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一章EX 極彩の筆


 深い森の中、雨が音を抱き落としていく。



 雨を気にすることなく歩みを進める銀髪の男。『刃王』の能力者、ロア・フルレインは無表情とは裏腹に困っていた。妹であるナナ・トランスが川に水を飲みに行ったきり帰ってこないのだ。


 二人は、心紅の家を出たあと、研究所のあるグンマを目指して徒歩で移動していた。道中、魔物と遭遇しても、ロアが一刀にて斬り捨ててきたが、ナナ一人では心許ない。


 迷子になるとは、どうしようもない妹だ。迎えに行ってやるか。ロアは首につるしていた携帯電話を取り出して、ナナの髪に埋め込んである発信機の信号を探した。


 近い、まだ川辺にいるのか、雨で増水する前に離れたほうがいいんだが。ロアにかかっている呪い『雨乞いの呪い』の影響で、ロアは常に雨雲に追われている。同じ場所に長居をすれば、たちまち水害に苦しめられることになるのだ。


 ロアは発信機の信号を頼りにナナを探す。

 ナナはあっさりと見つかった、川辺にうつ伏せで倒れていたのだ。


「······」


 ロアはすぐにでも駆け寄りたい気持ちを、ぐっと押し殺した。

 罠の可能性もあるのだ、ナナがなぜ倒れているのか、まずは呼びかけてみる必要があるだろう。


「ナナ!」

「······」


 ロアの呼びかけにも、ナナは反応しない。ロアはあたりを見渡して不審なものがないか確認する。しかし、何も発見できない。


「ロア······にぃ」

「!?」


 ナナの呼び声に、ロアは罠のことなど、頭の隅に押しやり駆け寄った。


「大丈夫か?」

「うん、寝ちゃってたみたい、いたた」


 ナナは起き上がると、首の後ろをさする。


「うお! なんだこれ!」


 さすった手を見てナナが驚愕の声を上げる。

 極彩色の粘度の高い液体がべっとりとついていたのだ。


「なんだそれは、また変なものを触ったのか?」

「知らないよー、うえー、気持ち悪いー」


 ナナは慌てて川で手を洗う。


「寝てた原因が、それだとしたら、早く流したほうがいい」

「うん、首の後ろにまだついてるかな?」

「ああ、ついてる。しっかり洗え」

「わかった、徹底的に洗ってやる!」


 ナナは、服を脱いだ。下着姿となり川に飛び込む。水しぶきがあがる。しかし、現在、冬真っ只中、小ぶりとはいえ雨が降っている。ロアは呆れつつ、ナナの次の反応に備える。


「さっむーい! さむすぎる! ああああ!」

「何をやっているんだ、そんな洗い方があるか」

「うぅ、だったら止めてよぉ、私、疑えないんだから」

「······忘れていた」


 このままでは、ナナが凍えてしまう。どうしたものか。ロアは着ていたロングコートをナナに被せながら考える。


「あったかい!」


 二人とも、ずぶ濡れだが、そこは人造人間、過酷な環境でも活動できるように作られている。それにしても、このままでは生命活動が維持できなくなる。


「お二人さん、面白いねー、こんな寒いのに寒中水泳?」


 ロアの後ろに女が立っていた。


「······会ったことあるか?」

「いんや、初めてだと思うよ? もしかしてナンパかな、お兄さん」


 その身のこなしからから、この女が只者ではないことが見て取れたロアは、腰に手を当てる。ナナはそれを見て、バットケースから刀を取り出す。


「ロアにぃ、これ!」

「助かる」

「おわ、へぇ、すごいじゃん、雰囲気が段違いに良くなったね」


 女がつけている茶色い腰掛エプロンは、ナナの首についている極彩色の液体と同じものが付着している。


「この粘液の正体は絵の具か、お前がナナの首につけたのか」

「そうだよ、剣士かと思ったんだけど、勘違いみたいだったね、すまんよー」

「勘違いか! なら許す!」

「すぐに信じるな」

「無理だよ······ロアにぃ」


