず嫌いですから。きっと、自分自身の手でやる以外の選択肢は考えてないと思いますよ」
「うっわ、なにそれめんどくさひっぎぃ!?」
ロキエがポツリと言葉を漏らした瞬間、彼女の身体を電撃が駆けた。
休眠中とはいえ、しっかりと会話は聴いているようだった。
「フェイさーん! おはようございますー!」
「おはようございますー!」
「おはよーですー!」
何名かの女生徒が、フェイに挨拶をした。
「あ、はい、どうも。おはようございます」
その後も、多くの生徒からの挨拶を返す。
女生徒が多い学園なだけあり、一瞬にしてきゃいきゃいと黄色い声に包まれてしまった。
自分たちの憧れている職業で活躍している先輩が目の前にいる、という状態だ。テンションが上がるのが分かる。
加えて、悪魔を使役するだけでなく、実質不可能と言われていた法術を使用し学園を救った張本人なのだ。無理もないかもしれない。
とはいえ、フェイにとって、手を振り返すだけできゃーきゃーとテンションを上げられてしまっては、仕事もちょっとやりづらかった。
校舎に入り、学園長室の前までたどり着く。ノックをすると、中からアシュタルテの返事が返ってきた。
「やぁ、お疲れ様。聖粛清者【深淵堕とし】、フェイ・オブシディア君」
にやりと笑いながら、アシュタルテはフェイへ言葉を投げた。
学園長室には学園長だけでなく、リリー・カルテットメンバーも全員既に集まっていた。
「こちらこそ。先日はありがとうございました。対悪魔科第二部隊指揮官長、アシュタルテ・ネフライトさん」
リリー・カルテットメンバーが、驚きの表情でアシュタルテを見る。
「……全く、相変わらず可愛げがないな、フェイ君」
「ど、どういうことですの……?」
溜息をつくアシュタルテを尻目に、マリアはフェイに疑問を投げかけた。
「学園長は、実は指揮官長だった、と。僕の所属する対悪魔用戦闘部隊のトップです。今回、庭師としての潜入捜査任務を僕に下したのも指揮官長です」
「……あまり学園生に公にしたくはない情報なんだがな」
アシュタルテは、机の上に置いてある手帳を広げる。手のひらサイズのそれには、聖粛清者の身分を証明するシンボルが描かれていた。
「彼女らに関しては、時間の問題だと思いましたが」
「……そうなんだがな」
一息間を置き、学園長は4人の少女へと言葉を紡ぐ。
「今回の悪魔討伐においてだが、戦闘に巻き込んでしまったこと、誠に申し訳なく思う」
「いえ、聖粛清者を目指すものとして、悪魔との戦闘は当然です」
凛とした声色で返答するダイヤ。心なしか誇らしげに見えた。
別に討伐まではされてないんだけどなぁ、とロキエがぼそりと呟くが、フェイはそれを無言で睨んで黙らせる。
「聖粛清者を育成する学園の生徒とは言えど、今はまだ一般市民と同様の位置だ。本来ならば、そこの有能な下僕殿が一人で何とかするべき案件だったのだが」
じとりとフェイを睨んだ。それに対し、少年は微笑を浮かべて、返す。
「重要な情報が秘匿されていると、大きなミスに繋がるって、いい勉強になりました」
「それはよかった。部下が成長してくれるなら、始末書の書きがいがあるというものだ」
「ねぇ!? 聖粛清者たちって仲悪いの!? 皮肉合戦なんだけど!」
笑顔で交わされる口撃戦に耐えきれず、ロキエが声をあげる。
他責に次ぐ他責の言い争いは、正直見れたものではなかった。
「それで? 私たちを呼んだ理由は謝罪だけではないと、思いますが」
少しイライラした様子で、ダイヤが口を開ける。
アシュタルテは思い出したように体裁を取り繕う。そして、木箱を四つ取り出し、少女たちに手渡す。
「私が始末書を書くだけならまだ良かったんだがな。此度の功績、上は想像以上に高く評価しているようだ」
それぞれが、手元の木箱を開ける。
そこには、先程学園長が見せたシンボルと同じ模様のバッチが収められていた。
「現状、対悪魔科は深刻な人材不足だ。と言っても、即戦力が足りない、という意味合いだがな。そこで、君達にはフェイ・オブシディアの管理下の元、特殊訓練生として悪魔討伐に従事してほしい」
「それって、つまり……!」
一輪の花が咲くように、リリィの顔が満面の笑みで包まれる。
「限定的ではあるが、聖粛清者の権限が与えられる、ということだ。学園長の立場から言わせてもらえば、職場体験みたいなものだな」
「……つまり、実績次第では。そのまま、聖粛清者に……、なれる?」
サーシャの問いに、アシュタルテは苦笑いを浮かべながら頬を掻いた。
そては即ち、言外の肯定を意味していた。
「わーいっ! やった! やったぁーっ!!」
両手を大きく上げ、リリィはサーシャに抱き着き、そのままくるくると回る。
無表情のサーシャも、表情は変わらないながらも、心なしか嬉しそうに見えた。
さっそく、バッチを襟につける4人。
あまり手が器用ではないのか、装着に苦戦するダイヤには、マリアが着けてあげていた。
「悪魔情報があれば、随時フェイに伝達する。フェイの指示に従い、勝手な行動はしないよう、留意して欲しい。――――以上、解散!」
きゃいきゃいとはしゃぎながら、少女4名は学園長室から退室する。
彼女らが去った部屋に、うって変わって静寂の時間が流れる。
「――――正直、本部は急ぎすぎているとしか考えられませんが」
彼女らの去ったドアを眺めながら、フェイはポツリと呟く。
「言うな。与えられた命令の中で、上手く動くしかあるまいよ。とはいえ、私はむしろ期待しているがね? “君の理想”を求めるならば、彼女らはついてきてくれるはずだ」
「どうでしょうか。そうでなくても僕は――――」
言葉を切り、ゆっくりとアシュタルテへ向いたフェイの顔は。
穏やかな寂しさを含んだ微笑みを、宿していた。
「成人君主などでは、ありませんから」




