それは不幸の回想で。①
フェイの不幸、その始まりは、6時間前に遡る。
ちょうど真上にある太陽、その柔らかな光と、桜の花びらがふわりと降り注ぐとある場所。
通称、『学園都市マラーク』。高い壁が円状に守るこの街の中央には、街の象徴ともいえる施設があった。
それこそが、ここ、聖アンゲロス学園である。赤レンガを主とした建物は、静粛に厳かな雰囲気を醸し出していた。厳重な鉄柵の校門まで伸びる敷石の上は、舞い落ちた桜で淡く彩られ、訪れる生徒諸君を桃色のカーペットで迎えているようだ。
その日、休日の為ひと気もまるでないその地を踏んだのは、学園生でも教師でもない、一人の少年だった。
温かな風が、彼の銀髪を揺らす。
身長150センチと、同じ15歳の男の子と比べると、比較的小柄な体。そのためか、より道幅が広いようにも感じた。
「わあぁ、綺麗な景色ですね……!」
フェイは、初めて訪れたその景色に息をのんだ。そして、ほぅ、と感嘆の溜息をこぼす。
彼は今まで多くの場所を訪れた。しかし、こと清純さのベクトルに秀でた美しさに、王国の城や、その逆の質素で静かな景色とはまた違う高揚をうける。
学び舎であるがこその、その独特な美は、世界広しといえどもここ以上のものはないであろうと、彼は評価した。
ひとしきりその景色を感覚で楽しみ、フェイは歩みを進める。花弁の舞う桜並木の中央を突っ切るその感覚は、ここの学生ではなくともワクワクするものを感じた。
ちょうど、校舎まで続く道の真ん中ほどだろうか。校舎へと続く直線の道から直角に分かれた歩道から、一人の少女が歩いてくるのが見える。
比較的短めに切りそろえられた茶髪と、後頭部の首元あたりでひと房だけまとめられたローポニーテール。加えて緩く着こなしたブレザーとスカートを揺らしながら、とてとてと歩みを進めている。
ふとこちらに気づくと、おっ、というような表情の後、駆け足でフェイに近づいてきた。
「おやおやっ! 見慣れない顔だけど、キミはもしかしてフェイ・オブシディア君かいっ?」
フェイの腰にあるウェストポーチと、その中身から判断したのであろう。彼女は的確に彼の素性について察したようだ。はきはきと紡がれる音が心地よく耳に届く。
「は、はい。今日から、庭師のお仕事でお世話になります」
「わぁ、そうかぁっ! 学園長から話は聞いているよ! 男だとは聞いていたけど、こんなに若い人が来るなんてびっくりだなー! ボクと同じくらいじゃないかい?」
「15になります」
「やっぱり!」
ころころと表情が変わる女の子だ。とりわけ、にんまりと笑うと、ちょんととがった八重歯が垣間見えて、とても愛らしい。
「それじゃぁ、今から校長室にいくんだろう? ボクが案内してあげるよ!」
「え! いやいや! 悪いですよ!」
「大丈夫だいじょーぶ! ボクもキミの件で学園長に呼ばれているのさっ!」
「そうなんですか……?」
「そうっ! だから、気にせずに着いてくるといいさ!」
「……ありがとうございます」
ぺこり、と、頭を下げるフェイ。それを見て、少女はころころと笑った。
「かったいなー! ため口でいいよー。ボクはロキエ。よろしくね!」
そういうと、ロキエはフェイの手をしっかりと握る。包むように握られたその手から、ほのかな温かさと、柔らかな感触が伝わった。
「え、ちょ……」
突然の接触にドギマギしてしまうフェイを尻目に、ロキエは彼の手を引きながら駆け出した。
「ほら、さくっと歩く! もたもたしてたら日が暮れちゃうよー!」
こつこつと高く鳴らす、少女のローファーとフェイの靴、2つの音がまばらに響き、校舎に向けて駆けていくのだった。