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第十五話 ふたりの王妃と、残酷な真実

 魔族という生き物は、嘘をつかない。

 その生き様は恐ろしいほど実直で、不器用とすら言える。

 彼らが人間以上の力を持ちながら、それでも大陸の覇者たりえぬ理由──この世界の盟主たりえぬ理屈が、それだった。

 種としての数以上に、魔族はあまりに愚直すぎたのだ。

 だが、それは必ずしも良いことにのみ、まっすぐであるという意味ではない。

 純粋であるということは、すなわち欲望にもまた、正直であるということなのだから。


 二十数年前、アルヴァ王が最初に娶った王妃もまた、その純粋さの化身であったという。

 アーゼル・ルナーク・フォン・ナイド=ネイド。

 最初の王妃である彼女の側用人として、デーエルスイワさんはナイドの地を踏んだらしい。

 もともと、ウンディーネであるデーエルスイワさんは、水の中で産まれた。

 魔族領の中央を流れ、大陸のいたるところに支流を伸ばす大河──チフテレス大河。

 その上流で商いを行う荒くれもの──河賊(こうぞく)の統領の娘として、生を受けたのだ。

 河賊らしく悪行を働き続けた彼女は、やがて死の侯爵ブギーマン・サムディ・ミュンヒハウゼンに捕縛された。

 本来なら、彼女はそこで、死刑になるはずだった。


 だけれどそれを、ルナークさまが救い上げたのだ。


 彼女と同じような境遇の魔族はたくさんいて──そのほとんどが、いまはもうこの世にはいない。


「ルナークさまが救いの光に見えていた時間は、ほんの一瞬でした」


 彼女は、その氷のような表情を崩すことなく、韜晦(とうかい)する。


「あの方は、欲望にひどく忠実で。なによりおぞましい願いを──不老不死という呪いを抱いていたのです。そのために、私は……」


 彼女の、自在に姿を変えられる特性。

 そして、体内にある程度の大きさのものを隠していられるという能力。

 そのふたつがルナークさまの耳に入ったとき、デーエルスイワさんの地獄は始まった。

 彼女は、王妃お抱えの暗部──魔族さらいとして活動することになったのだ。

 若い娘の──血液を集めるために。


「生娘の生き血を浴びれば、不老不死が、永遠の美が手に入ると、あの方はお考えになられたのです。私はあの方の命令のままに行動し……ですが、やがて耐えきれなくなって……だから、この手で──」


 結果、ルナークという王妃は、この世から姿を消した。


「でも……だったらどうして、デーエルスイワは侍従長になれたのです? 国の財政を守る国庫の長になることができたなの? 仕方がない事だとしても、それは罪なので」

「姫様。それは、あなたのお母様のおかげです」


 姫様の質問に、彼女は穏やかな微笑みで答える。


「ルナークさまのことで、臣民の不満は爆発しかけました。人類との戦争も、ちょうどそのころ末期で……あわやナイド王国断絶という可能性もあったのです。そんなとき、一人の人間の女性が、ロジニアからやってきたのです」

「まさか、それが……」

「そうです。あなたのお母さま──アガフィさまです」


 旧姓ロジニア・ド・エレオス・アガフィ。

 神聖ロジニア帝国第一王女。

 ロジニア皇帝の一粒種。

 そんな人物が、なんのために敵国に乗り込んできたかといえば。


「休戦のためでした」

「つまり母様は、戦争を終わらせるため、人身御供になったの……?」

「なぅー、それはちょっと違うぞー」


 ハイドリヒ伯が、お茶を口にしながら苦笑する。


「15年……いや、17年前の戦争はひどいもんでな、人間も、魔族も、そりゃあ行き着くとこまで行きかけたんだ。それをな、アガフィさまは悲しんだ。そして、戦争を止めるために、単身敵地であるこのナイドに踏み入って、アルヴァ王に求婚したのさ──平和のためにってなー」


 だから、この地に住まう魔族はみな、かの王妃を愛していたのだと。

 その献身を間近で見たからこそ疑わなかったのだと、ハイドリヒ伯は言う。


「はじめはなー、人間だからって邪険にしたさ。でもなー、あのおひとよし(・・・・・)、本当に嘘をつかないでやんの。おまけに白兎王ともイチャイチャしやがってさー」


 そして、アガフィ王妃はこの国を変えた。

 民のためにならないすべてと戦い、どれほどそれが困難でも笑みを絶やさず。

 そして、一度も嘘はつかなかった。

 やると言ったことは、すべてやりとおしたのである。


「そのときアガフィ王妃は、私のことも弁明してくださったのです。それを聞き届けられた王様は、ご自身も苦しかったはずですのに、信賞必罰の理によって私を正しく裁き──そして、この国のために必要だと、言ってくださったのです。咎にまみれた私を許すと。あまりに寛大に」

「ルナーク王妃っていう、魔族のよどみを排除した。罪と功績を天秤にかけて、より大事なものを、我が友は選んだのさ。結果、このウンディーネは国の財政を管理するまでになった」

「そんなことがあった……なの」


 姫様も、この辺りの経緯は知らなかったのだろう、戸惑ったように目をぱちくりしていた。

 そんな彼女をまっすぐに見つめ、デーエルスイワさんは言う。


「ソフィア王女様。あなたさまはお母上を快く思われてはいないかもしれません。人間という種である以上、軽蔑はぬぐえないかもしれません。しかし私や、ハイドリヒ伯にとっては、かけがえのない恩人であり、友人なのです」


 だから、今回自分たちは、姫様に協力するのだと水の精霊は言った。

 ハイドリヒ伯もまた、首肯を返す。

 ただ、その表情はそれまでの弛緩したものではなく、どこか張り詰めたものに変わっていた。


「それでよ、第三王女さま。いまだからこそ、我が友が病に臥せるこの瞬間だからこそ、わたしはおまえに、真実を伝えたいと思ってるんだ」

「真実なの? いまもたくさん聞いたのです?」

「なぅー……もっと大事なことなんだ。アガフィさまが、どうしていまここにいないのか、その理由だぜ。王女さま、おまえは、いま亡き母上のことを、どう聞いているんだ?」

「……母様は、私を棄てて国に帰ったと、そう聞いているの」

「それは、偽りだ」

「!?」


 目を(みは)る姫様。

 しかし、ハイドリヒ伯は黙ることなく、僕らに凄絶な事実を開示した。

 あまりに最悪な真実を、口にしたのだった。


「おまえの母親、アガフィさまは──第一王女と、第二王女の手で、毒殺されたんだよ」

誠に勝手ながら、年が変わる瞬間は、お休みさせていただきます。

次回は1月2日0時ごろ

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