僕は戦う、オーダーされて (挿絵付き)
目を覚ますと、白一色の空間にいた。
あれ、僕はどうしてこんな所にいるんだろうか。確か、家で一人ゲームをしていたはずなのに。
立ち上がり、周囲を見回してみる。どこもかしこも真っ白で、床と壁を分ける直線以外には何も見当たらない。
まるでサイコロの内部か、でなければ天国みたいだ。ふとそんな想像をした時だった。
そいつが現れたのは。
「正解っ♪」
それはある方角から音速で飛んできた、のとは違った。まるで僕自身が放った声のように、いきなり頭の内部に響いたのだ。急激に頭を揺らしたように、頭痛がした。
「正解正解、大正ー解っ!」
その声の主はいきなり目の前に現れた。同じ言葉を連呼しながら目の前に現れたかと思うと、バンジージャンプのようにびよーんと上昇した。
僕はそいつを目で追った。実際、バンジージャンプの例えは的を得ていたようだった。首に赤いゴムを巻き、天井からぶら下がっていたのだから。といっても、それは人間じゃなかった。知らない場所で目覚めた途端、首吊り死体なんて、ホラーゲームの冒頭でもあるまいし。
そいつの名前は、知らない奴なんていないだろう。運動会の前に窓に吊るす、明日晴れるおまじないをする時に使うアレだった。
びよーん、びよーん。
びょんびょんびょん。
伸び縮みするゴムにしばらく振り回された後、そいつはちょうど僕の目線の高さで静止した。サイズは普通で(といっても正式な標準サイズがあるのかは知らないけれど)、ゴムが赤いのと、顔に満面のスマイルが描かれていること以外に特徴のない、普通のテルテル坊主だった。
「よっすよっす、久しぶり。ミスターファイブっち」
「ミスターファイブ?」
「こっちでは命にいちいち名前なんて付けないからね。名前の替わりだよ」
そいつはスマイルを全く崩さずにそう言った。まあそれもそうか。ゲーム内のキャラクターならそんなの当たり前だし……と思って、僕はやっとこの異常な状況を理解できた。そうか、僕はゲーム中に気を失ったんだ。そして、ゲームの中で目を覚まして……
「不正解っ!」
そいつは残念そうな声色でそう言った。スマイル顔が(それこそ文字通り)一転して、困り顔に変わる。
「ここはゲームじゃないぞっ」
「……ゲームじゃ、ない?」
「そ。珍奇なヘルメットが見せる仮想世界とは違う」
「……じゃあ」
僕は頬をつねってみた。肉がひっぱられる感触と、多少の痛み。
「何をしてるの?」
「いや、夢なのかなと思って」
「ベタだなあ」
視界に表示されているはずのメニューアイコンが見当たらないということは、VRじゃない。頬をつねって痛いということは、夢でもない。とすると、ここはやっぱり……
「……ここって、リアルなの?」
「うふふふ、ファイナルアンサー?」
いちいちムカつく奴だな。
「……ファイナルアンサー」
「ドゥンドゥンドゥン……」
早く答えろよ。
「残念ーっ! 不正解っ!」
「……やってられるか」
「あっ、待ちなよー」
これ以上、付き合ってられない。僕はテルテル坊主を無視して、出口を探すことにした。壁に接近して、扉らしき繋ぎ目がないか、指の感触と目で確認していく。
「まったく、せっかちだなあ。探したって出口は壁にはないよ」
「壁にはない……じゃあ床か」
「どこにもないってば……」
その後、僕は壁伝いに一周した。床も雑巾がけの要領で、隈なく見た。念のため天井も。
自分がいるこの場所は現実なのか、それともゲーム内の仮想なのだろうか。可能性が高いのは後者だろう。さっきの痛みは嘘ではなくリアルだったから。だが、リアルでこんなキャラクターが作れるだろうか。ひょっとして、最近話題のMRかもしれない。現実とVRの融合。このテルテル坊主だけが仮想上のアバターで、それ以外はリアル。でも、その場合、僕がいる場所がどこなのかという疑問は残る。
結局、ここがどこなのかも出口も見つからないまま部屋全体を見終えた。床に腰かけると、テルテル坊主が笑顔を携えてやってきた。
「満足したかな?」
「不満しかない」
「お互い様だよ。僕だって未熟なたましいとの交流はなるべく避けたいんだから」
「未熟なたましいって僕のことか」
「そうだよ。まだ二十四万六千回しか転生していない。未熟なたましいのミスターファイブ」
「……転生ね。正にゲームみたいな設定だ」
「あれあれー、おっかしいなー。君はこれを仮想だと考えていたんじゃないのかい?」
「いいから教えろよ。ここはどこで、なぜ僕はここにいる」
「仕方ない。教えてあげよう。一言で言うと、君は死んだんだよ」
「……ははっ、そうきたか」
死後の世界、そのパターンか。だったら、迷うことはない。これは仮想、もしくはMRだ。夢なんかじゃない。
「正確に言えば、死んだのはキミだけじゃない。君と一緒に大勢が死んだよ。お陰でこっちは大忙しさ」
「……つまり、ここは死後の世界、天国ってわけか」
「そ、言っただろう。正解、って」
スクランブル交差点を埋め尽くす人々。
廊下に貼りだされる順位表と、見た目とコミュ力で階層分けされるスクールカースト。
僕を見下す、無数の目。
あの世界が全て焼失したのだとしたら、それは嬉しい。もちろん、事実ならだけれど。
「事実だよ。証拠を見せてあげる」
てるてる坊主はくるりと回転した。目の前にスクリーンが現れ、映像が映し出される。
そこには僕がいた。自宅のアパートで頭をヘッドギアにすっぽり包み、ベッドに仰向けに寝ている。
どこからか大きなサイレンが鳴り響いていた。携帯電話も鳴っていた。その画面は何かを警告するように真っ赤に点滅を繰り返していた。
「な、何だよ……これ」
「ついさっきの君だよ。よほど夢中だったんだね。全然気が付かない」
「そうじゃなくて、この音……何が起こってるんだ」
「見ていればわかるさ……ほら、始まるよ」
突然、サイレンがぶつりと切れた。画面が明るくなりはじめる。部屋全体が音を立てて揺れ始め、棚の本がどさどさと床に落ちる。僕は動かない。こんなに激しく揺れていたのに、僕は気付かなかった。
窓ガラスが割れ、内側に飛び散った。その後、画面全体が真っ白な光に包まれ、何も見えなくなった。ただ、地響きに似た轟音だけが続いていた。
その一連の映像を、映画のワンシーンを見ているように僕は見ていた。
「……これって」
「隕石が君の街に落ちたんだ」
「そんなまさか。ありえない」
「あり得る話さ。低確率であることは否定しないけれどね。そもそも、君たちはそれを知っていたはずだよ」
てるてる坊主に指摘されると、たしかに心当たりはあった。巨大隕石の接近というネットニュースの記事。SNSアプリのプッシュ通知でも情報が届いていた。どうせ大袈裟に言ってるだけだろうと、特に気に留めなかったけれど。
「実際に隕石が落ちた……としたら僕は本当に」
「うん。骨も残らず、アパートごと塵になりましたね」
「……死んだっていうのか」
証拠映像を見たせいか、僕はこの時自分が死んだという話を嘘だと思えなくなっていた。でも、かといって死んだという実感はなかった。僕は実際、こうやってここに立っているわけだし、足だってちゃんと二本ある。
「話を続けてもいいかい?」
「……ああ」
僕は頷いた。自分でも驚くほど素直に。