第三十九話 絶望
前回までのあらすじ!
剣聖はそれでも健気に戦うぞ♥
チャージ完了と同時に、私は死の白に覆われた空へと収束ブレスを放つ。
「――ガアアアアァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
東西南北、縦横無尽に橙色の閃光を振り回し、無数の天使を蒸発・墜落させる。大盾球体陣の天使も普通の天使も等しく灼き払っていく。
肺の中の圧縮空気をすべて吐き出すと、収束ブレスが途切れた。
「ぷぁ……はあ……」
よし、次!
「すっごぉ~。なんなん、その魔法? 初めて見たわ」
「光熱の大槍。実はさっき編み出したばかりよ。想定より使える魔法でよかったわ」
軽口を叩きながらも、ソフィアは私の周囲に群がる天使を一体、また一体と次々に沈めていく。
恐るべきはその怪力。
拳だろうが脚だろうが肘だろうが頭だろうが、彼女はすべて一撃で天使を沈めているのだ。
「そや。レギンドルゲインってどうやった? 戦ったんやろ?」
『……むしろ殺られたわ』
ソフィアが私の右方から来た天使を蹴り飛ばし、左方から襲撃よりも早く私のカラダを跳び越えて左に移動し、拳を天へと突き上げるようにして顎を砕く。
チャージを開始した私は、声ではなく音送りで応えた。
『無理無理。ほんと無理だった。ありゃバケモノよ、バケモノ』
「ええ、レジーが言うんやったら、よっぽどやねぇ」
天使のこめかみに踵をめり込ませ、後ろ回し蹴りの慣性を利用してさらに裏拳で別の天使の脇腹を薙ぎ払う。彼女が攻撃を繰り出すたびに天使が吹っ飛び、肉感的な脚部がスリットから覗いている。
体術だけでいえば、私から見ればソフィアも大概だ。
『……ああ、でもね、悪いやつじゃないって思ったのよ。や、頭は相当悪いんだけど』
「へえ? 魔王が?」
チャージを終えた私は、再度光熱の大槍を放った。
空。古竜の数がかなり減っている。半数は墜とされたか。ファフニィルは健在だけれど、徐々に彼の老竜を取り囲む白い翼は増えつつあった。
元々、神竜戦争時のように全盛期の数を保てていない古竜族が、神の軍勢を相手に戦い抜けるはずもない。全滅は時間の問題だ。
私は光熱の大槍を、ファフニィル率いる数体にまで減らされた古竜族の周囲へと向ける。
私の吐き出す光線が彼らに群がる天使の数を一気に減らすと、ファフニィルたちが陣形を取り戻した。
直後、ファフニィルから音送りが響いた。
『ほう、矮小なる獣の分際で、なかなかやるではないか! ……獣、貴様は何者か』
『いいから前向いて。次も助けられるとは限らないからね? わかった? おじいちゃん?』
『年寄り扱いするでないわ! ところで、獣、貴様は何者か』
ファフニィルの問いかけを、いつものようにスルーする。
だって教えたって、すぐ忘れるんだもん、あいつ。あの老竜がラーズベルで名前を覚えてるのって、未だにシアのことだけなんだから。
何年あそこにいると思ってんのよ、ほんと。
『うるさい。音送り終了するからね』
『待て。獣、貴様は――』
は~、うるさ。
一回助けてあげたからって上司面しないでほしいわ。
「で? 頭悪いん?」
「はあ!? 誰の頭が悪いってぇ!? …………って、あ、レギンドルゲインの話?」
「うん」
ファフニィルのせいでソフィアとの会話を忘れかけてたわ。
私は次々天使を殺――ううん、壊していくソフィアへと、レギンドルゲインの真実を事細かに語ってやった。どういう性格で、どういう性癖で、どういう変態で、女房に逃げられたかということから、エロ本同盟まで、ほんとに事細かに。
もちろんそこには、私が魔王の娘であるリセルシアを育てていることも含まれている。
「はぁ~。魔王の娘を預かったって……それはまたすごい人生やってんねえ。というか、神獣シヴァーケンと間違われて柴犬にされてもうたて。ぷく、ふふふ……」
組み合わせた両手を槌のように振り下ろし、正面から来た天使の頭部を破壊しながら、ソフィアが楽しそうに言った。
私はブレスをチャージしながら音送りで返す。
『笑い事じゃないわよ。ま、おかげで健康体になれたし、今はそれなりに幸せだし、それにラーズベルの大結界もあのポンコツのおかげで保ってるからね』
大結界、健在。
天使の槍、エスに侵蝕されてもすぐにその厚さを増すように復活している。過去、賢者一〇〇だけで張っていた三重結界よりも、遙かに強靱で分厚い。
私は一度魔王に尋ねたことがある。
どうしてあれほど強い魔導障壁が張れるのか、と。
あいつは事も無げに言った。
――魔力を常に流しっぱにしてたら、魔導障壁が削られてもすぐ直せるだろ?
