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第七話 体内からの物体X

前回までのあらすじ!


豪快な料理だったぞ!

 なんかもう火を熾すのも面倒だったから、生煮えだか生焼けだかのグレンデルの体表を、焦げるまで犬ブレスで灼いた。

 その後、炭化したワニ革の焦げ目だけを前足で外し、ナイフを咥えて肉だけをこそぎ落とす。

 転移(アポーツ)で取り出した調味料を適当に振りかけ、両の前足で挟むようにナイフを動かし、一口サイズにどうにか刻む。


 ふー……。ちょっと毒見……じゃなかった、味見……。


 私は塩を振っただけのグレンデルの肉を一切れ、舌ですくい上げるように口に運んだ。

 思っていたより堅くはないし、運良く泥臭さもない。それどころか鶏もも肉のように、噛みしめるほどにジューシーな肉汁が出てくる。


 あら~! 焼き加減も味付けも適当だったのに、結構おいしいわ、これ!


「リセルシア、ごはん食べるよね?」

「がはん! がはん! がはんがはんがはんがはん! がはん! がはん!」

「わかったわかった」


 どんだけだよ、もう。


 フォークを右手に持たせると、リセルシアは一口サイズのグレンデル肉へと不器用に突き刺した。

 私はハラハラとその様子を見守る。

 小さな口に運び、もぐもぐと口を動かす。真顔だ。けれど呑み込んだ次の瞬間にはもう、新たな肉へとフォークを突き刺していた。


 よかった~、食べてる。


 結論からいって、鶏のもも肉のような食感と脂で、とてもおいしかった。

 でも、とにかく量が多い。私とリセルシアが限界まで食べても、グレンデルの前足一本でも余るくらいだ。当然だ。二歳児と中型犬の胃袋なんだから。


「――転移(アポーツ)


 転移魔法陣を夜空に浮かべ、私はグレンデルの残り三本の足だけを取り込むことにした。灼いて塩をすり込んだから、二、三日は保つだろう。


 リセルシアには野菜もバランスよく食べさせたいけれど、あいにく野草の知識はない。こうなってしまうと、私の心血注いだ魔法学なんてものは、生きるになんの役にも立たない知識だったんだなぁと思えてしまう。


 お腹が満たされたリセルシアは、草原に腰をぺたりと落としたまま、こっくりこっくり首を動かしている。


「リセルシア」

「……あい」


 それでも名前を呼べば、右手を挙げて返事してくれる。可愛いなあ、もう。


「背中に乗って。今日はもう少し移動する。グレンデル肉の匂いで他の魔物が寄ってきちゃうかもしれないから」

「あい~……」


 ふらふらの足取りで立ち上がり、私の背中に全身を乗せる頃には、彼女はもう目を閉じていた。

 私は腰と背中を動かしてリセルシアをどうにか背負いあげると、ゆっくり歩き出す。


 これじゃ転移魔法(ムーブ)はおろか、走ることさえできない。幼児の体重とはいえ、中型犬にとっては重いし。


「くー……くー……」


 でも、なんだろうなあ、この多幸感。もはや不思議なお薬(ドラッグ)みたいだわ。

 竜王の呪いがなければ、私はずっとこんな気持ちで生きられたのかしら。子供を背負ったりして。そして隣にはダーリンが。


「ふふ」


 ……今さら。


 頭の中にある地図では、この川沿いをいけば結界都市ラーズベルにたどり着けるはずだ。明日、リセルシアが目を覚ましたら転移しよう。

 しばらくはそこで生活するのも悪くはない。


 ――ギィィアァァァーーーーーーー……ァ……ァ………………。


 後方で魔物の鳴き声がした。

 甲高く、喉の袋からびりびりと響かせるこの特徴的な声は、亜竜種のワイバーンだ。たぶんグレンデル肉を発見した個体が、群れを呼んでいるのだろう。どれほどの規模かは知る由もないけど、さっさと立ち去っておいて正解だった。


 川沿いの大樹を発見し、私はそこで膝を折る。リセルシアを背中にしがみつかせたまま、私は瞼を閉じた。


 今日はもうここらへんが限界。転移(アポーツ)で毛布を取り寄せようかと思ったけれど、それすら億劫で。季節的にまだ寒くはないし、リセルシアも大丈夫だろう。何より、くっついて寝たら私の毛皮で暖も取れるし、私の保護欲もムフフってできる。

 むしろ毛布なんていらないわ。ない方がいいわ。


 いろいろあった一日の出来事を思い出す暇もなく、私は眠りに落ちていた。


 ……が、異臭で起きた。


「へ、へぅ、へ……へが……が……っ………………ェンッ!? ぶっしゅっン!」


 な、な、何事!?


