第四話 ショッキングモール・後編
真冬が清十郎たちと出会っているころ、心紅は自室から窓の外を眺めていた。
「真冬、遅いわね」
「ご主人様、まだ昼だぞ」
クロジカは腕を組み壁に寄り掛かっている。
「そうだけど······」
「少しは待つことを覚えたほうがいい。それともアレか、毎回ついていくつもりか?」
「気になるのよ」
クロジカは呆れたように尻尾で頭を掻く。
「学校も休んでしまったな」
「どうってことないわ。もう完璧に頭に叩き込んであるから」
「ならば学校などに通わなくてもいいだろう」
「甘いわね、クロジカ」
心紅はクロジカに向き直る。
「どういうことだ?」
「学校に通うとね、友達ができるのよ」
「なるほど、戦いに役立つのか」
「違うわよ。······『戦いに役立つ』ね。いつまでも無力な私のままじゃいられないわよね」
「何を考えているんだ?」
「ちょっとした肉体改造よ、ヒヒ」
心紅は魔女らしい笑みを浮かべて言った。
______
「座れ」
「なんでこうなるんだよ」
「ほら! 清十郎が座れって言ってます。私たちも座りましょう!」
三人はファミリーレストランに来ていた。
逃げるのは最終手段として、真冬は素直に従うことにした。
適当に注文し終え、真冬は探り出す。まずは会話だ。
「風間さんもオフ日なのかよ」
「一花と同じシフトだ」
「崩紫さんも四宝組の幹部だったんですから、もっと内情に詳しくてもいいと思うんですけど?」
一花に言われたことも頷ける。
戦いに明け暮れていたことを後悔した。
「なんにも知らないな」
久乗の能力の発動条件ですら知らなかったのだ。
勉強不足。どこに行ってもこれにぶつからないことはない。
「崩紫」
「なん、だ、ですか」
「うわ、敬語下手くそですね」
「······うるせー、久々で噛んだだけだ」
風間さんが来てから、闇園がさらに元気になりやがった。
清十郎の隣で、はしゃいでいる。その様子だけ見れば年相応の少女だ。しかし潜ってきた修羅場の数が違う。異様な雰囲気を漂わせている。
「お前が逃がした少女のことだが」
「清十郎!?」
一花が静止に入る。
「風間さん。あの少女。ナナ・トランスがどうかしたんですか?」
「鮫島が追っている」
鮫島水葵。
四宝組十二幹部の一人。『最速』の能力者。
能力だけ見れば追手としては中々いいかも知れない。能力だけ見ればの話だが。
「もうー、なんで言っちゃうんですか!」
「ギブアンドテイクだ、崩紫、俺がお前に与えた傷は致命傷だった。なぜ生きている?」
なんて強制的なギブアンドテイクだ。真冬は頭の中でツッコミ、そして考えを整理する。
心紅のことは『魔女』の協力者として、顔はバレてないだろうが存在はバレている。なら、回復薬のことを言ってしまっても構わないんじゃないか?
「それは組織に対する裏切り行為なんじゃないですか?」
とりあえず、牽制。
「ならん」
「ならないみたいです!」
一花はセーフとポーズをとる。
「俺たち二人は、伯龍に金で雇われた浅い関係だ。契約期間が終了し、追加の料金が支払わなければそこで解約となる。それよりもだ、教えてはくれないか、崩紫よ」
「そんなこと聞いてどうするんですか? けがを治したいとか?」
もしかして風間さんはどこか痛めてるのか?
「俺のじゃない、一花だ」
「え、私ですか?」
一花はビックリした様子で清十郎を見る。
「一花の能力のことは知っているか?」
「知らないです」
名前だけなら知っている。『魔物使い』。
「知らないなら知らないでいい、目を治してやりたいのだ」
「目?」
「もういいですってば! これでいいんですよ、これで」
一花は清十郎の袖をグイグイと引っ張るが微動だにしない。
けがが原因で左目を隠すように包帯を巻いていたのか? 能力者の中には目を使った能力があり、制御できない場合においては眼帯で隠したりする。一花もそうなんだと勝手に思っていた。
「その目と能力は関係があるんすか?」
「対価だ」
「対価?」
無能力者がよく使う方法で、対価を支払い能力を後天的に得る方法がある。
「なんだかんだあってですね。魔物使いになったんですよ」
「儀式だ」
「もう! なんで言っちゃうんですか!」
「構わないだろう」
「かまいますよ! もう!」
一花はプンプンと頬を膨らませ、怒りを示す。
「闇園が嫌がってるみたいですから、掻い摘んで話してもらえればいいですよ。力になれるかもわからないし」
おいおい、俺よ。なんだか流されてないか?
