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第六話 必殺・柴ドリル

前回までのあらすじ!


柴犬賢者、幼女エルフにムラムラする!

 転移魔法(ムーブ)を十度繰り返し、私とリセルシアはようやく転移をやめた。今のところはまだ魔力が枯渇する感覚はない。


 でも、転移(ムーブ)は術者に負担がかかる。もちろん同行者にもだ。ましてや赤ん坊ともなればなおさらだ。

 リセルシアの顔には疲労が浮かんでいた。


 今日はここまでね。人類領域はまだ遠そうだけど。


 流星のごとく空から飛来して四肢を大地で滑らせ、私は草原へと降り立った。

 いや。リセルシアだけじゃない。私の疲労も相当なものだ。足がガクガクする。四本もあるのにね。


 でも、よくよく考えれば当然のことだ。

 魔王と魔法で一戦交え、その後激しい舌戦を繰り広げ、脳内血管を切れそうなほどに苛出たされ、命すら燃やす自爆魔法を使用し、神獣どころか犬に転生させられ、なぜか子供を押しつけられ、さらにその上で逃げられたのだ。


 なんだこれ……。私の人生の末路、なんだこれ……。

 あの魔王もなんだったの、あれ……。


「クゥ~ン……」

「うー?」

「なんでもないのよ~」


 リセルシアを押しつけたことだけは、許す。可愛いから。

 でもそれ以外は何一つ許さんからな。絶対にだ。


 日が暮れる……。

 魔族領域の草原地帯だ。当然魔物は出る。

 夜はやつらの本懐だ。火を熾せばその熱と光に引かれるように、さりとて闇のままならそれに乗じてやってくる。


 リセルシアを背中に乗せたまま、月夜の草原を歩く。もちろん安全領域まで歩き切ることなんてできない。せめて飲み水。小川までたどり着ければ。


 風の音に耳を澄ます。

 幸い、犬の聴覚は人間の聴覚よりも遙かに優れている。風の起こす葉擦れの音に混じって、せせらぎの音がしていた。


 当然、でたらめに転移をしてきたわけじゃない。この付近にはクールグ湖へと流れ込む小さな川がいくつか存在していたことをおぼえていたのだ。


 リセルシアを背中から下ろして足を止めたのは、成人の歩数で二十歩ほどの、決して大きくはない川の畔だ。

 川面にはもう月や星が揺らいでいる。


「ちょっと待ってて。動いちゃだめよ?」

「あいっ」


 ぴっ、と右腕を耳に当て、リセルシアが座った。


 なんてお利口さんなのかしら。あの宿六の子とは思えないわ。

 見た目通り、血が本当につながっていないのかしら。


 私は目を閉じて魔法陣を思い浮かべる。すぴすぴ鳴っている鼻の前、ヴンと音がして虚空の闇に魔法陣が出現した。


「――転移(アポーツ)


 商人や冒険者以外はあまり使用者のいない魔法で、転移系の応用だ。あらかじめ魔法陣内に物体を沈めておけば、必要なときに取り出すことができる。

 使い手の大半が、予備の武器や重い荷物を運ぶために使う魔法なのだけれど、私に武器は必要ないから、中身は生活雑貨や食材になることが多い。


 がらん、ぐわんぐわん……。


 魔法陣から、鉄鍋が転がり落ちてきた。

 リセルシアが小さなお手々で拍手をくれた。


「おお~っ」

「お腹空いたでしょ。ちょっと待っててね。ごはん作るからね」

「あいっ」


 私は鍋の取っ手を咥えて川の水を汲んだ。


 つってもな~……。料理とか……どうするんだっけ……。

 やべえな~……。どうせ結婚することはないって思ってたから、花嫁修業とかまるっきりしてこなかったもんな~……。家じゃゴーレムにやらせてたし……。

 討伐冒険中だって、神官騎士(クルセイダー)のライノスくん(16)が全部やってくれてたしな~……。あの子、良い子だったなぁ~……。結婚してほしかったな~……。

 老後の面倒見てほしかったな~……。


 いや、自分が食べる分にはどうでもいいのよ。

 焼けば大体のもんは食べられるし、仮に間違っても三日三晩、白目を剥いて上と下から垂れ流すだけだしね。時々は変なキノコを食べて楽しい(ノリノリな)感じになれたりもするけど、ほとんどは記憶がぶっ飛ぶ程度の症状で済むんだから。

 でも、リセルシアには死活問題よね。


 視線を向けると、リセルシアがニパ~っと笑ってくれた。


「……? に~っ」


 ううんっ、くっそぎゃんわいい! 鼻血出そう!


