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1 生切の章

 海岸前で運搬用トラックを降りた。

時刻は午前三時過ぎ、スーツケースを持って移動し、クライアントに連絡を取る。

 空はまだ暗く、小雨がコートを濡らした。

「間もなくターゲットがやってくる」

「予定通りだな」

 冷静沈着な声。大手企業の重役。ビジネスのために人殺しとは資本主義様様だが、人の事は言えない。

「相手は」

「追いかけてきているのはターゲットと運転手の二人だけだった」

「仲間は一人だけか。用心深い性格だと思っていたが……まさか」

「ああ、ハリー・ポッターを雇った可能性が高い」

 急なブレーキでタイヤが削れる音。コンテナを照らすヘッドランプ。必死に尻を追いかけてくれたか。

善い子だ。

「……本当に大丈夫なんだろうな」

 その声色には一抹の不安が混じっていた。このタイミングで交渉すれば報酬を吊り上げることも可能かもしれない。しかし、残念なことに時間がない。

「慣れているさ。念を押すが、遺体は引き渡さなくていいんだな」

「……ああ、その替わり、確実に殺せ。でなければ」

「アパートの家賃が払えない」

「……フッ」

 電話を切り、内ポケットからケースを取り出した。ジェラルミン製の特注品。中には針が三十二本。奥から四本抜いて、使いやすいようコートのポケットに移し替えた後、海を背にして相手を待った。

やがて黒塗りのセダンがゆっくりとやってきた。エンジンをふかしたまま停車する。

先に降りたのは運転席の男だった。

「随分とのろまなドライブに付き合わせてくれたものだ」

黒人、四十代前半といったところか。ボディビルダーのような体格にサングラス。両腕には魔法陣を象ったタトゥーが掘られている。

「……あんたは馬鹿か」

「何だと?」

僕の挑発に易々と乗ってきた。感情のコントロールもできないのか。

「その腕……自分がポッターだとアピールしているようなものだ」

「……ほう。俺がウィザードだと気付いているのか。さてはお前も」

「おい、何を喋っている!」

 助手席のターゲットが叫んだ。村下三治、四橋商事の常務取締役。サイドドアを盾にして、手には拳銃。全く、どこから調達したのか。

「おい、ジョージ、さっさとあいつを片付けろ!」

「そう急かしなさんな。夜はまだ長い」

「……な、何だと?」

「あんたは一服でもしながら、ゆっくりと俺達のショーを見物してくれればいい。なかなかお目にできるもんじゃないぜ」

 男は手袋を脱ぎ、英語で呪文を唱え始める。男の周囲に複数の光の球が出現した。間もなくそれは炎となって激しく燃え上がる。

「人が焦げ死ぬ光景はね」

「ははっ……はははっ、こりゃすげえっ!」

 村下は初めて見るマジックショーに興奮しているようだったが、僕はその逆だった。持ち手のカードを自分から披露するとは。

「本場ニューヨーカーの炎を味わったことはあるか?」

「……生憎だが一度もない。これまでも、これからも」

 ベルトの鞘からナイフを抜く。

「何のつもりだ? まさかそのナイフ一本でやるつもりじゃないよな」

「それはあんたの働き次第だよ、ジョージ」

「……チッ、頭に来たぜ日本人。ただじゃ済まさねえ。骨も残らず灰にしてやる」

 男は意気揚々と手をかざした。浮遊していた炎の球が勢いを強め、僕の方向へと一斉に飛んでくる。動きは直線的で、軌道を読むのは容易だ。だが炎の数が多く、回避は難しそうだ。

「ヘイヘイ、ボーイ。避けられるならよけてみな!」

 すでに勝った気でいるのか、男はポケットに手を入れ呵々大笑していた。笑いたいのはこちらだが、敵とは逆の方向へと走り出す。

「まあそれしか道はないだろうな」

 海に向かって飛んだ。海岸の縁に手をかけ、敵の攻撃をやり過ごすためだった。炎はそのまま海上へと真っすぐに飛び去って行き、やがて消失。予想通りだった。追跡型の魔術ではない。相手は大した術死ではない。

 身体を持ち上げ、再び地に足を付ける。男は次の呪文を唱え終えていた。さっきと同じ魔術。何と芸がない。

「さあ、どうする? 今度は同じ手は通用しないぜ」

「そいつはこっちのセリフだよ、ジョージ」

「フンッ、口の減らない野郎だ」

 男の第二撃、今度は正面に向かって走った。呪文を唱えながら。

「――水よ」

 それは正統派の術士なら誰もが知っている、水の基本術。火なら水、水なら火。反対属性の魔術をぶつけ合わせることで、敵の攻撃から身を守ることができる。

「チッ、やっぱりお前もウィザードか」

 僕の前方に張った水の膜に炎が衝突、熱で瞬時に蒸発していく。だが同時に炎も消えた。僕はそのまま走り続け、一直線に男の元へ。

 男は三度、呪文を唱えながら、ベルトのホルダーに手をやった。

遅い。僕は針を投げた。狙いは親指の付け根。

「うおっ!」

命中。

「フンッ。小賢しい真似を」

詠唱を中断し、中途半端な炎を投げつけてくる。焦ったのだろう。数も少なく、勢いも弱い。僕は横に転がり炎を避けると、針をもう一本投げた。

「痛えっ! な、何だっ!」

 次に悲鳴を上げたのはジョージじゃない。村下だ。足元に刺さった針を引き抜き、地面に叩き付ける。そして、すぐさま車内に逃げ込んだ。

 だがもう遅い。

「畜生、ひき殺してや……うっ、な、何だ。身体が……」

 僕の針に塗った麻痺毒は即効性だ。普通の人間なら数秒も経たないうちに全身が動かなくなる。

 ただそれは普通の人間が相手の話だ。

「やるじゃねえか」

 先に針を刺された男が言った。平然と立っている。村下に投げたのと同じ針が指に突き刺さっているにも関わらず、にやけた顔。

「……その腕は」

「ほう頭の回転が速いな。察したか」

 自己主張の激しい男は、さっき手袋を脱いだのと同じ要領で、手の皮膚を剥ぎ取ってみせた。褐色の皮膚の奥から現れたのは、メタリックカラーのロボットアーム。

「母親にもらった腕はどうした。クローゼットの中にでも閉まってあるのか」

「いちいち取っておくか。犬に食わせちまったよ」

「なるほど。あんたみたいな間抜けが今日まで生きてられたのが謎だったが、納得したよ。すでにあんたは死んでいたってわけだ」

「肉体はな。だが、この頭はまだちゃんとミートだ。ケチャップと混ぜ合わせればいいソースになる」

「下品な冗談は嫌いなんだ、ジョージ」

「お上品な日本人には理解できない、か……じゃあ、そろそろ決着と行こうか」

 男はそう言って、後方に飛び、新たな呪文を口ずさみはじめた。さっきとは違う呪文。

「……そうだね」

 僕は胸ポケットに手を差し入れた。


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