第四十九話 受容
前回までのあらすじ!
襲来したのは天使というより変態だったぞ!
安定している。
イゼルは襲い来る天使から槍をもぎ取ってソフィアに投げ渡し、自らは両手で天使の両足をつかんでぐるんぐるんと振り回す。
「フゥーーーーーハハハハハハ!」
群がっていた天使たちが、イゼルに振り回される天使の肉体に弾かれ、一気に屋根から散った。
あいつ、ほんっとになんでも武器にするのね……。
すかさずライノスくんが聖なる光十字を発動させ、散った天使たちを光の大河で天へと押し流す。
「おおっと、これは眩しき魔法ですなあ! 目を覆わなくては! そぉいっ!!」
イゼルが外套の裾を持ち上げて茶巾のように目を覆った。
だから私もほぼ同時に目を覆う。汚え尻を包む、可愛らしいシアのパンツから。
「クゥ~ン……」
「レジー! 今にも死にそうな声で鳴いとらんで、早うチャージしてよー!?」
ソフィアが膝で天使の顎を砕きながら叫んだ。
イゼルから渡された天使の槍で直上の天使の眼球を貫き、串刺しのまま遠投のように思いっきり投げ捨てる。なおも何体かの天使を貫いた槍は廃都と化したラーズベルの大地に突き刺さり、貫いた天使ごとエスへと変異させた。
「わ、わかってるわよ!」
話には聞いていたけれど、イゼルの戦い方はすさまじい。ただすさまじいのではない。
すさまじいの次にくる言葉は、“野蛮”だ。すさまじく、野蛮。
裸のひげ面が嗤う。
「少々失礼!」
中指と薬指の指を天使の鼻の穴にずぶりと差し込み、親指を口に差し込んで、力任せにぶん投げる。
腕を首に回して絞め上げるのではなく、そのまま胴体からぶっこ抜く。
ぶっこ抜いた首を鈍器にして、別の天使をたたき落とす。
破壊された屋根の端材を蹴り上げて両手でつかみ、尖ってもいないのに強引に天使へと突き刺す。
「すっご! おっちゃん、どないなってんの? バケモンやん!」
「はっはっは! すがすがしいまでの褒め言葉、ありがとうございます。そして、お嬢さんもなかなかやりますね」
ソフィアがまんざらでもない表情をしながら、天使の脛骨をへし折った。
「嫌やわあ、お嬢さんやなんて。うち、もう三十二よ?」
「おお、これは失礼。美しき貴婦人でしたか」
そんな怪力の貴婦人がいるか! くねくね照れながら天使の頭部を片手で握りつぶしてるじゃないの! バゴンって!
ライノスくんが仄暗い表情でぽそりとつぶやく。
「僕の妻ですので、口説かないでくださいよ。殺害しますよ。……ちょうど神もご不在のようですしね」
この状況で何言い出した!?
「おおっ、これは心外ですな。このイゼル・ルクス、こう見えて紳士ですゆえ、他人の妻に手を出すなどという不埒な行為はいたしませんとも」
「愛やねえ。ライノスくんったら、うちへの愛ゆえにアウトローにまでなってくれるんやねえ」
「当然です」
お、お、お……。
「おまえら全員真面目にやれやァァァッ! 噛ッッッ殺すぞクソダボどもがァァァッ!」
ああああ、ついチャージを中断してしまったわ!
もおおおぉぉぉぉ~~~~~~~~~~~!
とはいえども。
かつては四大勇者――いや、五大勇者候補だったイゼルという強力なカードを手に入れた私たちは、これまでになく安定していた。
ソフィアとイゼルが私とライノスくんを挟んで天使の襲来をすべて防ぎ、ライノスくんが私たちの周囲数百歩の天使を根こそぎ天へと送還し、攻め手には私が遠距離からイライザのいる方角へと光熱の大槍によるデタラメ狙撃を繰り出す。
空の支配者たちは、その姿を目に見えて減らし始めている。
けれど、これで終わりじゃない。今日、彼らを追い返したとしても、人類には次の襲撃に耐えうるだけの地力や地盤はもうないのだから。
ラーズベルは都市機能を沈黙させた。食糧難は確実に牙を剥く。数年で復旧など不可能。そんな中で大規模な襲撃を防ぐなんて、どうあがいたってもう無理だ。
だから、今日ここで、イライザを討つ――!
