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しかし、取り出したものを目にした彼は眉間に皺を寄せる。

「ロバート・A・ハインライン、『夏への扉』。この前、三件目の古本屋でようやく見つけて、先日ようやく読み終えたばかりだ。いい作品だったよ。だから――」

 男は僕の言葉に耳を傾けてはくれなかった。詠唱に集中しているようだ。魔力が腕に集中、凝縮していくのが感じられる。

「失うのがとても残念だ」

手に力を込めた。本は僕の手から離れ、独りでにページをめくりはじめる。

「……うっ!」

 僕の目の前で本が火を立てて燃え始める。それは僕の魔術が発動した証。

 そして、その効果はすでに男に与えられている。

「……き、貴様、何をした?」

どこからともなく現れた黒い腕。それは男の全身に巻き付き、自由を奪う。男は信じられないという顔だった。無理もない、この力は恐らく誰も知らない、この男だけ(・・・・・)が持っている特別なもの。

苦し気な声。その巨躯をぎりぎりと締め付けられ、立っているのもやっとの様子だ。

「魔術だよ。あんたと同じだ」

「……だが、貴様、いつ呪文を」

 近付き、正面に立った。彼の腰にぶら下がった一丁を抜き取り、その銃口を眉間に当てる。

「ひっ!」

 恐怖に怯えた声。それで確信する。男の言った通り、頭だけは本当に肉の塊のようだ。

「神に祈るのにお経が必要だというのは固定観念だよ、ジョージ」

「ま、まさかノースペルで……あり得ない、そんなもの理屈に合わ……ない」

「そうだね。僕にも分からないんだ。でも、実在するのだから仕方がないだろう?」

「くそっ……な、なあ。取引しないか?」

「取引?」

「あんたも俺も、殺し屋のウィザード、つまり同業者の仲間ってわけだ」

「仲間? ライバルの間違いだろ」

「ま、待ってくれ! もちろん、あんたのことは誰にも話さねえっ……そ、そうだ。割のいい依頼があるんだ。三人殺るだけで三万ドル、三万ドルの仕事なんだっ! それをあんたに譲るよっ、なっ? だから俺をここで逃がしちゃくれねえか」

 男は必死に生き延びる術を探しているようだった。

僕は少し考えているフリをした。

「……分かった」

「本当かっ」

「ああ」

「ありがてえっ! ならその銃を下ろしてくれねえか」

「その前に、聞きたいことが二つある。僕の顔を見ろ」

 眼球運動、色素の薄い瞳が哀願するようにこちらに向けられた。

「僕の名前は種村生切。あんた、僕に見覚えはないか? もしくは噂で聞いた話でもいい」

「……し、知らねえ。俺は先月ここに来たばかりだし、あんたとは今日が初対面だ」

「そうか。なら神谷陣という男の噂を聞いたことは?」

「そいつのことも知らねえよっ! なあ、頼むから早くその銃を……」

 今回も情報はなしか。

僕は銃を下ろした。

男に安堵の表情が浮かぶ。

「ハーッ……マジで殺されるかと思ったよ」

「最初からあんたを撃つつもりはなかったよ」

「……ハハッ、何だよ。嫌味な奴だな、あんた。そしてクレイジーだ」

「クレイジー、か」

 僕は軽く微笑みを返して、目を閉じた。

再び目を開け、胸ポケットから小型のウイスキー瓶を取り出した。栓を抜くとポンッという乾いた音がした。

飲み口を前に差し出す。男の表情に驚きと躊躇が浮かんだ。

「あんた、それも毒じゃねえだろうな」

「ウイスキーだよ」

 試しに僕が一口飲んでやると、男は安心した用だった。嬉しそうに口を開ける。僕が彼の口に液体をこぼしてやった。男の喉が、彼とは別の生き物のように激しく動く。

僕はその瓶を大きく傾けた。彼の頭から。

「ゴホッ! ……おいっ、苛めないでくれよ」

 男はむせ、何度か咳き込んだ。僕は笑い、煙草を取り出す。

「……なあ、タネムラ。殺し合いは終わったんだ。このマジック、解いてくれてもいいだろ」

「ああ、そうだな」

口からゆっくりと煙を吐き出す。

そしてライターを男の顎元に近付けた。

「おっ、おい、何を――」

「……うるさすぎるんだ、銃声は。暗殺には向かない」

 アルコールを浴びた男の頭部が炎に包まれるのは一瞬だった。スキンヘッドなのは幸いだった。髪の焦げる匂いは不快で好んで嗅ぎたいものじゃないから。

 男は膝を付いた。サイレント映画のような音のない絶叫。全身に力が入っているのが分かる。だが僕の拘束は簡単に解けない。実証済みだ。

 もがく男を通り過ぎ、僕は車に近付きながら携帯電話を耳に当てる。

コンテナ運搬用の赤縞のガントリークレーン。普段はコンテナを運ぶ便利な機会だが、時にそれはマフィアの拷問道具にもなる。

相手はすぐに出た。死神の仲介人、小松爺さん。バーカウンターの受話器の傍が爺さんの定位置だ。

「生切か」

 擦り切れたレコードのような、しゃがれ声。大量の煙草とアルコールが生み出した、愛されるべき声。これで今日の作業も終わりだ。

「ちょうど電話をしようと思っていた所だ。今日はいくつだい?」

「車が一台。中に一人。あとNY製のロボットが一台。もう死んでる」

「ロボット野郎……ジョージだな。へへ、あの馬鹿め……」

「顔見知りか」

「先月やってきたばかりの卵だよ。新入りだからと思って親切心で簡単な依頼を斡旋してやった。そしたらジョージの野郎、瓶を叩き割って出ていきやがった。殺してくれてせいせいしたよ……んで、場所は?」

 僕は周囲を見渡した。

「横浜港、本牧。コンテナが積んである」

「オーケー。回収車を向かわせる。明日の朝には車もろとも鉄のサイコロだ」

「……そっちの要件は? 仕事か」

 訊ねると、爺さんは待ってましたと言わんばかりに意気揚々と言葉を次いだ。

「へへっ、珍事も珍事だ。あんたの客が来ている」

「客?」

 思わず訊ね返した。僕を知って訪ねて来た人間がいる。それはこの世界にやってきて以来、初めてのことだった。

「どんな相手?」

冷静を保つよう努力して訊ねた。こちらから探しても見つからなかったのに、そちら側からやってきてくれるとは。

「へっへ……それは来てからのお楽しみだ」

「勿体ぶるなよ。教えてくれ」

 車のドアを開け、中を覗いた。村下は口から泡を吹いて倒れていた。どうやら毒が効きすぎたようだ。

「そう苛立つなよ。知りたいなら早くケツ捲って来るんだな」

「……すぐに行く。そのお客、引き留めておいてくれよ」

「まあ、あの様子じゃ帰れと言ったって帰らねえと思うがね」

 その言葉を最後に、通話を終えた。


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