表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/24

それは不幸な始まりで。


 ――あぁ。天国から蓮の池を覗く死人って、多分こんな気持ちなんだろうなぁ……。


 混乱していく思考の片隅でほつりと。

フェイ・オブシディアは、この先に自分を待ち受けるであろう災難を予測し、純粋な感想を零した。


 一度、現状を確認しよう。

 天井には、ぽかりと空いた大きな穴。そして、そこから落下してきた、ずぶ濡れの少年。

 ライオンのようなオブジェが口からはじょぼじょぼとお湯を零れ、広い湯舟からは湯気が立ち上っていた。


 加えて。


 一糸纏わぬ姿の少女が、4人。

 彼女達だけの癒しの空間に突如乱入した者に、それぞれが驚きの表情を向けていた。


「…………」


 今の状況を素早く呑み込んだのか。

 先頭の少女は腕を組みながら、背骨の奥まで凍り付くかのような冷たい視線を投げた。水気を帯びて艶めかしく光る漆黒の御髪が、ふいっと揺れる。

 膝の裏まで伸びる髪の先端からは、それなりの頻度で雫が落ちていた。さっきまで湯舟に座っていたのだろう。

 ーーとりあえず、いろいろと丸見えだから隠してほしい、と、フェイは思った。


 その後ろでは、栗色の髪をした少女が、「まぁ」と言わんばかりの穏やかな驚き顔をしている。

 見ちゃいけないと思いつつも、男の悲しいサガか。そのふくよかな胸部についつい目が向いてしまう。ふわふわとウェーブを描く髪型からか、柔らかそうな性格に感じた。


 そして、その後ろに隠れるように立つ2人。ひとりは無表情、もうひとりはあわあわと真っ赤な顔でこちらを見ている。


 無表情の女の子は異国出身なのだろうか。スレンダーな褐色の体躯で、艶やかな肌が水滴を弾いていた。それに、雪のように白い綺麗な髪もとても印象的だ。年齢的にはフェイと同じくらいだろう。


 対して、もう片方は年下だろうか。耳まで紅潮した小さな顔と、桜色のボブカットヘアー。そして、小さな体躯。小動物のような印象を受ける。


 ――と、彼が判断するまで、わずか3秒弱。

 しかしその時間は、彼女らにも状況を把握するのに十分な時間で。


「……変質者」


 そう、黒髪の少女が零すのを皮切りに、他の少女からギラリと刃物のような敵意が向けられた。


「ち、ちがいます誤解です! 少し話を聞いていただければわかりますから……!」


 必死で弁明をする。じろじろと観察した後で今更と思ったが、しっかりと彼女達から視線を外す。

 ……とはいえ。時すでに遅し。


「きゃ――――っ!!」


 悲鳴を上げながら、桜色ボブカットヘアーの女の子は指先をフェイに向ける。

 恥ずかしさのあまりか、目はぎゅっと瞑り、顔を逸らしながら。

 彼女の仕草、そしてその意味を、フェイは直感で把握する。


「待ってください!! ここで『爆破法術』なんて――――」


「吹き飛ばしなさいっ! “ウィング・バレット”!!」


 刹那。

 指先に風が収束し、卵ほどの大きさまで圧縮。詠唱終了と同時にすさまじい速さでフェイに向かって飛び出した。そしてそれは彼の頬をかすめて通り過ぎ、壁に激突する。風の弾丸がぶつかった瞬間、圧縮された空気が方向性をもって破裂。壁の一部を吹き飛ばした。

 彼女がよそ見をしていなければ直撃していたかと思うと、ぞっとする。


「あらあら。これは修繕費がかさみますわね……」


 困りましたわ、と呆れ顔のふわふわヘアー少女。言いながら、泣き出しそうな(というか若干泣いてしまっている)ボブカットの女の子を抱きしめ、よしよしと頭をなでる。


「空、みえるぅ……。露天風呂に、なった、ね」


 褐色の少女は、天井の穴をまじまじと見つめる。風通しの良くなったそれを見て、おー、と感嘆の声を上げた。

 羞恥心は皆無なのだろうか。全く隠そうともしない。開放的すぎる。


「“リリー・カルテット”に覗きを仕掛けるなんて。なかなか見上げた根性ね、あなた」


 ゆったりと、優雅に。

 まるでダンスに誘うかのように。黒髪の少女は、その手のひらをフェイへと向ける。


「冥土の土産に、刻んでいきなさい? 私が許可するわ」


 刻むって。それは光景? それとも傷?

 そのセリフは、彼女の迫力を前に呑み込まれた。びりびりと肌で感じるほど、莫大な法力が編まれていくのが分かる。


「“炸裂の調べをここにカタストロフィー”」


「守れ! “ウィング・シールド”ッ!」


 しゃれにならない程の身の危険を感じ、反射的に防御法術を編む。

 が、彼の貧弱な法力では、圧倒的な法力に到底敵うわけもなく。

 瞬時に形勢される、水の大蛇。大きな口を広げ、フェイ目掛けて襲い掛かる。そしてそれが、フェイの編んだ術式とぶつかった瞬間、彼の防壁は割れる様に四散する。


「うわっ……!」


 呑み込まれた後の、一瞬の浮遊感。その後猛烈に彼の体を襲う衝撃と、そのまま壁に叩きつけられた痛み。

 それらの要因は、彼の意識を刈り取るのに十分な役割を果たし。


 フェイは、自分の体が落下する感覚を感じながら。

 その意識は、泥の中に吸い込まれるように落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