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 新たに追加された十六枚の刃が僕の周囲を更に取り囲んだ。これで僕が体力を削ってやってきた行為が無意味と化したわけだ。それはつまり、こちらの策を彼女が読んだ証拠でもあった。

 僕の読み通りに。


「……認めるよ。あんたは確かに優秀な術士だ。それにその頭の回転の速さは実戦未経験とは思えないよ」

「この状況でも上からモノを言うのね。やっぱり私、あなたのこと嫌いだわ」

「だったらどうする?」

「……どうもしない。少なくともあなたがこうやって自分の身を削ってくれる限りはね」

「……いい判断だ」


 彼女は僕が動くのを待っていた。それも油断せずに、身構えていた。盤上で王手を掛けて油断するような二流じゃない。さすがあの名高い城一郎の後継者といったところか。

 しかし、だからこそ僕には勝てない。

 

「……そろそろ行かせてもらう。シールドを張りたければ待ってやってもいい」

「……その手には乗らない」


 彼女が警戒を強めた。


「ならいいだろう」


 まず、僕は切波との距離を縮めようと全速力で前進した。

 当然、切波はその手も読んでいる。

 すぐに後退。右手で刃を操作し、僕の歩みを止めようとした。正面、左右斜めから襲い掛かる刃。ある程度のダメージを覚悟して、その隙間を通り抜ける。身体の角度を変えれば、肋骨にへばりついている胸数ミリと、右肩二センチ程度を差し出すだけで事は足りた。


「正面突破とは勇敢ね。でもいつまで持つかしら」


 回避した刃の奥を周回していた別の刃が角度を変え、こちらにやってくる。それを潜り抜け正面突破するためには、さっきよりも深刻な犠牲が必要だった。

ここからだ。僕は指の間に針を挟み、彼女の右手目掛けて投げる。そして後退し、横に流れるように転ぶ。

 彼女は遠距離から直線的に飛ぶ針を難なく回避した。なかなかの動き。僕は刃を回避し、休むことなく針を投げた。命中するとは初めから思っていない。彼女の立ち位置をあと数十センチずらすこと。それが目的だった。


「……もう、しつこいわねっ!」


 コートの中に手を入れ、起動スイッチを押すと、彼女の足元にある植木鉢が破裂した。


「……なっ」


 切波はどんな状況でも対処できるように意識していた。だからこそこんな些細な爆発にも意識を取られてしまう。僕は両手の指に針を挟んだ。

 八本の針を同時に避けることは不可能だった。


「っ……これ、何……息が」


 代謝の高いので、毒が回るのも早かったようだ。針が突き刺さってすぐに彼女は膝を地面に付いた。魔力の供給源を失った大量の刃たちも胡散霧消する。

 僕は彼女の腹部にナイフの切っ先を当てた。


「勝負あり、だな」


 彼女の腕を持ち上げ、血管に解毒剤を刺してやった。切波家の跡取りをこんなことで殺す訳にもいかない。


「ケホッケホッ……卑怯よ、あんた」

「卑怯?」

「だって植木鉢に爆弾なんか仕込んで」


 彼女の発言に僕は頷いた。なるほど、確かに僕は反則をしたのだろう。これがサッカーならイエローカードをもらったのかもしれない。ルールを守り合うのが当然なそっち側の世界なら。


「僕が場所を指定したんだ。罠を張っていると考えるのが自然。そう思わないあんたの方がどうかしてる……少なくとも、僕たちの世界の常識ではそうだ」

「……あなたたちの常識」

「ああ、その常識がないあんたが神矢陣の元まで辿り着くのは不可能だ。間違いなく死ぬ」


 後は彼女を説得するだけだった。できるだけ声のトーンを落として、敵討ちなんて馬鹿なことを止せと諭すように告げる。同時に、彼女の敵討ちを僕が代行する形で契約を結ぶように持ち掛けた。そうすれば、僕は神矢陣を単独で追うことができ、邪魔者がいなくなるのだ。