未来を生きる、子供たちのために。
ソフィアの肉体が、イゼルの野生が、ライノスくんの正義が、私の魔法が世界を次の段階へと進める道しるべとなる。
どれくらい、そうしていただろうか。
再び軽口を失い、無我夢中で戦い続け、ソフィアもイゼルも半眼となって肩で荒い息をし、ライノスくんが魔素切れ寸前で顔色を失って片膝をついた頃――。
空は青ではなく、さりとて死をもたらす白でもなく、暗い闇を取り戻していた。
凌いだ……。けれど、本番はここから……。
イライザは逃走を図るかもしれないというソフィアの心配を余所に、その天使は無防備に私たちへと近づいてきた。わずか三体にまで減らされた手下を引き連れて。
彼女は瞳を閉じていた。耳は見えない。
ヘルムから伸びた長い金色の髪に隠されているから。
「はぁ……はぁ……、……あんたが……イライザ……?」
わかってる。わかってはいた。
彼女が言葉に反応を示さないことくらい。けれど、反応を示さないことそのものがイライザである証拠になる。
私たちは彼女を睨む。
やはり、というべきか。
反応を示したのは目を閉ざした天使ではなく、その隣に立ったユニークだった。
「――受け容れよ」
いや、反応を示したと言うにはあまりに都合がいい。ユニークは姿こそ他の天使たちよりも人間に近しい質感を持ってはいるが。
彼女らはただ、無機的に同じ言葉を繰り返す。
造物主のメッセージとして。
「主は汝らの父であり、汝らの母である」
「受け容れよ」
「汝らは子であり、我らは兄妹である」
「受け容れよ」
ただただ抑揚のない声で同じ言葉を繰り返す。
まるでそれだけのために創られた生命体のように。
「滅びは死ではない」
「受け容れよ」
「なんなん……気持ち悪っ……」
ソフィアが吐き捨てると、イゼルが外套を大きく広げてユニークたちに肉体を見せつけながら、残念そうにつぶやいた。
「まるで人形ですな。こうも反応がないとは実に虚しいものです」
「ええ。言葉を話し、姿こそ人間に近しいですが、さっきまで僕らが壊してきた人形のような天使と中身はあまり変わっていませんね」
ああ、なるほど、と思った。
これが天使人間の言っていた、クオリアを持たない生命だ。もしも私たちがこうだったなら、彼もきっと私たちを殺すことに躊躇いなどなかっただろう。
「受け容れよ」
「此は再生への過程である」
「受け容れよ」
「聞くだけ時間の無駄ね。――やるわよ!」
私はチャージを開始する。
ほとんど同時にユニークが剣を抜いた。
判断が早い……! 私の魔素の高まりに反応した……!?
天使の槍ではない。剣と盾だ。
むろん、貫かれればエス化はするだろう。確定ではないが、身を挺して調べるにはあまりにリスクが高すぎる。
「受け容れよ」
「受け容れよ」
「受け容れよ」
三体のユニークが一斉にイライザの元から左右に散って、私たちへと襲いかかった。
正面からの天使をライノスくんが、右手側からの襲撃をソフィアが、左手側からの襲撃をイゼルが迎え撃つ。
「くっ、なんやこいつら!?」
ソフィアの拳をかいくぐったユニークが剣を薙ぐ。ソフィアはそれを肉体を反らせることでかろうじてやり過ごし、叫んだ。
「強っ、これまでのんとちゃう! 気ぃつけや、ライノスくん!」
「相手が誰であれ油断はしませんよ」
ライノスくんがバスタード・ソードの鞘で、天使の刃を受け止める。
金属音が鳴り響く。
ぐじゅり、荘厳な装飾の施された鞘が、エスへと変異した。
「やはりか……!」
腹を蹴って突き放した天使をめがけ、鞘を投げつけながらライノスくんが叫んだ。
「ソフィア、イゼルさん、刃そのものに触れてはいけません! 槍の穂先のように切っ先だけではなく、根元であっても腹であってもエス化されます!」
「ぬぅ!?」
イゼルが外套をはためかせながら両足を華麗に開き、天使の斬撃を躱す。着地のたびにひらりと覗くシアのパンツが悲しい。
つまりそれは――。
イゼルが躱した天使が、そのままの勢いで私に迫る。
「~~ッ!?」
――誰も天使の接近を阻害できないということに等しい。
護衛が護衛としての役割を果たせなくなったのだ。敵の武器を受け止めることも弾くことも、受け流すことさえできなくなったのだから。
たたらを踏んだ私へと、天使が剣を薙ぎ払った。
けれど刃が届く寸前、私はソフィアにかっ攫われていた。
「……ッ! チャージ続けや、レジー!」
なおもしつこく迫る天使の脇腹を、イゼルが蹴り上げて軌道を強引に変える。
「せい!」
空中で回転した天使へとライノスくんがバスタード・ソードを振り下ろすが、直前で別のユニークが剣の刃を差し込み、阻止された。
武器と武器を打ち合わせることすらできない。
「――ッ」
とっさにバスタード・ソードを引いたライノスくんへと、今度は別のユニークが飛来する。
早く、早く――ッ!
