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『易占奇術』は、“通常通り”営業中  作者: ミズノ・トトリ
とある従業員の日常
2/18

2(Hyde)

3月某日 深夜

ラグーナポリス とある児童公園


「だぁれが殺人鬼だ?誰が?」


 ぐったりとした卓也から、彼の血で真っ赤に染まった腕を引き抜いた男は、その場に崩れ落ちた(からだ)を踏みつけながら、不満そうにつぶやく。


「2つ訂正しとくぞ、(えさ)ぁ。俺は偉大なご主人様に洗礼(・・)を受けた夜の貴族、『吸血鬼』だ。そして、お前らはオレ達の『餌』。だからこれは『食事』であって『殺人』ではなぁい。・・・って、聞こえてねぇか」


 ぼうっと開かれた卓也の眼を確認した男は、つまらなそうに立ち上がると、自分の掌を汚すドロッとした赤黒い液体を、ためらいなくしゃぶる。

 それを口の中で咀嚼(そしゃく)し味わうが、すぐに顔をしかめ、汚らしい声と共に吐き出した。


「ぼげぇぇ・・・まっずぅぅ!?お前の血どうなってんだ?これまでで最っ低の味だ!・・・おえぇ」


 傍若無人に卓也の血を吐き捨てると、吸血鬼は仕返しとばかりに、彼のわき腹を、何度も蹴りつける。


ったく(ガスッ)昨日の(ガスッ)女子高生が(ガスッ)最っ高だった分(ガスッ)落差でっ(ガスッ)気分(ガスッ)最悪だ(ガスッ)っ!!。・・・・はあ、はあ、口直しにもう一狩りいかねぇと。でも繁華街はもう、裏路地ですら人通り減っちまったしなぁ」


 最強の防犯装置(太陽の光)が西に消え、自分への警戒から人気(ひとけ)の絶えた公園内を見渡しながら、殺人鬼は、ため息をつく。

 すると、背後から第三者に声を掛けられた。


「・・・それなら、私の血はいかがかな?」

 

 振り返ると、一人の女が公園の入り口から、こちらへと歩み寄ってくる。

 赤いドレスに身を包み、それとは不釣り合いなクーラーボックスを肩から下げた、20代に見える女。

 その金色の長い髪は幽かな夜風にたなびき、蒼い両眼はまっすぐに男を見据えている。この場の惨状を、気に留めていない様子だ。

 星明りも頼りないほどの、人間の眼では何も見えないはずの暗がりを進む彼女だが、吸血鬼の眼はその全容をはっきりと捉えていた。

 男は喉の渇きが込み上げてくるのを抑えつつ、女に向かって問いかける。


「お嬢さん、自殺志願者か?俺が言うのもなんだが、まともな人間はこんな状況で、平然としていられねぇはずだが?」

「半分正解で、半分間違いだ、夜の貴族殿。私は自殺志願者ではないが、マトモとも程遠い。『連合(ネクサス)』の代理人、と言って解るかな?」


 代理人と名乗った女だったが、身分証のたぐいを見せるそぶりはない。

 吸血鬼も初耳らしく、首を傾けいぶかしむ。


「ああ?・・・ねくさす?聞いたことねぇな」


 すると女性は、それを予想していたように、かぶりを振った。


「やれやれ、どうやら君のご主人はむせきに・・・もとい自主学習を推奨する御仁らしいな。我々『連合』は、簡単に言えば魔族の互助会だ。吸血鬼の場合は、合法的な血液の提供を行っている」