「一花は望んで能力者になったわけでは無い。一族の風習により強制的に能力者にさせられた。その成り行きで俺は闇園一族を滅ぼしてしまったが」
何さりげなくとんでもないこと言ってんのこの人?
「あ、一族の恨みとかはまったくないです。地下に閉じ込められていましたからね!」
闇が深いッ!
「一花と魔物の繋がりは強くてな、魔物を倒しても左目を依代に復活するのだ」
「清十郎、やめてください。意外と便利なんですよ。『彼』は」
「崩紫よ」
一花を無視して真冬に話しかける。
「便利のために体の一部を失えるか?」
「度合いによりまーー」
「便利のために体の一部を失えるか?」
「いえ、失えないなぁ」
「意見変わってますよ!」
真冬はふと疑問に思う。
「対価なら治らないかもしれないですね」
「アプローチの方法の一つと見てもらっていい。もしかしたら治るかもしれないというだけだ」
「今、その左目はどうなっているんですか?」
一花が俯き、あからさまに嫌がる素振りを見せる。
「これを見たら、お前は後に引けんぞ?」
「待って、考えさせてほしい、です」
よし、ここは言おう。殺されてもいい。真冬は口調を元に戻す。
「やっぱり、魔女のことは教えられない。俺にも意地がある」
心紅の不利になるようなことは一つとして教えられない。そう決めた。命を賭して人を救える人間を、裏切るなんて真似は死んでもゴメンだ。
「そうか」
嫌な空気が流れ始める。発生源は清十郎からだ。
「やるならやってやりま、やるよ!」
「え、やるんですか。ここで? 私たち二人を相手に?」
とは言いつつ、一花も戦闘態勢に移る。特に構えたりはしていない。だが意識が切り替わったのを真冬は感じた。
数秒後には戦闘が始まる。その刹那。
「ミ〇ノ風ド〇アのお客様〜」
ウエイトレスが横槍を入れてきた。トレーの上には注文した料理が乗っている。
よく見ると手が震えている。プロ魂だろう。名札を見れば店長と書いてある。
「ふふ、あはは」
戦意が失せたのか、場の雰囲気が緩む。
「まぁ戦いなどいつでもできる、飯にしよう」
「はい、いただきまーす」
この店の店長は俺の命の恩人かも知れない。
俺は命の恩人を何人作るつもりなのだろうか。
二十分後。
時折、会話を交わしつつ三人とも食べ終わる。一花はお腹の帯を緩めている。真冬と目が合い視線を逸らした。
別れ側に、一花はこんなことを言い出した。
「崩紫さん」
「ん?」
「能力者って、呪われているみたいですよね」
一花の境遇を思い出す。そして俺の能力も。
触れるだけで皆ボロボロになっていった。
「そうかもな」
そうかもしれない。この手が無かったら、別の人生を歩んでいたのかもしれない。真冬は素直にそう思った。
「悲観するなお前ら、俺たちはただ生きているだけだろう」
「はーい」
生きている。てか、殺そうとした張本人に言われても、何の説得力もねーよ。
______
買い物も無事に済んだ、その帰り道。
「あれ? 崩紫じゃねぇか?」
「崩紫だ! 見つけたぞ! 他の奴にも連絡しろ!」
見つかった。四宝組の構成員だ。
見る見るうちに、十名ちょっとの構成員が集まった。
「崩紫ぁ! ケジメつけさせてもらうぞ!」
構成員の怒号が飛ぶ。見知った顔もちらほらいる。
俺を倒せば幹部の空いた席に座ることができるかもしれない。欲望にまみれたいい顔しやがって。
「今日はストレスが溜まりまくっててよ、手加減できないから必死に生きろよ、テメェら」
真冬はパンパンになったビニール袋を置き、構える。
拳を突き出す。空間にヒビが入ってすぐに消える。
暗緑色の『崩壊』のオーラが拳から滲み出て肩までを覆い尽くす。
その姿に、崩紫の戦いを見たことがある者はたじろぐ。
「構わねぇ! やっちまえ!」
構成員たちのリーダー格が突撃命令を下した。お前も来いよ。真冬は心の中でツッコんだ
中型犬に『獣化』する者。掌からこぶし大の火の玉を作り出す者。『武器召喚』で小ぶりのナイフを召喚する者。
それぞれ犬が突撃、火の玉使いが遠投、ナイファーが接近戦を仕掛けてきた。
「おっと」
真冬はまず、一番に突っ込んできた中型犬の能力者に対して左腕を差し出した。腕を噛まれたが『崩壊』のオーラは肩までを覆っている。噛みの威力を『崩壊』させた。服にすら歯は届かない。
「あ、あれ? なんでーー」
中型犬の男は顔だけ元に戻す。焦っているようだ。じんめん犬じゃねぇか!
