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「不死化事件……いいえ」


 彼女は煙を嫌がるように顔を背けて答えた。


「初めてこの事件が起こったのが半年前、今日で五件目になります。場所は決まって屋内で、人の出入りがある所に限定されている。そしてそこにいた全員が助からない」

「助からない、どうして?」

「まあ、分かりやすい例えで言えばゾンビになるんですよ」

「ゾンビ……」

「城一郎さんは古呪術をベースにして発明されたのではないかと考えていました。とにかくそいつらは銃で撃ってもすぐ再生する上に、噛みつかれた人間もまたゾンビになる。唯一の方法は魔術で肉片一つ残さず消し去ること。ですから我々には手も足も出せないんです」

「……それで伴墨家に依頼を?」


 僕が訊ねると、塚内は一瞬僕を睨むように見た。が、すぐにさっきの温和な仮面を被り直す。


「誰に聞いたのかは知りませんが、誤った情報です。正確には、あちらから申し出があり、我々がそれを受け入れた」

「伴墨家の方から?」

「どこから情報を嗅ぎ付けたのかは知りませんが、彼らは不死化の術を解く方法を知っていると言っていました。ならば、あの中に閉じ込められた住民を助けられるかもしれません」

「そんな口約束を信じたのか。もし、今回の事件が彼らの自作自演だっらどうする?」

「種村、どういうこと?」


 切波が訊ねる。


「冷静に考えれば分かることだ。そのゾンビが呪術で生み出されたのだとしたら、そんな犯罪ができるのは伴墨家か、茜家だけだ。確率は二分の一、違うか」


 本当の確率は二分の一ではなかった。少なくともこの事件に茜家は関わっていない。もし関係があるのなら、僕の耳に届くはずだ。しかし、それは塚内警部のいるこの場では言えない。


「……種村さん、と言いましたか」


 塚内はそう言って煙を吐いた。


「あなたの考えも分からなくはない。しかし残念ながら、すでに判断は下された。後は経過を見守るしかないのですよ、我々には」

「いや、僕たちがいる」


 このタイミングで僕は切り出した。


「見た所、伴墨の人間はまだ現場に到着していない。しかし、僕たちはすでにここにいるし、彼女は切波家の人間だ」

「……つまり、あなたたち二人で現場に突入すると?」

「そうだ」

「……伴墨家は中の人間を救えると言っているんだぞ。それは城一郎さんすらできなかったことだ、君たちにできるはずがない」

「それを言うなら伴墨家だって同じことだろう。奴らの言葉を信じちゃ……」


 言い切る前に口を止めた。

 そばで気配がした。

 それは僕たちのいる車道を挟んだ銀行の正面。隣接するビルの隙間から一人の男がこちらに近付いてきていた。信用できない目をしていた。ひょろりとした細身の長身、修道者が来ていそうな紫色の長衣。


「伴墨家の人間か」


 僕が訊ねると、男の銀色の眉が動いた。

 

「……何だ貴様は」

「追い返すようで悪いが、これはこちらの仕事だ。あんたの出る幕はない」

「……一体、どういうことかな、警部」

 

 

 男は険しい顔つきで塚内を睨みつけた。塚内は気まずそうに頬を掻き言った。


幾能見(いくのみ)さん、ちょっと弱ったことになりまして……どうやら彼女は切波家の人間らしいんですよ」

「……何だと」


 男の視線が切波命に向けられる。


「……なるほど。そういえば父上が言っていたな。城一郎にはもう一人娘がいると」

「……ただの娘じゃないわ。私は父上の正統後継者」

「正統後継者だと……ははっ、馬鹿を言え」

「何がおかしいの?」

「――千変万化、地を砕く聖なる光」


 前触れもなく、幾能見は胸元から短い杖を取り出し、刃の付いた先端を切波の喉元に向けた。


「……な、何するのよっ!」

「ククク、ありがたく思うんだな。もし私が手を止めなければ、この瞬間に切波家は完全に滅亡していたぞ」

「……何ですって」

「切波、落ち着け。ただの挑発だ」


 幾能見に殺気はなかった。だから本気で切波を殺すつもりはないのは分かっていた。


「なあ、幾能見さん」

「貴様も切波家の生き残りか」

「僕はただのボディーガードだよ……あんた、本当にこの事件を解決できるのか?」

「舐めた口を聞いてくれるな。伴墨家を侮辱するなら、本気で殺すぞ」

「そんなつもりはないさ……」


 僕は切波に目を向けてから言った。彼女には悪いが、幾能見は大人しく帰るとは思えない。ならば、こうするより他に仕方がない。


「この事件はあんたに任せる。その代わり、僕を連れて行ってくれないか」

「た、種村っ、何を言っているの。それじゃ約束が」

「切波、悪いが今のあんたはこの男の足元にも及ばばい。何が起こるか分からない状況じゃ、あんたを守り切れる保証はない」

「だから言ったでしょ。私は種村に守ってもらおうなんて」

「すみません、塚内さん。彼女をお願いできませんか? 切波家のためにも、彼女をこんなところで死なせるわけにはいかない」

 

 僕の言葉を聞いて塚内さんは切波を気遣ってか少し返答に迷った。が、すぐに僕の言葉を理解してくれ、頷いてくれた。


「種村……あんた一体」

「二次試験は後で必ずやってやるから安心しろ……それで幾能見さん」


 僕が振り返ると、幾能見の目が僕をじろじろと観察していた。


「貴様……使えるのか?」

「身を守る程度にはね。もちろん、邪魔はしない」

「そうか……まあいい。なら後始末を手伝え」


 僕が頷くと、幾能見は少し不満そうに現場である銀行の方へと歩き出した。僕もその後を追うと、憎々しい切波の声が背中に届いた。


「あんた……最低の噓つきね」

 

 

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