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独裁平和 ~転生したらビン詰めホムンクルスで、歴史に残る邪悪を育ててしまいました~  作者: 雪車町地蔵
第六章 世界に示せ、ナイドに冠たる赤雪の狂気を!

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第二十五話 人類断絶戦線リヒハジャ

 ──結果だけ言えば、人類は恐怖に打ち勝ち、前進すべきだった。


§§


 神聖ロジニア帝国を筆頭とする人類連合が、はじめて国境線を侵し南ナイドの地を踏んだとき、あまりの呆気なさに拍子抜けしたとされている。

 前日までの戦いでは、ノーザンクロス辺境伯率いる屈強な辺境騎士師団が、寡兵でありながら苛烈なる反抗を行っていたからだ。


 しかしその日、デュラハンと武装オーク、魔術に秀でた妖精パックロビン・グッドフェローの混成部隊は、影も形も見えず、人類は悠々と、侵略の第一歩を刻むことができた。


「ここでハイドリヒ伯なら、どんな手を打つのです?」

「なぅ……コレトーでいんだけどなぁ」


 円卓の上に用意された盤面──大まかな地形が描かれた地図のうえに、人類軍と魔族軍を模した(ピース)が置かれている。

 ハイドリヒ伯は、そのうち魔族軍の駒を取り除き、人類軍の駒を前進させる。


「敵の守りがいないのなら、そりゃあ、前進するだろー」

「罠だとは思わないの?」


 姫様の問いかけに、彼は苦笑した。


「この時点で、人類軍はわたしたち──魔族に500人もの捕虜をとられてるんだぜぇー? 魔族はこれまで捕虜なんて取らなかったし、多少怪しんでも、取り戻すために突っ込んでくるだろ」


 ハイドリヒ伯の言う通り、人類は前進を選んだ。


『なるほど。家畜以下の害虫でしかない魔族に人質をとられちゃ、そりゃあ人間様は黙っていられないねぇ』


 アテンの言うとおりである。

 彼らは進軍した。

 怒りに燃えながら、憎悪に滾りながら、空腹に耐えながら、物資を略奪できると信じて。

 しかし、彼らが進んだ先で──西ナイドで目撃することになった光景は、こう表現するしかなかった。


 すなわち──地獄であった、と。


「コレトーも案外素直なの。あまちゃんなの。ぺろぺろ水あめなの」

「なぅー……第三王女さま」

魔王なの(・・・・)

「魔王さま、わたしだって傷つくんだぜぇ?」

「でも事実なの。もし人類が、コレトーと同じ考えなら、私の策略は成功なの。彼らが進軍するこの一帯は──」


 姫様が地図上の──西ナイド全体に、魔術で炎を灯す。

 この場にいる者たちから見れば小さな炎だが、実際は違う。

 戦略級の魔術、なかでも禁術と呼ばれる類のそれによって、西ナイドは炎熱地獄と化していたのだ。


 建造物も、森も、土さえも、すべてが炎に包まれ、肌をただれさせる高温を発していた。

 まさに炎熱地獄。

 無数の湖からなる、水源豊かな西ナイドどころか、現地は東ナイドの火山地帯もかくやというありさまだったのだ。


「ですがねぇ、赤雪さま。あたしが思うに、燃やすってのはやりすぎだったんじゃねーですかい?」


 ブギーマンさんがそんな風に口をはさんだが、姫様は静かに首を振るばかり。


「私は、やると言ったらやるの。有言実行なの。まずは裏切り者の領地を焼いて、一片も残さず、一切を残さず、灰燼と帰してしまうの。その結果、人類を阻む炎の壁ができるの」


 ぶるりと、壁際に控えていた諸侯のひとり、サラマンダーのムセリ卿が震えた。

 姫様が彼に、直接西ナイドの焼却を命じていたからだ。

 だけれど、ここまでならだれでも思いつく。

 心優しい以前の姫様でも、ここまでなら。


「問題は、炎の壁は時間稼ぎにしかならないことが簡単に予測されることなのです。なので、私は考えたの。人間どもの心をへし折ってやればいいのではないかと」

「戦意をくじくってこってすかい?」

「ブギーマンはいい線をいっているの。正確には、脳天まで恐怖で貫いてやるの」


 人類軍で、初めに〝それ〟を理解したのは、炎の先を見通すように命じられた魔術師だった。

 哀れな魔術師は、現実を理解した瞬間嘔吐し、発狂した。

 次に、最前列の歩兵が気が付いた。

 彼らは失禁脱糞し、その場にうずくまるか、上官の命令を無視して、腰を抜かしながらも逃げ出した。


 彼らは見たのだ。

 炎の中に掲げられた、無数の槍を。

 その槍に串刺しにされ、生きたまま焼かれる人間の捕虜と魔族の姿を。

 咽喉を焼かれながら紡がれる絶叫と、断末魔を耳にしたのだ。


「反逆者は許さないの。みな首を刎ねるの。特に罪が重いものと、我らが祖国を害する人類は、肛門から槍を突き刺し、死ねないようにしてから火刑に処すの。レヴィが教えてくれたのです。これが、悪逆に溺れたものの始末だと」


 そう言いながら、姫様は炎の中に、槍を突き立てる。

 穂先には、捕虜と書かれた駒が刺さっていた。 


 前世において、ドラキュラ伯爵のモデルになった人物がいた。

 その人物が仕えていた貴族の名を、ヴラド三世という。

 ヴラド三世は、寡兵をもって大軍を縫い留めるため、なにより自国の領地における腐敗をすべて(ただ)すために、大規模な粛清を行ったとされる。

 彼は不正を働いた貴族を、反逆者を、そして敵兵を、林のごとき槍衾(やりぶすま)の飾りに変えた。

 これによって、大軍は戦意を失い、撤退を余儀なくされたのだ。


『余談だけど、ドラキュラって竜の子って意味らしいね。ひょっとして、マスターは知っててこの話を造物主にしたのかな?』


 どうだろう、いまさら関係のないことである。

 姫様の行った悪魔のような所業を見て、狙い通り人類連合軍は恐慌をきたした。

 パニックに陥った。

 それまで魔族は、こんな残虐の振る舞いをしたことがなかったからだ。

 そして、その時機を見誤らず、水の中に潜んでいた辺境伯の騎士団が飛び出し、人類を一蹴した。


「どーん! なの。伏兵なの! 湖があるのだから、利用しない手はないの。魔族は人間と違って、水の中でも動けるものがいるので」


 ロビン・グッドフェロー。

 人を惑わせ、水の中に引きずり込む妖精。

 彼らは水の扱いに秀でた魔族だった。


 一蹴。

 まさに、一蹴であったという。

 ノーザンクロス伯の残りの軍勢は、出陣する必要すらなかったのだ。


「恐怖に震える兵士なんて、カカシと変わらないの。こうやってポーイなの」


 そういって彼女は、大挙してナイドへ押し寄せようとしていた人類軍の駒を、盤面から取り去ってしまった。

 かようにして、人類連合による第一回ナイド征伐は、失敗に終わったのである。


 失敗どころか、前線を押し戻され、いまや人類領であった部分まで、火の海に沈んでいる。


「さて、この接収した領土を最前線に位置付けるの。人間がけっして踏み込めない、それを許さない最終防衛拠点──」


 地図の上に、積み木を並べ、強固な城壁を築く姫様。

 彼女はこくりとうなずき、宣言した。


「この領土の名はリヒハジャ! ここに、人類断絶戦線リヒハジャを構築するの!」

次回は13日0時ごろ

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