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第十一話 白兎王と呼ばれた父親

 竜の血族は、魔族の中でも特別な一族だ。

 強大な魔力と、頑健な肉体を有し、なによりも叡智に秀でている。

 産まれながらにして、すべての魔族の頂点に立つ──そんな存在が、竜族らしい。


 かわりに、その数はひどく少ない。

 僕が得た知識では、わずかに3つの部族が確認されている限りだという。

 そのうちのひとつが、ナイドの王族だった。

 現国王であるアルヴァ・ロン・フォン・ナイド=ネイドは、多くの魔族から賢王、あるいは白兎王と呼ばれ、崇拝されている。

 その治世は見事で、信賞必罰をよくする王であるからだ。


 彼には、こんな逸話がある。


 若き日のアルヴァ王が、供をふたり連れて、狩りに出かけた。

 しかしその日はおり悪く、天候が崩れ、一同は洞窟へと避難することになってしまった。

 洞窟で焚き火を起こしていると、王は空腹を覚えられた。

 そんな彼らの前に、一匹の白い魔獣──首切り兎が現れたという。


 供のひとりは、恐ろしい首切り兎を見事打ち取り、王に献上しようと即座に弓を引き絞った。

 もうひとりの供は、後方に下がり、王を守ることを選んだ。


 放たれた矢は兎をかすめもしなかった。

 また、兎が近寄ることを、供のひとりは防げなかった。


 しかし兎は、王に近づくとそのまま炎の中に身を投じ、自らを捧げたという。

 王このことを真摯に受け止められ、兎と、そしてふたりの供に爵位を与えた。

 以降ふたりの伯爵は、ナイド興進のために全霊を尽くし、白い兎はナイドの国旗の柄になった。

 このことから、彼の賢君としての名声は広がり、やがて兎の逸話より、白兎王と呼ばれるようになったのである。


「父上は、誰よりも魔族を理解しているの。魔族は人間のように、嘘をついたりしないの。常に実直なの。自らの思うがままにふるまうからこそ──それが正しく評価されたとき、とても喜ぶの」


 姫様は、そんな風に語る。

 つまり、功を焦るあまり、王の獲物を横取りする形になった供にも、王を守ったという事実があり。

 逆に王を守るという大義名分の裏で、首切り兎に臆した供の心情も、アルヴァ王は汲んで見せたというのだ。


 なによりも、彼の空腹を満たすため、自らを火にくべた兎の献身にこそ最大の敬意を払ったというのだから、彼の人となりならぬ魔族なりは、僕という異邦人にもよく理解できた。

 その視野の広さは、まさに名君の称号がふさわしいだろう。


 治水や街道の整備にも余念がなく、難民や乞食への援助も計画する。

 そんなアルヴァ王に、僕は一度だけ、直にお会いしたことがある。


 それは、姫様が湯あみをしているときのことだった。

 この世界に転生して、あっという間に季節が廻ったものだと達観しながら、僕は姫様の警護(という名の話し相手)をしていた。

 可憐で華奢な、姫様の一糸まとわぬ裸体を、するすると水が滑り落ちていく。

 尻尾があったり、お約束の逆鱗が咽喉にあったりするわけだが、それ以外は幼子にしか見えない姫様。


「レヴィは、魔術を覚えないの?」

「アーロン師から、手ほどきは受けてますが……」


 僕の身体には、どうやらほとんど魔力がないらしく、せいぜい数秒間、このジャム瓶を持ち上げることしかできない。

 残念な話である。


「むぅ……では、レヴィ。この世界の戦いはどう考えるの?」

「戦い、ですか?」

「雑談なの、率直に答えるの。私は不思議に思うの。正面から大軍でぶつかり合うだけ。これはひどく非効率のようで──」


 彼女が、そこまで自分の見解を示したときだった。


「フィロ・ソフィア第三王女様、陛下がお越しです」


 氷のように冷たい声が、潔斎の場に響き渡った。

 振り返ると、入り口に給仕(メイド)たちの長──ウンディーネのデーエルスイワさんが、凛とした佇まいで立っていた。


 ウンディーネというのは、水の精霊だ。

 総じて人間の美女に似る。

 身体を自由に変化させることができ、その応用で、体内にものを取り込んでおくこともできる。

 デーエルスイワさんは特に優秀なメイドで、なんと国庫番を務めているほどだ。

 そして、彼女が忠義を尽くす相手は、この世界にはわずかふたり(・・・・・・)しかいないという。


 そのうちのひとりが、潔斎場に姿を見せた。

 銀の髪の偉丈夫。

 国王、アルヴァ・ロン・フォン・ナイド=ネイド、そのひとである。


「息災か、ソフィアよ」


 威厳のある声音。

 彼の在位は150年に及ぶとされるが、年寄り臭さはまったく感じられない。

 若々しく精悍な顔つきに、躍動的な肉体。

 臀部からは強靭な尻尾が伸び、背には大きな翼が折りたたまれている。

 頭からは、天を衝くような角が、雄々しく生えていた。

 雪のような銀髪だけが、わずかに老いを感じさせる。

 彼の瞳の色は、青色だった。

 デーエルスイワさんから衣服を受け取った姫様が、さっとそれを身に着け、彼の前に跪く。


「陛下、ご機嫌麗しゅうなの。私はすこぶる元気なのです」

「愛しい子よ、アガフィの忘れ形見よ。余とおまえの仲ではないか、よそよそしくするものではないよ」

「しかし、陛下」

「……余はソフィアと歓談するつもりでここに来たが、おまえは余で戯れるのか? それが娯楽というのなら、ふたりの姉に劣らぬ良い性格だ」

「これはこまったの。やっぱり父上には敵わないの」

「おいで、ソフィア」


 そう言って、アルヴァ王は微笑み、両手を広げる。

 すると姫様は。

 いつも鉄仮面をかぶっているように無表情な彼女は、はじかれたように駆け出し、王様へと抱き着いた。

 そうして、くしゃっとした笑顔を浮かべると、その分厚い胸板にほおずりするのだった。


「父上」

「なんだい、愛娘?」

「だーいすきなの!」

「言うまでもない。余もまた、そうだとも」


 彼女は彼を愛し。

 彼もまた、彼女を愛した。

 それは、本当に言うまでもないぐらい、わかりやすい愛の形だった。

 彼女たちの仲睦まじい姿を。

 その幸せを、僕はよく覚えている。


 だから──


「第三王女様! 陛下が……陛下が、お倒れになりました……ッ!」


 デーエルスイワさんが、血相を変えて姫様の寝室に飛び込んできた日のことを、僕はまた、忘れないだろう。

 その日、賢王は病に臥せった。

 長きにわたる魔族と人類の争いに休戦をもたらした賢王は、激務の果てに倒れたのだ。


 かりそめにも内乱が水面下に湧き出ることを押さえつけていたクサビが。

 その瞬間、外れたのである。


『これは──嵐が来るね、マスター』


 アテンダントのそんなセリフを、僕はただ聞いていた。

 呆然と眼を見開く姫様を、見つめながら。

次回は27日0時ごろ

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