 女は、二人のやり取りを見て、バンダナ越しに頭を搔く。その細めから、鋭い眼光がロアに向けられる。


「!」


 ロアは空を斬った。何も無いはずの空間に金属同士がぶつかり合う音が響いた。


「へぇ、これまたすごい! 私の初太刀を受ける人は久しぶりだなぁ」

「お前も剣士か」

「いかにも、私は妖刀『極彩の筆』の使い手、京極あやの(きょうごくあやの)」


 あやのは筆を構える。緊迫した空気が張り詰める。


「ロアにぃ、なんで、この人筆を構えているんだ?」

「ナナは黙っていろ」

「お嬢ちゃん、剣士同士が出会うとき、それは雌雄を決するときなんだよ、お兄さんはよく分かっているようだね」


 ついに、二人の剣士が動こうとしたとき。川から何かが飛び出した。


「······ぐぎ? ぎぎ?」

「魔物だ!」


 三人の真ん中に立つのは、二足歩行のエビ型の怪物だ、両手に大きなハサミがついている。


「ぎぎ、にんげんだど」

「邪魔をしないで欲しいな」


 あやのがそう言うと、エビの怪物が吹き飛び川に落ちた。


「待ってくれ二人とも、今、あの魔物······喋らなかったか?」


 ハッとして三人は、再び川から現れた魔物を見る。


「いでで、よぐもやっただな」


 ロアはクロジカを思い出した、ちぎれた腕を治療してもらっていたときに、なぜ魔物が喋れるのかと話題に上がった、そのとき確かにクロジカは言った。


『俺は魔物じゃねぇって······、喋れる魔物はほとんどいないんだよ、知能に特化した奴らくらいなもんだ。だいたい喋る奴は魔人だ。俺と同じな』


 魔物を食らい、魔人となった者は、魔物だったころより遥かに強くなる。それはロア自身も身をもって体験していた。


 四宝組の事件が解決したあと、心紅本人から異世界から来たとカミングアウトがあった。だから新世界で魔人を見ることはないとロアは思っていた。しかし目の前にいるこの魔物は『新世界産の魔人』ということになる。


「あやと」

「あやのだよ」

「あやの、あれは魔人だ」

「魔人? 魔物と違うの?」

「強さが違う、気をつけろ」

「はぁ、はいはい、即興で合わせてあげるよ。あれを片付けたら次はお兄さんだからね」

「望むところだ」


 ロアはエビ魔人に向かって駆けだす。瞬く間に肉薄する。

 下から上へ、刀を振るい、エビ魔人を斬り裂く。


「うお。おどろいただ」


 硬い、装甲のような甲殻が刃物を通さない。


「伏せて」


 ロアが伏せると、あやのは筆を横に振るう。極彩色の絵の具が、タタタと点状に、エビ魔人の胸の装甲部分に付着する。


「穿て、極彩色!」


 ドドドッ。と、エビ魔人の胸に衝撃が走る。付着した絵の具が消滅している。


 あれが妖刀『極彩の筆』の能力か、絵の具を斬撃に変換しているといったところか。それに絵の具が筆先から溢れだしている。あれも能力の一部だろう。ロアは冷静にそう分析した。


「そんなに私のアートを見られちゃうと照れちゃうな」

「剣士なんだろ」

「剣士の前に、私は芸術家だよ、格好でわかると思ってたから言わなかったけど、ね!」


 あやのはエビ魔人のハサミ攻撃をすんでのところで回避する。そして、ボディペイントをエビ魔人の腹部に施していく。見事な早業だ。


「斬れ、極彩色!」


 ギャリンッ。と、エビ魔人の胴回りに火花が散る。しかし、エビ魔人の体には傷一つつかない。


「あやしい技をつがうな、おでもがんばるど」


 エビ魔人の両手のハサミが青白い光を放つ。


「この魔人、能力を持っているーー」

「『混濁』」


 それを見た三人は一目散に『逃げた』。

 逃走するしかなかったのだ。それだけエビ魔人の能力がとんでもなかったのだ。


 『混濁』それは、まじって濁ること、エビ魔人がハサミから放った青白い光を浴びたものは、グチャグチャに混ざり合い、一つになる。さもそれが元からあったもののように、だ。