 しかし、彼女はなかなか首を縦に振ってはくれなかった。


「いやよ」

「……切波、この件は僕に預けて欲しい。あんたの替わりに……」

「ダメよ。あなただけじゃ勝てない」

「そんなのやってみなければ」

「……分かるわよ」


 彼女の体内から大量の魔力が生まれるのを感じ、僕は彼女から距離を取った。彼女はうゆっくりと立ち上がり、僕を睨みつける。


「――時の魔術師は具現する」


 切波の呪文、それは聞いたことのない呪文だった。しかも凄い魔力だ。


「禍々しきも麗しきも――」

「チッ……仕方がない」


 殺す気のない相手にこの技を使うのはリスクを伴うが、今から彼女を止められる方法は他にない。僕はコートから文庫小説を手に取った。

 そういえば、二日連続で同じ作品を使用するのはこれが初めてだ。


「黒の手」


 呪文媒介を必要としない、特殊な魔術。ロスタイムなしで彼女の身体を拘束する。

 彼女は小さな叫び声を上げ、バランスを崩しその場に膝を落とした。


「なっ、何よこれ……」

「あまり動くな。抵抗すればするほどより強い力で拘束される」

「これ……魔術なの?」

「さあ、僕も分からない」

「……呪文を必要としない力なんて……でも確かにこれだったら」

「神矢陣を捕えられるかもしれないか? もしそう思うのなら」

「嫌よ」


 切波は拘束されたまま、立ち上がる。強情な女だ。


「これで確信した。やっぱり私にはあなたが必要。そしてあなたにもね」

「まだそんなことを」

「言ったでしょ。相手は神矢陣だけじゃない。もう一人いるのよ……少女の化け物が。その子をどうにかしない限り、例え彼らを見つけたところで返り討ちにあうだけよ」

「あんたがどう考えようと関係ない。とにかく試験は終わりだ」

「待って」


 彼女が僕を止めた。


「……分かったわ。あなたにだけ、見せてあげる」

「何を言っている。まさか手加減していたとでもいうのか?」

「そうじゃない。でもあなたにも奥の手があるように、私にもある」

「……じゃあなぜ使わなかった」

「一対一の戦いじゃ――」


 その時、携帯が鳴った。相手は爺さんだ。

 僕は切波から離れながら電話に出た。


「試験中だったか?」

「もう終わったよ」

「そうか、結果は? 合格か」

「それよりも依頼内容は?」

「悪いがこれは依頼じゃない、ただ、街で事件があったんでな。伝えておかにゃならんという親切心だよ」

「ただの事件なら警察に任せれば……もしかして爺さん」


 鼻で笑うその声は、僕の予想通りだと物語っていた。


「ああ、間違いない、術士絡みの事件だ」


 僕は切波を見た。彼女は会話の続きを再開したくてやきもきしていた。しかし、このことを訊けば、彼女もそれどころではないだろう。


「術士絡みか……切波という駒を失った警察は、どう対処する気なんだ」

「それなんだが、今回の事件に関してはどうやら伴墨家に協力を頼んだらしい」

「伴墨が? ……確かに、今の警察に頼れるのはそこしかないが」


 首都圏に存在する術士御三家。

 警察組織と繋がりを持ち、首都圏の治安維持を裏で支えてきた法外の法の番人、切波家。

 表向きは国内有数の資産家、しかしその裏で暗殺やスパイ活動などを請け負う闇の組織、茜家。

 そして、伴墨家。


「でもあの伴墨家が協力するとは思えない。俗世間には興味のない連中だろ」

「ああ。だからこそ奴らの目的が気になる」

「……つまり、奴らの意図を探れってわけか」

「そうしてくれると有り難いな。あと、お嬢ちゃんに関してだが、この件を伝えるかどうかは生切に任せるよ。彼女は切波家の後継者なんだろう」

「……彼女が知ったら間違いなく駆けつけるだろうな」

「若い連中が俺より先に死んでいくのはごめんだ。うまくやってくれよ」

「……分かった」


 爺さんとの通話を終えた後、切波命は待ちわびたようにこちらに向かってきた。黒の手の拘束を解いてやる。そして彼女が口を開く前に、電話の内容を告げた。

 案の定、彼女は息巻いて事件現場がどこかを僕に訊ねた。


「――私は切波城一郎の娘。街の事件を収める義務があるわ。だから」

「分かっている。こうやって話をしたんだ。一緒に来てくれ」

「あなたも行くの?」

「不満か」

「そういう訳じゃなくて、だってあなたは殺し屋でしょ? それなのに警察の前に姿を見せるなんて」

「そこはあんたに一役演じてもらうよ」

「……何をさせる気?」


 彼女は嫌そうに訊ねる。

 僕は少し考えてから答えた。


「一言で言えば二次試験だよ」


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