純正部品番号のある聖杯を持つ女神
ふふ、ついにやったぜ。
生活の全てを費やした長いバイト生活ともお別れだ。
ようやく金が溜まり、念願の大型免許とスズキSV650Sを手に入れたのだ。
「明日から色んなところに走りに行こうな」
愛車に語り掛けながらバイク屋を出、体をなじませるようにゆっくりと帰路に就く。
交差点にさしかかる。信号は青、ゆっくりと動き出したその時。
対向の右折レーンに猛スピードで突っ込んでくる車が目に入る。
黒塗りボディにスモークガラス、流行りの女性アーティストの歌を垂れ流すやかましいカーステレオ、限界まで車高を下げた鬼キャンの典型的DQNカーだ。
猛烈にクラクションを鳴らし強引に車列に割り込む。
「まさかな……?」
そしてその車は速度を緩めることなく。
「ウソだろ、止まる!?回避!?速度を上げて通過したほうが安全!?」
右折を開始し、俺の右側面に正面からぶつかりやがった。
俺は大きく吹き飛ばされ地面に転がる。
傷は?立てるか?どうなった?体が熱い、脳内麻薬が分泌されているのか、それほど痛みは感じない。
SVはどうなった?
そして全身に再び全身に衝撃が走る。
DQNカーはそのまま逃走しようと方向転換し俺を引き潰したのだ。
俺は血を吐きながら愛車を探す。
DQNカーはSVを踏み付け、乗り越えようとしたが、下げすぎた車高が災いし引っかかって身動き取れなくなっていた。
それはまるでSVが犯人を逃がすまいと、必死にしがみついているように見えた。
遠くからサイレンの音が響き渡る。まもなく救急車が到着するが。
俺はもう助からない、直感でそう悟る。
乾ききった唇から最後の言葉を口に出す。
「ありがとうSV、そしてごめんな」
そして俺は意識を失った。
…………。
気が付くと、喫茶店のような場所にいた。
テーブル席に座り、目の前にはお茶が置かれ、向かいの席には初めて見るかわいい女の子。
思い出す、俺は死んだ。
ということは、ここは死後の世界、もしくは生死の狭間の世界か?
目の前の女の子は、天使?死神?それとも美少女化された閻魔大王か?
気を落ちつけるためお茶をいただこうと、俺は目の前の湯呑に手を伸ばす。
鱸 鱸 鱸 鱸 S 鈴 木
鱸 S 鱸 鱸 鱸 鱸 鱸
鱸 鈴 鱸 二 鱸 鱸 鱸
鱸 木 鱸 輪 鱸 鱸 鱸
鱸 鱸 鱸 車 鱸 S 鱸
「聖杯じゃないか!」
「さすがですね、合格です」
目の前の少女はスズキ純正部品湯呑・通称聖杯でお茶をすすりながら答える。
「貴方は死にました、しかし条件を満たしていますので、とある異世界に転生することができます」
「条件?異世界?」
「一定以上の濃度のスズ菌感染者ということです。魔物はびこる剣と魔法のファンタジー世界へ転生してもらいます」
「ファンタジー世界ですか」
「ファンタジー世界です」
スズキと全く関係ないやん。
しかしそれは困る、俺はもう一度バイクで走りたかった。
「心配には及びません、なぜなら私はスズキの女神です。スズキを愛し非業の死を遂げた感染者を転生させるために活動しています」
なんだその女神、活動内容が限定的すぎやしないか?
「あなたはスズキSV650Sを愛し、最後まで愛車をいたわりながら死にました。その想いが私たちを動かしたのです」
「異世界に転生するのは構わないんだが、何か特殊な能力だとか無双できるチート能力とか貰えないのか?」
「あなたにはスズキSV650Sを召喚する能力を与えます」
「なにそれすごい、いや待て。ファンタジー世界だったら道路舗装されてないんじゃないか?オンロードバイクじゃ満足に走れないだろ?」
「心配無用です、召喚といっても実機ではなく、あなたのオーラで実体化したものです。走破能力や性能はあなたの強さや経験やスズ菌濃度に応じて強化され、ガレ場や砂地、岩山でさえ踏破できるようになります。ガソリンやオイルといった消耗品やチェーンメンテナンスも不要、壊れても召喚しなおせばキズも元通り。今ならぐっとタイヤキャンペーン中でピレリのハイグリップタイヤ仕様にしてあげます、さらにロゴ入りのボックス型リュックも付けましょう」
「あなたは本物の女神だ」
その時、入り口からカランカランと音が鳴り、喫茶店に新たな女の子が現れる。
女神様を少し幼くしたような少女は女神様に声をかける。
「おねえちゃん、スズキ三銃士連れてきたですのー」