「どこにいっだ?」


 エビ魔人は三人を見失っていた。





______





 数時間後、三人は、あやのの工房の暖炉のある部屋で暖をとっていた。


 二人の服は研究所で開発された特殊素材が使われている。乾く早さがとても早く、こうして暖をとっているだけでも、乾いてしまうのだ。


 ロアの呪いの副産物といえよう。


「見たことのない魔物だったね」

「あれは魔物じゃないと言っただろ、あれは魔人だ」

「そうだったね、お兄さん、詳しいね」

「前にも魔人に会ったことがある」

「なぁなぁ、二人とも、もう戦わないのか?」

「こちらとしては一時休戦したいが」


 ロアは、あやのを見ている。あやのの返答しだいによっては、ここが戦場になるのだ。


「うん、賛成、あの魔人を殺すまでは協力するよ」

「そうか、助かる」

「お互い様だよ、それにこの雨じゃね」

「そのことだが」


 ロアは呪いのことを説明した。


「うへー、大変だねー、まぁ雨ていどで私の剣が鈍ったりはしないんだけどね」

「それは俺もーー」


 ぐぅ······。ここで誰かの腹の虫が騒ぎだす。


「ナナ」

「えへへ、お腹空いちゃった」

「まったく、おい、何か食い物はあるか?」

「停戦したとたん、ずうずうしいじゃないか、まぁ、何か用意するから、そこで寛いでなよ」

「あ、あやの殿、この首の絵の具を取ってくれ!」

「ダメだよ、そこのお兄さんが逃げちゃうかもしれないだろ? 逃げたら、妹さんの首をはねるからね」

「そしたら、お前を斬り殺す」

「たはは、楽しみだね、それは」


 そう言って、不敵に笑ったあやのは部屋を出ていった。


「ロアにぃ、すまない、また私のせいで逃げられなくなってしまった······」

「なに、今に始まったことではない、妹の尻拭いは兄の役目だろう」

「それもそうだな!」


 ロアはナナの頭を殴る。


「いたた、たま疑えなかったのだな······、あ、ロアにぃ、この部屋って」

「ああ」


 壁にはいくつもの絵が飾ってある。どれも極彩が基調となっている、あやのの作品だろう。


「本当に芸術家なんだな」

「剣士の芸術家か、あの筆さばきは油断ならないな」

「芸術家の剣士だよ、お兄さん」


 あやのが戻ってきた、片手にさげたバスケットの蓋を開いて中からサンドイッチを取り出した。


「サンドイッチか」

「斬るだけで作れて、片手だけで食べれる、最高の料理だよ」

「やった! ありがとう! ばくばく! うっまい!」

「この子は疑いもしないんだね」

「疑えないんだ、そう作られている」

「呪いの説明の時に言ってたけど人造人間だっけ? 君たちの作者は随分なひねくれ者だね」

「どういうことだ?」

「どういうことも、こういうこともないさ、いいかい、創作をするとき、その作品には作者の願望が吐き出されるんだ。つまり君たちの製作者は『信じたい』んだよ」

「信じたい? 博士が、一体誰を」

「それは作品を見た、ギャラリーが各々の答えを見いだすだけだよ。作品自体に気づけるはずもない、たはは」

「何がおかしい」

「いやね、たは、なんだか君たちを見ていると感化されるっていうのかな」


『なんだか悔しいや』


 どろりとした殺気にナナが身震いをする。ロアの目は座ったままだ。


「まぁ、ね。楽しみは最後に取っておこう」


 怯えるナナを見てあやのはバツが悪そうにそう言った。


「そ、そっちだって、芸術家が人斬りに目覚めるとか! どういう人生を送ったら行きつくんだ!」


 ナナは博士をけなされて怒ってるんだな。自分の命を握ってる相手に食いつくとは、愚妹め。お前が殺されたら俺はどうすればいいんだ。


「よくも聞いてくれたね、それはとてもわかりやすい話だよ」


『私は人の死体で作品を作るんだ』


「だから、お兄さん、私の欲望のはけ口となってくれ」

「ふうん、興味が湧いた、作品を見せてみろ」

「ロアにぃ!?」

「いいよ、地下室に案内するよ」


 三人は、地下室に続く階段を降りた、木の匂いがする。あやのがバチンと明かりをつける。


「ひっ!」


 ナナは露骨に顔をひきつらせて、ロアの後ろに隠れた。

 白骨化した人の骨で組み上げられた、不気味なオブジェが何体も飾ってある。

 どれもポーズや、組み方が違うが、一つだけ共通点がある。


「皆、剣士か」

「お、ピンポンピンポン、大正解」


 どのオブジェにも刃物が組み込まれているのだ。


「私が斬り殺した剣士たちだよ」

「芸術家の剣士というのは、そういうことか」

「うん、さすが剣士、察しがいいね。私は『剣士で作品を作りたいんだ』だから、こうして努力して剣士になったんだ。強い剣士を殺して作品の素材にするためには、それよりもっと強くならないといけないからね」