「大丈夫、うちらのこと信じて。そんなことより焦って失敗せんとってよ、レジー。絶対に大槍を撃たせたるから」
私を落ち着かせるためだろうか。いつになく穏やかな声だった。
私はうなずく。ソフィアに。
ソフィアは私を肩に担いだまま、天使の斬撃をひたすら躱す。
ライノスくんは一体を相手するだけで手一杯、イゼルがどうにか追いすがって追撃を止めようとしてくれているけれど、残る一体がそれを邪魔する。
ソフィアが私を抱いたまま天使の剣を躱し、屋根にカラダをこすりつけるほどの低さで走りながら言った。
「なあ、レジー。返事はいらんから一言だけ聞いて」
私は視線だけをソフィアの顔へと向けた。
もちろん、圧縮空気を肺に送り込みながらだ。
「優しすぎるライノスくんには無理なことなんよ。だからな、レジー」
横っ飛びで縦斬りを躱し、屋根の上をソフィアが滑った。その足場をさらに崩すように天使が斬り込んでくる。
「リュカのこと……お願いな……」
ソフィアはステップを踏んで身を回転させて躱し、私を肩に担いで口蓋をイライザへと向けさせた。
「行ッッッッッけーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
私はソフィアの肩から至近距離のイライザへと、光熱の大槍をフルパワーで放つ。
「――ガアアアアァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
橙色の閃光は一条に収束され、瞳を閉ざした天使を貫く――はずだった。
イライザが右手を持ち上げて、掌を広げる。
ごぼり……。
掌から急速に膨らむ、黒の液。泡立ちながら。
エスが球体状に膨れ上がり、私の大槍を呑み込んだ。呑み込んでしまったのだ。貫通はしなかった。
イライザの創り出したエスはなおも大きさを増し、人王の館すら呑み込むほどの質量となって。
私たちはただ唖然として、その光景を見ていた。
イライザが手を頭上に挙げた。それに伴い、エスの塊もまた頭上へ。
投げる気だ。とっさにそうわかった。
「嘘よ……そんなの……」
死ぬ。死ぬ。死ぬ。あんなものをぶつけられたら、確実に死ぬ。シアにもう一度逢うこともできないまま、死んでしまう。
私の魔導障壁で防げる規模じゃない。
ライノスくんの奇跡の壁を使用したって無理だ。二人重ねたって不可能。そこに魔王と賢者一〇〇が加わって初めてどうにか、といったレベル。
でも、ここにレギンドルゲインはいない。なぜか姿を見せない。賢者一〇〇は隧道の入り口に結界を張って守っている。
けれども、イライザは。
閉じた瞳を向けていた私たちに対してではなく、くるりと西方を振り返った。
「~~っ!?」
私は戦慄した。
恐怖で体毛がすべて逆立った。犬の身では出ないと思っていた涙が、そのときになって初めて流れた。
「だめ……やめて……それだけは……」
イライザが腕を振り下ろす。なんの躊躇いもなく。
人王の館ではなく、ラーズベルダンジョンへと続く隧道のある図書館でもなく、ラーズベル西方、つまりダンジョンそのものがある地をめがけて。
「やめ……て……」
シアやレイメル、カティ、リュカ、アデルやコーデリア、リリアム、私の沢山の大切な人たちが身を隠す、その地をめがけて。
爆発も何もなかった。巨大なエスの塊はその地に落ちて、大地を侵蝕しながらその下で身を隠す人たちの頭上に降り注いだ。
悲鳴を上げた。あらん限りの声で私は叫んだ。言葉にならなかった。犬の言語ですらなかった。
獣のように叫んだ。ただただ心の痛みに叫んだ。シアの顔を思い浮かべて狂ったように叫んだ。
きっと私のように、ソフィアもリュカのことを想ったのだろう。
ソフィアの腕から力が抜けて、私は屋根の上へと着地する。
イゼルもライノスくんもただその光景を見やり、呆然としていた。
沈む。エスの塊が、ダンジョンへと。
誰も、助からない。あそこに逃げた人は、誰も。
呆然とする私の目の前で、ソフィアとイゼルが同時に膝を折る。そのときになって初めて気がついた。
ソフィアの背中がエスに侵蝕されていたことを。
「ソフィア!」
「意味……なかったなあ……。なんとかなると思って頑張ってみてんけど……あかんかったわ……」
私を庇ったときに……!
