第二十一話 魔族襲来(第二章 完)(挿絵あり!)
前回までのあらすじ!
エルフ・猫耳・ゴスロリの幼女三人でスケルトンの群れを撃退したぞ!
汗だくで、肩で息をして、わたしたちは足下に散らばった朽ちかけの人骨に視線を向けます。動く気配はありません。
レイメルがゆっくりと長い安堵の息を吐いたのを皮切りにして、わたしとカティが同時にその場に膝を折りました。
みんなしてぺたりと座り込みます。
心臓、まだバクバク鳴っていて。
「や、やっつけちゃった……」
「あったりめえよ! このオレがいるんだぜ? たかが骨ごときが相手になるかよっ、ヒィア!」
「あはは、ひ~あっ」
よくわかんないけど、楽しそうなので真似をしてみました。
けれども対照的に、レイメルは耳とお髭を垂らして心配そうな表情でつぶやきます。
「……つってもさ? 上に向かう階段を見つけたわけじゃないさね。ここで先生たちを待つにしても、いつまで安全かもわかんない。少なくとも、最初に見た白くてぬぼっとした怪物の狩り場なんだからさ」
そうです。そうなのです。
ここはあの白くてぬぼっとした気味の悪い怪物の狩り場なのです。だってあの怪物は、水棲生物である巨大ワニ魔獣を引きずっていたのだから。
地底湖が同じ階層の他の場所にもあって、グレンデルがそっちを住処にしているなら別ですが、そんな偶然はそうそうないでしょう。
ここ、全然、安全な場所なんかじゃないのです。
さっきの謎の咆哮も、わりと近いところからだった気がしますし。
そんなことを考えた瞬間でした。
「~~ッ!?」
「――っ!」
「ひ……っ!?」
再び咆哮が、その音の刃でわたしたちの全身を貫きました。
空気を震わせながらダンジョンの石壁を伝い、地底湖の水面をも波打たせ、音の波は向こう岸へと消えていきます。
さっきまでとは違った種類の汗が、ぶわっと、額や背中に浮かびました。
ものすごい魔力を感じます。素肌が粟立つくらいの。
「ち、ちかいよ、レイメル! どうしよう?」
「くそ、やはり場所を移すか? 黒猫!」
わたしたちは自然と、ライカン種で成長の早いレイメルに頼ってしまいます。
レイメルが顔をしかめて、突然地面に這いつくばり、耳を当てました。
「レイメ――」
レイメルが自分の唇に人差し指を当てて、首を左右に振ります。
わたしとカティは目を見合わせてから、口をつぐみました。レイメルの言葉を待つためです。
けれど、ようやく地面から耳を離したレイメルは、泣きそうな顔で言いました。
「……震動がこっちに向かってきてる……。……たぶん、追いかけてきてたんだ……」
「マジかよ……。に、逃げようぜ! 早く!」
「どこへさ……」
そう、そうなのです。
わたしたちの背後は地底湖。グレンデルが潜んでいる危険な地底湖です。あの白ブヨ怪物よりは弱いとはいえ、水棲生物であるグレンデルを水中で相手にするほど、愚かなことはありません。
だったら、元来た道を戻るしかない。けれどその道には白ブヨ怪物がいるのです。それも、こちらに向かって走ってきていて。
そうしている間に、例の足音がわたしの耳にも聞こえてきました。同時に、白ブヨ怪物が走るときに感じる震動もしてきて。
「く、くそがッ! もうやるしかねえ! やってやる! オレがやってやるぞ!」
脇差しを抜いたカティが、両手で柄をつかみます。
「このバカ! 無理に決まってるさねっ!! スケルトンなんかと一緒にするなっ!!」
「……うぅ……だよな……。……だ、だったらオレが引きつけるから、おまえたちは脇を通り抜けて逃げてくれ……。……へ、へへ……オ、オレみたいなクソの役にも立たないトンチキ娘の犠牲だけで済むのなら――」
ああ、卑屈な顔になってる! だめな方のスイッチ入っちゃった! もー!
おだてたら突っ走っちゃうし、叱ったら卑屈になるし、どうしたらいいのー!
わたしは金色の直毛をわしゃわしゃと両手で掻き毟ります。
「シア!」
「……」
ついに、その姿が見えてきました。
体毛も鱗もない白い肌。頭には二本の角。醜く肥えた全身は走るたびに波打ち、肉に埋もれそうな黒一色の細い目は、まっすぐにわたしたちを見ています。
カラダに付着している赤い液体は、グレンデルのものでしょうか。
走る。走る。向かってくる。揺れる。揺れる。世界が震動で。
こわい、こわいよ……。
「シア! おいっ、シア! 聞こえていないのか!? リセルシアッ!!」
「……ぅあ!?」
レイメルが何かを叫んでいました。
「魔導障壁だッ!!」
そ、そうでした! スケルトンとの戦いで魔力を消費してしまいましたが、まだ一回だけなら魔導障壁を展開できます!