 努力で辿り着ける領域には限度がある。才能を加味しても、この京極あやのは、ずば抜けている。


「く、狂ってる」


 後退りをするナナの腕をあやのは掴んで阻止する。


「狂ってる? それは私じゃないよ、それは私の役目じゃない」

「な、何を、一体、何を言ってるんだ!」

「この子本当に君の妹? 察しが悪すぎるよ、一から十まで説明した芸術ほどつまらないものはないというのに」

「その筆はどこで手に入れた?」

「作った、道具にもこだわるタイプなんだ」


 化け物、ロアの目の前に化け物がいる。


 ゾクリとしたものをロアは感じた、この高揚感、探していたものが、ふとした瞬間に現れたような。この女と斬り合いたい。


「······いい目だね」


 あやのは、薄目を開き、ぺろりと舌を唇に這わせる。

 勝ったほうが剣士としての高みに近づける。


「みつけだ」


 床の石畳を押しのけて地下からエビ魔人が現れた。


「噛み砕け、極彩色!」


 なんという早業、エビ魔人の頭にワニの顎が描かれた。それはバキバキとエビ魔人の硬い甲殻を噛み砕いた。

 ロアはその隙を突く、刀をエビ魔人の割れた甲殻にねじ込む。


「うぐあ!」


 エビ魔人は、頭を抑えて、穴の中に逃げ込んだ。


「追撃、極彩色!」


 あやのが床に描いた蛇の絵が、意志を持ったように這いだして、穴の中に入っていく。


「外に出たみたいだね。行こう」

「ああ」


 一連の息の合った二人の動きに、ナナは呆然と立ち尽くすことしかできなかった。


 三人が外に出ると、地中からエビ魔人が這い出てくるところだった。土汚れが、雨で洗い流されていく。


「おでのからを、くだいだのは、おめぇがはじめでだ」

「ずいぶんと狭い世界で生きてきたんだね、魔人さん」

「気をつけろ、奴は能力者だ。ナナ! あれの用意をしておけ」

「え、あ、うん! わかった!」


 ロアの言葉を受けて、ナナは懐から袋を取り出す、袋からジャラリと金属音がする。


「『混濁』」


 エビ魔人の両バサミから青白い光線が放たれる。

 当たれば即死だが、光は短調で射程も中距離だ。長く太い鞭を想像すればいいだろう。


 ロアとあやのからすれば避けることは容易い。ナナは、家の近くで待機しており、射程外だ。それでも油断なくエビ魔人から目を離さない。


「さくっと、片付けて、決闘の続きをしよう。お兄さんで作る作品はきっと、今までで一番いいものになるよ」

「殺せたならな」


 二人は、即死の濁流を紙一重でかわして、エビ魔人を斬りつけていく。エビ魔人を挟むように攻め立てているため。一人につき一つのハサミでしか対応できない


 一体一なら、まだ勝算があったかもしれない。


「にんげん、どもめ」

「穿て、極彩色!」


 飛ばした絵の具がエビ魔人の頭部に付着して消滅、衝撃を生み出す。砕かれた頭では、その威力には耐えきれず、大きく仰け反った。


「ふんッ!」


 ロアはエビ魔人の砕けた頭部に突きを繰り出す。刀は深く刺さり、さらに手首をひねって、中身を抉る。


「ぐああーーッ!!」


 エビ魔人は狂ったようにハサミを振るう。

 闇雲に奮ったところで、二人にはカスリもしなかった。


「噛み砕け、極彩色!」


 今度は虎の顎の絵をエビ魔人の頭部に描き、即座に『極彩の筆』の能力を発動させる。バキバキと、エビ魔人の頭部は完全に破壊された。


 頭部を破壊されたエビ魔人は、よたよたと後ずさりしたあと、膝から崩れ落ち、うつ伏せに崩れ落ちた。


「うん、あとであれも作品にしようかな、ハサミを使う異形の剣士、うん、いいね」


 エビ魔人を倒した二人は、それとなく間合いをあけた。

 互いに見つめ合うその姿は、まるで恋人のようだ。


「······俺が死んだら」


 先に口を開いたのはロアだった。


「死んだら?」

「ナナは、見逃してほしい、ナナは剣士じゃない」

「ダメだよ、お兄さん。私は見逃さない。君は全力で私を殺さなきゃならないよ」

「そうか、なら頑張るか」


 二人は構える。ロアは刀を片手で持ちぶらつかせている。あやのは、まるでそこにキャンバスがあるかのように筆を構えている。







 ピシャリと雷がなる。それが決闘の合図となった。