すでに天使の刃を背中に受けていたんだ。自分がもう助からないことを知ったから、リュカを私に託そうとしたんだ。
なのに、リュカは。そのソフィアよりも先に――。
ソフィアの両目から涙がこぼれ落ちる。彼女の声がか細く裏返った。
「……うち、リュカのこと、助けられんかったあ……」
そうして突っ伏して、ソフィアは大きな声で泣き始めた。
私たちはまた負けた。勝てなかった。
「どうやら私もここまでのようです」
「イゼル……?」
その声に振り返ると、イゼルの足が下腹部から急速にエス化しているのが見えた。
「ふ、先ほど足を広げて回避した際に、股間を掠めていましたもので……」
あのとき……!
「……ちょん切ればまだ間に合うかも!」
「いえ、もはや手遅れでしょう」
その言葉を最期に、イゼルは背中から倒れた。
ライノスくんはソフィアの背中から広がり続けるエスに視線を向けたまま、固まってしまっていた。
やがてエスはイゼルとソフィアの全身を呑み込み、二人を黒い液体へと変えた。
あまりの喪失感に真っ白になった私へと、ライノスくんが歩み寄る。
「……申し訳ありません、レジーさん……。……僕は……もう……戦えません……。リュカのもとへ……行かせてください……。……あの子を独りには……したくないから……」
ただそれだけを私に告げると、ライノスくんは鎧をすべて外した。
「ライノスくん……?」
「……ごめんなさい……さようなら……」
バスタード・ソードをその場に転がして屋根から飛び降り、彼は西方へと向かけて幽鬼のように覚束ない足取りで歩き出した。
イライザもユニークも微動だにしない。攻撃をしてくる様子もないし、彼を追う様子もない。
ただそこにいた。そこにいるだけだった。
ソフィアがさっき言っていた言葉の意味が、そのときになってようやくわかった。
ライノス・ウルジは優しすぎた。きっとダンジョンに溜まったエスへと飛び込んで、リュカのデブリを捜すつもりなんだと、やっとわかった。
私は……独りに……なった……。
「受け容れよ」
「汝が娘も其処にいた」
「あの者のように受け容れよ」
「さすれば救いはやってくる」
「受け容れよ」
ああ、なら……私も……。
どうせだめなら……欠片になっても……シアと一緒に……。
「受け容――ぃぎぅッ」
「邪魔だ。消えろ」
西へと向けて歩き出そうとした私に巨大な背中を見せ、黒い拳がユニーク一体の顔面を一撃で粉砕する。文字通りの粉砕だ。
臓腑の底を震わせるような重く低い声で、魔王レギンドルゲインが言った。
「腑抜けるな、我が親友レジーよ。我らが手塩にかけて育てた娘が、あの程度のことで死んだだと? ――ハッ! 片腹痛いわッ!!」
レギンドル……ゲイン……? こいつ……たしかラーズベルに侵入した夜に言ってた……。
シアの魔力を辿って、うちを発見したって。シアの魔力が、こいつにはわかるんだ。
だから――!
生きてる! リセルシアはまだ生きてる! だったら私はまだ戦える!
魔王、哄笑を響かせる。
レジー(おめえは育ててねえだろ……)
※作者ん家が被災したため、明日の更新はお休みします。
ちくしょぉぉぉ!(人的被害はありません)




