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失業中年と少女A  作者: 和泉守 賢
2/5

少女A

「もう!待ち合わせ場所間違えたの?遅くなるんなら電話くらいしてよね!」


私の思考が追い付く間も無く、カナメに似た少女は私の右腕を掴んで揺さぶりながら言葉を継いだ。


「おかげで、あの人達に疑われたんだからぁ!」


そう言って振り返る少女の目線の先に、男性と女性が立っているのに気付く。

同時に、30代半ばと見えるスーツ姿の男性が歩み寄って、軽く会釈をする。


「お父さんでいらっしゃいますか?」


そう問われて、少女が「パパ」と呼んだ事を思い出し


「えぇ…、はい。」


と曖昧に返事をしてしまった。


「パパと待ち合わせて、別れたママの所に行くんだって説明しても、ちっとも信じてくれないんだよ。

パパが遅刻したせいだからね!」


少女は膨れっ面を見せながら言うと、私の胸の辺りを掌でポンと叩く。

男性は表情を崩すと


「いやぁ、失礼しました。この辺りで見掛けない制服だったので。

平日の昼間ですし、学校をさぼって徘徊してるんじゃないかと思いまして。」


再び男性は会釈をすると踵を返し、一緒に居た女性と共に駅の方へと歩いて行った。

道の湾曲でその姿が見えなくなるや否や、少女は掴んでいた私の腕から手を離し


「何、あの人達?警察?

昼間っから捕まるとか信じらんない。」


と言ってから私に向き直り、私も思わずその顔を改めて凝視する。

やはり、良く似ている。

髪の色と長さは違うが、顔と背格好は思い出の中のカナメその物だった。


咄嗟に、連想が広がる。

カナメは当時、自転車通学だった。

結婚していればこの位の歳の娘が居てもおかしくない。

地元の、実家に近いこの付近に新居を構えている可能性だって充分に有る。

もしかして目の前のこの娘はカナメの…?


「ありがとう、オジさん。助かったよ。

アドリブで名前とか呼んだのメッチャ、ナ イスだよね。何かウケるー。」


そう言って少女は独りで笑い出す。


「き、君、名前は?」


馬鹿馬鹿しい様だが、本気でカナメに関係有るかも知れないと思って、私は少女の名前を尋ねてしまった。

答えてくれたところで、結婚したなら苗字も変わっているであろう。

この時はそこ迄頭が回らなかった。


「エー?マジ?名前とか訊く?

ひょっとしてナンパしよーと思ってる?

オジさん、もしかしてロリ?ウケるー!」


顔は似ているが、性格はまるで違う様だ。

カナメはこんな品の無い喋り方はしないし、もっと淑やかに笑う娘だった。

その認識が、少し私を冷静にさせた。


「君は、ここで何をしてるんだ?」


少女は笑うのを止めて、首を傾げる様にしながら


「何を?別に。

オジさんは何してるの?お仕事中?」


と訊き返す。


「い、いや。仕事じゃない。」


「じゃ、何?散歩?」


「あぁ…散歩、そうかな。」


「じゃ、同じだね。私も散歩。」


少女はニコリと笑って


「ねぇ、さっき、私を呼んだの、誰の名前なの?」


と逆に質問を返される。


「あぁ…ちょっとね、昔の知り合いで、君が良く似ていたから、つい。」


再び少女は笑い出し


「ヤバいー!それ、実は元カノに似てる、とか言う展開?

ガチでナンパじゃん。」


と言って私の右腕をパンパンと叩いた。

昔の恋人に似ていると思った事は正に事実だが、ナンパしようという意図は無い。

だが、真面目にそれを否定すればまた笑われそうな気がして、言葉に詰まってしまう。


「けどぉ、ま、いいか。」


急に笑うのを止めて少女は私の腕を引いて歩き出す。


「え?君?」


「いいよ。ロリコンオジさんに少しだけナンパされてあげる。」


「いや、ナンパって。」


「だからね、何か奢って。お腹空いたの。」


少女は私の腕を取ったまま、商店街が有ると思しき方向に歩みを進め、私も無言のまま、それにつられて歩く。

やがて、それらしき店が軒を並べる一角に入ったが、大半の店のシャッターが降りていて、最早商店街としての機能を果たしていない様に見えた。

街灯の上に取り付けられたスピーカーから流れる歌謡曲が、微かにこの通りがまだ商店街なのだと主張している。

しかし流れている曲も古い。

私が中学生の頃に流行った女性アイドルの曲だ。

清純派アイドルの黄金期に、不良っぽいイメージで売り出し、大人びた表情と歌い方が印象深い歌手だった。

今、流れているのは、確か彼女のデビュー曲ではなかったか。


「ねぇ、さっきの2人って警察かな?」


不意に少女は問い掛ける。


「警察っぽくはなかった。多分、役所の人間だと思うよ。」


確信は無い。

しかし警察だったなら、私も多少の職務質問くらいされたかも知れないと思えた。


「何かさ、ちょっと前に淫行事件が有ったとか、今、援交が流行ってるからとか言ってたの。」


昔は、平日の昼間に学生がウロウロしていれば補導員に声を掛けられるのは当たり前だったし、夜中に出歩くだけで深夜徘徊だと咎められた物だが、今の若者にとっては考えられない状況なのだろう。


「少女A、だな。」


先程流れていた曲のタイトルを思い出して口にする。


「え?何?」


「君の名前だよ。何て呼べばいいか分からないから、少女Aだ。」


「何それ?

じゃぁ…オジさんは中年Zだね。」


ちょっと、それは嫌だな、と思った瞬間に思わず笑いが溢れる。

そして、ハッとする。

笑い。

随分長く笑っていなかった事に、この時初めて気付いた。


「けど、ホントあの人達、失礼しちゃうよね。JK見たら全員援交してると思ってんのかって。

そう思わない?」


「そうだな。」


生返事をしながら私は、少女の言うエンコウという言葉の意味が全く理解出来ずに居た。


記憶の中のスーパーマーケットは跡形も無くなっていた。

その建物が有ったと思しき場所にはマンションが建ち、飲食店らしい店は見当たらなかった。


「随分変わったんだな…。」


街並みを見渡しながら呟くと、少女Aは私の顔を見上げて「おじさん、この辺に住んでたの?」と訊く。


「いや、この近くの高校に通ってたんだよ。もう30年以上昔の話だ。」

「30年?すっごぉい。超昔じゃん。」

「そうだな。超昔だ。」


彼女の口振りを真似ながら、自分で顔がほころぶのを自覚する。

最後に笑った記憶すら思い出せない様な日々だったのに、この少女と話していると自然に笑顔になれる。

それは彼女がカナメに似ているからか?

それとも単に若い娘と接している事で浮かれているからだろうか。



「現役の女子高生と遊べるんですよ。」


唐突に記憶が蘇る。

支店長になって数年経った頃だった。

殆どの社員は帰った後の時間で、営業部の部屋には若い男性社員が2人だけだった。

その2人が「帰りに、行くか?」的な会話をしていて、私が「こんな時間からどこかに遊びに行くのか?」と尋ねた時に1人の男性社員から返って来た返答だった。




(続く)






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