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失業中年と少女A  作者: 和泉守 賢
3/5

淫行

「女子高生と遊ぶ?」


私が訊くとその男子社員はニタリと笑い、説明を始めた。

細かな内容は忘れてしまったが、その店には何人かの女子高生が待機していて、その中から好みの娘を指名すると、個室の様な所で2人きりで会話が出来るというシステムらしい。


「それって風俗なのか?」

「店がそれやっちゃうと犯罪なんで、その店自体は風俗じゃないんですけど、フィーリングが合って上手くすれば連絡先交換とかして、誘えるんですよ」

「誘ってどうするんだ?」

「決まってるじゃないですか。淫行ですよ、淫行」


2人の部下は顔を合わせて下卑た笑みを浮かべた。


「どうですか?支店長も行きません?」


上司という立場も有るし、行こう等と言える筈も無かった。


「淫行なんてバレたら捕まるぞ。やめておけ」


と冷静な大人な態度を振る舞いながら、内心ではその2人の部下が羨ましかった。

男なら誰でも若い娘と遊びたいと思う。

道徳的な見地から言えば言語道断であろうが、女子高生には恐らく特有の魅力が有る。

未成年者との淫行が問題視され、それでも逮捕者や摘発を受ける店が後を絶たないのは、その需要の高さを証明しているのではないか。

その時の私が彼等を見て羨ましいと思ったのは、その店で遊びたいからではなく、そんな男同志の下衆な会話が出来る同僚が居る事だった。

なまじ浅いキャリアで支店長になったばかりに、社内には対等な立場の同僚は居らず、仕事場では模範的な上司を演じなければならない。

同年代の男同志なら普通に交わす、謂わゆる「ワイ談」はおろか本音で愚痴を語り合える相手等居なかった。

明確な記憶ではないが、あの時の私はまだ充分に、10代の少女を性的対象として捉えていたと思う。


…あの時は?

今はどうなのか。

興味は無くなったのか?

それとも自分の年齢に対する自覚が、知らない内に心にブレーキをかけているのか…



「おじさん?」


少女Aに話し掛けられて、ハッと現実に意識が戻る。


「おじさんって、結婚してるの?子供は居る?」


カナメにそっくりな顔で訊かれると妙な戸惑いが生じるが、努めて冷静な口調で「結婚してるよ。君より年上の娘も居る。」と答える。


「ふぅん…じゃあ、さっき私の事呼んだ名前は娘さんの?」

「いや、そうじゃない。こんな事を言うとまた誤解されそうだけど、高校時代の彼女なんだ。君があんまりそっくりだったから驚いてね」


どう取り繕っても突っ込まれると思って正直に話した。


「そーなんだぁ。じゃあ私の言った事、ちょっと当たりじゃん」

「まぁ、そうだね。けど、ナンパしようと思った訳じゃないから」


少女Aは突然笑い出し「ウケるぅ〜」を連発する。

面白い事を言ったつもりは微塵も無いが、余りに嬉しそうに笑う彼女に、ついこちらも顔が綻ぶ。


「おかしいかい?」

「だって、可愛いじゃん」

「か、可愛い?」

「真顔で弁解するんだもん」


そう言って少女Aは正面に立ち、私の鼻の頭を人差し指で突きながら顔を寄せた。


「ナンパなんて思ってないよ。だってオジサン、いい人なんだもん」


急速に彼女の顔が近くに迫り、その愛くるしい瞳と視線がぶつかる。

トクン…。

年甲斐も無く、心臓が大きく鼓動するのを感じた。

女性と接して胸の高まりを自覚するなんて、いつ以来だろう。


「それに私なんか子供にしか見えないでしょ?」


子供…?

それは、そうだ。

親子以上の歳の差が有る。

しかし、この胸の高鳴りは何だ?


「淫行とか、しないよね?」


そう言ってフフッと笑うと、私の口元に微かに息がかかり、また胸がトクン、と鳴る。


「それより、お腹空いたぁ。なぁんにも無いね」


私が言葉を選ぶ間に、少女Aは人差し指を離し、飲食店を探す様にキョロキョロと周囲を見渡す。

これ以上北へ進んでも恐らくどんどん寂れていくだけだと思えた為、別の裏路地を通って駅まで戻る事にした。

線路を超えて母校へ向かう途中に県道と交わる交差点が有る。

その県道沿いならきっと店が見付かるだろう。


県道に出ると、交差点の近くにチェーン店風のパスタ店が見えたのでそこに入る事にした。

席に着き、メニューを決めて注文する。

向かい合わせに座って、改めて少女Aの顔を正面から見るが、やはりカナメに瓜二つだった。

遠い昔、デート中のランチの店や喫茶店で、今と同じ様に私はカナメの顔を見つめていた。

高校卒業以来、二十数年振りに訪れたこの街で、こうもカナメに似た少女と一緒に過ごしている事で、妙な錯覚を起こしそうな自分に気付く。

頬杖をついて、衝立に貼られたデザートのメニューを眺める彼女の横顔の唇に目を奪われる。

たった一度だけ口付けたあの唇と、この少女の唇は同じ感触なのだろうか。

あの頃、再びカナメと唇を重ねる事を恋焦がれ、結局叶わなかった熱い想いは、30年以上経った今も私の中で燻り続けているのかも知れない。

だがあの日とは決定的に違ってしまっている。

私は余りに齢を重ね過ぎてしまった。

同じ高校生同士なら許される行為も、50に手が届く年齢の私が未成年者とそれを行えば犯罪だ。


淫行…。

行きがかりとは言え、今こうして見ず知らずの女子高生と昼食を共にしている状況は、不健全だと非難されるだろうか。

具体的な行為には及んでいなくても、彼女の可愛いらしさに胸をときめかせ、学生時代の恋人と重ね合わせてその唇の感触を想像している私は、不謹慎な大人ではないか。


そんな事を糞真面目に考えている時点で、既に私は時代遅れの年寄りになり下がっていると自覚すべきなのだと思う。

カナメと付き合っていた頃は、その後の人生の時間は無限に有る様な錯覚をし、20代の頃は自分達が時代の中心に居るという漠然とした自信を持っていた。

ところが会社に縛られ、家庭に縛られながら盲目的に働いている内に、男として何の楽しみも経験も持てないまま、気付けば人生の折り返し地点を大きく越えてしまった。


少女Aはメニューから目を離し、私の視線に気付いて「ん?」と小首を傾げる。

その表情は、記憶の中のカナメそのもので、まるで自分だけが歳を取った様な錯覚すら覚えた。





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