おまえの魔力の使い方、年寄りの股間のパッキンみたいだな、おい。
どんだけ魔力余ってんのよ。
つまり結界張って維持をしていた賢者一〇〇とは違って、結界を常に作り続けているのだ。一瞬たりとも途切れさせることなく、魔導障壁を放出し続けている。あのポンコツ魔王は。市井でエロ本を物色しながら。アイスをなめながら。
まるで人体の代謝のようにだ。
「…………すごない、それ……?」
『すごいわよ。とんでもないわ。私じゃできない。だから、文句は言えないわ。……や、容赦なく言っちゃうんだけど』
ソフィアが口元をほころばせて、天使の腹部をつま先で蹴り上げた。
「仲ええんやね。魔王と」
『認めたくないけど、不本意ながら、まぁ…………友達……かも? や、シアの実父だから、んん? 親戚に近い状態かもしんないわ。死んだ私に、犬とはいえカラダを与えたのもあいつだし。まあ、感謝くらいは……してなくもないような、そうでもないような……』
言っててゾワっときた。
『やっぱぶん殴りたいわ』
「あははっ」
「――ガアアアアァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
嫌悪を口から吐き出すように、私は空へと光熱の大槍を放つ。
閃光に触れた天使たちが、次々と炎に包まれて墜ちていく。
この瞬間だけソフィアは休憩し、息を整える。近づいてきた天使も、全方位私が薙ぎ払えるからだ。
ああ、少し……地平線に空が見えた。
ファフニィルと私くらいしかまともに天使を墜とせてはいないけど、それでも徐々に空の天使の数は減ってきている。
今回もどうやらどうにか凌げそうだ。ソフィアのおかげで。
まさにそう思った瞬間だった――。
空から耳をつんざく雷轟のような叫びが響いたのは。それは犬の聴覚を持つ私の頭蓋内部で反響して、思わず固く目を閉ざす。
「~~うぁッ!?」
「何!? 今の!? ――! レジー、あれ見て!」
ソフィアの指さす先、ラーズベル直上に視線を向けた私は、愕然とした。
ファフニィルが頭を下にして、都市へと降下――ううん、落下していたのだ。翼を広げて重力に抗ってはいるけれど、その翼はすでに何かに引き裂かれていて。
ざわり、寒気がした。
「ちょっと……嘘でしょ……。なんでッ!?」
何をする暇もなく――。
次の瞬間、竜王ファフニィルはその巨体を魔王の張った大結界へとぶつけていた。
ぴきり――。
大結界がひび割れたのは、竜王の鱗が悲鳴を上げたのと同時。
「だめ……」
魔素分解される竜王ファフニィルの断末魔と、大規模な攻性防壁魔導障壁の砕ける音が同時に響いた。
「……そんな……ここまできてどうして……」
「ごめん、レジー。うち行くわ。子供、まだ七歳やねん。うちやライノスくんが守ったらなあかん。……そやから、ごめん、ごめんな」
降り注ぐ虹色の欠片と化した大結界の中を、ソフィアがすさまじい形相で私の元から離れて走り出す。
負けるの……? 人類は……滅ぶの……?
天使たちが私や生き残っている古竜の存在すら無視して、次々とラーズベルへと降下していく。その流れを押し止めるものは何もない。
心臓が痛いほどに鳴っていた。
すぐさまラーズベルから剣戟や魔法の音が響き始めた。見る間に、都市に火の手が上がる。建物は倒壊し、炎と悲鳴が都市を呑み込んでいく。
「こんな……」
王国兵や冒険者ギルド、魔族地区の魔族たちが戦っている。
けれど、けれど。
地平線に空が見えたとはいえ、天使の数は未だ膨大だった。
私は現実を受け容れることができず、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。
都市はもう、救えない……。
オワタ!