 男勝りな口調で語られた代理人の言葉に、吸血鬼はにやりと笑う。


「へぇ、血をくれるのか。じゃあ今すぐ貰おうかな、代理人さんよぉ」


 そう言って吸血鬼は、下品な笑みを浮かべて近づいていく。

 代理人の女はその場を動かず、クーラーボックスをそっと地面に置くだけ。

 そして、2人の距離が1m程にまで縮まったその時、突如、吸血鬼の動きが止まる。


「・・・おい、ねぇちゃん。なんの冗談だ?それは」


 苛立った声で威圧しながら、吸血鬼は代理人の女がこちらに掲げたソレを指さす。

 彼女が差し出した手には、赤い液体の入った、ポリ塩化ビニル製の袋が握られていた。

 いわゆる、輸血パックと呼ばれる代物だった。地面に置かれたクーラーボックスから取り出されたものだ。


「言っただろう?合法的に血を提供する、と。善意の献血で集められ、公的機関が管理・供給している吸血鬼専用の『輸血パック』だ。直接飲むのもいいが、私としては本来の用法である血管からの輸血をおすすめ・・・」

「ふっざけんなぁ!!」


 スパン  ビチャッ!


 激昂(げきこう)した吸血鬼が手刀を一閃させると、血液パックは切断され赤黒い中身がレンガ張りの地面を汚す。


「だぁれがそんな病人みてぇなマネするっつったよ?俺は夜の貴族様だぞ!血ぃ寄越すんなら、てめぇのを寄越せヤァ」


 振り払った腕を今度は目の前の女へと突き出す。

 常人の視力では、書き消えたように見える速さで繰り出されたそれは、男の遠く後方で倒れ伏す卓也と同じように、女の腹を突き抜ける。はずだった。

 しかし彼女は、ため息と共にそれを難なく避ける。


「アラァらったった!?」


 空振った吸血鬼はバランスを崩し、軸足一本でケンケン飛びをしながら、どうにか堪えようとする。

 が、今さっき自分で破いたパックの破片を踏んづけ、盛大に転んだ。


「はぁ、まったく。ドコのアホウだ?こんな無能に『血を分けた』のは・・・」


 そして女は、クーラーボックスのベルトを拾いあげると、吸血鬼に背を向けて立ち去ろうとする。


「おい待て!どこに行く!?夜の貴族である俺様をコケにしといて、生きて帰れると思ってんのか!?」


 前のめりに倒れ込み、顔面を強打した吸血鬼は、体を起こし鼻血をふき取りながら叫ぶ。

 すると女は面倒臭げに振り返り、心の底から不快なのだという視線を、吸血鬼にぶつける。


 その瞬間、時間が止まったように吸血鬼が硬直する。再び突き出そうと構えていた手刀はブルブルと震え、背中には冷や汗がにじんだ。

 

「貴様が夜の貴族?笑わせるな、下賤(げせん)。目の前にいるのが同胞・・・いやこの言葉は不適切か。・・・『どんな存在』かも察せられないアホウの分際で、調子に乗るな!」

「そ、その目は・・・!?」


 こちらを射抜くその眼の変化に、吸血鬼は(おのの)く。

 サファイアのようだった彼女の瞳は、己と同じ真紅に染まっていた。

 さらに・・・


「痛っつぅ。出来たてで背伸びしてる素人、と楽に観てたが、下手くそに抉られるってのも、きついもんだなぁ」


 背後から届いた、もう聞こえるはずがないと思っていた声に、吸血鬼の瞳が、限界まで見開かされる。


「ま、まさか・・・なんで」

「はっ、ばっちり聞こえてたぜ、てめぇの自信満々な弁論」


 無理やり首を動かし振り返ると、外灯の明かりと暗がりの境目で、ゆらりと人影が起き上がるところだった。

 そしてソレから、吸血鬼の口調を真似た声が漏れる。


「だが2つ訂正しとくぞ、殺人鬼ぃ。昔はともかく、今は『何とか協定』って決まりがあって、勝手な吸血は禁止されてる。当然、ソレで死なせたら殺人になるんだよ。だからてめぇは、やっぱり『殺人鬼』だ。んでもって、俺様ちゃん(・・・・・)は、そんなを悪人ども狩る、てめぇらの『天敵』だ」


 紅い瞳で吸血鬼を睨みながら、倒れた自分に吐かれたセリフをやり返した卓也。

 その口元からは鋭く伸びた犬歯が覗き、その双眸(そうぼう)は、代理人の女と同じく、真紅に染まっていた。

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