わたしはレイメルにうなずいて両手を前に出し、叫びました。
「カティ! レイメル! わたしのうしろにっ!」
二人の移動を確認してすぐに、わたしは胸いっぱいに息を吸い込んで、一気に魔法の息を吐き出しました。
――魔導障壁!
展開。息が半透明のカーテンに変異し、わたしたちの周囲に張られました。
その瞬間、白ブヨ怪物が咆哮します。舌を出し、血まみれの歯を剥きながら、その凶暴な瞳を激しくゆがめて。走る足を一瞬たりとも緩めないまま。
――グギャアアアァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
身を寄せ合った小さなわたしたちは、恐怖で全身がすくみ、息を呑みました。
ふせげる? ほんとに? あんなにおっきくて、こわい怪ぶつを……?
立っているのも困難なほどの震動とともに、巨大な、あまりに巨大な影がわたしたちの全身を、魔導障壁ごと呑み込みました。
半透明のカーテンと怪物の全身が接触する瞬間、わたしたちは堅く目を閉ざします。
お願い、魔導障壁!
「~~っ」
なのに、けれども。
接触の衝撃はいつまで経っても訪れはしませんでした。
恐る恐る、目を開けると――。
「ひ……っ」
怪物は変わらずわたしたちの眼前に立っていて。
でも、なんだか、様子が……。
ぶるり、と全身を震わせた怪物が、ぶよぶよとした両足の膝をつきました。
そうして、わたしたちの方へと上半身を覆い被せるように傾けた――と思ったら、誰かに後ろから引かれたかのように、突然仰向けに倒れました。
え? え?
「案外、逃げ足が速かったわね、たかがオーガの分際で」
おかーさんの声でした。
そこにいるの?
白ブヨ怪物の後ろから現れた犬が、倒れた怪物のお腹の上に跳び乗って、ちょこんとお座りをします。
「悲鳴もビービーうっさいし。ダンジョンの通路でわめきすぎ。聴力が犬な分、鼓膜が痛いわ、もう」
悲鳴? あれ、咆哮じゃなかったんだ……。わたしたちを追いかけていたんじゃなくって、おかーさんから逃げてたの? あんなおっきな怪物が……?
「おかーさん!」
おかーさんは、人型で翼の生えた魔物か何かを口に咥えて引きずっていました。それも結構おっきいの。大人の男の人くらいあるんだもの。
おかーさんの、おやつ?
おかーさんが翼の生えた人を適当にポイっと投げ捨てて、にぃっと笑いました。
「やっほー、シア。正義の犬、参上よ!」
かわいい。おかーさん、かわいいよ。なにを食べてたのかわかんないけど。
「もう大丈夫よ」
白ブヨ怪物の影から現れたもう一人の人影が、その右手に付着した大量の血をハンカチで拭いながら、わたしたちのそばへと悠々と歩いてきます。
こっちはヴィクター先生です。
てゆーか、先生、剣を抜いてません。腰に差したまま。
「え? え? ヴィクターせんせー、この怪ぶつを、なぐってたおしちゃったの!?」
「そうだが? たかがオーガだ。この程度であれば、おまえたちも来月くらいにはできるようになる」
レイメルがあきれたようにうわずった声で言います。
「な、な、なれるわけないさね!」
「そうか? 頑張ればできると思うが……」
ヴィクター先生が不思議そうに首をかしげました。おかーさんも先生と同じで、不思議そうな顔をしています。
「ソフィアなんか、ガン飛ばしだけでいけるわよね?」
「いけるな。ソフィアのガンつけを喰らったら、オーガ程度だと泡を吹いて気絶するだろう。――それよりレジー。ソフィアの話はよしてくれ。……鬱になりそうだ……」
「あ、ああ、ごめんね。……あれ? あんた、また泣いてんの?」
「泣いてない!」
なんなのでしょうか、四大勇者という生き物は。
ふぅ、と息を吐いて、ヴィクター先生がわたしたちの方へと歩み寄ってきました。
「カステヘルミ、無事か?」
「あ、ああ。あ。いや、あた、あたたたたりまえだろ、兄貴! オレがオ、オ、オーガ? 程度のやつにやられるとでも思ったのか?」
兄貴!?
