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短編収  作者: 伊藤 茶
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かなしさ

「ねえ、怖くない?」

「ぜんっぜん」

「だよね……」

 二人の少女は今高校の屋上にいる。それぞれが靴を脱ぎ始めた。

「なんで靴脱ぐんだろうね」

「さあ?」

 金網のフェンスをよじ登り五十センチほどの出っ張りに立った。

 手をつないだ。そして、二人は同時に前に倒れこんだ。

 夜の静寂。校庭には聞いたことのないような鈍い音がふたつ屋上からたたきつけられた。


 事故を知った妻は狂ったように途切れることのない涙を流していた。

「どうして……。どうして……」消えてしまいそうな微かな声だった。

 妻を包み込むように抱いて、自分も泣いていた。

 屋上には遺書があった。自殺で間違いなかった。遺書は「ごめんなさい」のたった一言だけだった。

 私の頭の中は何も考えられなかった。はじめて頭の中が真っ白になった。

 娘が友達と自殺した――。その言葉だけが胸の奥に刻み込まれた。

 娘は十六歳。これからがって時じゃないか……。まだはじまったばかりの人生じゃないか……。

 

 高校生二人の自殺ということもあってメディアがこれを見逃さなかった。

 校長や学年主任や二人のクラス担任が記者会見を行うと連絡が入った。でも私はそんなものを見る気にはなれなかった。

 次の日私たちは学校に呼び出された。妻はふさぎ込んでしまい、行けそうになかった。

「今回の件はわたくし共に非があります」

 クラス担任が言ったその言葉に私は驚いた。

「どういう……ことでしょうか」

「お父様はなにが自殺の原因だと思いますか?」

「………分からないです」重たい口をどうにか動かした。

「娘さんはいじめられていました」

 いじめ――。そんなこと、何も言っていなかった……。

「わたくし共はそれをしっかり対処しておらず、このような結果になってしまいました……」

 私は言い返せなかった。いじめなんて全然気づいてあげられていなかった。

「悪いのはわたしたちです……」

「いじめられていたなんて、気づいてやれていませんでした……」

「いいえ、気づいていても何もできなかった我々がいけなかったのです……」校長が言った。

 どちらにも非はあった。

 なんてことだ……。心の中で自分を責めた。


 家に帰り、いじめの件を妻に伝えた。

 妻も気づいてやれていなかったらしい。

 私たちは娘を失った。昔のようにはもう戻れない。

 悲しさ、辛さ、自分への怒り。何もできなかった自分が嫌になった。

 私はこの十六年間ほぼ毎日娘を見てきた。でも、気づいてやれなかった。

 腕を振りかざし机をたたいた。

「なんだったんだ……私は――」


 私は娘の部屋に入らせてもらうことにした。中学生のころからこの部屋には入れてもらってない。

 ベットと机、クローゼット、タンス。昔とあまり変わっていなかった。

 ベットの上には私が誕生日に買ったぬいぐるみが置いてあった。

「まだ持っていたのか……」六歳の時にあげた白くまのぬいぐるみ。動物園に行ったとき、白くまに夢中だったのを思い出して買ってあげたやつだった。白色が少し茶色っぽくなっていた。

 壁にはの木製ボードがいっぱいで、写真で埋め尽くされていた。どれも私が撮った写真だった。左から産まれまれたとき、幼稚園、小学校、中学校……。高校には仕事の関係でまだ行ってあげられていなかった。でも、ひとつ、何もないボードがあった。きっとここに高校の写真を貼るつもりだったのかと思うと胸が痛くなった。

 机を見たとき、時間が止まった。

 お父さんへと書かれた手紙、横にはお母さんへと書かれたものもあった。

 急いで階段を降り妻にそれを渡した。


「お父さんへ


 私がいなくなってどう思ってくれるかは私にはわかりません。でも私はお父さんに会えなくなるのは嫌です。もっとお話をして、一緒にご飯食べて……もっと一緒にいたかったです。だから、ごめんなさい。でも私は弱い人間です。だから、心配はかけたくありませんでした。優しいお父さんならきっとどうにかしてくれる。でも甘えたばかりではいけないと思って勇気を振り絞りました。そして、謝ってもらえることができました。でも今度はその子と一緒に別のこにされるようになりました。もう、どうすればいいのか分かりませんでした。私はその子と一緒に戦うのを諦めることにしました。きっとそうすればまた、ほかの子に被害が行くこともない。

 私はきっと世界で一番優しくされて、とっても幸せな女の子でした。

 お父さんの娘に生まれて本当によかったです。」


 私がどう思ってるか。

 辛いに決まってる。

 私だってもっと、ずっと一緒にいたかった。

 いつか彼氏ができて、家族ができて、孫ができて、おじいちゃんなんて呼ばれて。笑って死ねる、良い父親になりたかった。

 でもそれはもう叶わない。

 そんなことは別に良い。だって――

 

 君のような優しい娘と出会えたのだから。

自分の子ども失う辛らさは計り知れません

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