僕は戦う、オーダーされて 2
「本来なら死んだ生き物は、すぐに別の生き物として生まれ変わってもらうんだよ。でもこれだけの生命が同時に死ぬなんてはじめてだからさ。転生作業が追いついてないんだ」
「……何人、死んだんだ」
「たくさん……たくさんだよ」
てるてる坊主は少し悲しい顔をした。こんな成りをしているが、僕たちに対して同情心のようなものを抱いているのかもしれない。
「地球も現在大変な状況だから、全員を転生させる訳にもいかない。そこで、ひとまず君たちには簡易的な空間にしばらくいてもらうことにしたんだ」
「簡易的な空間、か……」
僕は改めて自分のいる場所に目を向けた。広さだけは馬鹿にある、それ以外は何もない空っぽの空間に。
「でももう少しインテリアとか凝ろうとか思わなかったのか。こうも真っ白じゃ、距離感覚がおかしくなるよ」
「文句が多いなあ。でも安心してよ。ここはキミと対話をするためにさっき作ったもの。君にいてもらう場所はここじゃなくて、もっと面白い場所だよ」
「……まあ期待はしないけれど」
「期待しても裏切らない自信はあるのだけれどな。一応、君たちの好みも考慮して、十万パターンほど作ったから」
「十万パターン、それって……地球みたいな星を十万個作ったってこと?」
「宇宙はすでに完成して、下手にいじれないから、君たちの生み出したVR空間に近いかな」
「ゲームみたいな?」
「ああ。そうだね、君にとってはそう理解してもらった方が、ワクワクするんじゃないかな」
話が突拍子もなさ過ぎて、いちいち疑問を抱いていたらきりがないが、ともかくテルてる坊主の言いたいことは分かった。つまり僕は今から地球ではない、別の場所に生まれ変わるのだ。
表現を変えれば、それは異世界に行く、ということだ。そう思うと、胸が高鳴った。十万本のゲームソフトを手に入れた気分だ。
そんなの、最高じゃないか。
「てるてる坊主、ちなみにそのゲーム、じゃない世界の中ではいわゆる魔法は存在するのか? 口から火を吐くドラゴンや悪の大魔王とか」
「うふふふ、あるよあるよ」
「なら、その世界がいい」
「残念。どの世界へ転生するかはもう決まってるんだ」
「えっ、自分で選べないのか」
「ただ遊ばせて君たちが楽しむだけなんて、僕たちに何のメリットもないからね。ちゃんとその世界で成長してもらわないと」
「成長……まさか勉強するのか?」
「そうだよ……んんっ!」
てるてる坊主は歯を食いしばるような顔をした。全身を震わせている。
「ちょっ、お前何を」
「何って……うんんっ!」
てるてる坊主の中で小さな破裂音がした。スカート部分からぼとんと何かが落ちる。巻物のようだった。
「そこに今から行く世界のルールが書いてある。読んでごらん」
「読んでごらんって……」
念のため、匂いを嗅いでみた。無臭であることに少し安心して、その巻物を広げてみる。
そこには次のような言葉が並んでいた。
『基本ルール
一、各世界(以下、ステージと呼称)には明確なクリア条件が存在する。条件を満たすことで、乙はその世界をクリアし、別のステージへ転生することができる。
二、クリア条件とは別に、各ステージには乙が克服すべき課題が一つ存在する。その課題を発見し、それを明確な行動によって達成しなければいけない。
三、課題を達成せずに、クリア条件を満たした場合、乙は課題を完全に克服するまで、各ステージへの転生を繰り返す。
五、他者の課題の発見およびその達成に協力した場合、貢献度合に応じてポイントが加算される。逆に達成の意図的な妨害はポイントが減算される。
六、クリア後、獲得したポイントを使用することで、転生時の肉体や才能を入手できる。
七、ステージ内で命を落とした場合は5000ポイントで復活できる。
八、課題の放棄は認められない
九、各個人に課せられた一定数の課題を全て克服した場合、それ以降の転生時には転生ガチャを一度引くことができる』
「質問はあるかい?」
てるてる坊主の頭上にクエスチョンマークのアイコンが浮かび上がった。ゲームの説明書の要領で考え、思い付いた疑問を片っ端からぶつけてみる。
「クリア条件は事前に知らされないのか」
「課題も含めて、自分でその世界で見つけることだね」
「他人を助けたり邪魔することで増減する具体的なポイント数は?」
「それも秘密」
「転生時の身体は毎回変わるってことだけれど、最初はどうなる?」
「それは質問を受けた後で説明する予定だったから後回しで」
「そうか……じゃあ最後の質問。5000ポイント未満で死んだら、僕はどうなる?」
「……それ、本当に知りたいのかい?」
含みのある言い方をされ、戸惑う。その時初めててるてる坊主に対して、恐怖を抱いた。
「いや、やっぱりやめとくよ」
「そうか……安心したよ。じゃあ質問を締め切って、最初の身体を決めよう。これまでの君のポイントは」
「ちょっと待て。これまでのポイントって」
「もちろん、君が前世で獲得したポイントだよ」
「リアルにもポイント加算があったのか」
「そうだよ。その時はいわゆる善行っていうやつにポイント加算されていたけれどね」
「善行って、例えばおばあさんに席を譲ったら一ポイント、みたいな」
「加算基準は秘密だよ。君のポイントは7800ポイント。まあ平均より少し下ってところかな。どうする? ちなみにその身体を使うなら、ポイントの据え置きもできるけれど」
「……じゃあ、そうするよ」
7800ポイントあれば、ひとまず一度は死んでも大丈夫だってことだからな。ポイント使用については慎重にいかないと。
こんなことを考えていると、本当にゲームをするみたいだな。
「よし。じゃあ早速、行こうか」
「えっ、もう?」
「悪いけど、後が閊えているからね……はぁ。今と同じ説明をこれから何度もしなければいけないと思うと、嫌になるよ」
「……ご苦労様とだけ言っておくよ」
「ありがとう。じゃあ、目を閉じて」
てるてる坊主の言われるままに、まぶたを閉じた。これからどんな世界が待っているのだろう。期待していた。不安もあるが、楽しみだと言う気持ちの方が大きい。多少の期待外れは仕方がない。それでも、さっきまでいたリアルよりはマシだ。魔法も魔物も魔王も存在しない上に、明確なクリア条件すらないあの超糞ゲーに比べれば。
「さようなら。またこの場所で、一段階成長した君と会える時を楽しみに――」
てるてる坊主の声が遠のくのに合わせて、次第に僕は体の感覚を失っていった。意識も薄れていく。もはや僕は自分の意思で指一本動かせなかった。指があるという実感自体もなくなる。僕はまだ存在しているのだろうか。てるてる坊主には、まだ僕の姿は映っているのだろうか。
死んでいくのは、もしかしたらこんな感覚なのかもしれないな、そう思ったことが、僕の最後の記憶だった。