第十三話 血脈
前回までのあらすじ!
剣聖()笑
小さなエルフは木製の机に座学用の教科書を鞄から移し、前後左右を見回した。
都市立魔法学園剣術科の教室は、一室のみだ。およそ三十名の生徒らが、緊張した面持ちで着席している。
いろんな種族の子がいるわね……。
その様子を懲りずに窓から覗く私。大丈夫、今回は見つかってないから。ふふん。
一番多いのは当然のように人間。さすがにエルフはシアだけだけれど。
ずんぐりとした筋肉質のドワーフ、小さなリセルシアよりもさらに背の低いホビット、珍しいところでは魔物の血の混ざったライカンスロープなんかもいる。
なんかあれだな、親近感おぼえるわ……。
魔法科に比べて亜人が多いのは、ドワーフやライカンなどは純粋な人間よりも、運動能力に優れているからだろう。
リセルシアが後ろの席のライカンに話しかけている。
到底聞こえるような距離でもないし、窓も閉まっているのだけれど。
だが! 犬の聴覚なめんなよ! まるっとお見通しよ!
「こんにちは」
「ん? ああ、ちわー。めずらしいね、エルフなんて」
頭、ショートの黒髪。耳、猫耳。肘から先は猫の前足。たぶん、膝から下も猫の後ろ足。大きなつり目は、どこにでもいる黒猫を思い浮かべさせられる。
猫人の少女だ。
同い年のはずなのに不思議と少し大人びて見えるのは、寿命の短いライカンゆえか。
「うん。でも、わたしのおかーさんなんて犬なんだよ」
おい!? その雑な説明たるや!
「……犬? 狼人のこと?」
「犬だよ。わんわん。すっごいかわいいの。入学しきのときに、センセーたちからにげてたの。しらない?」
「……知ってるけど。アレがキミのおかーさんなのかい?」
アレ!?
「うん、そだよ」
「そうなんだ。へえ~。まあ、そういうこともあるのかな」
ねーよ……。
猫人の少女は後頭部で手を組んで、椅子の背もたれに背中を預けた。
「あたしゃ黒猫のレイメルさ。キミはどちら様だい?」
「リセルシアだよー。シアでいいよ。よろしくね、かわいいクロネコさん」
「だははっ、照れるね。こちらこそよろしく! 小さなエルフちゃん」
差し出された猫の前足みたいな右手を、リセルシアが小さな右手で握り返す。
「レイメルって、おっきいね。なんだかわたしよりおねーさんみたい」
「んぁ? ああ。ライカンは寿命が短いんさ。四、五十年くらいしか生きられないから、成長が早いらしい。頭もカラダもさ? ライカンがまだ魔物だって思われていた頃の名残かね。野生だと早く成長しないと、他の魔物の餌にされちゃうからさ」
人間社会で生きるならば、そのルールには従わざるを得ない。すなわち、いくら優れた肉体性能を得ていようとも、六歳までは学園には入学できないのだ。
でも、たしかに辿々しいリセルシアに比べて言葉もはっきりしているし、すでに人間年齢で言えば十代中盤くらいの容姿に見える。
「そうなんだー」
「あたしから見たら、シアは小さくて可愛いさね。エルフは長寿だから、成長が人間より少し遅いのかもね」
「ぅえっへっへ」
小さなエルフが照れくさそうにカラダをくねらせた。
「にしても、剣術科ってやっぱ男ばっかだね」
「だねー。わたしもそうおもった」
「ムサいったらありゃしない。ま、女は筋肉をつけづらいからねえ。半分獣のあたしらライカンは別だけどさ」
見た感じ、三十名のうち、少女はリセルシアとレイメルを合わせて三名しかいない。
残る一名は人間の少女で、黒地に白のレースをあしらった、ひらひらとした変わった服装をしている。長い銀色の髪も相まって、まるでお人形さんのようだ。
表情を一切変えず、背筋をぴっと伸ばし、まったく動かないから余計にだ。
少し打ち解けてきたのか、教室に雑談が聞こえ始めた頃、ようやく扉が開いた。すっきりした服装のヴィクターが、教壇に立つ。
あら~。ヴィクターったら、爽やかぶっちゃって。