カティがようやく全身の力を抜いて、脇差しを抜いたままその場にへたり込みます。膝をガクガク揺らしながら。
レイメルが彼女に肩を貸します。
「……カティ、あんた、ヴィクター先生の妹さんだったのかい?」
その質問にこたえたのは、カティではなくヴィクター先生でした。
「いや、違う。おれのウォルター家とカステヘルミのフィンドレイ家は遠縁でな。おれが放浪していた頃の一時期だが、フィンドレイ家に厄介になって剣術を指南していたんだ。といっても、カステヘルミは二歳そこらだからお遊び程度ではあったが……以降も本人が独自に続けていたとは現当主から聞いたが、ある程度はものにしたようだな」
レイメルがうなずきます。
「……あぁ、なるほど。指導の賜物というよりは、剣聖の型を四年近くひたすら反復してたのか。道理で、人間の六歳七歳とは思えない戦い方だと思ったよ。――カティも人が悪いね。なんで言ってくれなかったんさ?」
「カステヘルミを責めるな。おれが口止めをしていた。教師は生徒に対して、平等でなくてはならんからな。カステヘルミが剣聖の縁者だなどと知れたら、いろいろと教室に不都合が生じる」
「……というわけだ。悪かったな、黙っていて」
う、うー。
なんだかとっても後ろめたいです……。わたしもカティと同じなんだから……。
「おかーさん。わたしも――」
言っていい?
すぐに音送りの魔法が返ってきました。
『…………レイギスアリスに魔法を教わったってのは言ってもいいわ。ろくに教えてないけど』
『でも、わたしの魔ほうは、おかーさんのマネだよ? ううん、そんなことじゃなくて、おかーさんのことはお話しちゃだめなの?』
『だめ。私はあくまでも不思議な柴犬レジーで、レイギスアリスと同一人物であることは秘密。ま、人が犬になるなんて、誰も信じやしないでしょうけど。でも、念のためよ』
レイギスアリスが生きていることが人王に知られたら、今の暮らしが失われるから。
それはわかっているのです。
『それと、魔王の血族であることは絶対に口外しないこと。それはヴィクターにも言っちゃだめ。わかった?』
『うん。ところでおかーさん』
『ん?』
『それ、今夜の晩ご飯?』
わたしはおかーさんの足下に転がっている、翼が生えた人型の何かを指さして尋ねました。
あんまりおいしくなさそー……。
『あ、これ? これねえ、魔族っていうの。食べたことないけど、食べてもたぶんおいしくないと思うわよ。人間と同じで雑食だから』
『へぇ~。おとーさんのところの人?』
『らしいわね。ズィーノフっていうろくでもないやつよ。転移中にダンジョンの上空飛んでるやつを見つけたんだけど、転移だから避けられなくて――仕方なく超必殺・頭突きで轢いちゃった。テヘペロ☆』
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『そんなうれしそうに……』
『鳩尾にあたったらしくて、ドボォ~! とか言って液体吐いて気絶して、なんか笑っちゃう』
きっと、ひとたまりもなかったことでしょう……。お気の毒に……。
『か、かわいそうだよぉ……』
『まあ生きてはいるし、怪我を治したらどっか適当なところに捨ててくるわ。……あの世とかにね!』
『もー。そういうの、やめたげてよぉ……』
『冗談よ。……半分はね』
『はんぶん……。はんごろし?』
『ズィーノフのことはいいから、友達が呼んでるわよ』
「シア、おい、シア?」
「んぁ!? あ、どしたの、レイメル?」
「その犬がおまえのかーちゃんなのかい?」
「そだよー。しょうかいするね。――おかーさんです。魔ほうのつかえる柴犬です」
レイメルはしげしげとおかーさんを見つめます。
正面から、右に回り込んで、左に回り込んで、後ろから後頭部を眺めて。また正面に戻ってきて。おかーさんがなんかもじもじするくらい見つめて。
「おまえのかーちゃんって…………。……すっげえかわいいな……っ!!」
おかーさんの尻尾が唐突にぶん回されました。すんごい勢いです。千切れて飛んでったりしないか心配です。
でも、どうやらレイメルのことを気に入ったようです。犬と猫人なのに。
「うちの娘をよろしくね、可愛い黒猫のレイメルちゃん」
「あっはっ! こりゃあ照れるね! こっちこそ!」
カティが腕組みをして、レイメルに尋ねます。
「犬が喋ってることに対してのツッコミはないのか?」
「はぁ~? あたしらライカンがこうして喋ってんだ。犬が言葉を話すくらい、全然不思議でもなんでもないさね」
カティは目線を上げて少し考えるような仕草をした後、こともなげにつぶやきました。
「あ~……なるほどな。それもそうか。言われてみれば納得だぜ」
「だろ?」
「おう」
わたしたちは肩を寄せ合って笑いました。
こうしてわたしたちは、おかーさんと先生の護衛を得て、初ダンジョンから無事に脱出できたのでした。
ズィーノフさん……。
魔将軍の襲来とはいったい……。
※1 挿絵はフリー素材より拝借しております。