 よくわかんないけど、とりあえず川の水を煮沸することにした。

 河原の丸い石で小さな囲いを作り、その中に集めた枯れ草や木片を入れて、私は喉のあたりに魔法陣を思い浮かべて息を吸い込む。


「――火炎弾(ファイア・バレット)


 小さな魔力が大気中の可燃物質に作用し、口蓋内部から最小出力で火炎弾が放たれる。ぼっ、と音がして、囲いの中に炎がともった。

 私は再び鍋を口で咥えて、毛皮に燃え移らないように注意しながら鍋を置いた。


 ふー……ここからどうしよ……。わからなすぎて、たぶん人間だったら変な汗浮いてるわ……。


 転移(アポーツ)で取り寄せできるものは、調理道具である包丁や器などの食器類に野菜、魚、肉などがある。

 だけど、残念ながら転移(アポーツ)の取り置き空間に冷蔵機能はない。さらにいえば討伐隊の冒険が開始されたのはもう半年前のこと。以降、神官騎士(クルセイダー)のライノスくん(16)に頼りっぱだったから、食材に関しては触れてもいないのだ。

 当然、腐ってる。


 ゆえに、絶望的! ダメ女! ギャイ~ン!


 頭を抱えて転げ回ってる場合じゃないわ。幸い川の近くだ。


「しょうがない、頑張って魚でも捕るか。……あれなら串にぶっ刺して焼くだけでいいし……」

「?」

「あいっ!」

「あいっ」


 リセルシアの真似をしてみたら、さらにその真似が返ってきた。可愛すぎ。

 私は魔法陣を思い描く。


 ん~、どれくらいの威力だ? 泳いでる魚を気絶させるだけだから、直径一〇〇マレスくらいでいいかしら。


「――岩石弾(ロック・バレット)


 魔法陣から無造作に放たれた岩石弾が、川に着弾する。すさまじい轟音と振動、そして大量の水飛沫を巻き上げながら。


 数秒後、巻き上げられた水が雨のように私の全身へと降り注いでいた。


「ぎゃわんっ!?」


 ようやく水飛沫が収まり、目を開けると、運良く河原には一匹の大きな魚が跳ねていた。その体長は私が大賢者だった頃の身長近くあって、胴回りは女の腰よりも遙かに太い。

 十分に腹の膨れるサイズな上に、取り置きまで可能な大きさだ。


「おおっ、おおおおおぉぉぉぉっ! と、捕れてる! どう、リセルシアっ!? 私、かっこいいわん!?」

「あーぅー、わんわん」

「ん?」


 リセルシアの視線を追うと、水をかぶって鍋の火が消えていた。


「ああ、うん。火なんてまた熾せばいいって。こんなの、ちょちょいのちょいよ」

「わんわんー」

「だ~いじょ~ぶだってば~」

「わんわ……」


 リセルシアの視線が、いつの間にか私の背後へと向けられている。


「何よ、も――ぅ?」


 闇があった。上下に白いギザギザと、闇だ。闇夜ではない。月も星もない闇なのだ。

 それが巨大生物の口内であるとわかった瞬間、私は茶白の全身を犬の限界まで反らせて、後ろ足二本で懸命に草原を蹴っていた。


「ギャワァァァン!?」


 背後でガギィン、と剣呑な音が響き、口蓋が閉ざされたのだとわかる。


 あぶ、あっぶな……。尻尾を持って行かれるところだったわ……。


 四肢で駆けてリセルシアの前に滑り込み、私は前足だけをたたんで、それへと低くうなり声を上げた。


「うぅぅぅぅぅぅ~~~~~~~~~~~~~~ッ」


 汚らしい泥色のそれ。かつて大空を羽ばたく竜族でありながら、神竜戦争で翼と知性を失い、天から堕とされたとされる魔物。

 全身はごつごつとした硬いうろこに覆われ、四肢は短く、どちらかといえば、もはや竜よりもワニや水棲トカゲに近い。

 性質は至って凶暴、口蓋を開けばミノタウロスですら丸呑みにする個体もいる。


巨大ワニ魔獣(グレンデル)……!」


 ツイていない。近くに魔物がいないわけだ。こんな怪物が潜んでいたのだから。

 リセルシアは硬直している。何が起こっているのかわかっていないのだ。私が守らなければ、一瞬で丸呑みされてしまうだろう。


 縦長の瞳孔が不気味だ。

 シューシューと蛇の呼吸のような音が響いている。


 ぴくり、グレンデルの足が動いた。

 しかしその直後、グレンデルは口蓋をがぱりと開けて、私たちではなく、転がっていた私たちの夕食へと噛みついた。先ほど捕った巨大な魚だ。


「おいこら~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」


 グレンデルは大魚の腹から尾にかけてを咥えると、川へと向けてすさまじい速度で後ずさりを始めた。

 私は大地を蹴って追いかける。

 グレンデルの半身が川へと戻る頃、私は大魚の頭をがぶりと咥えて踏ん張った。


 おぇっ!? 生臭っ!?