途端に雑談が途切れて、教室が静まりかえった。
ヴィクターの視線がリセルシアに一瞬だけ向けられる。
「一部の生徒を除いては、初めましてだな。おれの名はヴィクター・ウォルター。君たちにこれから剣術を教えていく先生だ。剣術科は人数が少なく、学年が上がってもクラス替えはないため、長い付き合いになると思う。これからよろしく頼む」
ヴィクター・ウォルターの名が本人の口から出た瞬間、生徒たちがざわめいた。
子供とはいえ、四大勇者の名を知らずしてこの国で生きるものはほとんどいない。
「せ、せんせいって、あのヴィクター・ウォルターなの?」
「えっ!? すっげえ! マジもん!?」
「ちょーかっけぇ……」
「うそ。ゆーしゃさまが、こんなところにいるはずない」
そのちょーかっけぇ勇者様だけど、昨日は三角座りして泣いてたのよ。
ヴィクターは子供たちを落ち着かせようとしているが、興奮は冷めやらない。
リセルシアは口元を緩めて、その光景を見ていた。
「おや? おやおや~? シアはああいうのが好みのタイプなのかい? たしかに強くてかっこいいけど、ライバルは多そうさね」
「ん~ん。ちがうよ、レイメル。四大ゆーしゃって、やっぱりすごいんだな~っておもっただけ」
「?」
猫人は不思議そうに首をかしげる。
「えへへっ、いつかおしえてあげる」
「今じゃだめなのかい?」
ああ、と気づく。
私のことだ。秘密にしなさいと、言い含めたのだ。犬になってしまった母親が、四大勇者の一角であったことは。
大賢者レイギスアリス・アリステラの生存が人王の耳に入れば、ここでの暮らしが終わるのだから。同様に、リセルシア自身が人類の天敵――魔王レギンドルゲインの娘であることも。
もっともリセルシアは、魔王城でのことは、もうほとんど覚えていないらしいのだけれど。
「ごめんね」
「あはっ、別にいいさ? 言いたくないことは言わなくていいことだからねっ。猫は勝手気ままに生きる生き物だから、気にしないよ」
でも、魔王が迎えに来たら、私はどうしたらいいのだろう……。
リセルシアは何を望むのだろう……。やっぱり実の父親や母親には、到底勝てないんだろうな……。
離れるのはやだな。魔王だけでもどっかで死なないかしら。
暗い気分でいると、リセルシアも同じような表情をしていることに気がついた。けれどその理由はわからない。
「どしたんさ? まじめな顔して」
「ん~ん、なんでもない」
ヴィクターが黒板を軽くノックして注目を集めた。
「静かに。これから武器を配布する。剣、槍、斧、槌、どれを選ぼうが諸君の自由だが、いずれも模造ではなく本物だ。今後一年、君たちがダンジョン実習の際に使用するものだから、丁寧に扱え。決して人に向けるんじゃあないぞ」
言葉を皮切りにして、教室のドアからずんぐりとした筋肉質のドワーフが三名、入ってきた。三名とも、筋張った両腕に大量の武器を抱えている。
ドワーフの男たちは足下に武器を静かに並べてからヴィクターに一礼し、去って行った。
「子供用にサイズを抑えているものもある。カラダの小さな種族はそちらから選べ。ライカンやドワーフといった筋力や瞬発力に優れた種族は、自分に合うものでいい」
剣術科の新入生たちが席を立ち、我先にと武器に群がった。
なにせ、学園の授業にはダンジョン実習なる実戦がある。魔物のいるダンジョンに潜るというものだ。
当然、毎年、大けがを負うものが出てしまうくらいだ。
後衛である魔法科の学生を最前線で守らねばならない剣術科には、特に多い。真偽は定かではないけれど、死者を出したこともあると聞く。
残り物の武器に己の命を預けるものなど、長くは生きられない。
「奪い合いはするなよ。ここに並べた武器はあくまでもサンプルだ。発注すれば同じモノを配布できる。それぞれほしい武器の番号を書いた紙を持ってきなさい」
