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第九話 長い一日の終わりに、いつも通りの

「疲れたの……もう疲れたのおおおおおお」


 ゴロゴロ。

 ゴロゴロ。


 プリンセスならぬキングサイズのベッドに倒れ伏し、全身で疲労感をアピールする姫様。

 脱力し転がりまわる姿は、どことなくネコを思わせた。


 あれから。

 アトラナートさんに首根っこを掴まれ、城まで連れて帰られた僕らを待っていたのは、地獄のような執務だった。

 いや、あれはもはや、雑用だった……


 まずは、王族と一部の魔族しか立ち入れない宝物庫の大掃除。

 姫様は王族で、しかも地位が低いため、こんな雑事にさえ駆り出される。


「……この宝珠、何個か部屋に持って帰ってもばれないの?」

「ばれます」

「レヴィ! 試しもしないで諦めるのは敗北だと思うの!」

「なんの勝ち負けですか!?」


 そのあとは、エルフが住まう森の領主にして、次代の王を選定する役割を持つ、ハイドリ宮中伯との会食。


「ひと昔前、エルフの森に深刻な被害をもたらした魔獣が、最近になって、また姿を見せたという話を聞いたの。実害はまったくなしと聞き及んだのです。そのへん、ハイドリヒ伯はどう考えて──」

『マスター、真面目な話っぽいね。ところで魔獣について知りたいのなら残機を──』


 危なく寿命を減らされそうになったが、なんとか会食は切り抜けた。

 だが、本日二度目のアーロン師による勉強会では、姫様が飛翔魔術に対して熱く語りだしてしまい、


「私はかねてより魔族が飛翔できないか研究してきたの! 古の時代、竜種は自在に空を飛んだと伝承に残っているのです。しかし、現状では、グリフォンが滑空するように飛ぶか、フェアリーのようにひどく身軽なものが、浮遊することしかできなくなってしまっているの。私は、巨大質量が空を飛ぶ時代の到来を──」


 ヒートアップした姫様から「大空を飛ぶためにどんな方法があるか、教えるのですレヴィ!」と知恵を求められ、結局僕は、残機をすり減らすことになった。

 いや、ロケットの仕組みとか、さすがに僕は知らない……


 とても一日とは思えない濃度の、そんな諸々があって。

 姫様が寝室に戻ってきたのは、もう晩鐘が鳴り響いたあとだった。

 されるがまま、アトラさんに寝巻き(ナイトドレス)へと着替えさせてもらった姫様は、ベッドに倒れ込み、お疲れなのですアピールを始めた。

 あの、しかしですね、姫様?

 僕を抱きかかえたままごろごろするの、やめてくれませんかねぇ!?


「割れる! 割れます! ひっ、ミシッていった!? うっぷ、吐きそうだ……」

「レヴィ、何度も言ってるの。ホムンクルスに消化器官はないの、だから吐瀉することはあり得ないの」


 だとしても、気分の問題だぞ、これは。

 ちくしょう、なんて人使いが荒い姫様なんだ……


『マスターは人間じゃなくて、ホムンクルスだけどねー。でも、なんだかんだ言って、造物主のことを気に入ってるみたいじゃないか?』


 わりとな、子どもは好きなんだ。


『ロリコン?』


 違う、孫みたいなものだ。

 とくに、身体の弱い子どもには、思うところがある。


『身体が弱い?』


 そう、僕も小さいころ、身体が弱かったからなぁ……

 というか、アテンは気が付かないのか。

 僕は日がな一日、姫様に抱かれているからわかる。

 その心臓の音と、肺の音が。

 彼女は人間ではないから、見立て違いということもあるだろうけれど。

 それでも昼間、なんでもないところで転んだのは……


『身体が弱いからだと?』


 僕の、作家としての観察眼が曇っていなければ、だけれどな。

 誰も気にかけないのは、おかしいし。


『ふーん……』


 僕とアテンが、そんな脳内会話を繰り広げていると、姫様がぴたりと動くのをやめた。

 そうして僕を枕元に置くと、部屋の明かりを消す。

 彼女は暗闇を見上げながら、僕に命令した。

 毎日毎晩、いつもと変わらない様子で。


「レヴィ。今日も寝る前のお話が聞きたいの」

「えー……僕、今日は知恵を貸したので、とても疲れたのですが……」

「じゃあ割るの」

「全力全霊で語らせていただきます!」

「そう、長生きしたかったら、せいぜい元気に歌うことなの」

「僕は鉱山カナリアなのか……それで? どのようなお話が御所望ですか姫様? 悲劇を? それとも喜劇を?」

「そうなのです……今日は気分がいいので。だからもっと楽しくなる、もっと胸が躍る、飛び切りの話を披露させてあげるの」


 ふむ。


「では『あなたは勝利を得ることは得意だが、その活用法を知らない』と暴言を吐かれた雷光の名を持つ軍師の話と、後世20万を相手に300名で立ち向かったと創作されるに至る、英雄の物語。どちらをお聞きになりたいですか?」

「断然、後者なの。私は、英雄譚が大好きなの!」


 ならば、作家の常として、面白おかしく語るとしよう。

 それは──


「それは、はるか昔のお話です。20万の軍勢に、たった300名で挑んだ英雄たちがいました。彼らの王の名は、レオニダス──」

「わくわく、なの」


 こうして、彼女の長い一日が終わる。


「おやすみなさい、なの」

「はい。よい夢を、姫様」


 彼女が目を閉じて、僕もまた、眠りという安寧の中に落ちていく。

 ずっと。

 ずっとこんな日が続くと、僕は思っていた。

 それが僕のセカンドライフ。

 余生の過ごし方なのだと。


 だけれど一年後──それが楽観的な願望に過ぎなかったことを、僕はことごとく思い知らされるのだった──


次回は25日0時ごろ!

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