4(シズク)
3月某日 午後12時40分
ラグーナポリス 地下 『連合ネクサス』近畿支部 小会議室
冷気を纏ったロシアン美女リェーベチに案内された先は、少人数での会議に使われる個室だった。正面には電子黒板が置かれ、その前には長机が1脚と椅子が4脚。その一角、A4サイズの封筒が置かれた席に、雫は座った。
「その封筒の中に、必要な書類一式がそろっているけれど。書いてもらうのは一番最後になるから、そこに置いててね。まずは我々『連合』の概要をビデオで見てもらって、次に身体検査をやってもらいます。全部合わせて3時間ほどかかるけど、ご了承ください」
機材を起動させながら、リェーベチがこれからの流れを説明する。
「『連合』の概要、ですか?それなら、小学校の頃から何度も授業で・・・」
「運転免許の講習と一緒・・・って言ってもまだ通じないわね。何度も習うっていう事は、それぐらい間違えちゃいけないって事なの。それに、細かいところで新しく気付くこともあるわ。運転免許で例えるなら、青の意味は『進め』ではなく『進んでも良い』だとか、、黄色の意味は『止まれるなら止まれ』だとか」
機材の準備ができると、リェーベチは隅に置かれた棚から、大判本ぐらいの大きさがあるプラスティックケースを持ってくる。
今の時代では中古ショップからも姿を消している代物だ。
「・・・ビデオテープ」
「趣があって良いじゃない?」
「そういうもの、・・・なんですね(魔族のセンス、さっぱりわからん)」
ドヤ顔のリェーベチに本音が漏れないよう注意しつつ、雫は返した。
それから間もなくして、部屋の電気が消され、室内に安っぽいジングル音が響く。
『~♪(青い画面に、『連合 広報課制作』という白いテロップが入る)
・・・21世紀は、人類史上最も大きな変革があった時代です。
かつては人と共にあり、いつの頃からか伝承の中へと身を潜めていた存在が、再び日の下で共存を始めた時代なのです。
しかし、その始まりは決して平穏なものではありませんでした・・・』
*****
2035年8月20日。ソレらはある日、唐突に現れた。
北米ミシガン州の田舎町、フェアリーロイトを最初の爆心地として、世界72ヶ所に異次元との通路『穴』が出現。そこから異形のモノ達が溢れだし、警告も宣戦布告もなく、人類への攻撃を開始したのである。
7大陸3海洋の全域で発生したこの事態は、各種メディアを通じて1時間以内には人類全体に知れ渡り、各国の軍隊や武装組織、地域によっては警察の特殊部隊や武装した民間人が、これを迎撃した。
しかし、異形のモノたちに対して通常兵器は効果が薄く、ほとんどは一般人が逃げる時間稼ぎ程度にしかならず、多くの犠牲者を出しながら、人類はひたすらの撤退を余儀なくされた。
ところが、ただ追いつめられるばかりだった各地の戦場に、あるタイミングから、突如として援軍が現れ始め、次第に戦況は逆転していった。
そこで目撃されたのは、剣あるいは杖を手に炎や氷を操る魔術師の一団が怪物どもを足止めする姿。
あるいは、嵐を伴った空飛ぶ騎馬隊が、雷撃と暴風でもって異形の群れを蹂躙していく様子。
あるいは、エルフやウンディーネ、吸血鬼や狼男、果てはドラゴンまで、幻想の存在達が人間と共に侵略者へ立ち向かう姿。
ゲームやアニメの出来事と思われていた光景が、現実にくり広げられたのである。
この非常識事態に対し国連は、『この世界には、空想の産物とされていた妖精や妖怪、魔法や魔術が本当に存在している』という事実を公表。
そして、異次元から現れた怪物たちを『邪な知性を持つ種族=邪族』、それを迎撃する元来からこの世界にいたモノたちを『魔族』とそれぞれ命名。両者が別種の存在であると定義し、全世界に人間と『魔族』の共闘を呼び掛けた。
結果、『人・魔連合』は1年という時間を要しながらも、72か所の『穴』の封鎖と『邪族』の殲滅に成功。後に始まりの地であるフェアリーロイトの名をとって『妖精騒乱』と称される戦争は終結した。