「でた。でた」


 朝日を背負ったリセルシアは神々しい。プラチナのようなブロンドが陽光を反射させ、優しい風が毛先を揺らしている。


「でた。でた」


 小さなお手々でパシパシと、腰を叩いてアピールしているけれど。

 私は思った。

 ついにこのときがきたか……と。


「……出たのね」

「でた、でた」


 そりゃあ出るわよね。あんだけ食べたんだから。いや、わかってはいたのよ。いずれこのときがくることは、わかっていたわよ。


 しかし! 犬! 今の! 私の! 嗅覚たるや! 悲しいほどに! 犬!


「スンス――……フギャィン!?」


 前足で鼻を押さえて、私は草原を転がった。


 鼻の粘膜を通り越して、脳にまでくる!

 嗚呼、あんなにもいい匂いのしていた子だったのに!


「でた、でた」


 いや、いやいや、致し方なし! これも覚悟はしていたはずだ! そう、誰もが越えねばならない壁よ! 太古より連綿と続く私のご先祖も曾祖母も祖母も母も越えてきた道!


「やってやろうじゃないの!」


 私はリセルシアの前に立って、涙目で彼女の子供服の下半身をめくりあげた。爪が当たらないよう、肉球で引っかけるようにしてオムツを下ろす。


「ェベッ!? ……ぐ……く……っ」


 その後、リセルシアの襟首を噛んで下半身を川の流れで洗い、茶色の物体Xが入ったオムツは穴を掘って埋めた。

 きっとここの土壌を肥やし、彼女の姿にも似た気高くも愛らしい黄金の花が咲き誇ることだろう。


 で、だ。


「ごめん、さすがにオムツは持ってないわ。結界都市(ラーズベル)についたら大量に買わないとだめね」

「?」

「仕方ない。――転移(アポーツ)


 私が人間だった頃に穿いていた下着を数枚、魔法陣から取り出す。


「とりあえずこれ穿いとこうか」

「あいっ」


 成人女性用だけど、何も穿かせないよりはマシだ。幸いにも、布面積は小さいけれど生地は伸びるし。


 私は後ろ足で立って、自分の古下着をリセルシアに穿かせた。やりづらいなあ、犬の前足じゃあ。でも。


「うー、うー?」


 わーお、セクシー。足なんてもう、フニフニのムチムチじゃない。

 じゃなくて。


 念のため、三枚重ねて――これなら一度のお漏らしくらいは……無理か。

 ここは厳しくいきますか。


「いい? おしっこしたくなったら言ってね? うんちも。オムツじゃないから中にしちゃダメよ? ダダ漏れになるからね? 主に私の背中が悲劇にまみれちゃうからね?」

「あー……ぅ」


 リセルシアが長い金髪を傾けた。

 その後、両手を伸ばして私の頭と顎を挟み込むようにして撫でてくれた。


「わんわん、なでなで~」

「クゥ~ン」


 ああ、また尻尾振らされちゃうぅぅ……!

 てか、わかってんのかしら。


 しかし客観的に見て、犬が赤ん坊に何かを教えているこの光景たるや、誰かに見られたらどう思われるやら。


「よし、じゃあ朝ごはん食べよっか!」

「――! がはん!?」

「あんた、食べるの好きね~……。エルフって木の実や野草ばかり食べてるような、小食なイメージだったんだけど……」


 あの腐れポンコツ魔王の血かしら。

 こんだけ食べたら、またプリプリ出すんだろうな~……。


比較的平和な日常のお話でした。

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