 駆けだして、間合いを詰めようとするロアに対して、あやのは筆を十字に振るう。筆から飛んだ絵の具が、ロアの動きを制御する。


 それでもロアは、背を低くして接近する。

 刀を振るうが、浅く、あやのの服すら斬ることができない。


「足速いねー、私の知る限り二番目に速いよ」


 あやのは回避に専念している。それもそのはず、筆ではロアの刀を受けることができない。鍔迫り合いなどもってのほかなのだ。


「捕えろ、極彩色!」


 なんと、あやのは絵の具を撒き散らし、空中で絵を完成させた。なんという早描きだ。

 描かれたのは、カマキリの鎌だ、カマキリの鎌は斬るためのものではない。『獲物を抑えるためのもの』なのだ。


 二本の鎌がロアを捕らえようと動きだす。

 瞬く間に二本の鎌を刀でたたき落とす。


「いいね、いいね、じゃんじゃんいってみよー。刺せ、極彩色!」


 ロアが鎌を叩き伏せている間にも、あやのは次々と絵を完成させていく。描かれたのはスズメバチの大軍、毒針を向けてロアに襲いかかる。


「ロアにぃ······」


 ロアの剣技は圧倒的だが、あやのの持つ筆は妖刀、比べてロアが持つのは何の効果も付与されていない刀。どうしても守りに回ってしまう、攻めに転じることができないのだ。


 ナナは『変身』の能力を使い髪を伸ばす。鞭のような細さに変化させる。


「手を出すな!」

「ひっ」


 ロアの怒号に、ナナは体を萎縮させる。


「たはは、お兄さんが止めてなかったら、首、飛んでたね」


 ナナの首筋に汗が伝う、うなじに付着している絵の具が怪しい光を放っている。


「そうやって、ギャラリーとして突っ立ってなよ」

「くそぅ」


 ナナはどかりと座る。


「これならどうだ」


 ロアは木を斬り倒した。


「木こりにでもなるつもりかな?」


 あやのは、さらにスズメバチを描き続ける。

 スズメバチの相手をしつつ、ロアは木を切りつける。

 そして、出来上がった五本を脇に抱える。


「それって」

「木刀だ」


 そうロアが作ったのは木刀だ。荒削りだが使えるレベルの物だ。


「そんなものでどうするつもりなのかな」

「手数が足りなくてな」


 木刀を腰に二本さす、背中にも二本背負う。最後の一本は左手に持つ。


「たしかに、お兄さんの腕力なら体に当たれば骨は折れるだろうし、頭に当たれば死ぬだろうね」

「そういうことだ」


 最後のハチを斬り捨てて、あやのに向けて走り出した。

 刀と木刀の二刀流。あやのは筆を振り絵の具を飛ばす。


ロアは絵の具を全て木刀で受ける。


「やるじゃん」


 木刀に付着した絵の具が消え斬撃が発生する。木刀は粉々になった。


「ふん!」


 今度は刀を、あやのの頭に向けて投擲した。

 あやのは上半身を横に傾けてかわす。


『天雲の剣』なら納刀で追撃できたんだがな。ロアはそんなことを思いつつ、詰将棋をする感覚で戦闘を進めていく。


 背中の木刀二本を取り、あやのに肉薄する。


「守れ、極彩色」


 あやののエプロンに付着していた絵の具から、こぶし大のコガネムシが何匹も出てきた。木刀の攻撃を受けて、あやのを守る。


 その間にも、あやのは筆を振るう。飛び散った絵の具をロアは木刀で受ける。そして発生した斬撃により二本とも破壊された。


「あと二本だね」

「まだ二本だ」


 ロアは腰にさしていた木刀二本を抜き払う。

 あやのは筆を激しく降るう、到底さばき切れない量の絵の具が飛ぶ。


 ロアは、一滴残さず絵の具を受けきって見せた、それも右手に持つ木刀のみでだ。だが木刀は破壊され、左手の木刀を両手持ちにする。


「すっごいね、でももう終わりだね」

「まだ一本ある」


 あやのが筆を振るう。これで終わる。ロアは刻まれて、ナナの首ははねられる。その刹那。



「『混濁』」



 ロアとあやのの間を青白い光が通り抜ける。光を浴びた物質は混ざり合う。


「さっきの魔人だ! まだ生きていたのか!」


 ナナが指を指す方向に、倒れたままのエビ魔人がいた。

 頭部を失い、絶命するのを待つだけの存在が、右バサミを弱々しく持ち上げて、最後の一撃を放ったのだ。



「抜刀」



 ナナの懐が裂ける。飛び出したのは『天雲の剣』の破片。エビ魔人に襲いかかる。