そして、2036年9月1日。『魔族』に人間と同等の権利と法の適用を約束した、『人魔共存宣言』が国連安全保障理事会により採択され、その象徴として150以上の国や地域に『魔族特区』が創設されていった。
*****
『この「妖精騒乱」に際し、魔族間の連携を図るべく結成された代表組織が、「連合」でした。
「連合」は終戦後、効率的に再編された後、国連の補助機関へと昇格。以来、世界各地に創設された「魔族特区」の管轄に加え、人魔共存に向けた様々な施策へ、国連や各国政府と連携して取り組んでいます。』
映像はそこで終わり、機材を片付けながらリェーベチが雫に問いかける。
「簡素だったけれど、『連合』についての説明は以上よ。学校の授業で習ったのとほとんど変わらないでしょう?特に質問が無かったら、身体検査に移るけど」
「・・・はい、次に進んで大丈夫です(やけに目が疲れたなぁ)」
閉じた瞼を軽くもみながら、雫は返し席を立った。
*****
しばらく後
小会議室を出た2人が次に訪れたのは、医務室らしき清潔感あふれた部屋。リェーベチとはそこで一旦別れ、その後は医療スタッフの指示に従う。
一般的な健康診断から、MRIを使った精密検査、薬品を浸したガーゼ数種類を肌に張りアレルギーを調べるパッチテストなど、およそ1時間の検診を、雫はこなしていった。
その結果・・・、
「やっぱり、吸血鬼、ですか?」
「ええ、こっぱずかしい事に、世間じゃ『夜の貴族』とか称されて、ゲームやらマンガやらでもてはやされている、魔族の中でも有名な種族ね」
向かい合って座る女医から結果を聞かされた雫は、壁に取り付けられている鏡、そこに映る自分の顔を見つめる。
口元からは2倍近く伸びた犬歯が覗き、濃い茶色だった瞳にはほんのりと紅い光が宿っていた。
また検査の過程で身体能力を測定したところ、筋力や五感が著しく向上している事が判った。映像資料を見た後に目がひどく疲れていたのも、視覚が敏感になっていた為だ。
「ちなみに、私も吸血鬼よ。ほら」
にぃ、とはにかんだ女医の口元からは、雫と同じように犬歯が覗いていた。
「まぁ、私は狼や蝙蝠への変身能力は持っていないんだけどね。その分、アレルギーがないから生活は楽よ。雫さんも・・・うん、パッチテストでは全部陰性。ちょっと日光が眩しく感じたり、スパイスとか刺激物がきつく感じるかもしれないけど、日常生活に問題はなさそうね」
しかし、その笑みはすぐに消え、女医は医者としての顔になって告げる。
「ただ、どうして転化したのかは、さらに精密な血液検査の結果を待ってもらうしかない」
「・・・血液検査で、判るものなのですか?」
「少なくとも、どの血統の吸血鬼が元凶になったのか、はね。吸血鬼には血統ごとに細胞の特徴があって、それを調べれば、どこの吸血鬼が『親』なのか辿れるの。世界中の全ての吸血鬼コミュニティのサンプルが、『連合』に保存されているから」
『連合』が定めている分類では、『吸血鬼』という種族は、そこから更に、所属する同じ血統の集団ごとに区分けされる。これは先天的に吸血鬼である者はもちろん、後天的に転化する者も(禁忌とされる魔術を用いるケースを除き)、『親』となる吸血鬼と同じ特徴や能力を引き継ぐ為だ。『吸血鬼に襲われたものは吸血鬼になる』という伝承は、あながち迷信という訳ではなかったのである。
「という訳で、私から説明できることは以上ね。ここから先は、リェーベチ・ぺトロヴナに従って、手続きを進めてちょうだい」
「解りました。・・・あの、ありがとうございました」
検査結果が描かれたカルテを受け取りながら、雫は女医に謝意を述べ、頭を下げる。
「どういたしまして。・・・あ、最後に一つ」
女医は雫を引き留めると、気さくな笑みを浮かべながら、付け加えた。
「私はずっと魔族として、この特区に住んでいるけど、人間の生活とそう変わらないわ。良い事も悪い事も両方ある、面白い街よ」
「・・・はいっ!私もそう思います」
年相応にはにかんで見せた後、雫は医務室を去った。