 でも、放すわけにはいかない! リセルシアには食事が必要なんだから!


「ぐぎぎぎぃるぅぅぅぅ、はなぜぇぇぇ~~~~ッ!」


 けれど所詮は中型犬。

 私は大魚ごと、どんどん川へと引き込まれていく。私の前足が水に浸かる頃、グレンデルが突如として水飛沫を上げながらひっくり返った。


 まずい! デスロールだ!


 グレンデルは大型の獲物を捕らえた際、弱らせるために噛みついたまま水中で全身を回転させて、肉を食いちぎってしまうのである。

 巨体を誇るミノタウロスであっても、デスロールを喰らえばひとたまりもない。


 しかし私は知っている。何を隠そう、柴犬にも同様の特性があることを。異界魔物書(ペット図鑑)のおかげでね。

 私は大魚の頭を噛んだまま、首を目一杯左右に回転させた。


 柴ドリィィィル!




 ――説明しよう!

 柴ドリルとは、柴犬が水に濡れたりストレスを感じた際に首を激しく左右に回し、あたかも高速で回転しているドリルのように見える現象のことを言うのだ!

 用法例:おまえのケツに柴ドリルを突っ込むぞ。※2




「がるるるるるるるるぅぅぅぅーーーーーーーーーっ!!」

 ――シャアアァァァァァーーーーーーーーーーーーーッ!!


 ぶちぶちぃ!

 当然のように大魚はエラのあたりで裂け、グレンデルは大魚の大半を、私は大魚の頭部だけを咥えて尻餅をついた。


「ギャィン!」


 大魚のエラから下を咥えたまま、グレンデルの巨体が川へと沈み込んでいく。気のせいか、心持ち勝ち誇ったような目つきで。


 ちょ、大半持って行かれ――。


「ま、ま、待――ごはんっ!」


 く……っ!


 私は喉の魔法陣を回転させる。岩石弾のものから、先ほど薪を灯すために描いた火炎弾のものへと。

 威力調整などしている時間はない。グレンデルはもう首から上しか見えていない。潜行されたら終わりだ。


「かぁぁぁぁ~~~~――ッ」


 吸う。可燃物質ごと、橙色の炎を喉に宿しながら。

 潜行しつつある鼻面。水面からはみ出た汚らしい泥色の鼻面へと向けて、私は火炎弾を装填した。


 逃がさないわよ!


「――ガァッ!!」


 橙色の閃光が輪になって私の口元に集った直後、撃ち放つ。


 炎色に彩られた景色が陽炎にゆがんだ。

 次の瞬間、私から見て前方。河原、川、向こう岸の河原、その奥の草原に災厄が降りかかっていた。

 水面が熱せられて急速に気化し、水蒸気爆発を引き起こす。


 ぎゃわーーーーーーーーーーーーっ!?


 向こう岸に到達した柴犬ブレスは草原奥深くまで大地を抉りながら溶かしつけ、草を一瞬にして灰に変えたのみならず、その下の大地をもマグマへと変化させていた。

 当然、その周囲には無数の炎が踊っている。

 巨大なキノコのような形の雲が、黒煙となってぼわりと空に浮かんだ。

 あたりに異臭が立ちこめる。


「……」

「……」


 あわわわわ……。な、何、何これ……。わ、私がやったの……?

 もはや火炎弾(ファイア・バレット)の威力じゃないわ……。


「ん?」


 そんなことを考えた瞬間、橙に染まった夜空から巨大なグレンデルが河原に立つ私の前へと落下してきた。


「ぎゃんっ!?」

「あぅ!?」


 すさまじい震動とともに頭部から落ちてきたそれは、河原の石を大量に跳ね飛ばし、ぐったりと背中から倒れた。

 体表は焦げていたり、白く変色していたりしていて、一目瞭然で死んでいる。熱せられた川で生煮えにされたあげく、巻き上げられた空で軽く炙られた状態のようだ。


 え、え~っと……。


 私はくるりとリセルシアの方を振り返った。


「召し上がれっ!」


雑っ!


※2

 柴ドリルのフリー素材が見つからなかったので、苦肉の策として説明と用例を入れました。

 詳しくはググってね。 

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