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Real 3

 昼も仕事で夢を見て、夜は夜で夢を見る。〈リアルワールド〉という名の夢を。

 そのかわり、佐山は本当の夢を見ることはなくなった。気絶するように眠りにつき、目覚ましのベルで起こされる。

 本村が死んで二か月が経った。泣きぼくろの少女はいまだ見つからない。

 年末間近になって集まった人数は四人と、本村を除いても夏より減っていた。雪になりきれない雨が店の外をじくじくと濡らしている。

「お前、妙に律義なところがあるからなあ。同期でデータ管理に行ってるやつとかいないのか?」

 一時間遅れてきた園田は、どこか疲れた顔で鍋をつつく。

「うちもだけど、プライバシーマークとってるとこも多いし、IT業界はそういうのは厳しいんだよ。ユーザーの個人データだけじゃなくてログも個人情報にあたるから、社員とはいえ部外者は立ち入れない部署だし、コピーするのはたとえ親の頼みでも無理って言われたよ。ましてや同期程度じゃね。結局何もできないんだよな、俺」

 酔いのせいか、いらないことがつい口に出た。

「本村くんが死んだのは、佐山くんの責任じゃないでしょ」

「そうよ。できるだけのことはやったんだし、もういいんじゃない?」

 木之下と牛島の二人が交互に慰める。

「でも、本村は最後に……」

 佐山はポケットの中の携帯を握りしめた。

[見つけた。やっぱり彼女だ]

 そのメールは今も消せずにメモリの中に残っていた。



「あらあ、珍しい人がいる」

 出勤前の会社近くのコーヒー店で声をかけられた。十一時の店内は客も少ない。

「あ、山部さん。お久しぶりです」

「ここ、いい?」

 トレイを持った山部に聞かれて、佐山は頷いた。

 十歳以上離れているであろう山部には、他の若い派遣社員のように佐山を異性として意識しているようなぎこちなさはない。気軽に話せる近所のおばさんのような雰囲気があった。コートを椅子にかけて、山部は遠慮なく佐山の向かいの席に座った。

「十二時からのシフト?」

「ええ。山部さんも?」

「そうなのよ。これから戦の前の腹ごしらえ」

 山部のトレーにはサンドイッチとカフェオレが載っている。

「どう? 管理課は」

「うーん。結構大変なんですけど、傍目には寝てるようにしか見えませんね」

「やっぱり」

 山部は笑った。

 サポセンと現在佐山がいる管理課はフロアが違うので、派遣社員の山部にはよくわからないことも多いのだろう。いろいろ質問をしてくる。

「あそこは二十四時間体制でしょう? シフトはどんな感じになってるの?」

「タイムリミットもあるので、実際〈ワールド〉の中に入っているは六時間ですね。あとは引き継ぎとか報告とか、そんなんで潰れます」

「〈ワールド〉内には誰かいなきゃいけないから、みんな一斉に入れ替わるわけじゃないんでしょう?」

「そうですね。三時間ごとにシフトは区切ってあるから、半数ずつ交代していくって感じです」

「じゃあ、夜中の勤務とかあるわけ?」

「ありますよ。二週間交代で三時間ずつずれていくんです」

 運営管理部管理課はサポセンで上がってきたクレーム処理が的確になされているか管理する部署で、〈リアルワールド〉の中での業務がメインになる。その業務内容から部内では『現業』と呼ばれていた。

「そっちのほうはどうなんですか? 変な質問は相変わらずですか?」

 佐山が逆に質問する。まとめたレポートなら読んでいるが、部署が違うために細かいデータまでは見ることができない。

「ホームページのFAQで明確な否定文載せてから少なくはなったんだけど、相変わらず来るのよ。FAQ読まないバカなユーザーから」

「そういうのは秋山課長に回してるんですか?」

 佐山は何度かエレベーターで挨拶したことのある、秋山のことを思い出していた。まだ若いが切れ者という噂がある人間らしく、鞘に入った目に見えない日本刀を笑顔と一緒にぶら下げているような雰囲気があった。

「ううん。今はオペレーターが普通に対応してるっていうか、否定してる」

「そうですよねえ」

 あははと二人は声をあげて笑った。

「でもね、ネットサーフィンが趣味の友だちに聞いたんだけど、メンタルヘルス系とか自殺系のサイトにはやたらあの手の書き込み多いみたい。質問って形でね。あんたの会社大丈夫って聞かれたけど、お前の頭こそ大丈夫かと言いたかったわ」

 とほほと言わんばかりの表情で、山部はサンドイッチにかじりついた。

 家に帰って調べてみると、その手のサイトの掲示板には必ずといっていいほど「死んだ後、〈リアルワールド〉で生きられるのか?」という質問が投稿されていた。反応はといえば、「バカバカしい」から「それが本当ならいいのに」「信じれば叶う」といったものまでさまざまではあるが、結論らしきものはない。

 今度は『リアルワールド』『自殺』のキーワードでインターネット全体を検索してみる。すると、今度は心霊系サイトが大量にひっかかってきた。

 内容は夏に佐山が聞いたのと同じ、「自殺した人間を〈リアルワールド〉内で見た」「〈リアルワールド〉には幽霊がいる」というものだった。

 多数の書き込みを見ていて、佐山はふと違和感を感じた。心霊系のほうは噂話と目撃情報が主で、書きこんでいる人間もばらばらなのに対し、メンタルヘルス・自殺系は質問者のHNやちょっとした言い回しや語尾は違うものの内容はほぼ同じなのだ。

 直観した。これはロボットだ。

 自動的に書き込みを生成するロボット・プログラムを使って、誰かが故意にそういう噂を流している。そして、複数の「幽霊」が実際に目撃されているらしい。

 誰が? 何のために?