「大型犬のほうが強い!」
真冬は鋭い蹴りで人面犬の横腹を蹴り飛ばした。塀に激突して一撃で気絶した。
次に火の玉とナイファーが迫る。
右の掌で、火の玉を『崩壊』させて受ける。
ナイファーがその隙をつこうと刺突する。
左手でナイフを持っている右手の手首を掴む。と、同時に『崩壊』させた。
悲鳴が響き渡る。その間も手首に入ったヒビは広がり砂と化していく。ぼとりと右手が落ちた。
「それは便利だな。ナイフ持ってると怒られるもんな。俺も欲しいよ『武器召喚』能力」
真冬の強烈なカウンターを目撃した構成員たちがどよめきだす。何人かは逃げる者もでてきた。
「あ、火の玉投げつけてきた奴」
一人ビクッと体を震わせる男がいた。アイツだな。真冬はギラついた目で、その男に狙いをつけた。
「お前の能力よりライターのほうが便利だ。消してやろう」
「ひいっ!」と、構成員たちは身を翻し、逃走を開始した。
「待ちやがれ! 逃がすか!」
真冬は満面の笑顔で追いかけた。
______
夕方。
帰宅した真冬が真っ先に目にしたものは、玄関口で待ち構えていた心紅だった。
「おかえりなさい」
「ただいま」
「遅かったじゃない。ほんの少し心配したわよ」
「ごめん、構成員たちに見つかって倒すのに時間かかっちまった」
「そう、けがはしてない?」
「ああ」
「次は私が買い物に行くから」
「もう大丈夫なのか?」
「クロジカが過保護すぎるだけだわ、なんともないもの」
「そっか、よかった。そうだコレ」
半ば無理やりとはいえ、ファミリーレストランで、心紅たちより先にご飯を食べてしまった真冬は、罪滅ぼしに赤の髪留めを買っていたのだ。
「え? なにこれ」
「やる、いやもらってください」
もらってもらわないと困る。うん、卑怯だな俺。
「あ、ありがとう。なんだかよくわからないけれど、もらってあげるわ」
キッチンのほうを見るとクロジカが先の割れた舌をチロチロとさせていた。どういう感情表現なのだろうか。
心紅は早速、髪留めをつける。
「どうかしら?」
「おう、似合ってる」
「ヒヒ」
魔女笑いをする心紅、嬉しそうでなによりだ。
「よし、飯にしよう」
「大釜でシチューを作るわ」
大釜というところに、さらなる魔女らしさを見出しつつ、真冬たちはキッチンへと向かった。
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ギョーン。
夜の街に、ギターのような音色が駆け抜ける。
誰かが路上ライブを開いているのだ。
短髪の青い髪に軍服を纏った、二十代前半くらいの男。光沢のある青いギターのようなものを弾いている。あぐらをかき、ご機嫌な様子でリズムにノッている。
「いい音だな!」
一人の少女が青髪の男の前にしゃがみこむ。
「お客さん、お目が高い」
口笛を吹き、片目を瞑り、ニヒルに笑って、青髪の男は答えた。
「何か聴かせてよ!」
「オーライ、俺に任せなよ」
ギョーン。と、ギターのようなものを一撫でする。
「聴いてください『俺のギターは生きている』」
冬の寒空に暖かい音楽が鳴り響いた。