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第五十話 禁忌の毒炎光

『ハ──』


 彼は。

 ロジニア皇帝は。

 僕と同じ転生者は。


『ハハハハハハハハハハハ! それは痛快な勘違いじゃ!』


 ありえないと、大笑いした。


『ハハハ……よもや、ここまで愉快な話が聞けるとは思わなんだぞ。よい、よいぞホムンクルス。名を名乗ることを許す』

「僕はレヴィ。あなたの孫娘の、ホムンクルスです」

『で、あるか。フハハハハ! なおさらに愉快じゃ。余の血潮の末に、貴様のようなものが生まれるとはな。是非もなしよ(・・・・・・)!』

「あなたは、やはり」

『違う』


 彼は、ことさらに否定する。

 だけれどそれは、穏やかな否定だった。


『余は、かつてあこがれたものじゃ。信長公に、太閤に、あのタヌキにな。そして、そのどれにもなれなんだ。余はな、一介の足軽じゃったのよ』

「…………」

『この世界に産まれ落ちたときな、余は思った。前世では偉くなることもできなかった。ならばこの世界ではどこまでも偉くなってやろうと。そして、好き勝手にやろうと。結果がこれよ』


 どこか寂しさのにじむ口調で、皇帝にまで上り詰めた男は笑う。


『余にはな、至極残念なことに、才能と呼べるものが全くなかった。古の武士たちに習い兵を整えても、見よ、孫娘にいいように弄ばれる始末だ。今頃、総軍が包囲でもされているのであろう?』

「……はい」

『はは、じゃが、それも余の血がなしたものと思えば心安い。治世はもっと下手じゃった。国を大きくすることはできても、民たちは飢え、敵意を燃やし、一揆を恐れた余は、それを弾圧するしかなかった』


 空を見上げる。

 まっすぐな尾を引いて、どこまでも魔術の矢は、魔族の最終兵器は飛んでいく。

 その速度はすさまじく、あとわずかな時間で、ロジニアへ到達するだろう。

 事実、水鏡の上の地図。

 そこにともる光点は、間もなくロジニアへと届く。

 皇帝が、言った。


『余は、優れた為政者ではなかった。欲望に従うだけの、どこまでも凡愚であった』

「欲望……?」

『楽に生きたいという欲望じゃ。死ぬまで楽しく生きたいという、そんな願いじゃ。そして、それは叶った。しかし……あのかたは、なんといっておられたか……人生50年……余は、思ったより長生きをし過ぎたのかもしれぬなぁ──』


 彼が、独白した刹那。

 姫様が、ゆらりと立ち上がった。


「永久に眠る原初の悪よ、その名は死である。フィロ・ソフィア・フォン・ナイド=ネイドの名のもとに、永久に醒めぬ狂気と、終わることなき毒の雨を、カナンの地にて、私は解き放つ──」


 それは詠唱だった。

 極大の、戦略魔術を超える、対国魔術の詠唱。

 その詠唱が聞こえたのだろうか。

 聞こえたとするならば、それはアテンの気まぐれだったに違いない。

 皇帝が、冷笑した。


『無駄なことよ。ロジニア本国への奇襲こそ、この戦を治める本分とでも孫娘は思っておるのじゃろうが、ここを守る結界魔術は、余の肉体を守るものと同じ! 魔族とて打ち破れぬ! いかなる炎も! いかなる破壊も! 余の生涯をかけて築き上げた国を害することなど──』


「これは、世界を滅ぼす呪いなの」


 姫様は、その両の眼から血の涙を滴らせる。

 そうして、最後の詠唱を紡ぎあげた。


「私は、死神なり。私は世界の──破壊者なり! 極光穢毒(プロメヨタ)散布魔術(・ベインヘン)!」


 そして、それは弾けた。

 大陸の端から端という、とんでもない距離を隔てながら。

 それでも明らかにわかるほどの、極光がはじけた。

 光。

 どこまでも暴力的な、影まで焼き尽くす光が。

 炎が。

 ロジニアという国のすべてを覆いつくし、次の瞬間──破裂する。


 僕は(・・)子どものころにそれ(・・・・・・・・・)を見たことがある(・・・・・・・・)


 形成されるのは、巨大なキノコ雲。

 燃えあがる空。

 それでもロジニアは無事だったのだろう。結界がすべてを防いだのだろう。


『フハハハハハハ! 余は、やはり死ねぬか! ならば世界を手にし──がぁああっ!?』


 そうして、そこにいた万物が死に絶える。

 降り注ぐのは、光の雨。

 汚れ切った、毒の豪雨。

 姫様は理解していた、結界は力業では壊せないと。

 だけれど、空気や水ならば、それが生存に必要なため、素通りするのだと。


 あの密談の場で、ロジニア皇帝に睡眠ガスの魔術を送り込み続けることで、確信したのだ。


 なによりも。

 姫様はずっと飛翔術式を研究してきた。

 火山性ガスの有用性を、毒の強さを、これまでの戦いで知った。

 そして僕の。

 ──第二次世界大戦の、終幕を飾った新型爆弾の逸話を聞いたことで、その着想を得た。


 プロメヨタ・ベインヘン。


 それは、生物に致命的な損傷を与える猛毒。

 それが、ほんのわずかな時間で、大陸最大の国家を滅ぼしつくした。

 その場に居合わせた人類、その他すべての生命が、血反吐をぶちまけながら、死に絶えたのだ。

 絶滅の一矢が、炸裂したのである。


 戦場が混乱する。

 勝ち鬨を告げるラッパが、魔族のラッパが鳴り響いているからだ。

 状況を知る由もない人類軍が、パニックに陥り敗走しようと逃げ惑う。

 だけれど包囲網は万全だ、蟻の逃げ場もない。


 うなだれた姫様が、左手を挙げた。

 それを合図にして、包囲網の一部──ロジニアへと続く経路が崩れる。

 そこへ、人類は殺到する。


 彼らは逃げ出した。

 武器を捨て、戦う意思をくじかれて。

 掃討戦(・・・)

 わざと逃げ道を作る事で戦意を失わせ、一方的に虐殺する。

 もはや人類に、魔族を打ち倒すことは不可能だった。

 彼らが帰り着いた場所は、地獄でしかないのだから。


「私は、邪悪でいいの……これで、世界は──」


 姫様の口元は、半月のように吊り上がり、笑みを形成する。

 だけれどその両目からは、止まることなく、赤い涙がいつまでも、いつまでも滴り落ちているのだった。


「なうー……王女様は、とうとう嘘をおつきになったか……」


 いつの間にか帰還を果たしていたハイドリヒ伯が、そう呟くのを、僕は確かに聞いた。


 この日。

 冬を目前にしたこの日。

 ついに大陸全土を巻き込んだ世界大戦は、終幕を迎えたのだった。

次回は7日0時ごろ!

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