 園田に相談してみようかとも思ったが、そう言われても何も答えられない現状では話にならない。

 タイトルだけ書いた園田宛ての携帯メールは消すことにした。

 本村も自分宛てのメールを出さなかったことがあるのだろうか、こんな風に。

 佐山はそんなことを考えながら、「作成中のメールを破棄する」を選択して決定ボタンを押した。



 座標やマップがあっても、思考は視覚的な情報に惑わされる。

 泣きぼくろの少女を探してあちこちをさまよったおかげで、佐山は〈リアルワールド〉の中については同じ部署内では誰にも負けないほど詳しくなっていた。おかげで作業時間は予定よりも早く終わる。

 その余ったちょっとした時間を使って、佐山は情報収集するようになった。ユーザーもスタッフ相手ならば気軽に話してくれることも多い。

 とはいえ、「幽霊」に関するユーザーからの生の情報はなかなか得られなかった。

 いくつかの心霊系掲示板を定期的にチェックしても、「幽霊」の出現情報はせいぜい一か月に一、二件。ビジターとレジデントを合わせた〈リアルワールド〉のユーザーは五〇〇万人を突破している。

 実際の目撃者を捕まえるには自分の方法が効率が悪いということは、佐山にもよくわかっていた。しかし、業務と関係ないことなので、表だって動くわけにもいかない。

 地道にやるしかないということが分かっていても、焦燥感は疲労となって佐山を蝕んでいった。

「よう、まだ働く気か?」

 帰ったはずの佐山が戻ってきたのに気づいたチーフの野間は笑った。

 擦りガラス風プラスチックのパーテーションの向こうは暗く、等間隔にモニターだけがぼんやり光っているのが見える。そこでは同僚たちが〈リアルワールド〉にアクセスしているのだ。

「忘れ物、ありませんでしたか?」

「忘れ物? 何?」

 何台も並んだモニターの後ろから野間が出てきた。親分肌で気さくな野間は後輩たちの面倒もよく見るので慕われていた。

 そのため、シフトがばらばらな管理課を実質まとめているのは、プログラマー出身の神経質そうな課長ではなくチーフの野間といえた。

「緑色のシステム手帳、見ませんでしたか?」

「あ、ああ? あれ、佐山のなのか?」

 ひどく驚いた様子で言う。

「ええ、僕のなんです」

「しまったなあ。あれ、サポセンに持っていっちゃったよ。秋山んのだと思って」

「え?」

 怪訝な顔をする佐山に野間は言った。

「だって秋山の妹の写真が入ってたから、てっきり秋山のかと思ったんだよ」

 今度は佐山が驚かされる番だった。

 まもなくして、手帳を持って帰ってきた野間は微妙な顔をしていた。

「秋山いたよ。さっきはいなかったんだけどさ。ごめん。手帳の中身、見られちゃったみたいだ」

 これで勘弁してくれと、野間は温かい缶コーヒーを佐山に渡す。

「ところで、なんで秋山の妹の写真を持ってたんだ?」

 モニターの向こうに引っ込だ野間は、立ったまま自分の缶を開ける。炭酸独特のプシュッという音がした。

「僕も誰だか知らなかったんですよ」

 少し迷って缶を開けた。

「あの写真、この間事故で死んだ友だちが持ってたんです。〈リアルワールド〉の中であの女の子を探しているって言ってたから、見かけたら友だちが死んだことを伝えようと思って」

 甘いコーヒーは少しだけ嘘の味がした。

「見かけたっていつの話だ? だいぶ前のことだろう?」

「いえ。今年になってからです。夏くらいだったかな」

「それは妙な話だなあ」

「妙って?」

「彼女は亡くなってるんだ。確か五、六年も前だぜ?」

 モニターを覗き込んだ野間の顔が、モニターの明るさで下から照らされている。

「またまた。野間さん、冗談はやめてくださいよー」

「いや、それがマジなんだよ。秋山と俺って実は同期なんだけど、バージョン3から4に変わるとき、データとりのために社員の家族の協力も募ったわけ。そんときに秋山の妹も参加したんだけど、それから割とすぐ後に亡くなったって聞いたなあ」

「事故、とかですか?」

 うーん、これ言っていいのかなあ、と渋りながらも「自殺だったらしい」と野間は教えてくれた。絶対誰にも言うなよ、を付け加えて。

「そういうわけで、彼女のデータが残ってるわけないんだよ。ユーザーが亡くなる=退会=データ削除ってことなんだからさ」

「でも、最近ネットで変な噂が立ってるじゃないですか。〈リアルワールド〉の中で死んだはずの人間に会った、みたいな」

 あれか、と野間は渋面を作った。

「なんか変な噂が流れてるよな。もちろん、そんなことあるわけないんだけど、上のほうも困ってるみたいだよ。ここだけの話だけど、ユーザー死亡による退会というケースがここ半年ばかり増えてきてるらしい。しかも、入会して二、三ヶ月後の若年者が多いらしい。死因まではわからないが、恐らく自殺だろうな。〈リアルワールド〉の中に自分のバックアップを作ったからって、安心してこっち側の自分を消去してるみたいだって、登録管理の連中がウツになってたよ」

 これも他のやつには絶対話すなよ、と野間は念を押して仕事に戻った。

 それを期に佐山も退出したが、冷たくなってしまったコーヒーは何となく気持ちが悪くて、給湯室で流して捨てた。

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