「魔王······ざま」


 破片は散弾銃のようにエビ魔人の甲殻を貫く。今度こそエビ魔人は絶命した。


「うわ!」


 ナナは胸元を抑える。服が破けている。


「······」

「ロアにぃ?」


 ロアもあやのも動かない。ナナは不安に駆られ、駆け寄った。

 制止されることもなく、二人のもとにつくと、ナナは口元を手で覆った。


「······くは」


 あやのの腕が無くなっていた。肩の付け根からゴッソリ消え失せていた。


「ぐふっ」


 口からドバドバと血を吐き出す。


「お、お腹が······ッ!」


 あやのの腹部が抉れている。

 どう見ても致命傷だ。


「な、にをしているのかな······さぁ、続きを······」

「もう、終わりだ。お前はもう助からない」

「たは、は、でもお兄さんの方が先に死ぬよ」

「わかった」


雨の音が世界を包む。二人にはそれすらも聞こえることはない。


「殺せ! 極彩色ッ!」


 森全体が極彩色に輝く。すでに何年もかけてこの地域全体に絵の具を染み込ませていたのだ。あやのの奥の手『極彩の大地』


 森がうねりを上げてロアに襲いかかる。



「納刀」



エビ魔人の体から次々と『天雲の剣』の破片が飛び出す。

ロアに向かって『天雲の剣』が襲いかかる形になった。


「ロアにぃッ!!」


 突き刺さった破片の中で、ロアは一番大きなものを掴み引き抜く。そのまま、あやのの胸を貫いた。


 うねっていた森が元に戻る。


「あー、あ、私の、負けかぁ」

「お前の方が強かった」

「たはは、死んだ方の······負けだよ、お兄さん、ゲホっ」


 すでに、あやのの目に生気はない。たたらを踏んで倒れかけるが、ロアが支える。近くの木に寄りかからせた。


「私の筆を······、取ってくれない······かな」


 ロアはあやのに言われた通りに、筆を拾って持ってきた。この筆を守るために、あやのは逃げ遅れたのだ。


「介錯は······必要ないよ。自分で出来るから······あぐ」


 あやのはロアの持つ筆を銜えると、上を向いて首を振った。絵の具が大量に飛び散り、あやのにかかる。


「······やっと······だ、やっと······完成する······ゲボっ、私の最高傑作······」


 最後に、あやのはロアの方向を見る、もう目も見えていないのだろう。


「私の······死体はそのままに······」

「わかった」

「ありがと」


 あやのは目を瞑る。そして一言。


「斬れ、極彩色」





______





「ロアにぃ、本当に置いていくのか」

「置いていく」


 ロアは、あやのに刺さった『天雲の剣』の破片を置いていくことにした。


「あ、背中向いて、ちっちゃい破片が刺さってるぞ!」


 ナナに応急処置してもらいながら、二人は今後のことを話していた。


「筆も置いてっちゃうのか? 博士が喜びそうなのに」

「しょうがない、あれで一つの作品なんだ。しばらくはそっとしておいてやろう」

「なんだか、もったいないなぁ」

「大丈夫だ、いずれ会える」


 ロアは『極彩の筆』に触れた際に『刃王』を発動させていた。

 『刃王』という能力の真髄は『触れた刃物の声を聞くことができる』というところにある。

 あのとき『極彩の筆』から一言だけ声が聞こえた。


『ありがとう』


 本来の持ち主の声で、確かにそう言ったのだ。

 それだけで、ロアは、あやのの意を酌むことを決めたのだ。

 しかし、そこまではナナには話さない。ナナは腑に落ちない顔をしつつも、真剣に応急処置をした。


 そのあと、敗れた服を工房にあった裁縫道具で縫い合わせ、地面に刺さりっぱなしの刀をバットケースに入れた。


「できたぞ」

「わーい!」


 ロアが作ったのはサンドイッチだ、あやのが作ったものよりも雑さが目立つが、ナナは喜んで食べる。

 ロアはそれを優しい目で見守った。普段、無表情のロアもナナの前では、表情を崩すのだ。



 その日の夜に旅立った。

 それから数日して、二人は無事に研究所についたという。


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