天使はお家に帰れない
俺は前世の記憶を取り戻し、神走召喚能力を手に入れた。
早速呼び出したSV650Sのタンデムシートに天使を乗せて、近くの港町へ向かう。
この世界の道路は舗装されていないので、オンロード車であるSV650Sは不利ではないかと懸念していたが、 神走召喚されたバイクは魔法的な力で構成されているため、ダートや砂利、砂地までも問題なく走破できた。
村からここまで苦労して歩いてきたのが何だったのか、と思うほどに早く快適に港町へとたどり着く。
「やはりバイクはいいな!」
神走召喚を解除し、声をかける。
あの事故から生まれ変わって、15年ぶりのバイクに俺はテンションが上がる。
ガソリン等の消耗品も不要、魔力は消費するが大した量ではなく、村で治癒魔法の修行を積んだ俺なら一日中走っていても枯渇することはなさそうだ。
「既に能力を使いこなしてますですの、さすがのスズ菌濃度ですの!ところで記憶が戻ったことによる不具合はありませんの?精神が不安定になるとか人格が競合してませんの?」
「いや、特に不調はないな。前世の知識や思い出も鮮明だし、死んだ時のことも、転生の儀式のことも憶えている。転生して物心ついてからの記憶や思い出もその延長として持っているし、それによる混乱もない」
そういや前世と合わせると計30半ばの人生なんだよな、俺の精神年齢はいくつくらいに換算されるんだろう。
それに気になる点が一つ、俺の前世の名前だけが浮かんでこない。
15年オレンとしての生の延長線上にいる以上、前世の名を名乗る気はないが、そこだけが気になった。
聞いてみるか、と声をかけようとした時、音が鳴り響く。
ぐーーーー
腹の虫だ、天使が耳まで真っ赤にしてわたわたしてる。
「あわわ、これはですの、あれですの、ううう」
「細かい話は飯を食ってからにするか、俺も腹減ったしな」
天使を伴って手近な食堂へ入り、一息つく。
村を出てから初めて落ち着く時間、そして久しぶりのまともな食事だ。
「おなかぺっこぺこですの!」
「おごってやっから、好きなもん頼んでいーぞ」
「わーい、ウエイトレスさん、オムライスとミルクお願いしますの!」
「俺はコーヒーと魚の煮物」
さて、メシを食いながら話を聞くか。
「おいしーですのっ」
「な、天使ちゃんは、あの時の女神様の妹の天使ちゃんだろ」
「そうですの」
「で、しかるべき時が来たから俺の記憶を呼び覚ましに来たと?」
「はい、おねえちゃんのお使いですの」
何でも、大抵の転生者は成人する前に記憶を取り戻し、その時に遠隔会話で説明を行うらしいのだが、俺はその傾向がないまま危険な旅に出てしまったのであわてて直に記憶を回復させに来たらしい。
前世の名前だけが思い出せない件は、分からないと言われた。
「で、聞きたいんだが、あの時の……あれ……キスの件なんだが」
顔を真っ赤にして動きが止まった。
そういう反応されるとこっちまで恥ずかしくなるじゃないか。
「うう、あれは非常手段ですの、仕方なかったんですの初めてだったんですの」
天使曰く、本来なら天使の輪を装備し、儀式を行えばキスする必要はないし、他の転生者の記憶回復が要る時もそうしてきたらしい。
今回は俺を発見するまで、天使であることが他の人間に知れると色々マズイので、能力を使うために必要な輪をカバンに入れていたため復活の儀式が行えず、最終手段として自分の体内の神力を直接注入するという手段を取ったらしい。
「吹き込む場所が脳に近ければ良かったので、鼻か耳でもよかったんですの」
「鼻はさすがに嫌だな。それなら仕方ない事故ということでノーカンだ。迷惑かけたな、デザートも食っていいぞ」
「やったぁ、ウエイトレスのおねーさん、フルーツの盛り合わせをお願いしますの!」
「なんにせよ、助かったよ。ありがとう」
せっかくなので、久しぶりの食事を楽しもう。
この世界この時代は保存食旨くないし。
「じゃ、食い終わったらお別れだな、お役目ごくろーさん。今度は怖いお兄さんに絡まれないよう気を付けて帰るんだぞ」
天使の動きが止まる。そして泣きそうな顔で告げる。
「あー……その件なのですが……実は帰れないんですの……」
「なんだと、どういうことだ!?」
「カバンに入れてた天使の輪が破損してしまって動かないんですの」
「脆すぎ……それ、修理できないの?」
「分からないのですの……お金も身寄りも頼れる人もなく路頭に迷ってるですの」
言いながらチラチラこっち見てる!
ふむ、困った。しかし責任の一端は俺にもあると言えるし、仕方ない。
「俺は幼馴染がいる王都の魔法学園に行く途中なんだ。一緒に来るか?魔法学園なら何か手がかりが見つかるかもしれない」
「わーい、オレンさんならそう言ってくれると信じてましたですの!」
やはり最初からそのつもりだったな。
「ところで天使ちゃん、名前は無いの?連れの女の子に天使天使言ってたら俺が何か誤解されそうで困るんだけど」
「はい、人間さんから呼んでもらうときはコーって言ってますの」
「了解、よろしく、コー」
そしてふと気付いたのだが。
神走召喚があれば船に乗らず陸路で直に王都まで行けるんじゃないか?
二人分に増える船賃を節約できるのは大きな魅力だ、この時代の船ってフェリーみたいに快適じゃないし。
それに久しぶりにバイクで走って俺のツーリング魂に火が付いた。
「な、コー。神走召喚使うから陸路で行かないか?」
「コーはスズキの天使ですの、スズキのバイクで走るのは大歓迎ですの!」
元気のいい返事が返ってくる。よし、決まりだな。
今日は旅と戦いの疲れをいやすためにのんびりして、明日経路の確認と食料の補給、それに二人分に増えた旅道具の支度だ。
俺は会計を済ませると、手近な宿を紹介してもらい、明日に備えて早めに就寝した。