ヴィクターのその言葉で少し落ち着きを取り戻した学生らが、武器を手に取って物色し始めた。
リセルシアとレイメルも、サンプルの前に立つ。
早いものはすでに紙に番号と名前を書き、ヴィクターへと手渡していた。
レイメルが困ったような顔で後頭部を掻く。
「あたしゃ爪があるからなー。武器なんていらないんだけど」
「でも、ツメがおれちゃったらいたいよー?」
「あはっ、猫人の爪は簡単には折れないよ。武器の材料になる魔物の牙なんかと同じで、それそのものが武器だからね」
「へえ~、そーなんだ」
レイメルが適当に投げナイフのセットを手にした。ベルト式のホルスターに小型のナイフが十本、収納されているものだ。
「これでいいや。斬ってよし、突いてよし、投げてよし。……投げたら回収がちょっち面倒だけど。シアはどれか決めたのかい?」
「んー……」
もうほとんどの生徒らは、紙に希望の番号と名前を書いている。どうやら大体の生徒はすでに決めた上で剣術科に入学するようだ。
「シアのカラダの大きさだったら、短剣のスティレットかグラディウス、もしくは直剣のショートソードあたりがいいんじゃない?」
「んー……」
「もしくは刺突で鎧通しのできるレイピアか。同じ刺突剣でもエストックはシアには大きすぎるからね」
レイメルちゃんったら、いい子だわ。適切なアドバイスをリセルシアにしてくれている。
心配して覗きに来る必要なかったかしら。
「でも、レイメル。大きな剣じゃないと、あいてのこうげきが、うけ止められないよ」
んぁっ!?
「んまあそうなんだけど。そもそも大きくて重かったら、シアには振り回せないんじゃない?」
そう、そうよ! 悪いことは言わないから、黒猫ちゃんの言うことを聞いときなさい! って音送りで言おうかと思ったけど、昨日の今日で覗きなんて、たぶんリセルシアの雷が落ちちゃう。口から、エルブンブレスで。
おかーーーーーーーーーーさんッ!! って……。
「エストックやロングソードって、そんなにおもいの?」
「あたしからすりゃそれほどでもないさ? でも、シアはカラダが小さいし筋肉量の少ないエルフだから、ちょっと難しいんじゃないかな」
リセルシアは手を伸ばす。ロングソードに。片手で柄をつかんで。
ヴィクターと同じ武器だ。子供用だから、少し短いけれど。
「あはっ、無理無理。シアじゃ逆に振り回されちまうさ。怪我するからやめときなって」
「そかなー……」
リセルシアがロングソードを持つ右手を持ち上げる。
ロングソードはあっさりとその切っ先を天井へと向けた。座ったままの体勢で、利き手一本で。
「……かるぅ……」
「うぞっ!?」
うぞっ!?
レイメルの言葉と私の心の声が重なった。
「まるでおかーさんの抜け毛みたい。かるすぎて、ふりづらいよ。もうちょっと大きなのがいいな」
もうちょっと他の表現方法なかったの……?
リセルシアはロングソードを置いて視線を巡らせる。
長い剣。太い剣。幅広の剣。槌や斧よりも大きな剣。
ライカンも、ドワーフも、この剣術科一年生の誰も選ばなかったものが一つ。
「わたし、これにしよっと」
リセルシアは自身の身長よりも大きな剣の柄を片手でつかんだ。トテトテと誰もいないところまで行って、柄を両手に持ち替えて、頭上でデタラメに振り回す。
ぶぉん、ぶぉんと、風鳴りがした。
大剣――クレイモア。子供用だが、ヴィクターのロングソード程度の大きさは備えている。
一種異様な光景に、ヴィクターもレイメルも、クラス中が唖然として静まりかえっていた。
ぶぉん、ぶぉん。
「ちょっとおもいや。でも、なれたらつかえそうかも。がんばろー」
ぶぉん、ぶぉん。
どうやら私は娘の将来について考え直さなければならないのかもしれない。
恐るべし、ポンコツの血脈――……。
乙女()笑
魔王()笑
剣聖()笑
娘()笑 New!!




